軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

209. 雪の魔物のお城を訪れます(本編)

雪の魔物のお城を訪れたネア達だったが、どうやって中の人を呼ぶのだろうとわくわくしていたネアは、あんまりな侵入方法にしょんぼりする羽目になる。

ウィリアムの実力行使でお城の入り口近くまで侵入した後、容赦なく転移で王座の間にふわりと降り立つ方式だったのだ。

あの大きな扉が開いたらどうなのだろうとか、玄関ホールの部分はさぞかし美しいだろうと考えて楽しみにしていた人間はがっかりしているのを悟られないよう、頑張って真顔を保つことにした。

王座の間らしいお部屋は天井が高くて素晴らしい造りではあるものの、若干普通のお城っぽさが勝ってしまっており、雪のお城という雰囲気はない。

「ネア、どうしたんだい?」

「お前、何か怒ってるな?」

「むぅ。お城の正面玄関の内側が見たかっただけなので、気にしないで下さいね」

「それなら、帰り際に寄ろうか。アルテアも忙しいだろうし、早く帰りたいだろう」

「別に構わないと言いたいところだが、夜には用事があるからな。それまでに済ませろ」

「ありゃ。無理しないで帰ってもいいのに」

「いや、冬の統括の変更だけは終えていってくれ」

そんなやり取りをしているネア達の正面で、何やら地図的な物を手にしたまま固まってしまっている男性が一人いる。

ゆるやかに編み込んで背中に流し、少しだけ編み損ねて耳元に零れた銀混じりの薄青い髪が、室内を循環している温度のない柔らかな風に揺れていた。

こちらを見たまま固まってしまっているので、ネアはこれ幸いと冬告げの舞踏会でお気に入りになった魔物を心ゆくまで観察した。

部屋着なのかこういう仕様なのか、ガウンのような長い上着は淡い水色で、微かに色付く程度の檸檬色やミントグリーンの刺繍が何とも繊細で美しい。

スエード調の優しい灰色の膝までのブーツに、白いドレスシャツにクラヴァット、そしてパンツはブーツと同じ色合いで、より色が淡いものだ。

(髪飾りが、小さなカップ咲きの薔薇のようなお花をつけた銀細工なのも、そこに雪の結晶石がきらきらしているのも、………すごく綺麗)

白っぽい美しさという点では同行者達もかなりのものだが、実際には白そのものを身に持つ訳でもないのに、どこまでも白い雪を思わせる繊細な色合いをネアはすっかり気に入ってしまった。

どこか色めいた部分や強さを感じるディノ達の美しさとは違い、ニエークの美しさは繊細で儚げだ。

手のひらに落ちてきた雪片のようで、抱き締めて守ってあげたくなるような美しい男性なのである。

「…………ネア?」

「やっぱり、雪の魔物さんは、とても綺麗な方ですね」

「よし、シルハーン。そいつを連れて帰れ」

「じゃあ、ここは僕とアルテアで片付けておくよ」

「感想を言っただけなのになぜなのだ」

むむっと眉を顰めたネアに、ぱさりとニエークの手から地図が落ちる。

おやっと全員の視線を集めた先で、雪の魔物は無言でふるふるしていた。

「……………ニエーク、またどこかに出かけようとしていたのか?君が冬の仕事をしないのであれば、今年の冬の統括は他の者に交代して貰うべきだ。統括の魔物と、………その、王をお連れしたので、…………ニエーク?」

ピクリとも動かなくなったニエークに、オルガは困惑したように振り返る。

ネアは、別に雪の魔物の城だからいいやと擬態を解いた真珠色の髪のディノを見上げ、これは刺激が強かったかなと首を傾げた。

「………ディノがいるので、驚いてしまったのでしょうか?」

「ありゃ、そうか。シルがこの城に来ることなんて、あまりないだろうしねぇ」

「昨年は来たよ。指輪の素材を作らせていたからね」

「そうなると、さぼっているのが後ろめたかったのか、人数が多過ぎる所為かもしれませんね」

ニエークが動かないので、オルガは小さく溜め息を吐き、床に落ちた地図を拾い上げてやる。

周囲を見渡せば、確かに旅支度のようなものが準備されていたり、雪菓子がたくさん入った水晶のお皿があったりと、あまり仕事をしている風ではない。

仕事を放り出してどこかに遊びに行くようではないか。

(………ウィーム街遊びマップ………)

