軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

50話 「少女の願い」

闘技場を嵐にも似た突風が吹き抜ける。

そんな中、動揺と興奮。その両方を含んだ歓声が炎のように沸き上がった。

舞台へとあがった一人の少年。

アスタリオ家の無能の三男。そして――ここまで勝ち上がってきた男。

名を、ユノ・アスタリオ。

槍を片手に悠然とした足取りで、闘技場の中心へと向かっていく。

「おいおい! まさかあれと戦うつもりかよ!?」

観戦席に座っている男子生徒の驚いたような声。あとに続いて状況を理解した何人かが驚きと興奮の歓声をあげた。

誰もが少なからず異常に気付いている。

突如、嵐のような風を生み現れた黒い魔獣。

それを召喚してみせたマロ・バーンに尊敬の念を覚えると同時に、現れてすぐ対戦相手であった少女へと一瞬の内に迫ったその光景を誰もが目にしているのだ。

だが、同時にそれを救って見せた男がいるという事も知っている。

その一瞬こそが、一日を通し最も歓声が熱を帯びた瞬間だった。

しかし今、その一瞬に負けない程の歓声が闘技場を包み込んでいく。

誰もが期待していた。

想像を絶する程の魔獣を召喚して見せたマロ・バーンと、ここまで圧倒的な強さで勝ち上がってきたユノ・アスタリオとの戦いを――

『生徒会副会長、ロイド・メルツだ。これより、 予(・) 定(・) 通(・) り(・) 闘技大会決勝戦を執り行う』

魔法によって増幅されたロイド・メルツのその声によって、少なくない生徒たちが抱いていた不安が消えていく。

ゆえに――。

「「「「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!」」」」

決勝戦の名にふさわしい歓声が木霊した。

日が傾き、赤い太陽が空を茜色に染め上げる。

あがる歓声を耳にいれながらロイド・メルツは小さく息を吐き、背中ごしにエルフの少女――フィーアへと視線を送った。

「ツヴァイはどうした?」

その問いにフィーアは少しだけ不満げな表情をして口を開く。

「この場には来ていると思います。ただ、どこにいるかまでは……」

そう小さく言って、ため息をつきながら首を横に振るフィーアを横目に、ロイドはその顔に笑みを浮かべる。

「……いるのであれば問題ない」

ロイド・メルツの目的はこの決勝戦を使って、ユノ・アスタリオの実力を暗部【影の月】の構成員に認知させることにあった。

既にロイド自身はユノ・アスタリオの実力を疑ってはいない。だが、自らの意志だけでユノを暗部に引き入れる事が最善では無い事をロイドは知っている。

普通の組織であれば、指揮をとる者の裁量でなんとでもなる事が、完全実力主義の暗部では通用しない。

その為、ロイドの一存だけでユノを暗部に引き入れるのでは今後の組織運営に望まない不和を招く可能性がある。そうロイドは考えていた。

暗部【 影の月(シャドームーン) 】。その中でも一騎当千の実力を有する十人の幹部――ナンバーズ。

その精鋭たちの内、ロイドはこの場に連れてくるに相応しい三人を招集している。

序列四位――頭の回転が速く、組織に最も忠実な配下であるエルフの少女、フィーア。

序列六位――表ではS級冒険者であり、最も戦闘経験が豊富なゼクス。

そして序列第二位――ロイドが考えるユノ・アスタリオの暗部入りの最も大きな障害であるハーフエルフの少女ツヴァイ。

組織の中で最も話が通じ、融通の利くフィーアとゼクス。そして問題児であるツヴァイにユノ・アスタリオの実力を前もって知ってもらう事こそがロイドの思い描くユノの暗部入りを円滑に遂行するにあたっての最善だった。

