軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

祝福の小枝と冬宿りのケーキ

冬告げの舞踏会が終わると、ウィームはあっという間に冬の様相を深めた。

艶やかなイブメリアの装いの中を、がらがらと車輪を動かして雪の積もった石畳の上を走ってゆく馬車にも華やかなリースがかけられ、御者台の妖精達は胸元に赤い薔薇の花を飾っていた。

冬の空気は冴え冴えと白く、そして青い。

魔術の秘めやかさと、宝石のような人ならざるものの煌めき、霧と雪の詩的な甘やかさが混ざり合い、ウィームの冬の日が生まれる。

屋台には様々な冬の風物詩である温かな飲み物や食べ物が売られ、公園前の歩道では野外劇場で行われる夜の歌劇のチラシが配られる。

行き交う人々が語り合う魔術の話に、魔物や妖精の話。

それは特別なことではなく、そこに、いやいや竜はこうだぞと竜の話をする竜本人が現れたりもするのがウィームだ。

人々の表情に幸福感が滲むのは、これからがウィームの祝祭の最盛期だからだろう。

しかしながら、時折、恋に破れたものかもっと別の理由か、酷く暗い目をして足早に歩く者もおり、悲劇もまた美味とそんな誰かをそろりと追いかけてゆく妖精がいる。

そんな中をゆったりと歩き、ネアは見知らぬ妖精に声をかけられ立ち止まる。

「お嬢さん、危ないよ」

「…………む?」

するとすぐにぼさりと雪の塊が木の上から落ちてきて、ぱたぱたと飛び去ってゆく犯人のムグリスが見えた。

ネアは声をかけてくれた老紳士風の妖精にお礼を言い、飛び去った先でまた雪を積もらせた木にぼふんと激突して通行人に悲鳴を上げさせた灰色の後ろ姿に目を凝らした。

「あのムグリスは、もしや歩道の人達を攻撃しているのでしょうか?」

「いえ、恋をしているムグリスは、枝に雪が積もっていると、飛び込む習性があるようですよ」

隣を歩くヒルドからそう教えて貰い、ネアはさっと振り返った。

目が合ったディノが、はっと体を硬ばらせる。

今日はネアのお気に入りの濃紺のコートではなく、初めて見る白みがかった灰色のコートを着ていた。

微かな水色の艶があるカシミヤのような質感のコートは美しく、曇り空の日の雪原のようにも見える。

こちらにいる婚約者は時々ムグリスになるのだが、なぜか健気な挑戦をしてしまい、お風呂でぷかりと浮こうとして昏睡しかけるくらいの飛び込みしか見たことがない。

「………………ディノは、雪には飛び込まないのですね」

「ご主人様……………」

少しだけ呆然としてそう呟いたネアに、慌てた魔物は歩道脇の雪溜まりに飛込みかけてしまい、ヒルドに押し止められていた。

飛び込まないと婚約破棄されるかもしれないと必死な魔物を掴み止め、こちらは青みの強い紺色のコートを着たヒルドが、ぜいぜいしながら振り返る。

「ネア様、それは中身までが生粋のムグリスの習性ですからね、ディノ様はその限りではありません」

「…………ということは、ディノは中身が魔物さんなので、飛び込まない…………」

「ご主人様!」

それならばと頷いたネアに、危うく、婚約者なご主人様に恋をしてない疑惑をかけられるところであったディノは、ひしっとへばりつく。

これはもう感動の場面であっても良かったのかもしれないが、すぐさまべりっと剥がされたのは、ネアが手に持つ小枝のせいであった。

「こら!いけませんよ。この小枝は大切なものなので、封印庫の前の同じ木に、祝福を分けてあげに行くところでしょう?」

「…………そんな枝なんて…………」

「それが終わったら、この小枝を飾った大広間で、一緒に踊るのですよね?」

「……………うん」

その約束を思い出したからか、ディノは目元を染めてこくりと頷いた。

実はこの小枝は、ネアが冬告げの舞踏会で貰ってきた祝福の小枝なのだが、持ち帰ってくるとウィームの土地がよほど馴染んだものか、めきめきと育ってしまったのだ。

昨晩は大切な魔物にたくさんの舞踏会のお土産話をし、貰って来た小枝を枕元に飾って眠ったネアは朝になってその変化に呆然とした。

男性の人差し指くらいだったものが今や、ネアの肘から先くらいの枝となり、小枝と言うよりは中枝とでもいうべき姿である。

ネアは最初、ディノが何らかの作用を齎してしまったのかなと考えていたのだが、土地の影響であったらしい。

ウィームは、元々冬の系譜の守護が強く、潤沢な魔術の流れを持つ土地だ。

ディノとノアが調べたところ、大気中に漂うその魔術の息吹に触れてしまい、尚且つその中でも最も上質な魔術のリーエンベルクで一晩置かれたことで、こんな風に立派に育ったのだろうということだった。

