軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪夢の夜と波音の調べ

その夜は、再びの本格的な災厄ご飯となった。

酢漬け野菜と薫製肉のサラダに、ローズマリーとソーセージのバターミルクポリッジ。

全員あまり動いておらず、リーエンベルクの主人であるエーダリアが、品数を増やすべしという気質でもないので簡素だがじわりと染みる美味しいご飯である。

量の調整をかけられるおつまみ的サイドメニューには、豆と麦のビスケットに乗せていただく、酢漬けの鯖とぴりりと辛い獅子唐のような謎野菜のカナッペもどきもあり、デザートは一口サイズの栗パンで、粉砂糖を振った素朴なパンの中に甘く煮た栗が一粒ごろりと入ったものだ。

余談だが、悪夢の中での配膳は、完全遮蔽の厨房より魔術仕掛けの転移で配達されてくる。

ディノが薔薇の祝祭の時に利用したのと同じ仕組みだ。

「幸せです!」

「…………幸せじゃない」

「あら、美味しいものを美味しいと思えるようでなければ、心が安定しているとは言えませんよ」

「安定してない…………」

「と言うことはまだまだですね、ディノ、更に精進して下さいね」

「ひどい………」

食事の席はそのままなので、しょぼくれた魔物は、隣に座るネアの膝の上にこっそり三つ編みを忍ばせてきている。

しかしお仕置き中のご主人様は引っ張ってやれないので、ますます悲しげになってゆく。

「謹慎ごときでいつまでごねるんだ」

晩餐の席でもっとも目が据わっているのはアルテアで、ワイングラスに注いだきりりと冷たいアルバンの水をちびちびと飲んでいる。

食べ物は早々に諦めたようだが、水分を摂ることは続けているようなので、あえて自ら激辛に挑んでいるのか、肉体的に必要なのかのどちらかだろう。

「アルテア、後で衣装合わせでもしようか。君の気に入りそうなものを色々と揃えてあげるよ」

「やめろ………」

「これを機に、新しい服装を試しているのも愉快だろうが、君なら呪いごときに負けずに、自分らしい選択が出来るのかな」

「お前、完全に八つ当たりに出たな………」

「まぁまぁ、シルハーンも独り寝だと寂しいでしょうし、今夜は服飾談義に付き合ってあげればいいんじゃないですか?」

「ウィリアム、お前は性格の悪さをどうにかしろよ」

そちらの騒ぎを穏やかに聞き流しつつ、ネアは鯖のカナッペに挑戦し、もふんと頬を緩めていた。

(美味しい!ぷちっとする謎の木の実が乗せてあって、このほろ苦くて辛味のあるお野菜が魚の臭みを消していて、癖になりそうな感じ!)

もすもすとそのセットを食べ進めていると、少し表情を曇らせたエーダリアに話しかけられた。

「お前、………あのままでいいのか?」

「エーダリア様、これは私の魔物を精神的に一回り大人にする為の修行ですので、頑張って貰うしかありません」

「いや、だが………先程までなぜか、私の部屋にいたのだが」

「まぁ!ここでエーダリア様と仲良し度を深めてくれるなら、願ったり叶ったりです!!」

「…………そ、そうか。ヒルドはヒルドで歪みないしな………」

ヒルドは今夜、遮蔽区画にいる家事妖精やリーエンベルクの勤め人達と晩餐を共にするのだそうだ。

実は夕刻にちょっとした事件があり、エーダリアは現在、ディノとよく似た処分を受けているところである。

即ち、ヒルドはこの惨状の中にエーダリアを一人で残していってしまったのだ。

(でも、怒ることにも少し体力を使うから、後でヒルドさんを訪ねてみようかな)

ネアは、鯖カナッペを食べながらそう考える。

エーダリアは何やら隣の子供椅子に乗った銀狐に縋るような視線を向けており、銀狐は頼もしくエーダリアに頷いてやっている。

今回の悪夢を機に急速に仲を深めたようであり、元々はノアをディノの親友枠に入れたいという目論見であったネアは、喜ばしい反面少し寂しい。

ディノとアルテアにウィリアムは、わいわいとそれなりに楽しそうだ。

アルテアの顔色はあまり良くないが、そろそろ、こういう役回りなのだと諦めて楽しむのがいいと思う。

(…………それにしても、ノアもまた罪なことを)