更に言えば、オルガが拾い上げるなり強張ってしまっているのは、そんな遊びに行く感満載の地図だった。

「前評判通り働いていません。困った魔物さんです」

「………そのようだね。ニエーク、冬を司る仕事が滞っているのではないかい?」

「……………………ご主人様」

「ニエーク?」

ディノが困惑してしまうようなあんまりな呟きに、ネアは、こんなに綺麗な魔物なのに残念な人なのだなと思った。

ディノもすっかりそちらの趣味の踏まれたい系魔物だが、ニエークはそんな憧れを王様に向けるようだ。

確かに容姿だけであれば酷薄なまでの美貌を持つディノは、そちらの期待をされても不思議はないので、ネアは不憫になって魔物の腕にそっと手をかけてやる。

「元気を出して下さいね」

「…………ネア」

「………なぜアルテアさんはこちらを見るのでしょう?」

しかし、そうしてディノを励ましていると、なぜかアルテアが振り返ってネアを胡乱気に見るのだ。

「…………お前か」

「何がでしょう…………」

「ネアが虐待する………」

「ディノ?」

「どこだろう。冬告げの舞踏会かなぁ………」

ノアにまで振り返られ、ネアはぎりぎりと眉を顰めた。

そうなってくるとオルガもこちらを不審そうに見るので、是非にやめていただきたい。

そして、昏迷に包まれたネアをはっとさせるような事件が、その直後に起こった。

「どこにいるのニエーク!!!今日という今日こそは、もう我慢ならないわよ!!!」

ばぁんと扉を開いて押し入って来たのは、長く青い髪が美しい銀色の薄物を羽織った女性だ。

流石に内装は普通のお城めいてはいるが、そこかしこに雪を思わせるものがあるこのお城でその服装なので、見ていたネアは寒そうでひやっとする。

そしてその女性は、雪の魔物にはどうも偉いお客が来ているようだと取り縋るお城の使用人達を振り払って、ばすんと床を荒々しく踏んだ。

その瞬間、ぶわりと吹雪のようなものが吹き上がり、そちらの女性からすればニエーク側に居たネア達を、もろとも飲み込んでしまう。

「大馬鹿者!!少しそこで反省なさい!!」

ホワイトアウトするような真っ白な雪のその向こうから、激昂しているらしい女性の声が聞こえてくる。

ネアは口を開いて部外者が巻き込まれていますと申請したかったが、体にぶつかってくるような猛吹雪に飲み込まれ、開いたお口に雪ががぼっと入って目を白黒させた。

くるくるとどこかに落ちてゆく。

実際に高いところから落ちるというよりは、魔術的なものでどこかに飛ばされるこの感覚は初めてではない。

精霊の呪いに落ちた時となんだか似ているぞと思えば、誰かが真っ白な空間の向こうから手を伸ばしてネアの手を掴んでくれた。

ほっとしてぎゅっと握り返し、ネアはそのままふかふかの新雪の上に落ちる。

真新しい雪を踏む音を立ててめりめりと沈んでしまったネアは、すぐさま手を繋いだ誰かに持ち上げられた。

ずぼっと引き上げられ、ネアはむぐぐっと眉を下げる。

助けてくれたのは、ネアの大事な魔物ではなかったのだ。

「怪我はないか?」

「…………オルガさん」

「君だけ巻き込まれたらしいな。何か、雪の気配のするものを大量に持っていたりするか?」

「………雪の気配のするもの?………むむ、雪菓子くらいしか思い当たりませんが」

「それだろう。あれは雪の上でのみ結晶化するもので、雪の祝福も強い」

「…………私だけということは、ディノ達はここにいないのでしょうか?」

「ああ。かなり激怒はしていたが、ティルダは、きちんと雪の系譜の者だけを巻き込むように指定をかけていたらしい。僕とニエークだけが巻き込まれたのかと思ったら、君もこちら側にいて驚いた」

