軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夏至の枕と魔物の枕

不思議な翳りの落ちる中庭を眺めながら、ネアは、今日を記念日にするべくあれこれ試行錯誤している魔物を眺めていた。

来たばかりのアルテアは遠い目をしているが、ディノからすれば今日はご主人様から素敵な言葉を貰った記念日なのだそうだ。

「…………記念日にするほどではないような………」

「君が、初めてあのように甘えてくれたんだ。もっと甘えてもいいのに君はすぐに恥ずかしがってしまうからね」

「…………ディノは、あのようなことを言われても面倒だなと思ったりはしないのですね」

「……………君は、そう思うのかい?」

「………ディノと私では過去の長さが違うので、少し条件が違うような気がしますね。それに、そもそも私はディノ以外の誰とも婚約したことがないので、あのようなやり取りをすることもないような…………」

そう呟いたネアの頬に、ふわりとディノの手が触れた。

水紺色の瞳をきらきらさせて微笑む魔物は、どきりとするくらいに美しい。

目を細めて幸せそうに微笑むと、魔物は真珠色の美しい睫毛を恥じらうように伏せる。

誰とも縁がなかったということは、人間の人生においては不幸である。

しかしながら、この魔物は今、ネアのそんな過去を喜んでいた。

実に魔物らしいが、決して腹は立たない。

「君は、私の婚約者だからね」

「ええ。だから、まだまだこれから色々なことがありますから、あまり記念日を増やさなくても…」

「来年の復活祭は、特に問題がないといいのだけれど。せっかくの記念日だからね」

「むぅ。聞いていませんね…………」

「記念日だと、ケーキを食べたりするのかな?」

「…………な、なぬ。記念日にするのも吝かではありません」

「おい、食い気で余計な行事を増やすな」

「しかし、ケーキが出てくるとなれば、話は別なのだ!」

「夏至祭のドレスが着れなくなるかもしれないな」

「……………ケーキ一つくらいなら、その辺で狩りでもすれば一瞬です」

「お前は一つじゃ済まないだろ」

「………む、むぐるる」

「唸っていても肉は減らないぞ」

ネアはここで、意地悪な使い魔を頭にかぶったウィリアムの帽子を見せつけて威嚇すると、不安そうにこちらを見ている魔物に、優しく微笑みかけてやった。

「では、記念日にしましょう。ただしこの記念日は、二人だけのものです。二人でひっそりケーキを食べたりする日とします」

「ご主人様!」

「…………そうなると、食うだけの日になるぞ。いいのか」

「うむ。美味しいケーキを食べるのですから、それはもう特別な日と言っても過言ではありません」

凛々しくそう頷き、ネアは窓辺に飾られた花瓶の花や、微かな風に揺れている木々の枝葉を眺める。

(夏至祭のドレスか……………)

こちらの世界の夏至祭は、ネアがいた世界の夏至祭よりは遅い時期になる。

本物の妖精や精霊、魔物達が現れるのでかなりの大騒ぎだ。

そろそろ、そんな夏至祭の打ち合わせも始まるだろう。

ウィームのあちこちでは、既に夏至祭のドレスが売られたり、夏至祭に使う魔術の為の材料や道具が店頭に並んでいた。

(元いた世界での復活祭は、もっと早春で………)

そして夏至祭は、これくらいの時期だった。

考えかけて苦笑する。

たった一年あまりなのに、いつの間にかこちらの世界での風習の方が詳しくなってしまった。

あの世界でお祝いし楽しんでいた祝祭の少なさを思えば、記念日くらい増やしてもいいような気がする。

何しろ、一人ぼっちだったネアには誕生日が一年に一度しかなかったが、家族がいる人はその人数だけ楽しめていたのだ。

このあたりで挽回するのも悪くないではないか。

「………そう言えば、私がいた世界では、夏至祭の前の夜に枕の下に特別な香草を敷いて眠ると、将来の伴侶が夢に出てくると言われていました」

ネアがそんなことを言いだせば、ディノはなぜかぴっとなってしまい、ひどく不安そうに視線を彷徨わせた。

「ディノ…………?」

「君は、その儀式をやったことがあるのかい?」

「儀式という程のものではありませんし、………やったことはあると思うのですが、さっぱり思い出せません。あまり大した夢は見られなかったのでしょう」

「……………誰かの姿を見てはいないのだね?」

「ええ。でも、こんな風に魔術のあるこの世界でやってみたら、何か面白い夢が見られるのでしょうか?」

「……………ご主人様」

「あらあら、そんな風にしょげてしまわなくても、朝起きて最初に見るのはディノの顔ではありませんか」

「夏至祭の前夜は、君の枕の下に入ればいいのかな?」

「…………とても怖いので却下します。なぜに枕の下に潜む話になったのだ」

「枕の下に敷くものは関係ないのかい?」

「ディノを敷いてしまう必要性は皆無ですね。それに、今年の夏至祭の前夜にはきっと金鉱脈の妖精さんの夢を見るような気がします!」

「……………ネアが金鉱脈の妖精に浮気する…………」

しょんぼりした魔物をネアは微笑んで撫でてやり、呆れたようにこちらを見ていたアルテアにこくりと頷いた。

「任せて下さいね。金鉱脈の妖精さんを見付けたら、沢山狩っておきます。一匹くらい差し上げるのでアルテアさんも楽しみに…」

「いるか。それよりもお前は、二度とどこにも落ちないようにしろ」

「…………むぐぅ。金鉱脈様の国であれば、吝かではないのですが…」

「言った筈だぞ。夏至祭の意味を考えろ」

「意味…………?」

首を傾げたネアにアルテアが溜め息を吐き、夏至祭の夜も俺はここに来る羽目になるのかと呟いているが、それは別に本人の意思でいいのではないかなと思うネアとディノは、こっそり顔を見合わせた。

「ディノ、夏至祭にはまた一緒に踊りましょうね」

「うん。君と離れないように夏至祭の魔術を今年も借りよう」

「くれぐれも、爪先は踏むなよ?」

「なぬ。なぜに参加する気満々なのだ。夏至祭のダンスは、ディノ以外にはノアとヒルドさんで定員ですよ」

この時、アルテアがちょっと呆然とした顔になったので、ディノはアルテアが可哀想になってしまったらしい。

後日、エーダリア達に掛け合って、ネアのダンスの回数を増やしてアルテアの出番を作ったようだ。

昨年の夏至祭でのネアの後ろというポジションがたいへん好評であったので、エーダリアは密かに喜んでいたらしい。

ネアがアルテアの出番も出来たのだとカードに書けば、一人減らす必要がなくなったなと返事が来たので、とてもよく懐いた使い魔である。

一つ残念だったのは、夏至祭の前夜にネアが寝ようとしたところ、枕が忽然と姿を消していたことだ。

魔物は必死に目を逸らしていたが、枕があったところには、ディノのお気に入りの毛布で作られた臨時枕が出現していたので、犯人は間違いなくネアの婚約者である。

これから毎年この仕打ちが待ち構えているのかと思うと、ネアは戦慄するしかなかった。