軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

206. クラヴィスの夜には誕生日会があります(本編)

いよいよイブメリアの前夜祭も佳境になり、クラヴィスの夜を迎えた。

この夜を跨げばもうイブメリアなので、ネアは素敵な飾り木で煌めく街を楽しむべく、早朝からうろうろしてしまった程だ。

「しかしながら、謎にレイラさんが失踪したので、クラヴィスの日のまま、せっかく一日遅れで済んでいたイブメリアへのカウントダウンは一時停止となりました………」

「………なぜ逃げたのだろうね」

「目撃証言によると、物凄い姿勢で頭を抱えているのが目撃されたのが最後で、その二時間後にはもう、大聖堂から失踪しているのが確認されたのだとか」

「…………今朝だとすれば、何かあったかな?」

「………グレイシアさんの初恋脱走事件も、解決してから少し時間が経っていますしね……」

「あの獣がアルテアだと知ってしまったのかな?」

「その場合、頭を抱えてしまうのはアルテアさんなのでは………」

「………そう言えば、今夜はアルテアの誕生日会はやるのかい?」

「準備をしてしまいましたので、今日やってしまおうということになりました。事情はよく分かりませんが、アルテアさんを見張る必要があるのでウィリアムさんも絶対に来てくれるそうですよ。仲良しですね!」

「そうなのかな………」

となると本日はクラヴィスだが本番のクラヴィスではないので、各種儀式はリハーサル扱いになる。

クラヴィスとバベルクレアにこのような事態になると、失踪者が戻って来たところで再開ではなく、きちんとその前夜祭や前々夜祭をやり直すのだそうだ。

よって、現段階ではもう、クラヴィスはやり直しが決まったということなのだった。

レイラの失踪に関しては、グラストとゼノーシュ組が担当している。

今回の失踪に関しては少しばかり逃走に近い趣があるので、隠れたものを見付け出すのに長けているそちらのチームの方が向いているそうだ。

「とは言え、今夜はアルテアさんのお誕生日会です」

「君の好きなクラヴィスの鶏肉はあるのかな」

「ふふ。それはもう、料理人さんが下拵えしてしまったので、晩餐に出て来るのは確定しているのです!」

かくして、今年一度目のクラヴィスの夜に、アルテアの誕生日会が始まった。

「アルテアは抜け目ないよね。多分今日は、本当に彼の誕生日だと思うよ」

「なぬ……」

そう言うのはノアで、曰くアルテアは自分の派生した日を忘れる筈もないのだとか。

本日のクラヴィスの夜が本番ではなくなったので、デートの待ち合わせは遅い時間になったらしく急遽参加してくれている。

参加者が増えた方がアルテアも嬉しいに違いないので、ネアはまたしてもイブメリアが延期になったことでの思わぬ恩恵を嬉しく思っていた。

「アルテアは選択だからね。それに僕も、何となく覚えてる。ねぇ、シル?」

「うん。今日で合っていると思うよ。ウィリアムとアルテアは、この日に派生したんだ」

「と言うことは、ウィリアムさんも同じ日に誕生日会をやれば良かったですね」

しゅんとしたネアがそう言えば、ウィリアムは微笑んで首を振った。

「俺は、…………最初の日のことはあまり覚えていないんだ。寧ろ、新しく設定した日のことをこれからは覚えていきたいな」

「では、ウィリアムさんのお誕生日は盛大にやりましょうね!」

「そう言って貰えると、楽しみだ」

「………こいつは結局いつになったんだ?」

「みなさんのお誕生日が続くと疲れるだろうと言ってくれて、ウィリアムさんは薔薇の祝祭の月になったんです」

「わーお、一人だけ特別感を出そうとしてるよねそれ」

「お前は、相変わらずの腹黒さだな」

「困ったな、何でそう勘繰られるのかさっぱり分かりませんね」

クラヴィスの夜は、ふくよかな紫色の色味を帯びた濃厚な夜の帳を下ろしている。

そこに青白く光る雪景色が違う色味を添えて、何とも贅沢で美しい夜の光が揺らいでいた。

本日の会場には、家事妖精が気を利かせてくれたものか、深みのある赤紫色の薔薇がふんだんに生けてある。

イブメリアの前の季節らしく、赤い実とモミの木の葉のようなもののリースも飾られているので、何とも華やかだ。

「今日の空は、冬の新月の日の夜空のような不思議で綺麗な色ですね」

「元々のものではなくても、その通りであっても、高位の人外者が祝い事の日として設定したからね。あちこちで大きく魔術が動いているんだ。元々あったクラヴィスの祝祭の魔術と合わさり、面白い色合いになったね」

