軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

誕生日と狩りの準備

「もうすぐ、誕生日ですからね」

そう教えてくれたのは、数日間姿を見ていなかったヒルドだ。

前の会話の流れを推し量るに、ヒルドのものではなく、エーダリアのものだろうと考え、ネアはこくりと頷いた。

「それはきっと、盛大なお祝いをされるんでしょうね」

「このような任務の合間ですから、正式なものは行わないようです。とは言え、あの方のお立場もありますから、このようにご不在にされる事もあるでしょう」

エーダリアの王子としての社交と責務は終わったが、ガレンエーベルハントのガレンエンガディンとしての責務と社交はある。

一介の魔術師ではなく、塔という組織の長だからこそ、それは避けては通れないものなのだろう。

「こちらには翌日に戻りますが、もし良ければ言葉をかけて差しあげて下さい」

「最近、近付くと走って逃げてしまうので、カードにした方がいいかもしれません……」

「ネア様、契約の魔物様にカードを差し上げたことはありますか?」

「………ない、……ですね」

ヒルドの指摘に、ネアはぎくりとした。

自分より先にエーダリアが手に入れたとなれば、間違いなく荒ぶるだろう。

「先に渡すにしても、もう明後日のこと。いささか、わざとらしいですね」

「そうですよね。………あの魔物は、そのようなことにはなぜか敏感なのですよ」

(こちらでは、祝祭でもカードを贈り合う文化があるので、その必要が出てくる前に、まず最初にディノにはあげておかないと)

事前に気付けて良かったと胸を撫で下ろし、ネアはエーダリアの誕生日に意識を戻す。

以前の生活の中では、カードは贅沢品だったが、今はもう必要なだけ買えるのだ。

そう気付いて、ネアは嬉しくなった。

「やれやれ、あの方にも困ったものですね………」

「逃げないようにしないと、お祝いもままなりません」

元婚約者から、駆け足で逃げられるのも困ったものだが、最近は早足すら超えてきたので、ネアとしては、もうやめるのだと、一撃食らわせようかと考えている。

このままでは仕事にならないので、上司としての性根を叩き直さねばなるまい。

「歌唱力のあたりでは、普通にされてましたよね?」

ふむ、と顎に片手を添えて考えるポーズになったヒルドは、見惚れるくらいに絵になった。

微かに開いた羽に、陽光が透けて鈍く輝いている様は、漆黒の装いだからこそ際立ち鮮やかに映える。

(いいな、あの羽。一度触ってみたいな………)

「はい。とても意地悪でしたが、歌が上手くなるように伴奏してやろうかとか、歌が上手くなるように、呼吸法を教えてやろうなどと言いながら、寄ってきていたのですよ」

途中で、ギリギリという不思議な音がしたので下を見ると、ネアはなぜか、手にしたハンカチを捻り上げてしまっていた。

どうやら、歌唱力を馬鹿にされたのが悔しかったらしく、我ながら精進が足りないと反省する。

「……それが、どうして悪化を?」

「少し前、お知り合いの歌乞いの方が亡くなったと仰られて、落ち込んでおられたでしょう?」

「ああ。グエンのことですね。蔓草の魔物と契約をして、塔に勤める魔術師でもありました」

彼は、エーダリアの年の離れた友人であったらしい。

ふたまわり程年上だったそうだが、休暇には二人で古書街に行くこともあり、エーダリアにとっては数少ない友人であったのは確かだ。

解り難い性格と、元の立場が災いして、エーダリアはあまり個人の付き合いを持たない。

そんなエーダリアにとって、その人物がどれだけ大切な友人だったのかは、想像に難くない。

「慰めて差し上げようと一計を案じたのですが、久し振りに積極的に関わったせいか、すっかり怯えてしまって………」

「差し支えなければ、どんな案だったかを教えていただけますか?」

「はい。エーダリア様を、ディノと二人っきりにしてみました」

なぜか、ヒルドは片手で頭を押さえた。

「………成る程」

「最近は、私もディノをエーダリア様には任せられないと感じているので、かなり譲歩して差し上げたのに。ご傷心とは言え、困った方なのですよ………」

だがしかし、上司兼元婚約者の誕生日を無視する程、ネアも冷たくはない。

職環境の人間関係は潤滑であるべきだし、お世話になっているのも確かだ。

とは言え問題は、こちらに気付くなり逃げる相手をどう追い込み捕獲するかである。

(野生の獣だと思って、逃げられないよう巧妙に角地に追い込むのはどうだろう………)

目算がもはや元婚約者用ではなくなっているが、気付かずにネアは戦略を練る。

間取りと隠し通路を押さえ、尚且つ気取らせないように誘導しなければと考えたネアは、知り合いに助言を求めることにした。

「グラストさん、狩りの心得を教えて下さい」

「……ネア殿、一体何をされるおつもりですか?まさか、魔物狩りですか?」

廊下で呼び止めて教えを請うと、エーダリアの護衛官は、なぜか顔を引き攣らせた。

誤解を解いても良かったが、上司へのサプライズにしようと思ったので、ネアはただ微笑むことにする。

「野生の獣を、逃げられないように、且つ気付かれずに拘束したいんです」

「………そうですね、野生の獣ならば、罠を張るのが一番かと」

「………罠」

教えて貰ったことを心のメモに書き留めているネアを、グラストは心配そうに見つめていた。

(それにしても、エーダリア様は秋生まれかぁ…)

