軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

51. 誕生日の災難が続きます(本編)

誕生日の朝、朝食終わりで既に、ネアは疲労回復の魔物の薬を一本使用している。

これはもはや戦争だろうか。

大至急に調べ上げたところ、誕生日にはご褒美相当のものを沢山あげて、祝福の口付けや、さらに諸々の祝福をあげて良いのだそうだ。

つまり、そうである以上、以前ディノに釘をさされていたものの、風習で均されてしまうのであれば口付けも致し方ないのだろうか。

以前の世界でも、恋愛至上主義なお国柄の人達はこの程度に自由だったので、もう一定の損失は諦めるしかない所存である。

おまけに今回のケースは、保護者の名乗りを上げてくれた過保護なシーなのだし。

問題は、この身に直接の被害を与えるあれやこれやだ。

誕生日にかこつけて厄介な祝福を与える者もいるので、ある程度の自衛も必要となると聞いた。

リーエンベルクの騎士には、誕生日に粉物に恵まれる祝福を与えられ、やけに粉っぽい人生を送る青年がいるそうだ。

一番辛いのが乾燥肌で、かなり高価な保湿剤の為に給金のほとんどを失っているという、自転車操業のやり繰りを強いられているとか。

(どうしよう、誕生日怖い!)

既に宮殿のような大きな建物の遥か上空で振り回されているネアは、かなりの警戒を深めて自室に戻る道中にある。

後ろを歩いている魔物ですら、本日は善意からの敵になる可能性があるのだ。

「ネア、今日は仕事も免除されているし、どこか行きたいところはある?」

「静かに安全に過ごしたいです」

「裏の森で雪雲が集まっているけど見たいかい?脱皮が始まるみたいだね」

「地獄絵図ですね。絶対に行きません!」

誕生日は仕事が免除になると知らなかったので、ネアは特別な予定を立てていなかった。

誰かと過ごすことへの家族的な憧れがあり、あえて晩餐もリーエンベルクで過ごすことを希望している。

しかし、こちらの祝い方を知ってしまうと、何だか不安の方が強くなってきた。

都市部では簡略化もされているそうだが、残念ながらここは魔術の伝統を重んじるウィームであり、その大家であるエーダリアや、人ならざる者達ばかりに囲まれている。

取り敢えずのネアの目標は、厄介な祝福を貰わないことだ。

先日図書室で貰ってしまった、特定の拘束方法の祝福はかなり精神を削っている。

余計なものを増やすゆとりなどない。

「でも、誕生日だろう。何か特別なことはしなくていいのかい?」

「こうして、親しい方達に囲まれているだけで幸せな誕生日ですよ。それに本日は、出掛けると厄介なことになる気しかしません」

「もっと望んでくれていいのに」

ネアの答えに、魔物は少し寂しそうになった。

朝食前の騒動でも、一人だけ叩いて貰えなかった疎外感が尾を引いているようだ。

何だか悲しそうな目でこちらを見ているので、ネアは、ついつい甘くなってしまう。

「ではディノ、一つだけお願いを聞いてくれますか?」

「勿論だよ、ご主人様!」

「前回の雪雲事件でささくれだった心を癒したく、野生の雪豹を見てみたいです!」

「そんなことでいいのかい?」

「ええ。可愛いは正義ですし、自力で見に行くのは大変そうですから。ご近所の雪山には野生の子がいるそうので、ちらりと見れれば大満足です!」

この世界の雪豹は、幸せなことにただの雪豹であってくれた。

ネアの知るままの姿で、純然たる動物の雪豹である。

安心して可愛いと愛でられるので、ネアは雪豹の変わらぬ品質と安全性には、高い評価をつけていた。

「ではそうしようか。コートを着てくるかい?」

「はい。雪豹気分に合わせて、白いコートをおろします!」

現金なもので、野生の雪豹を見れるとなると、ネアは途端にご機嫌になった。

今までの人生では、ポストカードと図鑑でしか見たことがないのだ。

わくわくしてしまうのも仕方がない。

儀礼用のケープの余りで作られた白いコートを羽織って、ラムネルの毛皮の余りのマフラーを巻いた。

余りものだけのコーディネートだが、仕立て屋が倒れそうなくらいには高価な装いだ。

「準備が出来ました!」

「おいで」

差し出された手を取ると抱き上げられ、ネアはふと、困った可能性に頭を悩ませる。

(昨晩の年齢の話的に、これはもしや本気の子供抱っこだったのかしら……)

