軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

77話 「まどろみ」

『僕たちはまだどの隊にも所属していないんだ』

ランスのその言葉に同意するようにクロエが、うんうんと頷く。

てっきりフィーアさん直属の部下だと思っていた僕は少しだけ驚いていた。

『だからまずは腕を磨いてどこかの隊に入るのが僕らの目標になるかな』

『フィーアさんのところがいいなぁ……』

ぺたりと頬を机につけて、ぼやくように言うクロエの言葉に同意するようにして、ランスが小さく頷く。

暗部の幹部である 数字持ち(ナンバーズ) 。

その危険性についてランスから説明を受けた後、話題は自然と身の上話に移っていき、今に至る。

『ユノ。君はもうどこの隊に入るか決まっているのかい?』

ランスのその問いに僕は首を横に振った。

すると、少しだけ嬉しそうにクロエがにやりと笑う。

『見習い三人目だ。仲間だね』

その言葉に同意するように、僕は頷く。

立場は少し違うけれど、実際見習いのようなものだろう。

『聞いて良いのか分からないけど……』

少しためらいがちにそう前置いて、ランスは僕へと視線をよこした。

『ユノ、君はなぜ暗部に?』

『たしかに! あんまりお金に困っているようには見えないけど』

『……』

その問いに、僕は少し戸惑った。

本当のことをそのまま答えるのは簡単だ。

野良神の失踪。その原因の究明。

そこに神様……女神アテナに繋がる危険が少しでもあるならば、僕はそれを見逃せない。

『自分の……ため、かな』

なんとか答えを形にする。

僕が人生で初めて抱いた、目標。

空っぽだった僕が見つけた『夢』と呼べるもの。

そう。初めてなんだ。

無気力で、どうしようもなかった僕が見つけた、大切な気持ち。

結果的に、杞憂に終わったって構わない。

神様が笑ってくれるなら、僕はなんだってやってみせる。

そう決めたから。

『なるほど、きみは――だ――』

『……?』

突然、ランスの声が反響するかのように鈍く響いた。

同時に、視界がぼやけるようにして鮮明さを失っていく。

ただでさえ暗かった視界が、更に黒く、闇色に染まっていった。

その中に溶けていくようにしてランスとクロエの姿が消えていく。

『……』

状況を理解できずに、僕はただ立ち尽くしていた。

それから三度 瞬(まばた) きをするうちに、僅かにあった月の光も消えてなくなった。

代わりに――

『…………神様?』

膝を抱くように座ったまま寂しそうな表情でうつむく女神アテナの姿が、暗闇の中でわずかに光を纏って浮かび上がった。

『……』

その姿に違和感を抱く。

美しかった白銀の髪は、ところどころほつれるように乱れており、白く美しい衣服もその本来の輝きを失っている。

まるで初めて神様と出会った頃のような――。

僕は視線を合わせるように、その場で片膝をつく。

赤い瞳をまっすぐ見つめながら。

『……神様……どうかしましたか?』

反応はない。

けれど、そんな神様に差し伸べる手が僕の視界の端から現れた。

誰のものなのかを確かめるべく視線を向ける。

『……』

僕がいた。

片膝をついて、神様へと手を差し伸べる、 ボ(・) ク(・) がいた。

その腕、その指先の向こうでは、顔をあげて差し伸べられた手をじっと見つめる神様がいる。

赤い瞳が不安で揺れるたび、強く願った。

――その手をとってください。

その願いが通じたのかは分からない。

神様がゆっくりと腕を伸ばす。

震えながら。躊躇うように、ゆっくりと。

そして――掴む。

瞬間、世界が眩い光と共に白く染まった。

美しくなびく白銀の髪。

新雪のような白い肌と、輝きを取り戻した赤い瞳。

その顔には、とびっきりの笑顔が浮かんでいる。

『……』

瞬きをするたびに、様々な光景が移り変わるようにして目の前に現れた。

並んで歩くボクと神様。そこにすました表情をしたルナが加わった。

同時に、時計の針のような、カチカチとした音がどこからか聞こえてくる。

その出所を探そうと、視線を巡らした後、僕は後ろに振り返る。

視界に飛び込んできたのは並んで歩く三人の後ろ姿。

そこに神獣ポチが浮かび上がるようにして現れると、ルナの横を四つ足で歩き始めた。

そして時折、並んで歩いているボクの方を向いて嬉しそうに笑う神様の横顔。

