軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

雪食い鳥と狩りの女王

ネアはその日、仕事終わりに雪菓子の採取に来ていた。

手持ちの雪菓子が尽きたのと、主に贈答用である。

売り物の雪菓子はとても高価だが、狩りの女王としては大量収穫が望めるので、ちょっとした時の贈答用にとても重宝している。

採取の方法も何だか好きだ。

しかし、ついついテンションが上がりすぎて、保護者である魔物を置き去りにしてしまいそうになる。

ディノはディノで、無防備に雪山を闊歩する人間を狙った、魔物や妖精の駆除で忙しい。

一括排除するのは簡単だし、一定圏内に近付けないようにすることも出来る。

しかし、前者は平和主義のご主人様が好まず、後者だと雪菓子が生成される瞬間の魔術の織りを邪魔してしまう。

「ネア、落ち着いて!離れ過ぎないようにね」

「はい。ここにある大物を採取中です!」

背後でディノが掴んで放り投げているのは、立派な氷の魔物の一種だ。

獲物欲しさに夢中で駆けてきた魔物は、まさかの魔物の王に襟首を掴まれ捨てられている。

独立しており群れを持たない魔物だからこそ、情報共有がなく被害者は増大した。

逆に、高位の魔物の守護を受けていると察した上で、そんな人間を籠絡してみたい、或いは傷付けてみたいと考える厄介者もいる。

雪の影や、樹氷の上からネアに忍び寄ったものは、遥かに手酷い排除を受けて動かなくなった。

その残骸のおこぼれを目当てに、また不穏な生き物達も姿を現わす。

そうこうしている内に、夢中で雪菓子を掘っていたネアは、ふと視線を感じて顔を上げた。

「………まぁ」

思わず声を上げたのも無理はない。

腰のあたりから大きな翼が生えた青年が、木の影から驚いたようにこちらを見ていた。

(天使みたい………)

木の影に沈んでいるが、よく見れば背中にも大きな一対の翼がある。

四枚の翼を持つ、見たことのない生き物だ。

襟足の長めの巻き髪に、大きな紫水晶の瞳。

なぜか親近感のある姿をしていると考えて、ゼノーシュに似ているのだと思い至った。

瞠った瞳のあどけなさや、軽く傾げた首など、玲瓏たる美貌の青年なのだが可愛いらしい印象が強い。

(…………可愛くて綺麗)

「………君は、死神なの?」

「………唐突に酷い評価を受けました。死神ではなく、ただの人間ですよ?」

「先程から、この辺りで死の香りがするんだ」

「私は今のところ、蝶の精霊を一匹はたき落しただけで、他には何も殺していません。この蝶のことでしょうか?」

籠の中に布に包んでしまっていたいつもの黒い蝶を取り出すと、青年は首を振った。

「ううん。もっと大きなものだから、君が死神ではないんだね。だとすると、こんなところに一人でいると危ないよ?」

「一人ではありませんよ。連れがいます」

ネアはそう言って振り返ったが、奇妙なことにディノの姿は見えない。

先程まで背後で何かを捨てに行こうとしてたので、木々が茂る方に隠れているのかもしれなかった。

「一人ではないとしても、単独でいると食べられてしまうよ。今は山の向こう側に、雪食い鳥が来ているから」

「雪食い鳥とは、暴れん坊なのですか?」

「うん。人間を食べるよ」

「怖い生き物なのですね。注意してくれて有難うございます。気を付けますね」

親切で声をかけてくれたようなので、ネアは微笑んでお礼を言った。

青年はなぜか、驚いたようにまた目を瞠る。

「人間を食べる生き物が、おぞましいとは思わないの?」

ネアは首を捻ってから、率直な感想を告げた。

「生き物の生態はそれぞれです。私達がお肉をいただくように、人間を獲物にする生き物とているでしょう。遊び半分で殺さないのですから、おぞましいとは思いません。ただ、食べられるのは嫌なので、出会わないようにしますね」

