軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

??話 「縺ゅ¥縺セ」

深い森の中に、その城はそびえたっていた。

大きさを基準にすれば大国の王宮にも劣らぬそれは、しかし、一目見てそこに圧倒的なまでに足りていない何かを容易に感じさせる有様だった。

今にも崩れそうなほど劣化した灰色の外壁。

あたり一面を覆う、深緑の草木からは、地を這うようにしてツタが伸び散らかり、石造の壁をよじ登るようにして不気味に絡まりあっている。

聴こえてくるのは強く降りしきる雨音と、木々をゆらす風の音。

それらが活気を感じさせないその陰湿さを更に際立たせていた。

――王宮と呼ぶにはあまりにも優雅さが欠けている。

そんな 憫然(びんぜん) たる城の中には、場違いにも華々しい玉座が一つ。

轟(とどろ) く雷鳴と共に 奔(はし) る稲妻が、そこに座している少女の姿を浮きぼりにした。

暗がりの中で怪しく光る深紅の双眸。

どこか高貴さを感じさせる縦巻きの黒いツインテール。

そして髪色と同じ黒色のドレスを身に纏い、少女は退屈そうに頬杖をついている。

一目見て、美しいと言えるその容姿は、幼さと色気を融合させた不気味な魅力にあふれていた。

見渡す限り無機質な空間に木霊する雨音を耳に入れながら、少女はつまらなそうな表情をして口を開く。

「喉が渇いたぞ?」

どこか幼くも、意思の宿ったその声は、不思議と大きく響き渡った。

例えば彼女が王だったとして、その声はきっと従者に向けて放たれた命令ともいえよう。

しかし、その声に応える者は誰もいない。

なぜなら少女は――ボッチだからである。

透き通るような白い肌と、血のように赤い瞳。

人間離れしたその美しい容姿には理由があった。

古来より人種を惑わせ、その血を食らう吸血鬼。

その中でも彼女は、始祖とも呼ばれる神にも近しい存在だった。

しかし、ボッチである。

かつて吸血鬼の女王として君臨していた当時の威光は見る影もなく、少女――カミラ・ルージュは自嘲気味に笑みを浮かべた後、小さくため息をついた。

「……さみしい」

そんな独り言は、悲しくも雨音にかき消される。

命を賭した戦いに参加した後、面倒ごとすべてを弟に押し付けてルンルン気分で隠居をきめこんだ彼女は、しかし、早々にして狂おしいほどの退屈に身を焦がしていた。

どこで、なにを間違えたのか。

そんな意味のない自己問答をくりかえす日々。

自らを慕う大勢の同胞と、しがらみのある小さな社会性を捨て去ってようやく手に入れた自由の身ではあったが――

「暇だぁ……」

その独り言がすべてだった。

身に迫る危機はない。だが同時にかつてはあった目的、目標もなくなった。

端的に言ってしまえば、やることが何一つ無いのである。

幸か不幸か、始祖という特別な体質の為、カミラは血を吸わずとも生きながらえることができる。だが、今はそれすらもカミラの感じる退屈に更なる拍車をかける要因になっていた。

