軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新しい形と眠りの技

火の慰霊祭は、大嫌いな一日だった。

大事なものを奪い取ってもなお、かの火はまだも暗く赤く荒ぶり、あの人生最悪の火の姿を再現せんとする。

統一戦争後の最初の大火のとき、ノアベルトはまだウィームの土地にいた。

せめて彼女の愛した土地が損なわれないように、少しでもそのままの姿で残るようにと密かに暗躍していて、それは多分、己の愚かさで失ったもののことを、本当の意味で考えなくても済むようにと夢中で体を動かしていた時間だったのだろう。

何かを彼女の為にしていると思えば、まだ正気でいられる。

ああ、彼女は多分、最後の選択肢だったのだ。

たくさんの相手を愛してきたけれど、自分の本当に欲しいものを知っていそうなのは、ネイだけだった。

彼女といれば、ずっと探していた何かを見付けられそうで、その手や微笑みはきらきらと輝いて見えたものだ。

幸福とは、一体どんなものなのだろう。

本物のそれを見出せる者は思っているよりも稀であるし、そんなものを手に入れられなくても、それなりに楽しくやっている者も多い。

しかしながら、これだけ長く生きてきて初めてその恩恵に触れかけたのだと理解しながら、それを愚かな矜持や駆け引きのせいで失った苦痛の深さは、喉が焼け付くようだ。

最初の大火が起きたとき、自分がどれだけその苦痛に壊れているのかが、よくわかった。

魔術の根源を司る公爵の魔物が、悲鳴を上げて逃げ出してしまったのだ。

ウィームから逃げ出し、自分の城の一つに逃げ込み気を失うようにして倒れると、暫く外には出られなかった。

そしてその間に、自分があたたかな火や、その恩恵に与るような食べ物すら受け付けられなくなったと知ったのだ。

「ノア、朝食は食べなくていいのですか?」

優しい声に問いかけられて、差し出された手に頬を寄せる。

あたたかくて脈打っている。

この手の持ち主である彼女は、ここできちんと元気に生きているのだ。

「夜は冷たいお食事になるので、ほかほかのスープが飲めるのは、朝と昼だけですよ?」

「うーん、それよりもネアに構って貰うんだ」

「困った魔物ですね。ふふ、ちょっとしょぼくれているノアの為に、たくさん撫でて差し上げましょう!」

「…………うん。………わ、や、………いや、ちょっとこれはまずいかな!」

頭だけでなく、背中や腕までごしごしと撫でられると、まるで全身で大事にされているようで変な汗が出てきた。

どうしていいかわからなくなってしまって、慌てて狐の姿になると、もっと大事にして欲しいと訴えたのかと勘違いされてしまい、今度はぎゅっとその胸に抱き締められて、またどうしていいのかわからなくなる。

抱き締められたまま震えていたら、通りかかったヒルドが、ふわりと頭を撫でてくれた。

そのことにびっくりして、また毛が逆立ってしまう。

少し慌てたのか、ヒルドはまた丁寧に撫でてくれた上に、せめて昼食は自分達と一緒に食べるかと提案してくれた。

(…………ここは、何だろう)

胸がぶわりと熱くなって、勝手に涙ぐみそうになる。

どうしてヒルドも、その提案を聞いたエーダリアも、すぐに受け入れてくれて大事にしようとしてくれるのだろう。

(君達は、塩の魔物の僕がこんな風になっても、情けないとは思わないんだね)

当たり前のように大事にしてくれるから、またどうしていいのかわからなくなる。

愛されることも望まれることも多かったけれど、ここにあるものは種類が違う。

そして、ずっと欲しいと思っていた居心地の良さは、今ここにあるものの方なのだ。

(………この後は、グラストがボール遊びをしてくれる)

