軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

駒鳥の策略

「ネア様、どうかされましたか?」

廊下で僅かに肩を落としていると、通りかかったヒルドに声をかけられた。

一緒にいたゼノーシュにもちょこんと首を傾げられる。

「悪い男に転がされていまして、少し悩んでいました」

「……悪い男、ですか」

「ヒルド、ものすごく声が怖いけど、多分大丈夫だよ」

とことこと前に出たゼノーシュが、ネアの腕にそっと触れた。

気遣わしげではあるものの、恐らく事情聴取である。

「ネア、どんな悪い男なの?」

「襟元が赤いお洒落なやつです。私に散々貢がせておいて、他の女のところにも出入りしていました」

「他の女……?」

「街で羽根飾りを売っている露天商のお嬢さんです。彼女は美人ですし、何やら手練手管に長けているのです。完敗でした……」

そっと頬に触れたものがあったので、顔を上げると心配そうな目をしたヒルドがいる。

指先で顔周りの髪の毛を撫でたのだろうが、指先の温度が低いので意識を小さく持っていかれる。

「その男は、普段はどちらにいるのですか?」

「わからないんです。いつも夜だけ転がり込んできて、貪るだけ貪って消えて行くんです。そんな振り回す悪いやつですが、可愛い眼差しに長けています」

「………貪る」

「ネア、そいつに何かあげてるの?!」

絶句したヒルドに、ゼノーシュも何やら気色ばむ。

「ネア様、少し宜しいですか?」

「えっ?!………ヒルドさん?」

不意にネアは、僅かに羽を広げた妖精に抱き上げられた。

このように運ばれるのは慣れているが、ヒルドの運搬には慣れていないので動揺してしまう。

しっかり抱えられているので落ちはしないが、どこに手を当てていいのかわからず、両手を彷徨わせた。

「ヒルド、どうするの?」

「ひとまず、障りが出ていないかどうか調べます」

「……障りですか?」

運搬中のネアは困惑して聞き返す。

とても深刻に首を振られたが、どうしてなのだろう。

「ヒルド、あの部屋は?」

「ええ、あそこにしましょう」

「……え、何の取調室でしょう?」

連れ込まれたのは、かつての遊戯室のようだった。

今は幾つかの特殊な植物の保管室になっており、部屋自体に結界の魔術が張られている。

そのことを思い出したら、ネアは奇妙な不安に襲われた。

「ヒルドさん?」

遊戯台であった少し高めのテーブルに降ろされ、向かい合うように配置される。

途方に暮れて目を瞬いていたら、おもむろに袖を捲られた。

「ヒルドさん?!」

晒された素肌に指を這わされ、ものすごく何かを調べられている。

「……ゼノ?」

変わってゼノーシュが調べているのは、ネアのポケットだ。

ゼノーシュ用のお菓子の在庫をとても熱心に数えている。

テーブルから飛び降りて逃走しようにも、両足のサイドをみっちりヒルドの身体で固められているので、身動きが出来ない。

テーブルから浮いた足先の部分を、ヒルドは両足で挟むようにして固定していた。

(き、凶悪犯用の拘束………?)