艶々とした緑の葉は、青みがかった美しい柊型だ。

そこにインスの実よりは大きな、じゅわっと内側から鮮やかな色が滲むような赤い実が連なり、何とも華やかで美しい。

触れれば植物らしさもあるのだが、陶器の枝と宝石の葉と実を持つようにも見えて、夜になるとしゃわしゃわと光の粒子を纏わせている。

それだけ祝福が強いのだ。

だからなのか、その小枝を持って歩くネアに、すれ違う人々がどこか眩しがるような、嬉しそうに頬を緩めるような表情をする。

人型の者達はまだそんな感じなものの、木々の向こうからじーっと小枝を凝視する生き物達は、なかなかに執拗だ。

そんな小さな妖精達に小枝が奪われたりしないように、今日はこの小枝を気に入ったらしいヒルドが一緒に来てくれていた。

(金庫などに入れて運ぶと、枝がしんなりしてしまう可能性もあるらしいから、こうやって外に出して持っていくのがいいと言うけれど…………)

ウィームの外気に触れればきらきらしゃわりと祝福の光がこぼれ、ネアは、どうだウィームはいいだろうと誇らしい気持ちになる。

「…………む、雪溜まりです」

「ネア、そこは精霊の住処のようだ。ほら、こちら側においで」

「…………なぜに歩道の真ん中に…………」

「踏ませることで縁を繋いで、夜に訪ねて来るんだよ」

「……………怖っ」

それは足嵌りの巣穴と言われていて、冬は雪溜まり、春は花びらの塊や、もはもはに生えた緑の下草、夏は水溜りで秋は落ち葉の塊になる。

その不自然な塊に足を踏み入れてしまうと、足嵌りの精霊は、巣の損壊の対価として加害者の家に押しかけて来て住み着いてしまう。

そうなると何をしても出て行かず、とても面倒なので、決して弱みを見せてはいけないのだ。

ネアも、それは回避せねばと鋭く周囲を見回し、ぎゅっとディノの腕に掴まった。

儚げにずるいと呟く魔物に、うっかり足嵌りの精霊の巣を踏まないように共に用心して欲しいとお願いすれば、ディノは婚約者のお宅に押しかけ精霊が来ては困ると気付いたのか、すっと魔物らしい微笑みを浮かべてネアの手を取ってくれた。

「ほら、掴まっておいで」

「はい。これでも私は排他的な気質なので、知らない精霊さんがお部屋に来たら、たいへんむしゃくしゃします…………」

「私の手を離さないようにね」

年長者らしい柔らかな微笑みでそう言ってくれた魔物に、死んでしまう時との差は何なのだろうとネアは新たな混迷に包まれたが、有事の際にも手を繋げない魔物ではなくて一安心だ。

さくさくと雪を踏む。

この雪靴は、実は新品なのだ。

なぜならばネアの昨年までの雪靴は、うっかりその一組を銀狐がかみかみしてしまい、穴を開けてしまったことに慄いて、自室の棚の下に長らく隠していたらしい。

ディノが魔術の縁を切ってくれたものの、ネアは、てっきり森の生き物に持ち去られたのかと思ってしょんぼりしていたが、秋の終わりにヒルドの手でノアの部屋から発見された。

(確か、その時はノアの部屋の棚の下にボールが詰め込まれていたからだったみたいだけど…………)

そんなノアの部屋に限らず、リーエンベルクには銀狐の宝物の隠し場所が幾つかある。

そこに隠されていたのは、ネアの靴だけではなく、ヒルドが使った後のナプキンや、エーダリアの室内履きまで。

様々なものが押し込まれていた。

グラストのものはゼノーシュが死守しているし、ディノは収集癖のある魔物なので自分のものは決して見失わなず、被害に遭ったことはないそうだ。

塩の魔物はヒルドからとても厳しく叱られたそうで、震えながら謝りに来ると、この雪靴を贈ってくれた。

(履きやすくてとっても素敵!)