「きゅきゅ?」

突然、可愛らしい鳴き声が雨音に混じって聴こえてくる。

カミラは耳をピクリと小さく震わせると、何かを探すようにして深紅の瞳を暗闇の中で巡らせた。

「キューちゃん!」

嬉しそうな声色と同時に、カミラの瞳が一段と輝きを増す。

人の頭ほどの大きさをした体躯、美しい白い体毛、二つのとがった三角の耳。

一見してネコやキツネのようでもあったその生物は、同じ深紅の瞳をカミラへと向けると、どこか気品を感じさせる足取りでカミラへと近づくと膝の上へと四つ足で飛び乗った。

「よーしよしよし」

カミラは凶悪に尖った犬歯を隠そうともせず嬉しそうに笑うと、その生物の頭を愛おしそうに撫でまわす。

幻獣――カーバンクル。

時折迷い込むようにして城内に現れるその生物が、カミラにとっての唯一の友だった。

「でさぁ、どう思う? なにかおもしろいことないかな?」

「きゅ?」

嬉しそうに話しかけるカミラと、不思議そうに小首を傾げるカーバンクル。

当然、会話など成り立つはずもない。

しかし、それでよかった。

変らない退屈な日常。その中でもカミラが気に入っているひと時なのだ。

しかし――

「……キューちゃん?」

カミラの膝の上で気持ちよさそうに体を伸ばしていたカーバンクルの白い体毛が、突然ぶわりと逆立った。

瞬間、雷鳴が大きく轟く。

カミラのいる灰色ばかりの無機質な空間を、出窓から差し込む雷光が白く染め上げた。

逃げるようにして膝から飛び降り、走り去っていくカーバンクルの後ろ姿を名残惜しそうに見つめた後、カミラは不機嫌そうに眉をひそめて頬杖をついたまま瞳を閉じた。

「何ようだ下郎」

先ほどまでの明るい声色とはうってかわって硬く高圧的なその言葉のあと、応じるかのようにして微かな笑い声が空間に小さく木霊した。

「随分なご挨拶だな。 吸血鬼(ヴァンパイア) 」

まるで最初からそうであったかのような自然さで、その男は灰色の壁に背をあずけるようにして立っていた。

高貴さ感じさせる短い金色の頭髪。

身なりだけ見れば貴族のようにも見えるその整った容姿とは裏腹に、安易に近づくのをためらわせるだけの鋭い風格が、その男にはあった。

「聞こえぬか? 何ようだときいている」

言って、カミラは不機嫌そうに視線だけを男にやった。

「そう急くなよ。どうせ暇だろ? お前。ボッチだしな」

その物言いに、カミラは眉をひそめると小さく鼻を鳴らした。

「馬鹿者め。忙しくて困っていたところだ。あとボッチではない」

互いに同じ色を宿した瞳。その視線が重なり合う。

「「……」」

男は一つため息をつくと軽薄そうな笑みを浮かべて口を開いた。

「まぁ聞けよ。退屈してると思ってな。面白い話しをきかせてやる」

「……はぁ?」

男の物言いに、カミラははっきりとした不信感を募らせた。

そんなカミラのことなどお構いなしに、男はニィと笑みを浮かべると不気味な視線をカミラへと向けた。

「なに、難しい話じゃねぇ。簡潔に言ってやる」

男は硬い声色で、カミラへと告げた。

「 神獣(フェンリル) が、新たな飼い主を見つけたらしい」

瞬間、カミラの胸の内を反映するかのようにして、稲妻が空を奔る。

「…………」

大きく見開かれた赤い瞳が、その驚愕の程を 如実(にょじつ) に表していた。

「……バカな」

思わずこぼしたカミラのその言葉を拾うようにして、男は静かに語る。

「本当だぜ? わざわざ会いに行って確かめた。まぁ、本来の目的は別だったが」

「…………」

カミラは何かを考えるようにして、瞳を閉じた。

好き嫌いは別として、神獣フェンリルの高潔さをカミラは知っている。

だからこその驚愕。そしてはっきりと浮かんだ疑問をカミラはそのまま口にした。

「……それで? 奴はいったい誰の元へ降ったと?」

その問いに、男は赤い瞳を細めると楽しそうに口角を吊り上げた。

「ノアという神をしっているか?」

「……ノア?」

「ああ。自らを邪神と名乗る酔狂な神の名だ」

「……知らんな」

「だろうな」

男は軽薄そうに笑って、更にその顔に浮かぶ愉悦を強くした。

「だが力は本物だ。なんでもあのアスタロトと引き分けたとか」

カミラは再び目を見開いた後、努めて冷静を装った。

「……何者だ、そやつ」

その囁くような問いに、男は狂喜を隠そうとしなかった。

「だよなぁ? そうだよなぁ? ノアなんて神、俺もお前も聞いたことがない」

男はニィ、と口角を更に吊り上げる。

「だがそいつはおかしい。俺も、お前も知らない神が、アスタロトと引き分け、あまつさえあの神獣までも配下につけた」

「……何が言いたい?」

カミラのその問いに、男はやれやれといった様子でがぶりを振った。

「気づいてんだろお前。 潮(・) 時(・) だ。形なんてどうでもいいが、良い機会とも言える」

見透かしたかのようなその言葉に、カミラは不機嫌を隠そうとはしなかった。

「分からぬな。言葉遊びがしたいのか?」

カミラの赤い瞳に殺気が宿る。

その視線の凶悪さたるや常人であれば向けられただけで卒倒不可避の威力を秘めている。

しかし、その殺気を受けてなお、男は顔に浮かべた軽薄な笑みを消そうとはしなかった。

「土台無理な話だったのさ。どれだけ立場を変えようと、本能には抗えない。楽しいからぶっ壊す。気に入らないからぶっ殺す。そうやって生きてきた奴らを恐怖だけで縛り続けられるわけがない。俺からしたら爆笑もんだぜ。実際、アスタロトのやつなんかが良い例だろ。そしてそれに応えるようにして現れた新たなカミサマ」