ゼノーシュが部屋に来て、グラストも心配しているから少しなら一緒に居られると言っていると、時間を差し押さえていってくれたことにも驚いた。

部屋まで走って行こうとすれば、二人が廊下の途中にいて、ゼノーシュが転がしてくれるボールを追いながら、二人の真ん中を歩く。

まるで当たり前のように一緒に居る。

まるで、そうするのが当然みたいに。

しかしそうなると、今度は片時も離れていられなくなってしまい、仕事に行くというエーダリア達を離せなくなってしまった。

念の為に昨晩の内に、火の危害を加えられないようにと多めの守護を被せておいたのだが、それでも目を離して外に出すのが恐ろしくなってしまう。

自分でも何だかなと思うのに、ネアはそんな我が儘にもずっと一緒にいるからと抱き締めてくれたし、シルは彼等は大丈夫だけど、念の為にこちらからも守護を補填しておくよとこっそり言ってくれた。

それはとても不思議なことだ。

シルハーンは、特定の守護を与えている契約の魔物だ。

その魔物が他の誰かに守護を切り出すことはない。

その場合は、守護がその余分に定着しないように少し浮かせる必要があったりと、何しろ面倒臭い。

それだけの手間を、万象の魔物が切り出すのはそれだけで異例でもあった。

(君は、それを僕の為に切り出すんだ……)

ただネアの為にやるのなら、もっと得意げに彼女にも言う筈なのだ。

何しろ彼は、ネアのことが大好きで、隙あらば褒めて欲しくて仕方ないのだから。

それなのにこうしてこっそりと耳打ちしてくれるからには、これはただの余分でしかなくて。

「僕は、いつの間にか幸せだった………」

ネアの厨房でそう呟くと、振り返ったネアが微笑んでくれた。

「あら、そう言われると嬉しくなってしまいます」

「………それって、僕のことが好きだからだよね」

「勿論ですよ。きっと皆さんも、その言葉を聞いたら嬉しくなってしまうでしょうね」

ヒルドやエーダリア達も自分をそんな風に慈しんでくれるのだと当然のように言われれば、また胸の奥がおかしくなってクッションに顔を埋めた。

このクッションも、シルが出してくれたのだ。

(ごめんね、シル。本当は気付いてるんだけど……)

こちらを気にかけてくれながら、彼が彼なりの不安を感じていることに気付いていた。

それは、ネアが頭を撫でてくれる時だったり、手を繋いでくれる時。

はっとしたように瞳が揺れて、そんなネアの指先や微笑みを追いかける。

それは自分のものなのにという悲しみと、それを差し出すというのはどういうことなのだろうと、不安そうに思案する気配。

それでも彼は、火竜の姿にどうしていいか分からないくらい心が波立ってしまったとき、そのことに気付いたネアが呼び戻せば、すぐにそちらと僕の視線との間に立ってくれた。

火竜の姿が見えないように立ってくれた彼に、少しだけ呆然としてしまうくらい。

ネアが手ずからクッキーを口の中に放り込んでくれたときも、食事の時に膝の上に乗せてくれた時も。

いつもなら自分が独り占め出来るものをどんどん横取りされて、その度に疲弊してゆく万象の魔物は、少しだけ困ったように淡く微笑む。

ネアが、自室の寝台に他の誰かを寝かすのは初めてなのだそうだ。

そこはつまり、シルですら毎日は上げて貰えない、特別な場所だった筈なのに。

(それでも排除しないし、甘やかしてくれるんだ)

彼が少しずつ削られていることに気付きながら、それでも彼にまで寄りかかりたくなるのは、ネアとは違う意味で、ヒルドやエーダリア達とは違う意味で、やはり万象の魔物が僕達の王であるからだった。

特別な存在だから目を奪われ、特別な主人だからこそ、どれだけ気安い口をきいてもあるべき時に頭を下げるのは、彼がやはり王だから。

かつてはウィリアムと共にその片側に在る魔物でいた自分とて、そんな万象に特別さを向けられるのは面映く喜びを感じる。

ネア風に言えば、少しだけはしゃいでしまった。

だから真ん中に眠りたかったのだが、そうするとネアの左側が無防備なので、仕方なく左側に寝ることにする。

しかし、シルの手がこちら側にあると気付いたので、体の下敷きにして逃げられないようにしておくことにした。

やがて、火の気配が立ち消えて、真夜中の魔術の切り替わりが訪れる。

恐ろしいものが全て剥がれ落ちれば、こうして大事にされているだけの幸福感が残った。

そこで、ふと理解した。

(ネアが生きているとわかったのに僕がまだ火の記憶におかしくなるのは、ここにあるものが大切になったからだ)