革はしっとりと柔らかく羽根のように軽いし、魔術の守護が丁寧に織り込まれ、履くとふんわり暖かい。

ネアの髪色に近い青みがかった灰色の雪靴は、ラムネルのコートにも合うのですっかりお気に入りになった。

(前の雪靴もとっても気に入っていたけれど、冬籠りの妖精さんから守ろうとして見張ってくれていたら、寝惚けて噛んでしまっていたということだったし…………)

銀狐は前にもネアの雪靴を守って、野生の生き物と戦ってくれた事があった。

だからネアは、雪靴を噛み壊してしまったことは怒ってはいなかった。

野生の獣としての習性には勝てなかったのだろうとネアが言うと、なぜかディノは震え上がってしまい、その晩はノアと少しだけお酒を飲んだりしながら、魔物らしい話をしたようだ。

ふーっと息を吐けば、白い吐息の中にしゃりっとした光の煌めきが混ざる。

祝福が多い土地だと見られるもので、こんな素敵な小枝を持っているのだから、当然のものかもしれない。

「この枝で同じ種類の木に触れれば、その木に祝福が移るなんて、何て素敵なのでしょう……………」

「弾んでる……………」

「ディノ、ここの実が特別に綺麗だとは思いませんか?紫がかったふくよかな赤色で、…………む、美味しそう…………?」

「ネア、その実は食べられないよ。手間暇をかければ熱冷ましの薬にもなるものだけれど、人間の手では収穫出来ないし、生で口に入れると体が痺れるから気を付けるようにね」

「むむむ、気を付けますね………じゅるり」

「ご主人様………………」

さくっと雪を踏み込めば、みしみしっと雪がぺたんこになる音がする。

踏まれた雪が悲しいことにならないような特殊な靴底を持つ雪靴は、優美な模様をその雪面に残す。

なんとこの雪靴は、狐の足跡を雪の上に残す仕様なのだ。

「ふふ、可愛い足跡です。………それにやっぱり、美しいものですね」

「……………狐なんだね」

「ええ。靴底の模様は選べるそうなのですが、あまり独特な模様にしても私がそこを歩いた事がすぐにばれてしまうので、最近のウィームで流行っている狐の足跡のものにしてくれたんですよ」

実はこの狐の足跡になる靴底は、ウィームの子供達に雨靴で流行ったものだった。

ところが、熟練の職人が作り上げた狐の足跡はなかなかに優美な造形で見れば見る程に美しく、今年の冬からは大人達の流行りにもなってきている。

人外者達は靴跡に悪さをするものも多いので、そんな追跡避けにもなる優れものの靴底なのだ。

そこまで知能が高くなく、それでも祟るような生き物は、足跡を見て人間ではないと判断すると興味を失ってしまうことが多い。

なお、こちらの世界では靴底の滑り止めなどは魔術仕掛けなので、この靴底だと凍結した歩道が歩き難いということもない。

足裏がごつごつしないのも、魔術仕掛けなのだ。

「見えてきました!あの木ですよね?」

「ええ。あの木になります。冬聖の木は、冬にだけその姿を見せる美しい木ですよ」

「…………だから、あの場所は夏まではお花畑になっているのですよね。初めての春の時、あの素敵な木がなくなってしまったのかと思って、とても悲しかったです…………」

ウィームで過ごした最初の春、ネアはイブメリアの頃までは素晴らしい大きな木が生えていた筈のところが、チューリップの花壇になってしまっていることに気付いて衝撃を受けた。

勿論、花びらのふちがひらひらしていたり、バラのようなものやスタンダードなものまで、色とりどりのチューリップはとても美しかったが、あれだけ見事な木がなくなってしまったのは折れてしまったからなのかなと考えれば、悲しくて胸が痛んだのだ。

しかし、それが冬聖やホーリートと呼ばれる特別な木であるのだと、二回目の冬で教えて貰い、どれだけ美しかったか。

(ああ、……………この木を見ていると胸がいっぱいになる。…………なんて綺麗なのかしら……………)

それは、大きな満月を見上げる夜や、素晴らしい飾り木を眺める時に似た感慨であった。

満ち足りた美しいもの特有の充溢した姿に圧倒され、そして胸の中をその感動でひたひたと満たしてくれる。

枝を広げて大きく茂るのは、柊に似たふくよかな青緑色の葉を持つ大きな木で、幹の部分はラベンダー色がかった灰茶色で、節などの部分はごつごつしているものの、幹の表面はすべすべしている。