「………そうだね。出会ったら、君はすぐに食べられてしまうから」

「ふふ、これでも私は狩りの女王なのですよ。出会ったら、逆に狩ってしまうかもしれません。………あ、あそこにもありますね」

新しく生まれた雪菓子を発見したので、ネアはぺこりと頭を下げて立ち去ろうとして、ふと思い止まった。

さくさくと雪を踏んで近寄って来た人間に、青年は微かな警戒の眼差しになる。

元々が整った容貌であるだけに、無垢さが失われると冷ややかな美貌と言ってもいいくらいだ。

「これをどうぞ。ご忠告を有難うございました。そんな乱暴者が来ているのでしたら、あなたもどうぞ気を付けて下さいね」

差し出された手に、何度か躊躇をしてから白い手が伸ばされる。

触れられるのは嫌そうだったので、ネアはその手のひらにぽとりと雪菓子を一つ落としてやった。

目を丸くした青年に微笑みかけ、新たな雪菓子を求めて背中を向ける。

「ネア?」

「ここにいますよ!」

うっかり木の影に入ってしまったせいか、ディノが探す声がする。

ネアは慌てて返事を返した。

月明かりの明るいところへ出て行くと、ほっとした表情のディノに手を取られた。

「目の届かないところへ行っては駄目だよ」

「親切な方にお礼をしてたのです」

「……誰かといたのかい?」

すいと目を細めた魔物に、ネアはやれやれと微笑みかけた。

こんな雪山で、初対面の誰かと浮気をする余裕はない。

ネアは、雪菓子の採取で忙しいのだ。

「ええ。あちらに……」

視線を向けると先程の木の影にはもう、あの青年の姿はなかった。

ディノは擬態をしているわけでもないし、怖がらせてしまったのかもしれない。

「先程まであちらに、……鳥?のような方がいたんです。ゼノに似ていて、可愛いらしい方でしたよ。山の向こう側に雪食い鳥が来ているから、気を付けるように言われました」

「……雪食い鳥は人間を食べるからね」

ディノは、少し疑わしそうにネアの視線の先を見ていたが、やっと動きを止めたご主人様を両手で拘束して深々と息を吐いた。

「何だろう、雪菓子を集めてるときのネアは、すごく可愛い」

「それはもしや、狩りの女王としての魅力が加算されているのでしょうか」

(ディノの求める、ご主人様度が増しているのでは……)

「よくわからないけど、心配で可愛い」

「………吊り橋効果的な……」

要約すれば、目を離すとどこに行くのかわからずにハラハラしている状態で、手元に戻って来たときの安堵感を、可愛いに変換している気がする。

(そんなことで、雪菓子狩りに協力的になってくれるなら)