その目が、一瞬、僕の方を向いた気がしてすぐ、神様は後ろへと振り返ると笑顔を輝かせながら手を振った。

『……』

あ、ちゃんと僕のことも見えてるのか……なんて思いながら、笑顔で手を振り返す。

そんな僕の横を、後ろから追い越すようにしてティナが腕をぶんぶん振りながら神様の元へと走っていった。

風が僕の前髪を揺らす。

ティナは無邪気な笑みを浮かべながら飛びつくようにして神様を抱きしめた後、輪に加わるようにして歩き始める。

『……』

恥ずかしくなって、僕は腕を下ろした。

遠く小さくなっていく、みんなの後ろ姿。

それを眺めながら、僕は思う。

間違ってない。

間違ってないはずだ。

これまでした選択も、行動も。

『……』

ふと、視線を感じて、僕は再び後ろへと振り返る。

黄金の瞳が、僕をみていた。

三対六枚の黒い翼が、この白い世界で圧倒的な存在感を放っている。

宙に浮かんだまま、咎めるような目で僕を見下ろすルシファー。

僕はその視線を真正面から受け止めた。

忘れるはずがない。

何度も思い返した。

その瞳も、感情が読めない顔も。

そして――その言葉も。

『お前は何の為にここにいる』

……。

『目標も理念も貴様にはありはしない』

……。

僕は……。

『…………』

僕は後ろへと振り返る。

小さな神様の後ろ姿。ずっと遠くで揺れる美しい白銀の髪。

それがふわりと舞い上がると同時に、神様は後ろへと振り返った。

赤い瞳が僕を向く。

そして、可憐な笑みを浮かべると。

――手のひらを上にして、その白い腕を僕へと伸ばした。

………………。

…………。

……。

「――ノ」

……ゆさゆさと、体が揺れる。

「――ユノ」

……呼ばれてるなぁ、なんて朧げに思いながら、僕は薄く目をあけた。

「……っ」

飛び込んできた陽の光の眩しさに少しだけ驚きながらも、僕の視界は徐々に鮮明さを取り戻していく。

目と鼻の先で、僕をのぞき込むようにしてある青空色の綺麗な瞳。

それが役目を終えたとばかりに離れていった。

金色のポニーテールがぴょこりと揺れる。

アリスは片腕で頬杖をついて、僕へとジト目を向けると。

「おはよう」

と、少しからかうような声色で言った。

がやがやとしたクラスメイト達の喧騒が耳に入ってくる。

どうやら教室で眠ってしまっていたようだ。

状況を理解した僕を見て、アリスは小さくため息をつく。

「……最近なんだか眠たそうにしてるなぁとは思ってたけど。何かあったの?」

「……ちょっと徹夜続きで」

僕の言葉を聞いてアリスがからかうように片目を閉じる。

「夜更かしも程々にね。私たちは学生であると同時に騎士なんだから」

そのごもっともな意見に僕は苦笑して頷いた。

アリスは少しだけいじわるな笑みを浮かべると。

「たまに笑ってたけど、夢でも見たの?」

夢……見たような、見ていないような。

……それにしても、寝顔を見られるのはいかに幼馴染とはいえ気恥ずかしさがある。

寝た僕が悪いんだけどね。

「もしかしてずっと見てたの?」

「ずっ――――!?」

ボンと爆発するようにアリスの顔が赤くなる。

「ずっとなんて見るわけないでしょ」

それもそうだ。

ふわーと、わきあがるあくびを堪えながら、僕は窓の外に広がる青空を眺める。

「時々。たまに見てただけ」

ブツブツと呟くアリス。

今日も良い天気だ。

なんて考えていた時。

「……?」

ガヤガヤとしていた教室の喧騒がぴたりと止まった。

「うお……」

と、誰かが言う。その声には感嘆の色が含まれていた。

アリスの青い瞳が僕……ではなくその後ろを向いて固まる。

そしてぽつりと言った。

「綺麗……フェリ女の上級生かな」

「……!」

僕は瞬時に振り返る。

そして僕も固まった。

僕を含めて、クラスメイト達の視線は教室の入口に立つ少女に向けられている。

フェリ女の学生であることを示す、白い制服。

腰まで伸びた美しい金色の髪。

そして、若葉の色を宿した細長の瞳。

その目が僕を捉えてすぐに、とびきり整ったその顔に上品な笑みが浮かんだ。

静まり返る教室。

まるでルナが来た時のような状況だ。

優雅さを感じさせる足取りで歩みを進める少女。

それにつられるようにしてクラスメイト達の視線が動く。

そうして少女――フィーアさんは僕の元へと来ると。

「ごきげんよう。ユノ君」

言って、美しい笑みをその顔に浮かべた。