軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第58話 終章

竜胆が番様用の支度室として用意されていた庵に到着すると、顕現した加護の小さな膝で、鈴はすやすやと眠っていた。

「……遅かったですね」

「お前こそ」

「今度は上手く顕現してみせますよ」

「……俺は今度がないことを祈るがな」

ふたりはシニカルな笑みを浮かべてしばし睨み合うと、根負けをした加護の竜胆が白旗を上げた。

「あとは頼みます」

「ああ」

竜胆は彼の膝に眠っていた鈴を抱き寄せ、自らの膝に眠らせる。

加護の竜胆は鈴を大切そうに見つめてから、顕現を解いた。

ふっと、神気が揺らいで消える。

それからどれほど経っただろう。「ううん」と小さく身じろいだ鈴へ、竜胆は愛おしげに視線を落とす。

「……竜胆、様……?」

夢うつつのその呼びかけに「ああ」と短く答えた竜胆は、ゆっくりと上半身を折って、鈴の唇へ己の唇を重ねた。

あたたかく清らかな神気が、日菜子の生んだ怪異で穢れてしまった鈴を癒していく。

鈴はその心地よさに身をゆだねながら、口づけを終えた竜胆へと両手を伸ばし、彼の頬を手のひらで包んだ。

「……私、竜胆様のことが、……好きです」

胸いっぱいに溢れ出てくる感情を、鈴は必死に吐露する。

鏡の世界に囚われた時は、もう伝えられないのではないかと思っていた。だから。

「好きです、竜胆様」

「……ああ」

「言葉では言い表せないくらい、大切で……――――っ!」

けぶる睫毛に縁取られた鈴の瞳が驚きで染まる中、竜胆は鈴の告白を奪うように再び唇を重ねる。

強引で甘い口づけに翻弄されながら、鈴はこれ以上ない幸せを感じて一筋の涙を流す。

「俺も君を愛している。きっと君が思っている以上に」

竜胆はそう告げてから鈴を抱き上げると、己の一等大切な存在を心の奥底から愛でるような穏やかな微笑みを浮かべてから、帰路に着いた。

◇◇◇

鈴の背中の術式は、漣総合病院の神霊経絡科の医師たちによってすべて綺麗に取り除かれた。

真名も魂も、搾取されていた霊力も、すべてを取り戻した鈴は改めて『婚約の儀』を行うことになり――、晴れて竜胆の婚約者となった。

その日、鈴が身にまとったのは、竜胆が鈴のために選んでくれたあの特別美しい振袖だった。

鈴の親族として参列したのは、祖父によって無理やり施設に入れられていた鈴の祖母。

新しい春宮家当主となった、春宮八重子である。

その肌に白蛇の鱗を宿した神秘的な姿をした祖母は、初めて会うことになった孫娘を前にしてしわくちゃな顔をさらにくしゃくしゃにして涙を流しながら、「今までずっと、ひとりきりにしてごめんなさい」と鈴をあたたかく抱きしめてくれた。

祖父によって遠ざけられ、春宮家の門をくぐることすらできなかった分家の者たちも、再び集まることができたそうだ。

鈴の置かれていた状況を長年知ることすらできなかった彼らは、「少しでも力になれたら」と、十二人の血族として十二天将宮の神々と破れぬ契りを交わしてくれた。

今、春宮家の結束は鈴を中心とし、八重子のもとで再び強まろうとしている。

祖父や父、継母と日菜子たちは『特殊区域監査局』の刑務官から罪人として真名剥奪を行われ、春宮家からも追放されているらしい。

その後どうなったか詳細を聞くか? と竜胆に問われたが、鈴はふるふると首を横に振った。

(罪を償ってくれたのなら、もうそれだけで十分)

そう思ったのだ。

鈴には伝えられなかったが、春宮家から追放された祖父や父、継母と日菜子たちは、『特殊区域監査局』が厳重に管理している山奥の荒屋で、そこに発生していた怪異を鎮める人柱となっていた。

日々霊力と体力を削り、自分たちが神々に裁かれ、十二人の血族たちが地中へ飲み込まれた時のあの時の恐怖に怯えながら、その日を生きのびるために生活している。

苧環家の者たちで鈴に関わりのあった人間は、ほとんどが十二人の血族として集っていたため、罪に問われた者は使用人くらいのものだったが、彼らは祖父や日菜子たちの使用人として従事させられることで、同じ道を辿っている。

利益のために怪異を作り出していた者たちは、怪異に怯えることとなったのだ。

しかし、彼らの本当に悲惨な現状を鈴が知ることは今後もないだろう。

清らかで優しい心を持つ鈴が、日菜子たちの処遇を憂い心を痛め続ける必要性はないからだ。

竜胆を始めとする狭霧家の者たちも、現春宮家の者たちも、今まで過酷な生活をしていた鈴を大切に大切に、真綿で包むかのように庇護していた。

そんな鈴の新しい日常は、きらきらとした輝きに満ちていて、少しばかり忙しい。

というのも、もうすぐ神城学園高等部への入学を控えているせいだ。

本来ならば〈神巫女〉となった巫女見習いは、百花女学院の特別科に進むのだが、竜胆がそれを強く反対した。

「あの傲慢な異母妹が牛耳っていたような百花女学院へ、鈴をやれるわけがないだろう」

「で、ですが、巫女見習いではない私が、巫女見習いとしての基礎を学ぶためには必要だと、学院長先生が……」

「駄目だ。基礎を学びたいのなら、神城学園でも特別講習を受けられる制度がある」

そう言って、彼は一歩も引かなかった。

新しく仕立てられた真っ白なワンピース型の制服には、〈青龍の巫女〉であることを示す朱色の組紐飾りがつけられている。

――そうして。

数日間降り続いていた雨が上がった、六月の早朝。

「鈴」

朝露が光る菖蒲の花が彩る神城学園の門前で、竜胆が眩しい光を見つめるかのように目を細めながら、愛おしげに鈴の名を呼んだ。

「今行きます」

制服を身にまとった鈴は、やわらかな微笑みを浮かべて、竜胆の元へ走り出す。

竜胆の番様としての、鈴の幸せに満ちた新しい一歩が――……こうして、幕を開けたのだった。

《完》