指の背でこつんと叩けば、銅鐘を鳴らすようなコーンという澄んだ音がするそうだ。

輝くような赤い実を持つ冬聖の木は、その枝葉から集めた冬の祝福を、深い慈しみの祝福に変えて土地に戻してくれる。

とても古くからある木で、春や夏、秋にも同じように季節の祝福を集める特別な木があるのだとか。

「まぁ、あの屋台はどれも、冬聖の木の絵や置物を売るお店なのですね」

「ホーリートは、写し絵にまでは祝福を及ばせないものだけれど、彼等は知っているのかい?」

「ええ。飾り木やリースの絵柄と違って、それを示すものにまで祝福が宿るものではないのですが、それでもと好んで買って行く者達は多いんですよ。…………ですが、その気持ちも分かるような気がします。冬聖の木は、森の系譜を持つ私の目から見ても、たとえようもなく美しい……………」

雪化粧していっそうに美しさを際立たせた冬聖の木の前に立ち、ヒルドはそう言って目を細めた。

孔雀色の髪に瑠璃色の瞳を持つ美しいシーが愛おしげに眺めるからか、赤い実をたわわに実らせた木も、どこか満足げに枝を揺らしたように思える。

ざあっと色を変えるように光が波打つヒルドの羽を見て、ネアは、今朝方エーダリアからお願いされたことを思い出した。

(エーダリア様は、この木をこんなにもヒルドさんが大好きなことを知っていて、出来れば、冬告げの舞踏会で貰ってきた小枝を食事の時だけでも、会食堂に飾ってくれないかとお願いしてきたんだわ…………)

なのでネアは、帰ってからの楽しむ予定のディノとのダンスの後は、この小枝を会食堂のテーブルの真ん中に飾らせて貰うこととした。

中枝に育ってしまったので、食卓の内容によっては置く位置を変えて部屋に持ち帰ることもあるが、普段の食事の間はそこに置かれるとなり、喜んだのは家事妖精達もだ。

美しいウィームの冬を飾るこの木については、愛する冬の象徴として皆の心に焼き付いているのだろう。

真っ白な雪に覆われた封印庫前の広場には、他にも美しいものは沢山ある。

この世界では、冬の雪の下でも土地の魔術が潤沢であれば美しい花々が咲き誇るし、ちろちろと流れる水路の水は、土地の魔術が潤沢になるこの季節は、青い宝石の川のようなえもいわれぬ光を孕む。

広場には大きな飾り木もあるし、壮麗な彫刻と神殿風の柱も美しい封印庫もかなり見応えのある建物だ。

しかし、その美しい景色の中の一つの要素としてではなく、こうして眺めれば冬聖の木の飛び抜けた美しさをあらためて認識する。

雪の白と葉の緑と、そして真っ赤な実が煌めけば、ネアも自然に笑顔になった。

「では、お願いしても宜しいでしょうか」

「はい。ディノ、お願いします」

「うん。触れさせるよ」

今回の儀式では譲渡の魔術も動く為、ネアではなくてディノが行なってくれることになっていた。

枝を触れさせるだけなので儀式という程でもないのだが、魔術や祝福の移動や譲渡は、本来かなり高位のものでなければ許されない特等の領域である。

とは言えエーダリアにも可能なのだが、エーダリアが動いてしまうと、領主が執り行う儀式として正式に登録せねばならず何かと面倒だったのだ。

艶麗な魔物の綺麗な指先に手渡され、小枝はまたいっそうにその実を輝かせる。

そして、葉先でしゃりんと冬聖の木に触れさせると、そこから木全体の内側にふわりと明るい光が宿ったかに見えた。

わあっと周囲から歓声が上がる。

いつの間にか、街の人々や封印庫の職員達、通りがかったお役目中の騎士達までがこの広場に集まってきていた。

よく見れば、封印庫で会議中だったエーダリアとダリルまでも、建物の窓から顔を出しているではないか。

隣にはノアもいて、ネア達に気付くとひらひらと手を振ってくれた。

「…………綺麗ですね。胸がいっぱいで上手く表現出来ませんが、冬の美しさがきらきらと光り輝くようです」

「ホーリートには、成就の祝福がある。けれども本来は手折っていいものではないから、こうして手に取れることは滅多にないんだ。持ち帰れるものではなく、毒になるので取り込めるものでもない。けれども古くから、この木は愛されているね」