いつの間にか、失いたくないものが多くなった。

それは、他のよく似たもので替えがきくものではなく、それでなければと思うものがいつの間にか周りにたくさんあった。

(ほら、やっぱり君は僕の欲しいものを連れてきてくれた)

予感の通り、ネアが全てを持っていたのだ。

それは彼女に向ける愛情だけではなく、今はもう彼女が引き合わせてくれた友人達や、彼等とここで当たり前のように過ごす毎日になり、ここで生まれた日常や約束になっている。

ただ単純に彼女を愛するのではなく、この土地の全てが恩寵であった。

(だから、僕はシルとは少し違う………)

ネア以外のことは、どれだけ心を寄せてもネアがいなければ意味がないと考えるシルハーンと、それが全体の内の大部分を占めてはいても全てではないと思う自分とは違う。

(だから僕は、ネアが伴侶にならなくても幸せではあるんだよね)

勿論欲しいと思うけれど、それが全てではなくなったから。

だから、こうしてネアを誰にも渡すまいと抱き締めて眠っているシルハーンを見ると、少し不憫になる。

大切なものが失われたら消え失せてしまう、たった一つしか心が傾かない彼はさぞかし恐ろしいだろう。

(単純な喪失だけではなく、彼女の心が離れたらと感じるのもとても怖いだろう)

いつだったか、エーダリアが、シルハーンはネアがいれば幸せなのだろうと呟いていたことがあったけれど、それは少しだけ違う。

彼にとっては、ネアがいることだけが幸福なのだ。

眠っているネアにぴたりと体を寄せると、今夜の特別扱いが胸に沁みた。

彼女は、こうして親密な特別さを切り出すのが得意な人間ではない。

自分と同じように、愛することが不得手であり、それは不器用さというよりは、持ち合わせている容量はあるが種類が少ないから。

だからこそ、自分がこうして迎え入れられているのは、シルハーンとは違えど特別であるという証。

(…………うーん、僕は二番かな。二番目くらいが一番嬉しいなぁ)

勿論、一番はシルハーンだろうけれど、二番目はこのリーエンベルクにいる、彼女曰く家族のような仲間達の全てだと思うのだ。

彼女自身や、前の世界に居たという彼女の両親や弟は省く。

精霊や竜ではないから、自分自身よりも大事にしてくれとは思わないし、敵にならないものを順位に入れなくてもいいだろう。

そう考えていてふと、ではウィリアムやアルテアについてはどうなのだろうと考えた。

ウィリアムについては、あまり踏み込んだ関係性になるのは得策ではないと判断したようだけれど、ウィリアム自身もまたネアが設けた少しの心の柵のようなものに気付いている節がある。

ウィリアムは、人心掌握に長けた魔物だ。

恋愛のそれは何とも言えないお粗末さであるけれど、それは彼が手に取らないものとして切り捨てているからでもある。

ああ見えてウィリアムは、一見そうではなさそうな顛末でさえ、自分の望み通りのものしか手にしていない狡猾な男だ。

(もし、そんなウィリアムが、本気でネアを欲しいと思ったら……)

或いはアルテアはどうだろう。

ここに関しては、随分と彼の気質や行いに救われている部分がある。

ネアにとってのシルハーンがそうであるように、決してその条件を望む訳ではないが、妙に相性がいい相手というものがある。

実はネアとアルテアはこの枠のようで、あれだけがちゃがちゃしながらも、双方肌に馴染むような気配があった。

だからこそ彼は許容するし、ネアもいつの間にか手に取っている。

この種の関係が一番厄介であるとは、多分初恋で四苦八苦しているようなシルハーンではまだ気付けてないだろう。

(うん。早く、使い魔の契約も解除して貰おう……)

他の誰かが、自分の取り分を当たり前のように手にしていたら、これ以上なく不愉快だ。

思いがけずこんなことでシルハーンの気持ちを知ってしまい、少し気が滅入った。

家族枠でもいいから、自分の指輪も貰ってくれないかと考えてしまう。

(ヒルド達との連名なら、受け取ってくれるかな………)