そう言うディノの言葉に、ネアだけでなくエーダリアやグラストも窓の外を見た。

今日は、選択を司るアルテアの祝い事の場だ。

動く魔術とそこで派生する祝い事の祝福の恩恵に与る為、エーダリア達も出来る限り参加する方針だった。

クラヴィスの本日より暫しカレンダーの日付は一時停止となるので、レイラの失踪に関しての打ち合わせなど、決して暇ではないのだが、単純に知り合いの誕生日会を祝うということ以外にも、そのような恩恵があるので外す訳にはいかないのだった。

「アルテアさん、お誕生日おめでとうございます」

ネアが音頭を取ってそう言えば、細やかな金色の泡の立つ下の方が藍色になった不思議なシュプリのグラスを持つアルテアが、ふわりと意味ありげに微笑んだ。

その微笑みの優雅さと仄暗さに、ネアはこの魔物を初めて捕まえて来た日のことを思い出す。

あれから随分と懐いてくれたが、やはり魔物らしい魔物なのだと思う。

「しっかり祝えよ」

「むむ。とは言えすっかり懐いてしまいましたね」

「懐いたも何も、お前が望んで使い魔にしたんだろうが」

「解せぬ」

「やれやれ、アルテアは大袈裟ですね」

「っつーか、何でお前までいるんだ」

「勿論、あなたが羽目を外し過ぎてネアを困らせないようにですよ。………ネア、アルテアがあまりにもはしゃぎ過ぎたら叱るからな」

「お前の立ち位置こそ、はしゃぎ過ぎなんじゃないのか?」

「ウィリアムさん、せっかくのお誕生日ですから、今日ばかりは少しばかりはしゃいでもいいと思います……」

「おい、はしゃぐ前提の会話をやめろ」

そんな風に言うくせに、今夜のアルテアはきちんとネアが指定した時間の十分前にはリーエンベルクに来ていたし、深い葡萄酒色の艶のある漆黒のスリーピース姿で、純白のシャツにクラヴァット。

同じく白のポケットチーフ、艶々に磨き上げられた黒い革靴と、決して華美ではないが、素材の様子などから、かなりいい装いで来ているような気がする。

(アルテアさんでも、誕生日会にはお洒落してしまうものなんだわ………)

彼は高位の魔物であるし、老獪な魔物らしく得られるものを貪欲に得る為だけのお誕生日主張かと思えば、こんな風に喜んでしまう無垢さもあるので何だか微笑ましいではないか。