そのディノの言葉に頷き、ヒルドがまた心地好さそうに冬聖の木を仰ぎ見る。

「成就そのものの形だからこそ、誰かに摘み採れるものではないのかもしれませんね。この木は、私が初めて冬のウィームに来たその日に、エーダリア様が見せてくれたものでもあります。統一戦争ではこの辺りの広場でも、焚書や火刑があったそうですが、それでも冬になると、この木はそれまでの冬と同じように姿を見せ、あまりの美しさにヴェルリアの兵達が枝を折ろうとしても決して折れなかったのだとか」

そう教えてくれたヒルドによると、であれば焼き切ればいいのではと言い始めた兵士達を窘めたのは、当時の火竜の王妃であったらしい。

成就の祝福を司る木を損なえば、今後成就の祝福を受け取れない呪いをその身に受けると言われ、ヴェルリアの兵士達は震え上がって退散したのだそうだ。

実際に枝を折ろうとした者達は、その後一人残らず非業の死をとげており、とは言えそちらは、大事な冬聖の木を折ろうとした不埒な者達に、ウィームに住む小さな人ならざるもの達が強い呪いをかけたからであったらしい。

呪い避けに足りるだけの力を持たない中流階級の兵士達だったからこそ成就した呪いではあるものの、ウィームの民達は、冬聖の木とて怒っていたのだと固く信じている。

だからこそこうして、みんなで集まって瞳を輝かせ、口々にその美しさを讃えているのだろう。

「ほお、なかなかのものだな」

その声に振り返れば、こちらもウィームにお宅のある使い魔な魔物まで野次馬に混ざっているではないか。

濃い灰色のウールコートに白と紺色のチェックのストールを首元に巻き、手には食材などを入れた布袋を持っている。

外した手袋がコートのポケットから覗くように仕舞われているのが、なかなかにお洒落度が高い。

「ふふ、アルテアさんも見に来てしまったのですね」

予めご近所には、冬聖の木への祝福の譲渡が本日中に行われるので、いつもより木が成長したり、いつもより祝福を濃くして光っていても問題はないというお知らせが出されている。

それを受け、ウィーム愛の強い住人達は、そんな瞬間を今か今かと待ち侘びていてくれたようで、アルテアもそんな情報をどこからか漏れ聞いたのかもしれない。

(…………あ、バンルさんもいる。………と言うか、喜んでいるエーダリア様の方を見ているような……………)

ネアの行きつけのスープ屋さんのおかみさんや、いつかの打ち上げ会で訪れたバーの主人まで。

少し離れた位置だが、恐らくバーレンとリドワーンかなという姿も見えたが、次に見た時にはもういなくなっていた。

「これからそっちに行く予定だったから、そのついでだな」

「……………は!焼き菓子様の再現の儀式ですね?」

「先延ばしにすると、お前が煩いからな。早々に成就の恩恵が得られたんじゃないのか?」

「はい!ディノ、ヒルドさん、話していた私が食べ損ねた冬宿りさんの焼き菓子ですよ!」

「弾んでる………………」

「おや、食べられなくてとても悲しかったと話されていたものですね。それは良かった」

「やっとお口に入るのだと想像すると、なぜか既に口がもぐもぐしてしまいますね」

「お前な……………」

広場は、このまま冬聖の木を暫く鑑賞する者達と、いいところは見れたし大満足なのでと帰って行く人々で賑わっていた。

今日の記念にと冬聖の置物を買ってゆく者達も多く、屋台には行列が出来ている。

ネアはすっかり幸せな気分で帰路に就いたが、冬宿りの持つという伝説の焼き菓子の話をうっかり小耳に挟んでしまい、頼むからどんなものだったのか教えて欲しいと取り縋って来た一人の料理人も、しっかりその焼き菓子を観察していたネアから詳細を教えて貰い、とても幸せそうに帰って行った。

後日、ザハには冬宿りケーキという、あの焼き菓子に生クリームを添えた一皿が誕生した。

レシピのお礼にと、リーエンベルクの者達には一皿と紅茶のセットが無料という破格のご招待までいただき、エーダリアはヒルドとノアと、一番乗りだったゼノーシュはグラストと、そして騎士達や他の妖精達も素敵な冬のお出かけの機会を得られたと大喜びだ。

ネアはディノと二人で訪れ、とある大切な知り合いでもあるおじさま給仕に見守られながら、ザハ風の冬宿りのケーキをいただいた。

少しアレンジされてアルテアが再現してくれたものよりはお酒の風味が強くなり、冬聖の木の枝を模した小さな砂糖菓子の飾りがついている。

ネアはそれも勿論、たいへん美味しく平らげたのであった。