ヒルドを怒らせたエーダリアの一言は、ノアの不用意な発言がきっかけで生まれてしまったのだそうだ。

夕刻頃、エーダリアの部屋に避難していたノアが、自分の素敵な隠れ家であるリーエンベルクに気を張る同族が二人も滞在することへの愚痴を言いながら、エーダリアの背中にへばりついていたことに端を発する事件である。

実はこのノアの甘え方には、元々不幸な生い立ちがある。

銀狐として日常的に獣の作法で甘えているせいで感覚が麻痺しているところに、更に日常的にディノがネアに甘えている姿を見ており、間違ったコミュニケーションの方法がインプットされているのだ。

(エーダリア様も、早々に距離感が近すぎるって悩んでたしなぁ………)

また、ここに来る前から恋人達との近すぎる距離感で生きてきた魔物なので、友達という枠の同性との距離感がわからないのかもしれない。

しかしながら、そんな風にべったりしているのも何やら可愛いではないか。

ネアとしてはそう思うのだ。

話を戻そう。

そしてそんな現場に現れたヒルドが、おやおや恋人同士のようですねと微笑ましく評したのだ。

『あはは、それもありかな。そう言えば僕、男と付き合ったことはないからなぁ』

ヒルドのそれも、ノアのそれも、ある程度経験を重ねた大人の男性としての冗談の一種である。

しかし、あまり他者との関係性を個人的に、かつ密に詰めてこなかったエーダリアは、なぜかここでそのやり取りに本気で焦ってしまった。

(普段は聞き流せるのに、どうして今回に限って本気で焦ったのかしら)

そして見事に失言をした。

『わ、私なんかより、ヒルドの方が美しいのだから余程恋人向きではないか!』

その時の様子を又聞きしたネアですら、ああ、ヒルドは怒るだろうなぁと思う台詞である。

そんな教え子の失言に対し、ヒルドは凍えるような目で微笑んで頷くと、今晩の面倒臭い魔物達の世話を全てエーダリアに押し付けていったのだ。

エーダリアの言うヒルドらしい歪みのなさとは、例えハイダットの悪夢の中であろうと、躾に手を抜かない厳しい姿勢のことだろう。

因みにこの時の様子は、自分の失言に消沈して相談しにきたエーダリアと、今晩の晩餐には出られない旨を申し訳なさそうに伝えにきてくれたヒルドから聞かされていた。

よって、エーダリアもまた、“一人で頑張る”という修行をする夜となっている。

魔物に同情的なのは、そのせいかもしれない。

(でも、ディノも、エーダリア様に愚痴を言いに行けるようになったんだわ)

それは嬉しい驚きだった。

同じ罰を与えられた仲間だと知ったからかもしれないが、こういう機会でもないとこんなことにはなるまい。

謹慎のお仕置きは、案外いい効果を生み出しつつあった。

「あと六日もありますし、案外上手くいきそうな気がしますね」

「六日も悪夢が居座っては困る。早く晴れて、グラスト達に戻ってきて貰わねば……」

「エーダリア様、後半がご自身の欲求になっていますよ」

「ネア、お前がいつも全面的にしていることだな」

「あら、私は己に正直なだけです」

本当は、少し寂しく感じていた。

相棒を変えてからまだ一日も経っていないのに、大事な魔物をいつものように構えないのがとても寂しい。

一人上手なネアなので、生活の中で常に側に居て欲しいということではないのだが、目新しい体験をした時にはやはりディノに話しかけたくなる。

今だって、この保存食ご飯の美味しさについてお喋りしたいのだ。

(夜も、少しだけ不安だけど大丈夫かしら……)