「それで、審判は誰が務めるの?」

明らかに不満げなセレナのその声にロイドが即答する。

「俺が務めよう」

そう言って闘技場へと向かうロイド。

それと時を同じくして、フィーアとゼクスも自らの使命を果たす為その場から一瞬で掻き消える。

任務へと 赴(おもむ) いた二人の姿を確認しながら闘技場へと向かい進むロイドの足が、石造りの階段を上がっていく最中で、ピタリと止まる。

「……? どうしたの?」

そう問いかけたセレナにロイドは背中越しに視線を向けると、少しだけ申し訳なさそうに口を開いた。

「セレナ 会(・) 長(・) 。一つ、頼まれてくれないか――」

栗色の短いポニーテールが少女の歩みと共に楽しそうに揺れていた。

「らん、らん、らん♪」

身に纏っているのはフェリス魔法騎士学園の黒を基調とした女子用の制服。

ニコニコと笑みを浮かべながら軽やかに歩くその少女の可憐な姿に、すれ違う男子生徒たちは皆一様に足を止め、視線を向けている。

「どこのクラス? めちゃくちゃ可愛いじゃん」

「ばか! それも気になるけど、見ろよ……!」

男達の目が少女の黒いスカートへと向けられる。

明らかに少女好みに加工された短いスカート丈からチラリと覗く、白い太もも。

その煽情的な光景を目に焼き付けようと男子生徒たちの目が少女の足に釘付けになる。

「……ふふ」

少女は欲にまみれたその視線に気づいていた。

だからあえて、視線を向けてくる男達へと振り返り――。

「さーびすっ」

そう言って小さく顔の横でピースをすると、白い歯を見せながら悪戯な笑みを男子生徒達へと向ける。

ノックアウト。

少女へと視線を向けていた男達が顔を真っ赤に染めながら、焦ったように視線を逸らしていく。

「ふふ……かわいいなぁ」

その様子を満足げに見届けて、再び少女は歩き出す。

だが、そんな少女の前にニヤニヤと笑みを浮かべた二人の男子生徒が少女の進行を妨げるように現れた。

「こんにちはぁ~もしかしてこれから観戦?」

「俺達三年生だから良い席知ってるよ?」

そう言って笑う二人の男子生徒に向けて、少女は変わらず笑みを浮かべる。

他の男子生徒とは違って声をかけてきた理由は二つ。

一つは先に自ら述べていたようにこの学園で最も幅の利く最上級生である事と、自らの容姿に自信があるという点だろう――そう少女は刹那の間に分析をする。

「ほんとぉ? でもごめんね! もう見る場所決まってるんだぁ~」

そう言ってあははーっと笑って男子生徒達の横を通り過ぎる。

だが、その答えに不満げな男子生徒の手が少女の肩にかけられた。

「つれないなぁ。分かった! じゃあ俺達もそこで――」

「……離して」

「え?」

冷たい声色で放たれたその一言に、男子生徒は小さく動揺する。

その次の瞬間、少女が背中越しにその男子生徒へと視線を向けた。

「離して?」

その顔には依然としてニコニコとした可愛らしい笑顔が浮かんでいる。

少女のその表情を見て、額に汗を浮かべていた男子生徒が安心したかのように小さく息を吐いた。

だが――

「……さん」

少女がそうぽつりと呟いた。

その言葉の意味を理解できずに、少女の肩をつかんだままの男子生徒が隣にいる友人に困ったように苦笑いを浮かべる。

「にー」

「え? なにそれ? もしかしてカウントダウン?」

その男子生徒の言葉は的を射ていた。

「いち」

「なぁ、いいじゃん! 別になにかするって訳じゃ――」

瞬間――少女の笑みが凶悪に染まる。

「ばっちいなぁ……死んじゃえよお前」

「え――」

一瞬で肩に乗っていた男の手を払いのけると、恐ろしい速さで少女の右腕が男へと向かう。

いつの間にか少女の手に握られていた短刀の切っ先が男の首筋に――突き刺さる――その寸前で少女の腕が止まった。

男子生徒の金色の髪が風を受けてぶわりとなびく。

短刀の切っ先が男の首筋に小さく傷をつけ、じわりと血がにじみ出ていた。

「……なるほど……確かに危険ね」

セレナが少女の右腕を掴みながら、そう口にしたのと同時に、少女の目がセレナを射貫く。

「だぁれ? あなた?」

そう言って腕を振り払った少女の顔には冷たい笑みが浮かんでいた。

「この学園の生徒会長をしているセレナ・バレットよ。ロイドの友人と言った方があなたには理解しやすいかな?」

「へぇ? あなたが」