「……」

「これこそ ア(・) イ(・) ツ(・) の嫌いな『運命』ってやつだ。じゃあ、俺たちも選ばなきゃな?」

男の視線から逃れるようにして、カミラは静かに瞳を閉じた。

「……巻き込むでない」

「言ったろ? 無理なんだよ。仮初の平和とやらは、ちと俺達には退屈すぎる」

カミラは不機嫌そう鼻を鳴らした。

「そうだとして、どうすると? まさか、そのノアとやらに付き従うと?」

「そこまでは決めちゃいないさ。俺にとって重要なのは、 面(・) 白(・) い(・) か(・) 否(・) か(・) 、それだけだ。だがまぁ、そういう意味では……」

男は言葉を続けずに黙ってカミラに視線を向けた。

「……我はいやだぞ。そんなぽっと出の神につくなど」

「だが実際、駒が足りねぇ。アスタロトと引き分けた……まぁ大したもんだがそれだけだ。だからこそ考えなきゃな。どう動けば、より面白いかを」

その言葉を受けて、カミラは小さくため息をついた。

「……つまらん話をもってきおって」

「いや、面白いだろ。お前のボッチ仲間が主を得たんだぜ? 形はどうであれお前も負けちゃいられないだろうと思ってな。……親切心だぜ?」

「抜かせ。あと我はぼっちではない」

「友達が増えるかもな?」

「…………!」

その言葉に一瞬目を輝かせたカミラだったが、すぐに真面目な表情をして男へと視線を送った。

「……それで? どう動くと?」

そのカミラの言葉を受けて、男はフッと笑みを浮かべた。

「見定める必要がある。この世界に喧嘩を売る器があるか否かを」

「……であろうな」

無意識のうちにカミラの胸の内を満たしていく好奇心、興奮。

それは歪んだ笑みとなって、カミラの表情に浮かびあがった。

本能には、抗えない。

それは吸血鬼の始祖たるカミラにとっても例外ではなかった。

退屈を満たす余興を、たった今、たしかに見つけたのだ。

「とりあえずお前もいくだろ? 近々またおもしろいもんが見れそうだぜ」

言って男はカミラに背中を向けると、瞬き一つの間にその姿をかき消した。

訪れた静寂。

思い出したかのようにして外から聞こえてくる雷鳴と雨音がカミラのいる空間を包み込んだ。

「……」

カミラの額から、一筋の汗が頬を伝って流れ落ちる。

今にいたってカミラはようやく自分自身が小さく震えていたのだと気が付いた。

興奮も確かにあった。しかし何よりも男への恐怖が勝っている。

それを今まで必死に抑え込めていたのは、吸血鬼の始祖たる誇りだけ。

「……バカにしおって」

うぐ……と赤い瞳に涙がたまる。

さも、対等であるかのように接してくるその男の正体を、カミラ・ルージュは知っていた。

カミラは涙をぬぐうとたまらず、ため息をこぼす。

たしかに退屈ではあったのだ。飽いてもいた。

だが、果たしてそれは 初(・) め(・) て(・) 抱(・) い(・) た(・) 感想だっただろうか、と。

「……結局はかわらぬのだな。求めても。手に入れても繰り返す」

そう自嘲気味に呟いて、カミラはその場に立ち上がり、出窓から見える雷雲に視線を向けた。

その目にもう涙はない。

代わりに、小さな笑みが浮かんでいた。

恐怖の他にも、抱いた感情に嘘はないのだ。

「……確かにおもしろいぞ」

――ベルフェゴール。

そう囁くように言って、カミラもまた体を霧のように変化させると、その灰色の世界から姿を消した。