ディノに寝ている間は無防備になるので、個別包装は駄目だと言われた記憶が蘇る。

嵐の夜は好きだが、ホラーな展開は嫌いなので窓にはきっちりカーテンをかけて寝よう。

どうか鳥であれ、夜には不用意に窓を揺らさないで欲しい。

そんな事を考えていたからだろうが、ヒルドの部屋を訪れながら、ネアは少しだけ不安を募らせていた。

「………おや、ネア様」

扉を開けたヒルドが少しぎくりとしているのは、エーダリアと喧嘩中のところに訪れたからだろうか。

別に仲直りを促しに来た訳ではないので、あまり気まずそうにしないで欲しかった。

「ごめんなさい、こんなお時間に。普段であれば通信でぱっと済ませられるのですが、回線が死んでいる不自由さをあらためて実感しました」

「どうかされましたか?ディノ様のことで何かご相談でも?」

ここでふと、ネアは今回の謹慎の件で、ヒルドが自分の考えを何も言わなかったことを思い出した。

「もしかして、ヒルドさんは、……反対でしたか?」

気付いてしまったことで少ししょんぼりして言えば、柔らかく微笑んで頭を撫でてくれる。

普段のヒルドとはまた違う柔和さに、ネアは少しだけほっとしてしまった。

「いいえ。ディノ様にも不得手な分野があるのは確かですから、今回のようなことも必要だと思いますよ。ただ、………そうですね、そういう時にあなたが甘えられるのが、ウィリアム様なのだということに少し驚きました」

(それは、ウィリアムさんが終焉の魔物だからだろうか?)

或いはやはり、外部の者が長らくここに滞在することに思う部分があるのかも知れない。

「エーダリア様やヒルドさんに頼ってしまうと、身内の中でのことだとディノも堪えない気がしたのです」

「…………身内」

そこでヒルドは、少しだけ眉を持ち上げて意外そうな顔をした。

「ええ。それにエーダリア様の場合は、ディノに上手く丸め込まれてしまいそうですしね。ウィリアムさんはディノの側の方なので、今回はそこで頼ってしまいました」

「…………私やエーダリア様は、ネア様の側の者だから?」

「そうなんです。やはりディノをくしゃりと叱れるのは、私にとっての身内感があるお二人ではなく、あちら側の方でなければ!………ヒルドさん?」

(…………急にご機嫌に?)

魔物の躾について力説しかけて、ネアは表情を変えたヒルドに目を瞠る。

なぜか彼は、ふわりと綻ぶような微笑みを浮かべた。

冴え冴えとした美貌であるので、そう微笑むととびきりの美人という印象になり、何やら眩しい限りだ。

「いえ、……そう言えば、ここまではどうやって?途中で遮蔽が薄い廊下もあったでしょう?」

ゆるりと広げられた羽に覆われるように立てば、ネアはほっこりとした安心感に包まれた。

(これはあれだ、保護者が手を広げて迎え入れてくれるような感じ!)

守られているのだと、相手がそのように手をかけてくれるのだと感じることは幸せなことである。

「さすがにこちらの棟はリーエンベルクの中心になりますので、どれだけ安心感のあるウィリアムさんでも外部の方なのでご遠慮いただいたのです。その代わり、どこまでも伸びる紐を持たせて貰いました!」