氷の様な冷たい瞳がじろりとセレナへと向けられる。

その値踏みされているような視線を不快に思いながらも、セレナは再び口を開いた。

「言いたいことは山ほどあるけど、まずは場所を変えましょう」

「ふふ……おっけー」

肩を並べるようにして歩き出した二人の少女。

その赤と栗色の髪が揺れる 様(さま) を、男は状況を理解できずに棒立ちで見送る。

しかし、次の瞬間、栗色のポニーテールがさらりと揺れた。

少女の髪と同じ色の瞳が男へと背中越しに向けられる。

男の背筋を伝う冷たい汗。喉元にナイフを突きつけられたようなプレッシャー。

だが、それは男の勘違いである。

少女は男に小さく手を振りながら、可憐な笑みを浮かべていた。

「あなた何をしたのか分かっているの……っ!?」

セレナの押し殺したような怒号が薄暗い廊下に響き渡る。

「なにって……殺そうとしただけだよぉ?」

目を細めながらそう言って笑う少女を追い詰める様にして、セレナの手が少女の背にある壁を叩いた。

額がくっつきそうな程の距離でセレナの赤い瞳が少女の栗色の瞳を覗き込む。

「わきまえなさい。あの場で人を殺めれば何が起きるかぐらいは考えられるでしょ?」

「……何がおきるの? 教えてお姉さん」

ねっとりとした声と共に、少女の白い両手がセレナのスカートから覗く太ももをなぞり上げる。

「……あなた……っ」

その両手を払おうとセレナが動いた瞬間だった。

セレナの両腕を掴み自らに引き寄せた少女が、セレナの唇を口でふさぐ。

同時に、立ち位置を入れ替える様にして、今度はセレナが壁へと追い詰められた。

「んん……っ!?」

突然の事に動揺するセレナとは裏腹に、少女の顔はとろんと恍惚気に赤く染まる。

長い、長い口づけだった。

抵抗しようともがくセレナの制服の衣擦れが暗い廊下に小さく響く。

「ん……ん……っ」

セレナの瞳に大粒の涙が溜まっていく。

その潤んだ瞳を近距離で見つめていた少女が、満足したかのように両腕から力を抜いた。

瞬間――セレナが膝から崩れ落ちる。

体が酸素を求めて荒い呼吸を繰り返す。

「はぁ……はぁ……はぁ……く……っ!」

唾液が伝う口元を手で拭いながら、セレナの鋭い視線が少女へと向けられる。

「お姉さん……あまぁい」

恍惚とした表情でそう言った少女は、ピンク色の舌をちろりと口から覗かせた。

瞬間――外から絶え間なく聞こえていた歓声が一段と熱を帯びる。

「ありゃりゃ……はじまっちゃった。お姉さんのせいで見逃しちゃうよ」

そう言ってケタケタと笑う少女。

外の様子を伺うように、仄暗い廊下を唯一照らす出窓へと一度視線を向けると、次いで再びセレナを見つめる。

「お姉さん。ユノ・アスタリオって強いの?」

その問いにセレナはどう答えようか思案する。

『強い』――そう言って答える事もセレナにはできた。

しかし、セレナの中に迷いが生まれる。

目の前の少女――ツヴァイの異常性を理解したからこその迷いだった。

「強かったら、どうだっていうの?」

そう言って、その場に立ち上がり、鋭い視線を少女――ツヴァイへと向ける。

「強かったらいいなって……家族が増えるって事だから。私の方が小さいから、お兄ちゃんって呼ぶことになるのかな?」

そう言って嬉しそうに、無邪気に笑うツヴァイとは裏腹に、セレナは表情を強張らせた。

ツヴァイの体から滲み出るようにして溢れる魔力。

それが暗い廊下に広がっていく。

「私ね。強い人が好きなの」

そう独りでに、妖艶な表情で語り出したツヴァイの言葉にセレナは黙って耳を傾ける。

「ロイド様が自ら推薦するなんて今までは無かったんだぁ……だからユノ君にはすごく、すごく期待してるの。強かったらいいなぁ」

そう言って自らの両頬を手で押さえながら、顔を赤くするツヴァイに、セレナが問う。

「……ユノ君が弱かったら……あなたはどうするつもり?」

そうセレナが言った瞬間――ツヴァイの可憐な顔が一瞬酷く崩れるのをセレナは見逃さなかった。

「弱かったら? あはは、そんな当たり前の事を聞かないでよ」

ツヴァイの口角がつり上がる――同時にセレナの全身を身も凍るような殺気が包み込んだ。

「そんな奴、家族になる資格は無い。自ら辞退するなら良し……それでも暗部にくるのなら……」

ツヴァイの瞳から光が消えた。

「――私がめちゃくちゃにして殺してあげる」