「何をするのだ!」

「そのおかしな笑い方をやめろ」

「むが!使い魔さんがお誕生日にわくわくしているのを、優しい気持ちで眺めていたのです。弾んだり、涙してもいいんですよ?」

「するか」

「ディノ、アルテアさんが素直ではありません」

「アルテアも、嬉しいと弾むのだね」

「だからやめろ。弾む訳ないだろうが」

そんなやり取りをしていると、ゼノーシュがこてんと首を傾げた。

手に持ったお皿には、誕生日の主賓より早く切り分けた、クラヴィスのチキンを乗せたお皿を持っている。

「アルテアは、今年から一歳になるの?」

「……は?…………しないぞ」

「わかった。歳下にならなくて良かった」

少し安心したように、ゼノーシュはきりりと頷く。

思いがけない質問だったのか、アルテアは眉を寄せて困惑の表情をちらりと浮かべた。

ゼノーシュ曰く、初めて誕生日を祝うからと今日から一歳としてアルテアが歳下となると、扱いをどうしていいのか分からないということだった。

歳下にならないと分かってほっとしたのか、二回目のチキンを取りに行っている。

「またこれからも、ネアが世話になると思うが、どうか宜しく頼む」

「何かとご縁が続くでしょうから、今後ともどうぞ宜しくお願い致します」

そう挨拶をしたのはエーダリアとヒルドで、彼らが何の契約もないアルテアに、正式な誕生祝いの言葉をかけることはない。

今日のその日に祝い事の魔術が敷かれた段階から、正式な祝いとその受諾が行われると魔術的な繋ぎが生まれてしまうからなのだ。

やはり、ただ善良なだけの魔物ではないので、その様な繋ぎは警戒せねばならない。

「間違いなく、こいつは引き続きやらかすだろうな」

「アルテアさんもやらかす派なのに、なぜにそんな目をされるのかさっぱりです」

「何で俺をその派閥に入れたのか、さっぱりだな」

「むむぅ。危うくバーレンさんのものになりかけたり、ちびふわになって夜も一人で寝れなかったりしたのに……」

「…………おい、表現がおかしいぞ」

素直ではない使い魔をつつきながら、ネアはテーブルの上のお料理に頬を緩める。

元々クラヴィスのお祝い料理だったチキンは勿論だが、他にもぷりぷりの生海老に宝石のようなコンソメのジュレを散らしたものや、鳥レバーのパテとかりっと焼いた栗のビスケット、鹿肉をほろほろに煮込んだシチューのようなもののベリーソースがけ、白身魚のとろりとしたクリームソースのミルフィーユ仕立て。

銀色のフォークに乗せたのは、ほくほくに茹でたアスパラに、少しだけ辛味のあるマヨネーズのようなソースと、かりかりするナッツを振りかけたものだ。

ソースは上から焼き目をつけてあり、あつあつなのがまた美味しくてくせになる。

今夜は主賓の気質的にあらためて着席するのもどうだろうと、立食スタイルの晩餐で、ネアはしっかりとお料理の配置を頭に入れていた。

「アルテアさん、これからの一年の抱負はありますか?」

「特にないな」

「私にパイやタルトを届けるというものでも、私を美味しい晩餐付きであの素敵なお家に招待してくれるという野望でも構いません」

「…………お前な」

「おや、アルテアはネアを家にも招いているんですね。ネア、今度誘われたら俺も行ってみたいな」

「まぁ!じゃあ今度はご一緒します?」

「おい、勝手に決めるな」

「ご主人様………」

「ふふ、ディノも一緒ですよね」

「俺の話を聞いてたか?」

「む?」

「僕はいいかなぁ。アルテアの屋敷は興味あるけど、色々忙しいからさ」

「お前を呼ぶ気はさらさらない」

「ありゃ。とか言って、案外アルテアは振る舞い料理とか好きだよね」

「言っておくが、毎回俺を呼びつけているのはそいつだぞ?」

話を振られたネアは、エーダリアとの密かな鶏皮戦争の現場から振り返った。

一番素敵に香草がまぶされ、かりじゅわわな飴色のところが切り分けの順番的にやっと回ってきたのだ。

しかし、振り返った隙に狙いの部位を奪われてしまい、はっと悲しげに息を飲む。

「…………エーダリア様、大人気ないですよ」

「ヒルド、今のは順当だぞ。ただ、普通に取っただけだ」

「ネア様も欲しがっていらっしゃったでしょう?男性として如何なものでしょうね」

「だが、もう食べてしまったからな」

「…………まったく。どうしてこんなところでだけ頑固になるんでしょうね」

そんなやり取りを聞きつつしゅんとしてアルテアを見上げると、眉を持ち上げてこちらを見て溜め息を吐かれた。

ネアはかけられた言葉に答えようとしたのだが、どうしても狙っていた鶏皮を失った落胆を感じずにはいられなかった。

「ふぎゅう。お誕生日に鶏皮のことで頭がいっぱいでごめんなさいなのです」

「ったく…………」

そこでアルテアは、おもむろに取り分け用のナイフを取ると残っているチキンを手早く切り分け始めた。

そしてその中の一部分をネアのお皿に乗せてくれる。

「皮を食べるならそこだ」

「なぬ……………」

ネアが狙っていたのは、分かりやすく皮目がぱりっとしていた丸鶏の背中の部分だ。

しかし、アルテアのお勧めは違うところであるらしい。

目をきらきらさせたネアが貰ったところをぱくりと食べてみると、かりかり皮とお肉のバランスがとても素晴らしく皮目の塩味と、お肉の油が調和の取れたジューシーさをお口の中で繰り広げてくれる。

