軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

クッキーモンスターの夏休み 2

「ゼノーシュ、まだ寝てないのか?」

真夜中に物音がしたので扉を開けてみたら、グラストが出てきたところだった。

扉を開けなくてもグラストだとわかったけれど、扉を開ければもう一度会えるので開けてみたのだ。

「今日のこと思い出してたら、眠れなかったの」

「ケーキかな」

「ケーキと、グラストが持ち上げてくれたのと、……世界で一番」

そう言うと、グラストはまたふわりと笑った。

その微笑みがいつかどこかで見た幸せそうなもので、ゼノーシュははっとする。

(………そうだ。グラストは、いつもこの顔で笑ってたんだ)

あの小さな女の子を抱き上げて、くるりと回してグラストはこんな風に笑っていた。

優しくて、暖かくて、そしてどこか切実な胸の痛みを感じさせるような目で。

抱き上げて抱き締めた小さな自分の娘が、毎日少しずつ死んでゆくのを知っていた父親の顔で。

窓の外でホーという梟の鳴き声と、夜の虫が鳴いている声が聞こえる。

穏やかな夜の光が揺らめき、窓枠の形に廊下に落ちた影の中で優しい目をした人間を見上げる。

「………あのね、グラスト。僕強いよ?」

「どうした?ゼノーシュが強いのは知ってるぞ」

寝間着なのか、いつもより寛いだ格好のグラストは笑って頷いてくれた。

そうじゃないよと首を振れば、また優しい目で続きを促してくれる。

「うん。でも、グラストが思ってるより、ずっと強いんだ。病気をしたりもしないし、転んでも怪我もしないよ。それに、グラストが寂しくないように、僕はグラストより長生きするから安心してね」

そう言った途端、グラストの微笑みが少しだけくしゃりとなった。

暗闇の中で目が光ったのは、涙目になっているからかもしれない。

でも、ゼノーシュは、この瞬間にこれだけは言っておかなければと思ったのだ。

大好きなグラストが、ずっと安心して生きていけるように。

どこかや何かで、不安になってしまわないように。

随分長い間、グラストは黙り込んでいた。

でもずっと微笑んでくれていたので、ゼノーシュは安心して待っていられる。

去年の今頃はまだ知らなかった白いケーキの甘さと、頭を撫でてくれる手の温度のことを考えていられる幸せな時間だった。

「…………そうか。じゃあ、俺は安心してずっとゼノーシュと一緒にいられるな」

穏やかな声が、するりと夜に染み渡る。

泣きそうだけれどとても幸福そうで、その声に抱き締められるような気がして、ゼノーシュはぷるぷるする。

(…………大好き)

腹ペコでぼろぼろで一人ぼっちだったゼノーシュに、美味しいクッキーをくれたグラスト。

自分はそれなりに幸せだと思っていたゼノーシュに、こんなに素敵な世界を教えてくれたグラスト。

(僕の、大好きなグラスト)