「むむぅ。食いしん坊が仇になるとは…………」

そこは、見渡す限りが雪原のどこかだった。

眩しく青く月光を落す満月の下で、夜にほんの少しだけ白夜が混ざったような明るさに包まれている。

月光と白夜めいた空の明るさに凍った木々は僅かにシャンパン色に煌めき、夜の色もくすんだラベンダー色と藍色という不思議な彩りだ。

明るくて暗い。

雪原の夜なのに、滲む色彩に金色とラベンダー色が混ざり、夜でもなく昼でもない不思議な場所に思える。

「ニエーク」

ネアの片手を握ったまま、そう雪の魔物の名前を呼ぶと、オルガは空いている方の片手に見事な黄金の槍を出現させる。

その造形の美しさにネアが目を輝かせていると、どこからともなくこうっと風が巻き上がり、先程の美しい雪の魔物が現れた。

「ティルダは、何のつもりだというのだろう。あの方の目の前で無様この上ない…………」

優美な眉を顰めそう呟くと、不機嫌そうにこちらに歩いてきたニエークがぴたりと足を止める。

こちらを真っ直ぐに見たまま、またふるふるし始めたので、ネアはこてんと首を傾げた。

「オルガ……………そ、その方は………」

「ああ。雪菓子を持っていたようで巻き込まれてしまった。万象の方の指輪持ちなのだ。一刻も早く地上に帰さねば……ニエーク?」

「ご主人様!!!」

「むぎゃ?!」

目を輝かせた魔物は、トナカイの魔物の言葉が終わるまでもない内に、突然の奇行に及んだ。

ネアは、いきなり滑り込み土下座をされるという人生初の体験にすっかり怯えてしまい、ぎょっとしたオルガは、慌ててネアを自分の背後に隠す。

「…………ほぎゅ。オルガさん、この方は少々情緒不安定なのでは……」

「これでも、去年までは他の冬の系譜の中でも、最も落ち着いていたくらいなんだ。だから今年は安心して仕事が出来ると思っていたが、………まったく、彼がどうしてしまったのか分らない。ニエーク、どうしたんだ?」

「そこをどけ、オルガ。ネア様がよく見えない」

「なぬ…………」

思いがけないところで名前が出され、ネアは呆然と目を瞠る。

同じく驚いたようにこちらを振り返ったオルガに、無言で首を振った。

「ニエークと面識があるのか?」

「いえ、初対面の筈です………」

「まさか、…………冬告げの舞踏会にいた?」

「ええ。先程までご一緒していたウィリアムさんに連れて行って貰い、参加させていただきました」

「………その際に、使い魔を叩きのめしていたか?」

「……………頬っぺたを摘ままれてその手を叩き落したのと、頭を叩かれて爪先を踏み滅ぼそうとしたくらいでしょうか」

「頬を摘まんで折檻していたと聞いたような気がする………」

「それは、最後の方で苛めっ子な使い魔さんにどちらが上なのかを思い知らせるべく、頬っぺたをぎゅっとやる技をやり返しておりました」

「………………それだったのか」

「オルガさん…………?」

ネアはあまり知りたくないような気がしたが、とは言え足元で平伏したまま、ちらちらこちらを見ている魔物がとても怖いので、その理由を何としても知らなければならなかった。

場合によっては心が砕け散りかねないが、真実を知りたいと思う。

ネアの不安に揺れる瞳を見返しながら、どこか不憫そうに、オルガは重たげな口を開いた。

「冬告げの舞踏会で、ニエークは誰かに出会ったらしい。使い魔を容赦なく折檻する残酷さに魅入られ、すっかり恋をしてしまったそうだ。因みにその女性には、ご主人様を見守る会があり、ニエークはそこに参加している」

「……………ちょっと、よくわかりません」

「おそらく、それが君であるようだ」

「…………ご主人様を、み、見守る会?」

「あるらしい」

神妙な顔で頷かれ、ネアは手を繋がれたままよろめいた。

あまりにも悲しくて、あのお部屋にあった雪菓子を貪り食らいたい気分だ。

なお、自分の手持ちは大事に食べるので却下である。

「誰かに記憶を消して貰いたい気分です。そして、足元にいるこやつをどうにかして下さい」

「…………何という冷たいお言葉、さすがはご主人様です!」

「…………どうすればいいのだ」

すっかりドン引きな人間を見上げ、やっと顔を上げてくれた麗しい雪の魔物は、黄褐色と灰色の混ざり合う透明度の高い瞳をきらきらさせる。

(この気持ちをどうも知っていると思ったけれど、出会ったばかりの頃のディノに似ているのでは………)

強いて言わせて貰うならば、その症状はいっそうに重い。

ディノに感じられた無防備さや無垢さのようなものがなく、ひたすらにじっとりと下僕な感じを出してくるのはやめていただきたい。

こちらは、万が一にでも素人には手に負えない系の変態である。

「オルガさん、こやつをどうにかして下さい」

「すまない。こういう症状の者の対処方法がわからない」

「ご、ご主人様が命じて下されば、何でも!!」

「………ニエーク、すっかり君は変わってしまったんだな」

「過去形にしないで、この方を正気に戻すお手伝いをして下さい!」

「………いい。何という冷やかな言葉なのだ」

「怖っ!!」

「ニエーク、………その、言いたくはないが、嫌われるのではないか?」

「オルガ、君には分らないだろう。この蔑むような眼差しがいいのだ!冬告げの舞踏会の会場で、最初から何と美しい冬の色彩を持つのだろうと感嘆していたが、アルテアを踏みつけているのを見た時、この方こそ探していた方だと僕は思ったんだ!!」