当初は、片手で十分だからこの抱き上げ方なのだろうと思っていたが、もしや完全に子供扱いなのだろうか。

だとしたら大変に不本意であるので、そろそろ大人の女性としてのアピールを周囲にした方がいいかも知れない。

このままではいつか、恋愛経験の希薄そうなエーダリアを残念に思えなくなりそうだ。

(今度、ダリルさんから貰ったドレスで出かけてみようかな)

転移のあわいの薄闇で、そんな野望に想いを馳せる。

「この辺りかな」

ディノが選んだのは、アルバンの山には及ばないものの、十分に立派な雪山の一つだった。

こちらには森よりも洞窟などが多いそうで、雪豹が住む為の環境が整っているようだ。

純然たる動物が多い土地というのは、魔術の地脈の少なさも重要になるらしい。

「魔物の少ない土地がいいんですね」

「捕食者になるからね」

言われてみれば確かに、雷鳥ですら山羊を捕食していたのだから、魔物はかなりの狩り上手なのだろう。

この山は足元が悪いということで魔物に抱えられたまま、ネアはその雪豹の生息域に足を踏み入れる。

ディノも雪溜まりの中に立つようなことはなく、安定した魔術の道を使って無駄なく歩いていた。

「雪豹は移動しますので、見付からないときは無理しないで下さいね」

「大丈夫。少しずつ調整しているから、すぐにこちらに来るよ」

「調整……?」

それは山の環境的に大丈夫なやつだろうかと、ネアは少し訝しげな顔になる。

大好きな雪豹の生息域なので、出来るだけ荒らしたくない。

そのとき、ぱっと雪の塊が動いたと思って注視したところ、その雪の塊がぴょんと跳ねた。

「わぁ、雪兎ですよ。…………あ」

その雪兎を追い込むように、しなやかで大きな生き物が姿を現した。

分厚い前足にしなやかな身体。

そしてふかふかの尻尾が特徴的な雪豹だ。

「………っ!!!」

声は出せずに歓喜し、片手で魔物をばしばし叩きつつ、ネアは憧れの雪豹に釘付けになる。

獣らしい鋭さと、みっしりと詰まった毛皮の可愛らしさ。

顔がにやけて止まらない。

見守るネアの目の前で、雪豹は狩りに失敗した。

獲物を獲り損ねた憮然とした表情にまた、ネアは魔物の肩を叩いて悶絶する。

ディノの隠蔽が完璧なのか、これだけ騒いでいても雪豹が逃げないのが素晴らしい。

「これでいいの?」

「はい。幸せいっぱいです!」

いっぱいご主人様に叩かれた魔物も、何だか幸せそうなので双方得るものがあったのだろう。

「ディノ、私は、雪豹を自分の目で初めて見ました。誕生日に、人生初の体験が出来る人なんてどれだけのものでしょう。雪豹を見せてくれて有難うございます!」

感動のままにお礼を言うと、ディノは微笑みを深くした。

雪山のざらついた雪面の明るさに、真珠色の髪がきらきらと鈍く煌めく。

(良かった。ディノも嬉しそうだわ)