だからゼノーシュは、いつだってグラストには安心していて欲しい。

「俺は、ゼノーシュに何をしてやれるんだろう」

「たくさんあるよ!一緒にいることと、笑ってることと、元気でいてくれること。後はね、また撫でて欲しいし………竜はだめ」

「ケーキやクッキーは?」

「…………食べる」

しゅんとしてそう付け加えると、大きな手でわしわしと頭を撫でて貰った。

幸せでいっぱいでほこほこしてると、暗闇の中から、飲み物用のワゴンがするすると押し出されてくる。

「ホットミルクだ!」

「…………ゼノーシュは大人気だな」

「蜂蜜もあるよ!」

どうやら使用人の誰かが廊下で話している二人に気付いて、ホットミルクを作ってくれたらしい。

嬉しくなってワゴンに駆け寄ると、数人の使用人達がさっと逃げてゆくのが見えた。

嬉しくなってきて手を振ると、みんな、廊下の影からこちらを見てにこにことしていた。

「グラストのお家の人間は、みんな優しいね」

「ゼノーシュが可愛くて仕方ないんだろうな。それにしても、ホットミルクで暑くないか?」

「僕、ホットミルク大好きなの。部屋を魔術で寒くして飲むんだ」

「あんまり冷やし過ぎないようにな」

「うん!………グラストは、一緒に飲まないの?もう寝ちゃう?」

「…………よし、折角の休暇なんだ。一緒に夜更かしするか!」

「やったぁ!」

幸せな休暇が続いた。

万全の守りのあるリーエンベルクの方がやっぱり落ち着くけれど、ここにいるグラストも少しだけ気が抜けていて大好きだ。

ちょっと髪の毛がくしゃくしゃだったり、家令に叱られていたりもするのが、とても新鮮な感じがした。

白いケーキの他に、グラストはパンケーキの上にジャムやシロップで絵を描いてくれた。

ずっと取っておきたかったけれど、食べるとあっという間になくなってしまう。

でも何度でも描いてくれるとグラストが言ってくれたので、安心して美味しいパンケーキを食べた。

魚の絵に、ムグリスの絵。

鳥の絵に、ちょっと崩れた犬の絵。

本当はブラウニーも焼いてくれようとしたけれど、なぜだか煉瓦みたいになったので堅焼きのクッキーだったということにした。

幸せな休暇が終わり、リーエンベルクに戻る日がやってくる。

そんな夜明け前の時間に、ゼノーシュはまたしてもグラストの屋敷の門のところに立っていた。

でも、竜の女の子の時とは違い、今度は門の外に立っていて、その向かいには、見たことのない長い髪の精霊が立っている。

赤い髪に緑の目をしていて、体が分厚くて何だか暑苦しい。

「ここは僕の領域だよ」

「ふん、白持ちの魔物か。そんな白さを誇示されて、私が怖気付くとでも思ったか」

そう答える声は意地悪そうだ。

門の向こうから良くないものが近付いてくるのがわかったので、ゼノーシュは起き出してきて、この精霊がやって来るのを待っていた。

こうして対峙してみれば、随分と背が高いので、見上げると首が痛いくらいだ。

「陽炎の精霊だね。僕の領域に何か用があるの?」

「ふん、そんなこと決まっておる。私がこの手ずから、この土地の人間達を殲滅してやろうと言うのだ」

「………どうしてそんなことをするの?」

「簡単なことだ。この土地にある、あの丘の上の木が気に入ったのだ。あそこに、私の家を建てるのでな」

「もうすぐ秋になるよ。すぐにこの国から旅立たなければいけないのに、家を建てるの?」

「世界中に、屋敷などいくらでもある」

「…………諦めてくれないんだね」

小さく溜め息を吐く。

戦うのはあまり好きじゃないけど、どこかに追い払ってもまたここに来てしまいそうな気がする。

グラスト達はまだ起きていない。

ここを訪れた精霊が邪悪なのと、ある程度階位の高い精霊だったので、起きてこないように魔術で覆っているのだ。

駆けつけてもグラストには、この精霊と戦う力はないので、それなら知らないままでいた方が安全だから。

「ピ」

「あれ、ほこり?」

しかし、大切なグラストを傷付けるようなことを言ったこの精霊をぺたんこにしようと思っていたところで、ゼノーシュは思いがけない友人の声に目を丸くした。

声のした方を見ると、精霊の長い髪に隠されてしまうような位置に、滅多に外に出て来ない筈のほこりがいる。

「ピギ?」

「そうだよ、悪い奴なんだ!でも、祟りものになると、グラストの屋敷の玄関前だから困るし……」

「ビギ!」

「あ、…………」

次の瞬間、ぎゃあという悲鳴が聞こえたので、ゼノーシュは音の壁をもう一度確認して屋敷の住人達には絶対に聞こえないようにした。

ゼノーシュが倒そうと思っていた精霊は、むぐむぐと喉を鳴らして食べられてしまい、あっという間にほこりのお腹の中に入ってしまう。

ものの数分で精霊はいなくなってしまい、けぷっと息を吐いたほこりに、誰かが物陰から飛び出してきてほこりの口周りと胸元をおしぼりで綺麗にしていった。

そしてまた、さっと物陰に戻る。

「ほこり、今の誰?」

「ピ」

「あ、白夜なんだね。擬態してたから気付かなかった」

「ピギャ」

「そっか、付いてきちゃったんだ………」

どうやら、ほこりが珍しくおでかけするので白夜は慌てて付いてきたようだ。

ほこりとしては、鬱陶しいという認識みたいで少し困っている。

白夜の魔物は、会話を邪魔してはいけないと言われているのか、門の影からじっとりとした目をこちらに向けてきた。

「ほこり、僕に会いに来てくれたの?」

「ピ!」

「それは何?」

ほこりが差し出していたのは、一枚のチラシのようなものだ。

持ち上げている手が短いのでよく見えなくて、近寄って借りてみると、トンメルの宴がまた開催されるらしい。

そのお知らせの手紙だったようだ。

そういえば手紙が来ていたなと、ゼノーシュも思い出す。

グラストと一緒に居るのが楽しくて、うっかり読み損ねていた。

「ピィ」

「そっか、トンメルの宴は紹介制だものね。一緒に行く?」

「ピ!ピ!」

「うん。一緒に行こう!ネアも行くと思うから三人でね」

「ピ!」

ほこりはネアが好きなので、飛び跳ねて喜んでいた。

美味しそうだから中々会えないのだが、トンメルの宴なら他に食べるものがたくさんあるから大丈夫だろう。

(でも、ほこりがお客さんを食べちゃうと危ないから、ネアにアルテアも連れて来て貰おう………)

そう考えて、ゼノーシュはこくりと頷く。

ほこりが物陰に向かって鋭く鳴いたのは、白夜が自分も一緒に行きたいと駄々をこねたかららしい。

「ピ!」

「あ、それで会いに来たんだね。じゃあ、またね」

トンメルの宴に行けることがわかったから安心したのか、ほこりはぽふんと転移して帰って行った。

こうして外に出てくる時、ほこりは滅多に人型にならない。

一度外に出たときに大騒ぎになったからで、求婚者の群れにほこりはぐったりしていた。

(あの招待状、どこで見付けたのかな。持ってた人のこと食べちゃったのかな……)

少しだけその心配は残ったが、悪さをしに来た精霊が綺麗にいなくなったので良かったと思う。

ほこりは凄いなと思いながら、とことこと屋敷の中に帰った。

そろそろ、使用人達も起き出してくる頃だ。

もうみんなが起きてもいいように魔術を解き、ゼノーシュは大事なグラストの屋敷を見上げた。

空の端が明るくなり始めたので、そろそろ夜明けだ。

朝ご飯を食べたら、リーエンベルクに戻る。

ネア達はどんな夏休みだったのだろう。

ディノは、ちゃんとネアにたくさん甘えられただろうか。

「素敵な夏休みだったな」

そこでふと、朝食にグラストがパンケーキが出ると話していたのを思い出した。

こうしてはいられない。

パンケーキの為に、早くみんなを起こさないといけなかった。

ゼノーシュは弾むような足取りで屋敷に駆け戻った。

大好きなグラストに、誰よりも先におはようと言うのだ。