「……良かった。僕のお菓子、いつもと同じくらいある。……ネア、さすがに襟元を広げられるのは断った方がいいよ?」

ゼノーシュがお菓子の在庫確認を終えた頃、ネアは結構大胆に襟元をはだけられていた。

扇情的な夜会服も持ってはいるので、ネアとしては問題になる程の位置ではないのだが、他人の手で晒されるというのはやはり恥ずかしい。

羞恥で微かに頬を染めていたところ、ようやくクッキーモンスターの救いが入ったという状態だった。

「しかし、ゼノ。ヒルドさんは何やら深刻そうに調べています。もしや私に、何か疫病の疑いでもかかっているのですか?」

「ネアは、変なところでものすごく信頼しちゃってるんだね」

「私の魔術可動域は蟻以下なので、そうなると大人しく診察に身を任せるしかないというか……。ゼノ?」

「ヒルド、さすがにそれ以上はディノが怒ると思うよ?」

ヒルドの手は、ネアの胸元のほんの少し上。

指先はかなり際どいところにかかっていたが、ヒルドはゼノーシュの指摘まで気付いていなかったようだ。

「……っ、」

我に返って珍しく明らかに頬を染め、さっと目を逸らした。

逆に、診察の範疇だと思っているネアは、そうされてしまうと余計に恥ずかしいのでやめて欲しかった。

「………ネア様、もう少し早く止めて下さい」

「……診察ではなかったのですか?」

「診察なら構わないという訳でもないでしょう」

ネアは率直に首を捻る。

「治療に羞恥は禁物です。私は素人ですので、多少動揺してはしまっても、大人しく専門家の方にお任せします」

「ネア、どうしてそんな覚悟決めてるの?」

「ゼノ、ここにはエーダリア様という要職に就かれている方がいます。グラストさんも騎士の方達も、身体が資本のお仕事です。私の我儘や管理不行き届きで、病気を持ち込む訳にはいきません」

「ヒルドが調べようとしたのは、交接による魔術汚染や術式の添付だと思うよ?」

「こうせつ……?」

「その男と、どれくらい触れたの?」

「触れていませんよ。是非に触ってみたいのですが、ディノに野生のものは触らない方がいいと言われました。それに、彼も身持ちが固くて私の接触を許しません」

「……身持ちが固くて?」

「野生って何だろう」

妖精と魔物が怪訝な面持ちになったので、ネアはディノの説明を再現してみた。

「野生のものは、羽に魔術を溜め込むのだそうです。だから羽に触ろうとすると、素早く逃げてしまって。このところは疲れているのか逃げなくなりましたが、私が手を持ち上げようとすると、鋭い黒い目で牽制されてしまいます」

「…………妖精?」

ヒルドが小さく呟いた声があまりにも陰惨だったので、ゼノーシュはその後のヒルドの暴走を許してやることにした。

ゼノーシュ的には、自分の領域が侵されていなければ問題ない。

「ネア、そいつには何をあげてるの?」

「梨と林檎が彼のお気に入りです。私から搾取するばかりの、とても悪い男ですよね……」

「梨と林檎なら、僕はいらないから許す……」

他の妖精の羽を触りたいなら、自分の羽を触ればいいと謎の代替案を打ち出した通信妖精のせいで、ネアはその後、なぜだかヒルドに危険なご褒美を与える羽目になった。

苦痛に耐えてまで羽に触られたいとは、やはりネアにとってはレベルが高すぎる。

何やら心が荒んでしまった模様のヒルドの膝の上に乗せられ、羽を片方持たされる。

柔軟性はあるのだが、どうも感覚的にばりんと割ってしまいそうで怖い。

若干目が死んでいるネアの為か、ゼノーシュが居残ってくれた。

ネアのポケットから採取したクッキーをもそもそ食べている。

もしかしたら、餌目当てかもしれない。

「ヒルド、ネアが貪らせたのは、梨と林檎だけみたいだよ」

「不幸中の幸いでしたが、羽に触りたいという欲求はお持ちのようですので、ここで解消していっていただきます」

「……確かに、妖精に餌を与えることも、求愛活動だから怒るのかな……」

「羽は羽でも何か違う気がします。私が触りたいのはふわふわの羽なのに……」

ゼノーシュの意見はもっともなものだが、もはや心が死んでいるネアには届かない。

椅子にした上に、死と隣り合わせの苦痛を与え続けるなど、ネアのご主人様レベルでは許容量超えの仕打ちではないか。

(臨時精神科医として、甘やかすのはやぶさかではないけれど、ご褒美はちょっと……)