冬生まれのネアは、諸事情より秋生まれに強い憧れを抱いている。

(いいなぁ、他の祝祭や長い休みと被らないし…)

何よりも、誕生石がとても素敵ではないか。

(………宝石。宝石の誕生石なんて………)

誕生石に纏わるネアの恨みは深い。

祝祭と被り、長期休みと重なるネアの誕生月は、とある安価な石を誕生石としていた。

宝石質ではない、そもそも透明度すらゼロの、不透明な石なのだ。

それを知った時から、透明な宝石を誕生石に持つぬるま湯の者達を、ネアはずっと羨んできた。

その中でも最も羨望を集めるのが、ネアお気に入りの誕生石であり、お気に入りの季節の生まれである秋生まれの者達だ。

彼等は、生まれ落ちたその時から、勝ち組であることを理解するべきであろう。

「……くっ、選民共め!」

憎しみが募りかけ、ネアは慌てて頭を振った。

このままでは、祝うどころか呪ってしまうので、気持ちをお祝いに向け直そう。

「気を取り直して、まずは準備からですね」

狩りの名人から助言も得たので、ネアは本格的な準備に取り掛かることにした。

王宮内に動物用の罠を設置するわけにはいかないので、ここは魔物の力を借りよう。

「という訳で、ディノ。エーダリア様を捕獲する罠を設置したいです」

「ネア、目的と手段が均等じゃなくなってるよ。別にいいけれど」

お仕事としたので、魔物は素直に頷いた。

基本、エーダリアのことは雑に受け流してくれるので、最近のネアは、そんなディノの対応にほっとし始めていた。

(下手に性別の壁を超えられると、もはや割り込めない境地に行かれてしまう!)

何の執着もなくエーダリアにこの魔物を譲れた頃とは違い、今は、絆を深めた恋人達に一人だけ仲間外れにされてしまったら、寂しくて泣いてしまうかもしれない。

「ところで、ディノのお誕生日はないのですか?そちらは、個人的にきちんとお祝いしたいです」

「……私の、誕生日かい?」

そう問いかけると、窓辺に立っていたディノは、困ったように目を瞠ったので、これはまさか、ご長寿さんにありがちな事件だろうか。

「もう覚えていないかな」

「……………やっぱりです」

ネアは、大事な人の記念日が好きだ。

そのようなお祝いをするのは久し振りなので、ずっと楽しみにしていたのに。

がっかりしたネアに、ディノは嬉しそうに微笑む。

「君は、私の誕生日がしたいのかい?」

「する気満々で、脳内で色々考えてしまっていましたので、とても残念です……」

「じゃあ、君と契約した日にしようか」

驚いたネアは、癖で魔物の髪の毛を掴んでしまう。

あまりにも三つ編みを差し出されるので、最早、友人の腕に触れるような感覚になりつつあった。

「誕生日?……を、設けてくれるんですか?」

「お祝いしてくれるのだろう?」

ディノの微笑みは、子犬のような無邪気な喜びと、こちらの欲求を汲み上げてくれる大人の優しさと。

「勿論です!楽しみ過ぎて一年後が遠いので、今度、予行練習しましょうね」

ネアはさり気なく、ここにカード作戦を差し込んだ己を褒めた。

この機会にディノへの最初のカードを渡しておけば、みんなに祝祭のカードをばら撒いても拗れまい。

祝祭のカードは、元の世界のクリスマスカードに似ていて、買い集める前からわくわくしている。

この時ばかりは、リノアールの出番だ。

寝室に置かれた、大切な置物のことを考えて、次こそは欲望に負けずに買い物をしてみせようと決意する。

あの後、宝物になったフィンベリアの隣に、もう一つ気になっていたオルゴールが出現する事件があった。

ディノはのらりくらりと追求をかわしてしまったが、恐らく彼の仕業だろう。

またこんな事件が起こらないよう、次回までには表情筋を鍛えておき、本心を悟らせないように買い物をしなければならない。

「ところで、ネア。そんなにあれを捕まえたいなら、私が捕まえてあげようか?」

「………え?」

一拍の間を消費し、ネアはぽんと手を叩く。

その手があったとは盲点である。

そもそも優れ過ぎた猟犬がいるのだから、元婚約者の生け捕りなど容易いことだったのだ。

「では、ディノ、任せてもいいですか?」

「構わないよ」

「決して、乱暴にしてはいけませんよ。傷一つ付けないようにして、生け捕りにするのです」

「わかった」

該当日の夜明け、リーエンベルクにはエーダリアの悲鳴が響き渡った。

元婚約者を刺激しないよう、彼が走って逃げなくなったのはその日からである。

顔色の悪さは五倍増しになったと、ヒルドは雇用主への調査報告に、そうしたためた。

あなたの弟君は、今日もとても元気です。