そんなことを考えて、そんな風に考えさせるネアが恨めしくて尻尾で腕をぴしりと叩くと、どすりと腕で尻尾を潰された。

びっくりして毛が逆立ってしまう。

その悩みを戒められたようでむしゃくしゃしたので、ネアを起こして腕をどかして貰った。

その後のお喋りの時間は幸福だった。

こんな風に二人で静かに語り合っていると、あの石鹸店で語り合った特別な夜を思い出す。

(いいなぁ、こんな時間は最高だ)

やっぱり自分はそれなりの特別扱いだとわかったし、ウィリアムやアルテアより先に呼んで貰えそうだ。

ネアはきちんとシルのことを気にかけているから、この二人の仲が歪んで今の環境が失われてしまうこともない。

このままの姿でいてもいいと言われたけれど、朝になったらシルハーンが怒りそうだったので、狐の姿に戻って幸せな気持ちのまま丸くなった時だった。

(……………ん?)

たまたま、甘える為にネアの腕に顎を乗せたのと、シルがもう一度ネアを抱き寄せるのが重なり、ネアの腕に載せようとした顎がかくんと寝台に落ちる。

やれやれと思いながらそちらに向かおうとして、ひゅっと風を切る音に本能的に体が動いた。

どすっと、鈍い音がして寝台にネアの足が投げ出される。

ころりと転がってその難を逃れたものの、一瞬何が起きたのかわからずに呆然とした。

(も、もしかして膝でお尻を蹴り上げられそうになったのかな………?)