勿論ネアの誕生日なのだが、こういうことに初めて挑戦するディノも嬉しそうだと、やはり嬉しい。

当該の雪豹は、狩りの失敗にむしゃくしゃしたのか、何もない雪原に向かって勇ましく飛び込みをしている。

その荒ぶり方が途方もなく可愛いので、ネアはディノに抱えられたまま仰け反りそうになった。

「……ネア、可愛い。落ちそうなのが可愛い」

「………うぬ。つい我を忘れてしまいました」

ネアがそんな己を恥じようとした時、ふわりと視界が暗くなった。

おやっと顔を上げたネアの視界に、何か大きなものがさっと過ぎる。

曇りとはいえ少し眩しくてよく見えないが、雪曇りの空に微かに色付いたものが紛れているらしい。

「何かいますね……」

「雪鷲か、竜か、……雪食い鳥だね」

「もしや、雪豹を狙っていたりします……?」

「狙っていると思う」

「……許しません!」

愛する獣を狙われて怒り心頭のネアに変わって、ディノがすぐにその捕食者を威嚇してくれた。

雪豹が逃げる余裕を持たせて、雪を巻き上げて防壁代わりにする。

周囲の異変に驚いた雪豹が驚いたように飛び上がると、素早く駆け去ってゆき、小さな雪嵐が翻った後の静寂には、捕食者の重たい羽ばたきが重なる。

「ネア、撃ち落としてしまおうか」

「今のディノの顔を見て、それは絶対に駄目だと直感しました」

「ご主人様……」

魔物はしゅんとしたが、ネアは刹那に閃いた微笑みの暗さに、不穏な直感が働いた。

単なる排除ではあんな微笑みは浮かべまい。

あれはどこか、悪意の一欠片だったから。

案の定、魔物は悪さをしようとしたらしく、収束した雪嵐の上にばさりと舞い降りたのは、ネアが見知った生き物だった。

「ラファエルさん!」

魔術の道からの呼びかけだったので、雪食い鳥は、不審そうにきょろきょろと周囲を見回した。

銀斑らの髪と真っ白な風切羽が、雲間からの陽光にぎらりと光る。

明るいところで見るのは初めてだが、たおやかな鳥ではなくて、大鷲のような立派な翼に惚れ惚れとした。

ディノに魔術の道を一部解いて貰い、ネアは気持ちよく吹き込んできた冷たい風に目を細める。

直ぐにこちらに気付いて、ラファエルが振り返った。

「……ネア?」

「はい。ラファエルさん、雪豹を狩ろうとしていましたね!」

「うん。姿も隠さずに目立っていたしね」

「減点対象です!雪豹は私のお気に入り動物なので、贔屓しております」

「狡いよ、ネア」

「空腹なら市場でお肉を買ってさしあげるので、それで我慢して下さい」

「雪豹は食べないよ。巣材にするんだ」

「おのれ、もっと許しません!雪雲でも狩りなさい!」

「あれだと中身が虫だから、毛皮が薄いんだよね」

「………ディノ、適当にどうでもいい薄っぺらくない毛皮な獣を教えて下さい」

「雪食い鳥の巣はどうでもいい」

「………と言うことですので、雪豹はやめましょう」

「よくわからないけど、諦めた方が良さそうだね」

ラファエルは大人の対応を見せて、少し呆れ顔で頷いてくれた。

飛び立とうとして翼に力を込めてから、ふっと眉を顰めてこちらを向いた。

「どうしてこんな雪山に居るの?」

「お誕生日のお祝いに、雪豹を見に連れて来て貰ったんです」

ラファエルは鮮やかな紫色の瞳を瞠って、まじまじとネアを見返す。

ジゼルの瞳の色よりも彩度の高い、鮮やかな紫色だ。

「誕生日なの?」

「はい」

「……それなのに、まさか雪豹を見るだけ?」

「ネア、やっぱりあれは駆除しよう」

困惑したように罪のない口調で言われ、ディノの声がぐっと低くなる。

「ディノ、いけませんよ。ラファエルさんは、ディノが私に素敵な贈り物をくれることは知らないのですから」

「ふうん。品物もあげるの?」

「ネア、雪食い鳥の羽は良い道具になるそうだよ」

「こらっ!」

叱られたディノがどこか酷薄な眼差しになるのを、ネアは微かな懸念を持って見つめた。

見ていないところで何をするのかわからないので、面倒だがきちんと躾けないといけない。

「誕生日おめでとう、ネア」

そんなことを考えながら渋面になっていると、穏やかなラファエルの声が届いた。

柔和で美しい声は、やはり聖典の天使のように澄んでいる。

視線をそちらに戻せば、ラファエルは淡い微笑みを浮かべている。

今日は機嫌がいいようで一安心だ。

「有難うございます」

「君に祝福をあげよう。そうだね、恋の祝福はどうだい?」

柔らかで謎めいた問いかけに、ネアはぱくちくりと瞬きをした。

そう言えば本日は祝福に気を付けなくてはいけない日だったと思いかけて、鋭く笑ったディノに、ネアはちらりとそちらを窺う。

「確かに雪食い鳥は、籠絡の魔術。惑わせる術界は精緻だろう。でもこれは、私の守護の内側だよ」

「僕達は可能性が好きだ。自由と、遊びと、恋が好きだ。……だからねネア、守護の檻の中にいる君に、選択肢をあげるよ。君はいずれ、とびきり魅力的で、とびきり厄介な生き物に恋をするだろう。これが僕からの祝福だ」