「我が人生に悔いなし!」

「ネアが虐待する………」

「は!ごめんなさい、ディノ。一瞬、頭の中には鶏肉のことしかありませんでした」

「ご主人様…………」

慌てて現世に戻ってきたご主人様は、しょぼくれた魔物の体に体当たりしてやり、まだまだ現役続行の意思を伝えた。

更には、エーダリアが真顔でこちらのお皿をじっと見ているので、仕方なく貰った部位の説明をしてみる。

「エーダリア様、私が貰ったのはこのあたりですよ。次回は、正々堂々と個人勝負するので、また挑戦して下さいね」

「………この辺りだな。次こそは」

「エーダリア様、ですから………」

「ヒルド、その戦いはもう止められないと思うなぁ」

「その部位を切り分けるなら、ナイフは上から入れろよ」

「はい!」

お部屋の中には目で見てもほこほことする火鉢があり、炭鉱石の火箸がきらきらと光る。

黒色半透明の黒曜石のような素材で、古くからあるものなのだそうだ。

アルテアが悪くないと興味を示しており、陶器製の白と藍色の火鉢にも、この色の火箸が合うのだと新しい発見があったようだ。

「アルテアさんに贈り物なのです!」

お食事も落ち着いた頃に、ネアがそう言って深緑色の包装紙に包まれた箱を差し出すと、アルテアは赤紫色の目を瞠った。

途中で上着を脱ぎ、魔術の繋ぎの問題があるので贈り物などを出来なくて申し訳ないと話すグラストと会話をしていたのだが、警備魔術と、美味しい素朴な葡萄クッキーの作り方で会話が弾んでしまい、荒ぶったクッキーモンスターが割り込む場面があった。

そんな荒ぶるクッキーモンスターは、ゼノーシュが喜ぶかなと思ってクッキーのレシピを聞いたので今度作ってやるからなと言われ、笑顔になってしまう可愛い生き物である。

「………よくシルハーンが許したな」

「ふふ。私はアルテアさんと使い魔契約をしてますから、魔術の隙間を縫うやり方をノアが教えてくれたんですよ」

本来、使い魔契約をしているご主人様からの贈り物だと、祝福に、そして繋ぎの魔術となってしまう。

なので今回は、その贈り物に特定の意思を込めることで、ご主人様からの業務命令の一環としての備品付与に魔術を仕切るという面白い方策を取った。

ネアの言い方に何か不安を覚えたのか、アルテアは無言で包装紙を開け始める。

ばりっとどこからでも破る方式の心臓に悪いヨシュアのやり方とは違い、アルテアはきちんと開けるべきところを開け、包装紙も綺麗に畳む派らしい。

「……………お前らしい」

そして、箱を開けた瞬間にも一度動きを止めていたが、テーブルに置いた箱から中身を取り出すと、どこか達観したような静かな表情になる。

ずるりと箱から引っ張り出されたのは、しっかりとした青い深鍋だ。

蓋の一箇所には可愛らしい窓のようなデザインで霧水晶を用い、お鍋の中が確認出来るようになっている。

「既に持っているものになると困るので、アイザックさんにも相談しました。これは新しく開発されたもので、でも老舗のお店の伝統も受け継いだ形で、とっても良いのだそうです」

「…………クレーのザガス型だな。打ち模様があるが、素材は…………夜霧の結晶か?」

「はい。お料理の水分を素敵に維持する素材なのだそうです」

ネアがアルテアに贈った品物を見て、エーダリア達は何やらひそひそと話し合っている。

ネアの隣から贈り物の箱を覗き込んだウィリアムが、ひどく優しい微笑みを浮かべた。

「いい鍋だな。アルテア、良かったですね」

「…………ご機嫌だな、ウィリアム」

「このお鍋で、美味しいものをじゃんじゃん作って下さいね!調理用の便利魔術をたくさん仕込んであるお鍋ですし、お菓子のソースなどを作る際にも使えるそうです」

気に入ったかなとじっと覗き込むネアに、アルテアはどこか恨めしげにこちらを見て小さく息を吐くと、ネアの頭をくしゃりと撫でてくれた。

「使えそうですか…………?」

「ああ。今度これで何か作ってやる。鍋の特性を見るなら、まずは煮込み料理系統だな」

「煮込み料理様!!」

喜んでくれたようだぞと二度ほど弾んだネアは、お鍋の箱が入っていた袋の底をさっと指差した。

「そしてそちらは、大事な使い魔さんの、お料理をする魔法の手を守る為のものです」

「……ん?」

まだあったのかと、薄っぺらい箱を取り出したアルテアは、包装紙を剥いで箱を開けると目を丸くした。

「手袋です!アルテアさんは衣装持ちなので、使い勝手の良さそうな黒い革のものにしました。お気に入りの手袋に混ぜて、いつか使ってくれると嬉しいです」

もう一つの贈り物の手袋は、闇竜の革を使ったシンプルな黒い革手袋で、その代わりに縫製が素晴らしく、手に嵌めるとその持ち主の手の形に綺麗に形を整えてくれる素晴らしい魔術がかけられている。