しかし、もういい加減にしなさいと怒ったら、それもご褒美になってしまうかも知れず身動きが取れない。

おまけに、ネアは基本的にヒルドには頭が上がらないのだ。

鬼教官を恐れ崇める心は、万国共通である。

その数日後、ネアは自分を振り回した悪い男の引き起こした事件に、意気消沈して朝食のパンを齧っていた。

悲しくて今朝は食欲がない。

まだ二つしか食べれていないではないか。

「ネア、どうしたの?食欲ないの?」

「ゼノ、この前の酷い方に、私はやはり利用されていたようです」

「だから、野生のものはずる賢いから信用してはいけないよと言っただろう?」

「ディノ!でも、私の手の中で眠ってくれたあの日、まさか追っ手から身を隠す為だけに利用されたとは思ってもいませんでした」

「………ネア様、もう一度宜しいでしょうか?」

本日はエーダリアは席を外している。

昨晩、新しい術式の本を手に入れたとかで、徹夜してしまい寝台に沈んでいるらしい。

エーダリアが泣く程厳しく叱りながらも、三時間の睡眠延長を許したヒルドは、とても良い師匠でもあった。

「ネア殿、あれはやはりもうこの界隈にはいないようですよ。最後の夜をネア殿の側で過ごし、夜明けと共にウィームを出たようですね」

会話に加わったのは、グラストだった。

綺麗な仕草でナプキンを使っていたゼノーシュが、ぱっと顔をそちらに向ける。

「グラスト、僕そんな話知らないよ?」

「ゼノーシュ?ほら、昨日調べて貰った、露天商殺しの妖精ですよ」

目を丸くしたゼノーシュの手から、はらりとナプキンが落ちる。

「あの、兄弟鳥の羽を毟った人間に報復した、駒鳥の妖精?」

「ええ。ネア殿は、どうやらあの駒鳥を餌付けしようとしていたようでして」

「……駒鳥の妖精?」

ヒルドの顔色は悪い。

駒鳥妖精とは、妖精とは名ばかりの生き物で、通常の駒鳥よりやや早く飛べ、胸毛が赤褐色というよりは真紅であり、そして微弱な魔術の使える鳥だ。

ほぼ、ただの鳥である。

「だから私は言っただろう?野生の獣が、こんな結界のある宮殿にまで無理をして入り込んできているんだ。何か得るものがなければそんなことはしないよって」

「梨と林檎に心奪われ、私の優しさに陥落したのかと思っていたのです。やっと懐いたのかと喜びもひとしおだったのに」

ネアを慰め諌めているディノは、狡猾にも、ばしばしと自分の腕を叩くご主人様の八つ当たりからご褒美を得ている。

その様子を眺め、ヒルドは同僚に視線を向けた。

「……グラスト、それはどんな事件だったんだ?」

「ん?ああ。露天商が、装飾品を作る為に、その駒鳥の兄弟鳥の羽を毟ったらしくてな。その復讐の為に、あの駒鳥は露天商に懐いたふりをして近付いて、夜のうちに熊殺しの術符を発動させて露天商を殺してしまったんだ」

熊殺しの術符は、森で熊の魔物に出会った時のためのもので、行商に関わる者は大抵持っている。

単純な操作で発動し、毒のように広がる術符だ。

部屋の中でそれを発動させられたのだから堪らない。

露天商は、眠っているうちに毒に冒されて亡くなってしまった。

残された術符の発動履歴を調べ、駒鳥が浮上したのである。

「それが、ネア様のところに?」

「ああ。ここはディノ殿や宮殿自体の守護結界があるから、駒鳥を襲うような外敵もいないしな。 無理をして入り込んで、隠れ家にしていたようだ。最後の夜をここで過ごしたのも、露天商側の追っ手を警戒したらしい。頭のいい鳥だな」

「……鳥」

駒鳥の妖精はほぼ鳥である手前、妖精の羽のお作法も反映されない。

何しろ、立派な翼があるので一般的な妖精の羽を持つ必要もないからだ。

「でも、こうしてやり遂げた彼を思えば、やはり魅力的な駒鳥でした。騙されたとは言え、その手際の良さには心惹かれずにはいられません!」

「だから僕言ったのに。多分大丈夫だよって」

「次回からは詳細をきちんと確認しましょう」

そう、こそこそと話し合うゼノーシュとヒルドを横に、しょんぼりとスープを飲むネアは知らない。

駒鳥は、リーエンベルクに永住するつもりであった。

馬鹿な人間を籠絡したので、養わせてやってもいいだろうと懐いたところだったのだ。

その結果、ご主人様の手の中で寝た鳥類は、頭にきたディノに隣国に捨ててこられたのである。