「………紐ですか」

「これなんです!不思議なお道具ですよね」

「結界の織りを長く伸ばしたものですね。見ただけでは魔術を読み解けないくらい、複雑で丈夫なものですよ」

「むむ。さすがウィリアムさんですね」

ウィリアムが持たせてくれたのは、毛糸玉のようなものだった。

某神話を彷彿とさせる一品だが、この赤い毛糸玉のようなものをほどきながら歩いてくるのは案外楽しいものだった。

「私の部屋に来ると、お伝えしてきたのですか?」

「いえ、こちらの棟に用があるとしか話していません。相手は安心感の人なウィリアムさんなのですが、位置と情報を合わせない方がいいかなと判断しまして」

これはダリルから教えられた手法であった。

要人と過ごす場合、このような些細な気遣いによって、複数の情報を紐付けずに分断しておけば、重要な秘密が守られることがあるのだそうだ。

「あなたに、そう守られる立場であるというのは、良いものですね」

「ふふ、ずっとここに居ていいと言って貰えたので、大事に大事にするのです」

「だから、私の部屋にまで来てくれたのでしようね。エーダリア様のことですか?」

「………普段であれば、お二人のことですから私は立ち入らないのですが、今回は悪夢の中なので少しだけ心配になってしまいました」

「つまらないことでご心配をかけてしまいましたね。明日にはいつも通り、エーダリア様の補佐に戻りますからご安心下さい」

頬に添えられた手に、ネアは首を傾げた。

上手く伝わらなかったようだ。

「いえ、エーダリア様にはノアもいますし、一晩くらい反省するべきだと思いますが、今晩は長めにヒルドさんが一人になってしまうので、お顔を見ておきたかったのです」

そう言葉を重ねたネアに、ヒルドは目を丸くした。

静謐さが際立つ容貌の彼がすると、ひどく無防備に見える表情なせいか、はっとするぐらい扇情的にも見える。

「…………私を?」

「はい。悪夢の中なので、さすがに一晩姿を見ていないと、私の精神的に不安だったのです。お休み前に失礼しました」

「…………あなたは、時々」

「む、………ご迷惑でしたよね、ごめんなさい」

ヒルドが言葉に詰まるのは珍しいので、ネアはひやりとして慌てて頭を下げた。

ここにずっと住んでいいと言われたばかりなので浮かれていたが、突然個人的な時間に押しかけられても迷惑だったのだろうか。

「そろそろ失礼しますね、おやす…………むぐっ?!」

唐突にふわりと抱き締められて、ネアは目を瞠った。

あわあわとしていてもヒルドは何も言わないので、これはもしや思っていた以上に心細かったのだろうか。

魔物も時々こうして甘えん坊になってしまうのだ。

(とあらば、ここは私が素敵に頼れる大人になるとき!)

決心も新たに、ネアは意外にしなやかな筋肉があり男性的なヒルドの背中に手を回して男前に抱き締め返す。

「もし、ヒルドさんも悪夢が苦手なようでしたら、絶賛利用無料中のアルテアさんにお部屋の結界を補填させますか?」

「おや、積極的で喜んでいたのですが、ネア様が優しくして下さるのは、悪夢のお陰でしたか」

「…………悪夢が原因ではないのですか?エーダリア様なら、きちんと反省していましたし、ノアの一番はやはりヒルドさんだと思うので、少しもやもやしても大丈夫ですよ」

「…………手強いですね、そちらに向かいましたか」

「ヒルドさん?」

なぜか残念そうに体を離され、ネアは首を傾げた。

薄闇の中で穏やかに苦笑したヒルドは、どこか残念そうに、けれども老獪な人外者らしい目を細める。

「時間なら幾らでもありますからね。同じところに住んでいるのですし、気長に進めましょう」

「………気長に?」

「ええ。それと、そろそろ戻られた方がいいでしょう。やはり深夜に近くなりますと、悪夢が揺れますからね。お部屋のある棟までお送りしますよ」

「とんでもないです!せっかくお部屋で休まれていたのですから、気にしないで下さい」

「これは身内として心配だからですので、遠慮せずに甘えて下さい」

「むぅ、そう言われてしまうと断り辛いやつです………」

結局ヒルドはネアが泊まる客間のある棟まで送ってくれ、ネアはそちらの棟の正面階段の下にある吹き抜けのスペースで待っていてくれたウィリアムに手渡された。

その際に二人が複雑な視線のやり取りをしていると思ったら、部屋に戻ったところでウィリアムに苦言を呈されてしまう。

「ネア、ヒルドの部屋に行ったんだな」

「そこは警備上の問題で黙秘します。ごめんなさい、私一人の問題ではないのでご容赦下さい」

「そういう部分は俺も踏み込まないつもりだが、妖精の部屋を訪問する意味は覚えておいてくれ」

「…………そう言えば、そんな話をいつか誰かにされたような」

不穏な忠告が思い起こされ、ネアはぴしりと凍り付いた。

(た、確か妖精さんの部屋を訪れる意味って………)