手首のところも綺麗にフィットするので、ネアに素敵なパイを届けるアルテアの手を、確かに守ってくれるだろう。

「………手袋か。この刻印はウィームの専門店のものだな」

「はい。素敵な手袋がたくさんあって迷ったのですが、惜しみなく使えるような機能性重視のものにしました。とは言え革がいいものなので夜会にもつけていけれるそうですし、馬車に轢かれても大丈夫なくらいに丈夫なのだそうですよ!」

こちらを見ていたノアが、その説明に不思議そうに首を傾げる。

「え、アルテアって、手だけ馬車に轢かれたりするの?」

「アルテアさんはよく事故に見舞われているので、念の為に丈夫なものにしました!」

「ありゃ。そう言えば確かに。でも、手袋もあって良かったよ。料理人の手を守るって趣旨なら手袋を贈っても大丈夫だよとは言ってその術式もあげたのに、いきなり鍋が出てきたからそれだけになるのかと思った」

「お鍋に出会ってそれだけでもいいかなと考えてもいたのですが、ディノが、すっかりお鍋を贈ることに夢中になってしまった私に、お鍋だけなんだねとしょんぼりしたので、手袋もあった方がいいのかなと考え直したのです」

「シルハーン、鍋だけでも充分だったと思いますよ?」

ウィリアムにそう言われたディノは、お鍋だけだとアルテアは拗ねなかったかなと首を傾げている。

自分ごとに置き換えた時、お鍋だけの誕生日の贈り物を想像したら少し悲しくなったのだそうだ。

「ぴったりですか?」

ネアはさっそく手袋をはめてくれた優しいアルテアに、わくわくしてその手元を覗き込む。

するとこちらを見下ろした赤紫の瞳に、どこか満足げな光が揺れた。

まるでカナリヤを食べてしまった猫のような表情に、ネアはその手袋がさぞかしぴったりだったのだろうと笑顔になる。

今日は片側だけを掻き上げたようなスタイルにしている前髪がはらりと揺れ、額と目元に落ちる影が瞳の色を複雑に変える。

身につけるものは、しっくりと身に馴染むと何だか嬉しいものだ。

「………ああ。ぴったりだな」

「お誕生日のカードは、私とディノからです」

「……何で連名にしたんだ」

「ディノの文字があるとお祝いの文句は難しいので、いつも美味しいものを有難うのカードですからね」

「いや、だったら尚更シルハーンはいらなかっただろ」

「しかし、私からだけだとアルテアさんもしょんぼりしてしまうでしょう?ディノからも何かあると嬉しいですよね。本当は、私から二個ではなく、せめて一つくらいはディノからのものが欲しかったでしょうが、色々魔術の理が難しいようなので、ごめんなさい、それで我慢して下さい」

そう言われたアルテアが困惑したように言葉を失ったので、ネアはこれは喜んでいるぞと微笑みを深める。

「…………僕、ネアのそういうところ好きだなぁ」

「ノア、私だって繊細な心遣いが出来る大人の女なのです!」

「ありゃ。アルテアが考え込んでるよ。……それと、僕はそろそろ時間だから行かないとだ。アルテア、これは僕からね」

ここでノアはデートの時間になったのか、綺麗な羽模様のマーブリングが美しい包装紙の箱をアルテアに渡す。

「…………お前から?」

「と言うか、僕が贈り物の魔術を調整して、リーエンベルクから、かな」

ノアがそう言えば、エーダリアやヒルド、グラストにゼノーシュも頷く。

「でも、魔術の織りを崩して変な繋がりが出来てもいけないから、僕からってことで」

そう言われて無言で包装を開けたアルテアは、中から出てきた素敵な銀色のブラシにぴしりと固まる。

「………これは何だ」

「マッサージブラシだよ。ネアがアルテアはよく後頭部を打つから心配だって話してたから、禿げないようにね」

「……………は?」

「髪を梳かすときにこれを使うと、地肌の血行が良くなるんだってさ。人間もだけど、魔獣にも使えるらしくて、ひと月に十本作るのがやっとだから予約注文殺到の大人気商品なんだよ」

アルテアはまだブラシを見たまま固まっていたので、ノアは笑顔で手を振るとデートに出掛けていった。

「今は素敵にお洒落しているので、今度のんびりしている時に梳かしてあげましょうか?」

「…………ネアが浮気する」

「ディノ、こういう品物は、見目麗しい方の方が使用に抵抗があるものなのです。どこかで、使うと気持ちいいと知らない限り仕舞い込んでしまいそうなので、使い心地を知って貰わなければなりません」