「吊り橋?」

「ディノが褒めてくれたので、私はより一層に雪菓子狩りに邁進しますね!さて、次はあちらです!」

今日は出会った頃のように、右サイドに寄せた髪を一本で縛っているので、髪の毛をリードにしてやりにくい。

腕を引いて、先程見つけた雪菓子のポイントに魔物を牽引する。

「……ご主人様」

謎に、手を握られると魔物が恥じらうのも健在だ。

この謎はまだ解けていないので、ネアとしてはいつも困惑するしかない。

「わぁ、ここの雪菓子は立派ですね」

「月の光が当たりやすいからだね」

ディノの言う通り、確かに周囲には遮蔽物がなく、月の光が雪を青く染めている。

さっそくしゃがみ込んで雪菓子採取を始めたネアの傍らで、魔物はまた何かを見つけたのかそちらに歩いて行った。

ネアは、拾い集める雪菓子の周囲に、ぴょこりと跳ねた尻尾を見つけて眉を寄せた。

「………おのれ」

雪菓子狩りでよく競合として出現する、イタチに似た縞々の生き物だ。

最初は可愛いのかと思って見逃そうとしていたところ、かなり邪悪な生き物だったので敵視している。

お互いに一歩も譲らずに雪菓子を掻き集めるが、幸いネアの方が手が大きいので勝敗は明らかだ。

頭にきたらしいイタチが、がばっと大きな口を開けて牙を剥く。

この生き物は、体全体が大きな口になる獣なのだ。

「ふ、愚かなイタチですね…」

「危ないよ?」

ネアが打ち払おうとしたその時、ふわりと落ちた影がイタチを掴み上げた。

ばさりと大きな翼を広げて、先程の青年が舞い降りる。

伸ばした手で掴んだイタチと目を合わせれば、イタチは竦み上がって震えていた。

興味はないのか、すぐにぽいっと捨てられてしまった。

逃げてゆくイタチを見送りながら、ネアは小さな溜息をつく。

「……初めて好敵手に出会いました」

「……好敵手?」

「ええ。獲物を震え上がらせるのは、私の専売特許だったので、なぜか少し悔しいです。でも、手を貸して下さって有難うございました」

「………君は、僕が見たことのない人間だね」

「はい、確かにお会いしたことはありません」

「そうじゃなくて、君みたいな人間は見たことがないということ」

そう言った青年が、小さく唇の端を持ち上げて淡い微笑みを浮かべた。

見事な翼と相まって、まるで天使の微笑みのような絵に、ネアは見惚れてしまう。

魔物達が隔絶された美貌を持つのとはまた違い、このような見慣れない造形のものの美しさは、声を失う程。

最初にヒルドを見たときも、同じように感動したものだ。

「あなたは、」

「ネア!」

「おい、何をやってるんだ?!」

「わぶっ?!」

彼が何者なのかを聞こうとしたその時、ネアは現れた魔物達にもみくちゃにされた。

一人ならまだしも、なぜか数が増えている。

抱き込まれた際に鼻を打って、犯人の胸を拳で叩いた。

「何をするのですか!」

ぱっと見上げた先にいたのは、よく見慣れた真珠色の魔物ではなく、冬山で目にするにはいやに不穏な装いのアルテアだ。

思いがけない登場に眉を顰めてから、はっとしてネアは振り返った。

「ディノ、その方を傷付けてはいけませんよ!」

大きな羽ばたきに視線を戻した先では、ディノと向き合った翼のある青年が、威嚇するように翼を打ち広げたところだった。

「わかってるのか、お前は喰われかけてたんだぞ?」

「……む?」

ホールドされたままアルテアに叱られて、ネアは目を丸くした。

「あれは雪食い鳥だ。その容貌で人間を誑かして、人間を喰らう生き物だからな」

「……あの方が雪食い鳥さん?」

「そうだよ。若い竜くらいには頑強だから、くれぐれも狩ろうともしないようにね」

ディノにも合わせて窘められて、ネアはその向こう側にいる青年を見つめた。

綺麗な紫色の瞳をこちらに向けて、何とも言えない眼差しの言葉に小さく頷く。

「でもディノ、その方は傷付けないで下さい。人間を食べるにせよ、私は捕食対象ではないようですし、親切にしていただきました」

「……ネア、」

困惑したようなディノの声を聞きながら、ネアは雪食い鳥だという青年に微笑みかけた。

「ほら、私は一人ではないのでもう大丈夫ですよ。あなたも気を付けて帰って下さいね」

しんとした雪の中で、小さく息を飲む音が聞こえ、青年は困ったような微笑みを浮かべる。

やはり、そこには敵意もなければ害意もない。

小さな子供が不思議なものを見るような、そんな無垢な好奇心しかなかった。

「………君、やっぱり変わり者だ」

大きく四枚の翼を広げ、力強い羽ばたきで浮かび上がると、ディノとアルテアが双方渋い顔になった。

魔術を多用して飛翔する竜や妖精と違い、雪食い鳥は翼だけで空に浮かぶ、鳥としての資質が高いようだ。

「これ、あげるよ」

はらりと、夜空から立派な羽が落ちてきた。

アルテアの拘束を剥ぎ取って受け止めれば、青年の髪と同じ淡い銀色に紫の斑らがある、とても綺麗な羽だ。

先端が輝くような硬質な白になっている。

「私にくれるんですか?有難うございます」

「雪菓子のお礼だよ」

ぱっと笑顔になってお礼をしたネアに、ディノは暗い顔になり、なぜかアルテアが短く呻く。

そんな魔物達を面白そうに見下ろしてから、青年は見る間に高く舞い上がり夜空に紛れた。

「……ネア、浮気」

「ディノ、鳥とは浮気をしません。親切に好意で応対した結果、素敵な羽を貰っただけです。寧ろ、私の人徳を褒めるべきところですよ?」

「………冠羽か。なんでお前が手に入れたんだ………」

「そしてなぜ、アルテアさんは落ち込んでいるのでしょう?」

アルテアの視線は、ネアが手にした羽に釘付けになっている。

いそいそとその腕から逃れ、しょぼくれたディノのところへと戻りながら、ネアはその原因を尋ねた。

「餌を撒いて雪食い鳥を追い込んで、冠羽を取ろうとしてたんだ………」

「……この羽は貴重なものなのですか?」

「十年に一度だけ、成体の雪食い鳥が落とす冠羽だ。いいペンになる」

「そうなのですね。知りませんでした。無欲の勝利というところでしょうか」

「そのドヤ顔をやめろ」

「そうか。アルテアが狩りをしていたせいで、今夜はやけに厄介な妖精や魔物が多かったのか……」

やっとご主人様を回収したディノの声は低い。

少々異常な程の駆除に追われたのは、元々この山で雪食い鳥の狩りが行われていたからのようだ。

「あのな、まさかこんな山奥にお前達がいるなんて、思いもしないだろうが。ましてや俺は山の反対側にいたんだぞ?」

「小規模だけど、死者の行列紛いのもの達が現れていたから、危うくネアを巻き込むところだった」

「……死者の行列紛いだなんて、アルテアさんは山の反対側で、一体どれだけのことをしでかしたのでしょう」

「馬鹿な若い狩人達を焚きつけただけだ。あいつらが、自分の意思で山に入って雪食い鳥を狩ろうとして、愚かにも自滅しただけだ」

「……狩人さん方はもしや」

「雪食い鳥が大人しいのは、食事中だけだからな。一番いい羽を持つ個体が離れたから追ってきたら、まさかのこの現場だ」

さも頭が痛そうなアルテアだったが、ネアは冷ややかにその無言の訴えを切り捨てた。

「この羽は私の貰い物ですので、差し上げませんよ!」

「その勝ち誇った微笑みをやめろ」

その日は、ネアが雪食い鳥から貰った羽を大事に仕舞い込んだので、ディノが不貞腐れてしまい終了となった。

帰り道でもしょげていたので、体当たりをしてやったが、リーエンベルクに帰ってから巣に引き篭もる程の重症具合だったので、ネアはいつもに増してご褒美を切り出す羽目になった。

因みに、途中まで一緒だったアルテアもあれこれ文句を言っていたが、ご主人様への抗議活動の邪魔になると判断した魔物に現地解散を言いつけられて置き去りにされている。

後日の定例会で、あの夜はもう、雪食い鳥を見付けられなかったと聞いたネアはほっとした。

あの雪食い鳥には、なぜかずっと健やかに暮らしていて欲しいと思ってしまったのだ。

けれど、貰った美しい羽はペンとして使うことも出来ずに、薬入れに挟んで死蔵することになってしまった。

羽を引っ張り出す度に、地道な抗議活動を行なった魔物の勝利である。