そこでオルガは一度、連絡を取れる程ではないが知り合いではあったアルテアを、踏んでいたらしいネアをまじまじと見る。

「……………もしかして、使い魔はアルテアなのか?」

「はい。とてもよく懐いています」

酷く困惑したまま頷き、オルガはニエークに向き直る。

「………そもそも、万象の君の、指輪持ちではないか」

「ふん。寵愛を得ようなどと烏滸がましいことを願うものか。この方のご愛用の菓子や葡萄酒を取り寄せたり、街を歩いている姿を遠くから拝見したり、時々こうして軽蔑して貰えるだけで構わない………」

「物凄くぐいぐいくるのです。お仕事もしない、何という厄介な魔物なのだ」

そこでなぜか、はっとしたニエークはもじもじし出した。

そうされるとネアは、同じような言動でも徹底的に駄目なやつと、慄いていても許してしまうやつがあるのだと、変態の線引きを知ることになる。

「そんなしょうもない事など、知りたくはありませんでした………」

「ネア?」

「この方はもう、一度殴って記憶でも失くして貰いましょうか?」

「君が歌えば、或いは。だが、場合によっては死んでしまうかもしれないから、崩壊の危険性もあるな」

「むぐるる!」

「じ、実はお願いが………」

「お願い………」

もじもじしていたニエークは、やっと勇気が出たのか、おずおずとネアにお願いを始めた。

もうどうしても眼差しが残念な人を見るものになってしまうのだが、それが嬉しいのか頬を赤らめているのがとても怖い。

(とても綺麗で、お友達になりたい魔物さんだったのに………)

世の中は上手くいかないらしい。

狡猾な人間は、アルテアやウィリアムから自分は冬の系譜に受けがいいと聞かされ、それならお友達作戦も上手くいくかもしれないと、すっかりわくわくしていたのだ。

しかし、蓋を開けてみれば、とても綺麗だけれど私生活では決して絡みたくない変態の一人であった。

「その、………仕事をしろと、叱って貰えますか」

「……………なぜでしょう。とても言いたくありません」

「ネア、君が言えば働くかもしれない」

「むむぅ」

とても気乗りしなかったが、この酷い状況をどうにかして少しでもプラスにしなければならない。

であればせめて、この魔物の性根を少しでも叩き直してゆこうではないか。

「ニエークさん、冬の統括としての己の職務をきちんと果たして下さい。オルガさんに迷惑をかけず、きりきり働くのです」

「ご主人様!!」

ニエークは、そう言うと両手で顔を覆ったままの姿勢で暫く固まってしまう。

小さく溜息を吐いたオルガが、本当に彼は変わってしまったのだなと呟くのが悲しい。

(何で人外者さんには、変態が多いのだろう……)

もしかしたらとても強いからこそ、くしゃりとやられたい願望があるのかもしれないが、さすがに発生率が高いのではなかろうかとネアは不安になった。

まさか、万象を司るディノがあんななので、その要素を他の生き物たちも得てしまったとかなのだろうか。

だとしたら、隠されている変態はまだまだいるということになる。

(最近は、ハザーナさんや、イーザさん達霧雨の皆さんだとか、普通に素敵な方達に出会えてほっとしていたのに…………)

ここは謙虚に、せめてそんな人達にも出会えた事を感謝するしかない。

そう考えてきりりとしていると、歓喜のポーズから現世に戻ってきてくれたニエークが、ふいに魔物らしい鋭い目をした。

「オルガ」

「ああ。雪の亡霊だな。彼女を頼む」

「勿論だ。ご主人様に傷一つつけさせるものか」

「頼もしい筈の言葉が、一部の表現で台無しです」

「そんなに冷たくされると、どうすればいいのか……」

「怖っ!」

うっかり変態を喜ばせてしまい緊迫感が台無しになったが、ネアをニエークに預けたオルガが真っ直ぐに見据えている方向に、巨大な雪の獣のようなものが見える。

白くてごつごつとしており、少し灰色に汚れていた。

土混じりの綺麗ではない雪で作った獣のようで、四つ足歩行の白熊にも似ている。

この形態ならあまり早く動かないだろうかとネアが油断していると、その獣は物凄い速さで駆け寄ってきてオルガに飛びかかった。

「オルガさん!」

その槍捌きは、あまりにも早くてネアには見えなかった。

ただ、雪の上に金色の残像が線を残し、金色のリボンを引くように鮮やかに揺れる。

(…………すごい)