「アルテアの髪の毛なんて……」

「それならシルハーン、俺がやりましょう。身長的にも立ったまま出来ますし、ネアよりやり易いですしね」

「絶対にやめろ」

アルテアは渋面でいたが、ここのブラシはとても優れもので、エーダリアも使っていると聞くとますます困惑したようだ。

人外者の頑強さと違い、元々脆弱な肉体を持つ人間の魔術師は、魔術を溜め込む髪の毛を大事にする。

その為に、このようなブラシや櫛は重宝されるのだった。

その後、初めての誕生日会もなかなかに盛り上がり、グラストとゼノーシュ組は明日の早朝からの仕事もあるので早めに退出した。

ウィリアムが持ち込んだお酒が美味しかったこともあり、ネア達は長椅子のある区画に移り、更に二時間ほどお祝いを続けた。

エーダリアとヒルドがそこで退出し、本日はお泊まりの主賓と、夜明け前に帰るウィリアム、明日のお仕事はお昼前の遅めからになるネア達が部屋に残る。

「ウィリアムさんは、眠たくないですか?夜明け前に出るのなら、あまり無理せずに休んで下さいね」

「ああ。ネアとこうして飲むのは久し振りだからな。楽しんでいるよ」

「アルテアさんのお誕生日なので、ついつい長居してしまいますね!」

「うーん、そうきたか」

「…………さて」

そこでネアがおもむろに立ち上がると、隣に座っていたアルテアが眉を持ち上げた。

「ディノ、お願いします!」

「うん。かけるよ」

ネアが凛々しく合図を出し、ディノが頷く。

状況が理解出来ないままのアルテアとウィリアムが素早く視線を交わして困惑を深めていると、ネアの反対隣に座っていたディノは、何だ何だという顔のアルテアに向き直った。

「フキュ?!」

次の瞬間、先程までアルテアがいたところには、白くてふわふわのちびふわもどきが出現する。

「…………シルハーン、これは?」

「ネアがね、誕生日の正式なお祝いがアルテアのままだと難しいと悩んでいたからね。ノアベルトが提案したようだ。魔術の編み方を教えて貰ったから、これくらいなら私にも何とか出来るが、さすがに見た目が醜悪になるので角はやめておいたよ」

そんな風にウィリアムに事情説明をしているディノを背後に、ネアは長椅子の上でふるふるしている角無しのちびふわもどきを両手でそっと持ち上げると、その顔にふわりと口付けを落としてやった。

「フキュフ?!」

ぴっとなったちびふわのおでこを撫でてやり、さてと背筋を伸ばした。

「お誕生日ですから、特別ですよ?ディノ、もしもの時は受け止めて下さいね」

そう宣言した後、ネアはちびふわをぽーんと上に投げ上げて、高い高いの儀式を行った。

座ったまま観客になったウィリアムが、そう言えばこの辺りにはこんな風習があったなと呟いている。

ムグリスディノは五回だったので、荒ぶらせないようにちびふわは三回で儀式を終え、無事に床に落とすこともなく高い高いも終了する。

目をまん丸にして尻尾をけばけばにしているちびふわの愛くるしさにくらりときたが、ネアはこのまま朝まで抱っこしていたいと泣き叫ぶ心を殺して、お誕生日なのでとちびふわを人型に戻して貰った。

「アルテアさん、お誕生日おめでとうございます!」

「………………最初のは何だ」

「あら、こちらでは家族やお友達には、誕生日には祝福の口付けを贈るんですよ。私も去年、みんなにして貰いました」

「口に………いや、別にどうでもいいが」

「むむ?頬っぺたにしたつもりでしたが、ちびふわのお顔が小さいので変なところに当たったのでしょうか?問題ありませんでしたか?」

「……………ああ」

無事にお誕生日会がお開きになった後、ネアはウィリアムから一つだけ指摘を受けた。

自分の時は頬っぺたでいいが、アルテアちびふわはおでこに口付けされた方が喜ぶとのことだった。

「ふむ。ちびふわアルテアさんは、おでこにして欲しかったのですね。可哀想なことをしてしまいました」

「来年からはそうするといい」

「はい」

「背中でいいんじゃないかな……」

「確かに、背中やお腹の方が面積も広いですね」

しかしネアは、その後なぜか荒ぶった魔物達にお腹は絶対に駄目だと叱られてしまったので、ちびふわのもふもふお腹に顔を埋める野望は露と消えた。