ネアに謎めいた微笑みを投げかけ、ばさりと翼を広げて雪食い鳥が飛び立ってゆく。

その力強い飛影が消えてゆくのを目を細めて眺めながら、ネアは深い溜息をついた。

「……嫌がらせでしょうか」

やれやれと首を振ってみせたネアは、自分を抱えたままの魔物が何とも言えない顔をしていることに気付いた。

まるで、どこか呆然としているような。

初めて見る魔物の、シンプルに途方に暮れた眼差し。

「ディノ?」

「……守護の内側なのに、どうしてだろう」

「何か不都合がありましたか?」

「……祝福が成立しているんだ」

「なぬ……」

思わず顔を見合わせてしまったネアとディノは、暫し無言で向き合った。

どこか遠くで鳥が鳴き、四つ足の獣の遠吠えが聞こえる。

「と言うことは、先程の祝福が適応されるのでしょうか。……魅力的で厄介」

こてんと首を傾げて、ネアは深刻に考える。

その条件に当てはまる生き物は、何だか身の回りに生息しているような気がした。

「……やはりあの鳥を殺そう。祝福の主が死ねば、大抵の祝福は解けるから」

「叩きのめして解かせるのはどうでしょう?」

「雪食い鳥は狡猾な生き物だよ。誓約でも交わさないと難しい」

「私に害をなしてはいけないという誓約なら交わしましたが、それがあればいけますか?」

「………ネア、いつそんな誓約を結んだんだい?」

「あ、………」

自ら語るに落ちたネアは、遠い目になった。

目の前の魔物は、絶対に言い逃れを許さないという粘着質な気配をだだ漏れにしている。

「そうか。既に誓約の道があったから、守護の内側にまで祝福が侵食したんだね」

「……なんと」

「今回は諦めてくれるね。これは君を剥ぎ取るかもしれない悪意だ。さすがに、私も見過ごせない」

「わかりました。迅速に叩きのめして解かせますね」

「え、そっちに行くんだ……」

「いざという時の為に、ラファエルさんの綺麗な翼を、世界一趣味の悪い模様に変えてやる魔術を用意して下さい。前回、そう脅して誓約させたので、場合によっては本気を見せなければなりません」

「……そんな脅迫初めて聞いた……」

魔物は少し怯えたように呟く。

(残酷さを際立たせたと思えば、その反面、こんなに稚いのが不思議……)

このくらいはまだ、序の口ではないだろうか。

人間なら誰でも考え付きそうなものだ。

「でもその狩りは明日以降でもいいですか?何だか今日は、じっとしている方が利口な気がします」

「そうだね。今日は君の誕生日だ。特別な日なのに、困らせてしまったね?」

「いいえ。ラファエルさんを叩きのめせば済むことですから!それに、そもそもあの祝福だと、該当するのってディノだと思うので、特に身の危険はなさそうですしね」

「………え」

なぜかディノは、そこで絶句した。

綺麗な水紺の目を瞠って、無防備なくらいにネアを見つめている。

あまりにも驚いているようなので可哀想になって、ネアは頭を撫でてやった。

「大丈夫です。さくっと、解除させますからね!」

「………そんな、ご主人様」

謎にぎゅうぎゅう抱き締められたネアは、男前にその肩を叩いてやった。

きっとディノも、祝福なんかで纏わり付かれても恐ろしくて嫌なのだろう。

妙なところで無垢で我が儘な生き物なので、立派にご主人様であり続けるべく、この祝福はきっと解除してみせる。

(こんなに動揺されると、ちょっと悲しいけれど)

こんなに素直に慌てられると、少し女性としての自尊心が傷付いたのは否めない。

やはりここは一つ、ダリルから貰ったドレスでイメージチェンジをする作戦を進めよう。

「………なにやら、誕生日のせいで、心が頑丈になってきました」

早く素敵な晩ご飯を食べて寝たい。

とうとう、考えるのはそれだけになってきた。