ずぅんと、雪の上に沈んだ獣を見て短く頷くと、オルガはこちらに向き直る。

鋭く早くて、優雅にさえ見える戦い方にすっかり感動してしまったネアは、思わずぴょいぴょいと弾んでしまった。

するとニエークに袖を引かれ、自分も強いぜアピールを受けた。

「………オルガは、元より戦闘に長けています。僕もそれなりには腕が立ちますよ?」

「ニエーク、彼女の契約の魔物は万象だ。使い魔はアルテアなのだし、この程度のものは見慣れているだろう」

「だがしかし、一つでも多くご主人様に褒めていただきたい!」

「…………君は変わってしまったんだな」

「早くディノに迎えにきて欲しいです。…………ほわ?!」

次の瞬間、ふわりと転移を踏んでディノが降り立った。

ネアが顔を輝かせるとほっとしたように眉を下げたが、すぐさま持ち上げられ、ネアは叱られてしまう。

「ネア、すぐに呼ばないといけないよ」

「まぁ、呼ぶと見付けやすい仕組みだったのですか?」

「呪いには満たないものの、精霊の檻だからね」

「先程の女性は、精霊さんだったのですね………」

「怪我はないかい?怖い思いはしてないね?」

「オルガさんが、槍でてやっとやって守ってくれたのですよ!とても強かったのです!」

「……………浮気」

「そして、ニエークさんはちょっと鬱陶しいです。しかしながら、これからはきっとお仕事を頑張ってくれる筈……なのです」

「…………彼に何かしてあげたのかい?」

「きりきり働けと言いました」

「…………それならいいのかな」

魔物が少しだけしゅんとしているので、ネアは手を伸ばして頭を撫でてやる。

そうすると少しだけこちらを見上げ、ほんのりと目元を染めるのが可愛い。

(………可愛いと思えるか、怖いと思うかの差なのかしら)

「さて、ここは崩してしまおう。ニエーク、自分で壁を作れるね?」

「はい、我が君。オルガもこの時期であれば問題ないでしょう」

その直後、硝子にひびが入るような音がすると、不思議な雪原の世界はばらばらになった。

とても綺麗だったので少しだけ残念ではあったが、ネアはディノの首に手を回してそんな檻の崩壊を見守る。

その破片の全てが砕け散ってしまうと、そこはもう、先程の部屋だった。

「ネア、大丈夫かい?」

「ノア!白熊のような獣さんを、オルガさんがてやっと倒してくれました」

「ありゃ。何で好感度が上がってるのさ?!」

「一緒に変態とお話ししてくれたからでしょうか?」

「わーお、そこまで全面的に出してくるやつかぁ……」

先程の精霊の女性が見えないがまさかと思ってネアがきょろきょろすると、ノアから、ややこしくなるから一度帰らせたと聞いた。

精霊は心が荒ぶりやすいので、万象の指輪持ちを巻き込んだと知り、号泣してしまって大変なのだそうだ。

なお、先程の女性は、オルガと共に、働かないニエークの仕事を肩代わりしていた雪の精霊で、そんな戦友のオルガも逃げ出してしまったと悲観し、思い詰めていたのだった。

「あの方には、こちらを空ける事情を話せば良かったのではないでしょうか?」

「彼女は精霊だからな。黙っていられないんだ」

「精霊さんはそんな感じなのですね………」

(……………む)

ふと、奇妙な攻防戦に気付いたネアは首を傾げる。

なぜか、こちらににじり寄って来ようとするニエークを、アルテアが邪険に追い払ってくれているではないか。

お願いする前によく働いてくれる使い魔に、ネアはほっとして肩の力を抜いた。

「なぜお前が立ち塞がるんだ。使い魔風情が」

「ほお、そういうお前は赤の他人だろうが」

「ご主人様は、仕事を頑張るようにと励まして下さった。この冬を完全に治める為にも、今のうちにお姿を脳裏に焼き付けておきたい」

「……………おい、おかしな奴をつけあがらせるな」

「しかし、頑張っていただけるのであれば、みんなの為になります。オルガさんの苦労も報われることでしょう」

「さては気に入ったな?」

「む。気に入るというよりはやはり、一緒に変態に立ち向かったので、その方と組まなければならなかった苦労がうかがえたからでしょうか。それに、槍がしゅばっとして恰好よかったですよ!」