「妖精の部屋を訪れるのは、その妖精に身を捧げるという意味がある。危ないにも程があるぞ、…………ネア?」

ウィリアムの説明の途中で、ネアは頭を抱えて蹲ってしまった。

(……………死にたい)

ディノのせいでドリーに誤解され、無実のままふられてしまってからさして時間が経っていないのだ。

身を捧げるという意味は二重に危ない。

さすがにヒルドならもう、食べないでいてくれるだろうから体が欠ける心配はなさそうだが、前回の魔物の説明を思い出す限り、もう一つの意味もありそうだ。

これでヒルドにまで痴女の誤解を受けたら、悲しくて生きていけない。

「………塵となって消えてしまいたい気分です。念の為に弁明しますが、私は押しかけの非常食でも、痴女でもありません」

「ん?非常食?………そこまで落ち込まれると叱り難いが、今後は気を付けるんだぞ?今回は、ヒルドも本気にはしなかったようだが、搦め手の上手い妖精だからな……」

「ヒルドさんは優しい方なので、お前のやり口は食事制限のある災厄時には危ないとか、痴女のそれだとは面と向かって言われませんでした。しかし、お部屋に入れて貰えなかったので何か変だぞとは思っていたのです」

ヒルドの自室も、何部屋かスペースが分かれている。

氷室事件の時に保護されていたこともあるので初めてではないし、ヒルドの気質で控え間にも通してくれないのは不思議だなとは思っていたのだ。

とは言え、個人の空間を大事にするひとはいるので、あまり立ち入らせたくないとかそういうことかと思っていた。

(も、ものすごくさり気なく気を使っていただいている………!)

その優しさが申し訳なく、ネアはひたすらに恥じらった。

「そ、その場で叱って欲しかったです。消えてしまいたい……」

「消えるのは禁止だが、次回は忘れて会いに行かないようにな」

「…………二度と、非常食にも痴女にもなる過ちは犯しません」

くしゃくしゃになったネアに寝室まで付き添ってくれ、面倒見の良さを発揮したウィリアムはやれやれと苦笑してくれる。

「それと、今夜は俺は続き間で寝ているから、何かあったら声をかけてくれ」

「………む、このお部屋にいるのですか?」

「初めての悪夢の中で、まだ勢力が落ちたわけでもないのに一人にされたら、ネアも少し不安だろう?」

「ウィリアムさん…………!」

どうにも最後の最後まで、何ともよく気がつく魔物である。

微かな不安を押し殺していたネアは、頼もしい申し出にふにゃりとなってしまった。

言い出し難い繊細な問題でもあるので、どうして欲しいのか決めさせるのではなく、あえて断言するところが、彼らしい心遣いではないか。

「し、しかしこちらのお部屋には寝台がないのですが………」

「長椅子で充分だが、そうするとネアが心配しそうだからな。寝室をこの部屋に用意してから寝ることにしよう」

「それなら一安心です!」

エーダリアから寝台が複数ある続き間の提案を断ったのは、ディノに考慮してのことだったようだ。

相変わらず危機管理能力に優れている。

「さて、アルテアに飽きたシルハーンがこちらを覗く前に解散しよう。お休み、ネア」

「はい。おやすみなさい」

その晩、扉で区切られていない続き間に頼もしいウィリアムがいると思うと、ネアは安心して眠ることが出来た。

角度的にネアの使う寝台からウィリアムが見えるわけではないが、微かな寝具を引っ張り上げる音や、気配があるだけでも安心感は段違いだ。

(ディノは、もう寝たかしら。きちんと寝てくれるといいのだけれど)

あの部屋に飾った祝祭の薔薇達には、状態保存の魔術をかけて貰ってきた。

でも、少し心細かったので、ディノの薔薇はこちらの部屋に持ってきている。

そっと手を伸ばして柔らかな花びらに触れると、何だかほっとした。

まだ窓の外には濃密な気象性の悪夢が立ち込めている。

風の音に混じって聞こえてくるのは、誰かの悪夢に潜んでいたらしい遠い波音。

(まるで、揺りかごの中にいるみたいな音だわ)

そうして、悪夢の中で過ごす二日めの夜はふけていった。