ぎりっと眉を顰めたネアの寝顔から、標的を逃したことを眠りながら理解しているのがわかり、ぞくりとする。

よくわからないが、怖いほどの気迫だ。

そろりと寝台の上の方に避難してみると、少しの間を置いて、もう大丈夫かなと思わせるだけの後、ネアは猛然と暴れ出した。

ごすっと背後に向けて頭突きをされ、驚いたシルが目を覚ます。

「………ネ、ネア?」

慌ててシルが取り押さえようとしたのが逆効果だったらしく、ネアは怒り狂った。

これは初めて見たが、もの凄い暴れ方だ。

「むが!腕をだらりと伸ばすのだ!ぎゅっとなどさせぬ!!」

どうやらこれが、怒り狂った理由のようだ。

取り押さえようとするシルを跳ね除けて、寝台にうつ伏せになって、ばすばすとマットレスを叩いて荒ぶっている。

寝台の反対側に避難しておろおろとしているシルのところまで、駆けてゆき、その腕の中に飛び込んで寄り添った。

「ネア、………ごめんね、個別包装にしてあげるから落ち着こうか?」

そっとしておけばいいのに、シルはそう言ってまた捕まえようとしてしまう。

それを何度も繰り返し、その結果ネアの不快感は、何度か上乗せされて何かを振り切ってしまったのだった。

「……………おのれ、滅ぼしてやる」

「………え」

さすがにまずいと思って元の姿に戻ると、またしても捕まえようとしたシルを慌てて制止した。

「シル、触ると余計に怒るから!」

「でも、このままだと、毛布もかけていないし、もう少しで反対側から落ちそうだ」

「ありゃ、本当だ。でも、下手に触ると暴れるだけだから、こっち側に引き戻すなら魔術を使った方が。シル?!」

ここでシルハーンが、ネアのくしゃくしゃになった髪の毛を直そうとしたせいで、ネアはまたしてもひとしきり荒れ狂った。

「すごいね、狂乱した魔物みたいだ」

「………レインカルに似てる」

「あれって確か、灰色の狂気って言われてる生き物だよね………」

「でも、少し真ん中に戻ったみたいだね」

「うーん、その代わり斜めに乗ってるから転がったら危なさそうじゃない?」

「斜めに寝てる。…………可愛い」

「シル、そんな場合じゃないと思うよ」

ここで、一つ選択肢を誤ることになる。

あの足首を掴んで真っ直ぐに戻してやれば、後は毛布をかけるだけでいいのではないだろうかと、そんな風に安易に考えてしまい、手を伸ばしてしまった。

「ノアベルト!」

婚約者に触ったから警告されたのだろうかと苦笑しかけた時、またしても不穏な気配を感じてはっとそちらを見れば、鋭い蹴り技が降ってくるところだった。

「……っ?!」

咄嗟にもう片方の手で受け止めたが、両足を拘束されたネアは低く唸っている。

これはもう、もしかしたら祟りものになってしまったのかもしれない。

「ノアベルト、ネアはヒルドから蹴り技を習っているみたいなんだ。蹴ると凄いんだよ」

「それ、もうちょっと早く知りたかったなぁ。……でも、ヒルドも何を教えてるんだろう………」

「ネアはすぐに巻き込まれるから、拘束されても相手を蹴って倒せるように練習しているそうなんだ」

「その練習方法を考えるだけでいかがわしさしかないから、あんまりやらせない方がいいと思う」

「おや、そういうものなのかい………?」

「構図が」

「…………やめさせよう」

話している内に、どうにかネアは鎮まったようだ。

怖々と窺っていれば、唸り声も止んだようなので、顔を見合わせた後に、シルハーンがそっと毛布を上に落としてみた。

前回の病気騒ぎで、ネアを冷やすことに随分と敏感になっているようだ。

「…………毛布を巻き込んだ」

「丸まったね。………可愛い」

「僕はちょっと怖かった………」

毛布はするすると巻き込まれてゆき、大きな蛹のような塊になる。

これがきっと最終形態なのだろうとほっとして、寝台の端でほうっと溜め息を吐いた。

「…………うわっ!」

「ネア?!」

しかしそこで気配を悟られてしまったのか、毛布の塊からさっと手が伸ばされると、寝台の横にあった小物入れの皿から何かを掴み取っていった。

すごく怖い。

「…………シル、今の何?」

「首飾りじゃないかな…………」

「…………あれってさ、武器がそこそこ入ってるよね」

「ダリルの呪い道具が随分と入っているね……」

「あの、べたべたしたきのこの呪いとかのやつ………?」

「うん。毛むくじゃらになる呪いもあるよ」

「まさか、取り出してないかな」

「………ご主人様」

毛布の塊はすやすやと眠っているようだが、こちらが動こうとするとすかさず気配を察知して、もぞっと揺れる。

その度に、ちゃりっと首飾りが鳴る音が聞こえるのだ。

結果、それが恐ろしくて動けないまま、シルと二人で寝台の端っこに座ったまま固まって寝ることにした。

それなら寝台を下りればいいだけなのだが、なぜか二人ともそこには妙な意地があって、この寝台から追い出されるのは嫌だったのだ。

その後は、寝落ちしている隙にいつの間にかネアの髪の毛が毛布からはみ出ていたりすると、知らぬ間にきのこの呪いを振りかけられていないか怖くなったり、毛布の塊姿の婚約者が可愛いと思ったシルがちょっかいをかけて、毛布の塊から唸り声が聞こえてきたり、それはもう大変なことばかりであった。

「…………ふぁ。………よく寝た筈なのに、なぜかとても疲れています。………あら、二人はそこで固まって寝たのですね?」

そして翌朝目を覚ましたネアは、毛布製のレインカルになっていた時間のことをすっかり覚えていなかったのだ。

起き抜けでぼんやりした目と、くしゃくしゃの髪の毛がとびきり可愛いのが、またずるい。

「僕達、ネアにきのこの呪いをかけられそうで、すごく怖かった………」

「悪さをしないやつには、そんなことはしませんよ。そして、全く覚えていません。………は!いつの間にか首飾りを握り締めています」

「うん………」

「ご主人様……」

火の慰霊祭は勿論怖かったが、べたべたするきのこが生えてくる呪いをかけられる恐怖に比べたらそこまででもないことに気付いたのは、その翌日の朝食でのことだ。

どうやら来年からは、火の慰霊祭も少し心穏やかに過ごせそうだ。

しかし、ちゃりっと鎖が鳴る音が聞こえる悪夢を何度か見てしまった。