「ネアが虐待する…………」

「むむぅ」

とりあえず、ニエークはきちんと仕事をすることになった。

本人がとても張り切ったので、冬の統括の交代は見送られることになる。

ご主人様にしっかり働くように言われ、張り切って働くことにしたのだそうだ。

冬が明けたら褒めて欲しいようなので、ネアはその頃にまたこの変わった魔物と会う羽目になりそうだ。

なお、ネアは、オルガの角を蹴り折るよりも、お城にいっぱいあったニエーク所蔵の雪菓子を大量に貰う方を選択した。

サンタクロースの贈り物のように、白い袋にたんまり詰め込んで貰い、ほくほくで跳ね回る。

帰りは転移ではなく、置いてあるのに気付きネアが興味を示した雪の結晶の橇で、オルガがリーエンベルクまで送り届けてくれるのだそうだ。

トナカイの魔物の橇はとても珍しい魔術で動くもので、冬の魔術を凝らせた真っ白な雪のトナカイ達が橇を引くのだそうだ。

ふわりと浮かんで空を駆けるそうなので、ネアは怖い思いをさせられたことを許してやることにした。

勿論、ディノの気持ちはまた別の問題なので、そちらはディノの判断次第だ。

「でも、何と言うか、ニエークさんを私に近付けないように頑張ってくれるなら、そのまま元気でいて欲しいですね」

「…………うん。ニエークの管理を任せようかな」

「ありゃ、確かに、今は失えない人材だったかぁ………」

「寧ろ、オルガさんが離れた後に、ニエークさんが暴走したらと考える方が怖いです」

「さっきの精霊の女の子にも、管理を任せておこうか」

「あの方なら、しっかり怒ってくれそうですしね」

ディノとノアもそう頷き、今はまだアルテアと戦っているニエークを眺める。

今の二人は、ご主人様のことをどれだけ知っているか合戦になってしまっているが、そのやり取りはアルテアがはっと我に返って黙るまで暫く続いた。

ネアとしては、雪の魔物を下僕にしたつもりはないので、是非に相手にしないで欲しいと思っている。

「アルテアさん、オルガさんが素敵な橇に乗せてくれるので、もう帰りましょう?使い魔さんが頑張っていることは、私も皆さんも良く知っていますから」

「やめろ」

「そして、言わせて貰えば私はパイ全般が好きなのではなく、パイをしっとりまとめてくれるシチューなどが入っている、お口の中ががかさかさしない系のさくさくとろりなパイが好きなのです!」

「…………ああ、そうだったな」

「なんだ。アルテアも大したことがないな」

「…………ニエーク」

「ニエーク、アルテアはそれでも彼女の使い魔なんだ。君が張り合うことじゃない。寵愛を得ようとするのは烏滸がましいんじゃなかったのか?」

「勿論、ネア様と万象の君が添われるのは大歓迎だ。しかし、我が物顔で領域を主張する使い魔はいささか鼻につく」

「ほお………?」

そんなやり取りが始まってしまい、ネアはディノと顔を見合わせた。

ディノも何だか憂鬱そうなので、そろそろお開きにして欲しい。

「シル、あれいいの?」

「ご主人様と呼んでいいのは、私だけなのだけれどね」

「ディノ、そこで張り合ってはいけませんよ。でも、ニエークさんがその呼び方をしないでくれる方が嬉しいのは確かですね」

「喜んで!」

「……………怖いです」

「わーお、それもご褒美なんだ………」

ネアが震え始めてしまったので、ご主人様にご主人様呼びを禁じられてあまりの残酷さに歓喜で頬を上気させたニエークは、御客人を送って帰るオルガの手でひとまず隣室に監禁して貰った。

お見送りを禁じられて鍵のかかる部屋に閉じ込められながら、この冬は馬車馬のように働きますと一生懸命に訴えてくるので、ネアは渋面のままこくりと頷く。

ご機嫌のニエークの前でガチャリと扉が閉じて、一同は深い溜息を吐いた。

「……………送っていこう」

「ふぁい……………」

「ネア、怖かったね…………」

「ふぎゅ…………」

すっかり意気消沈したご主人様を、ディノはそっと素敵な橇に乗せてくれた。