軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間 「カミラ」

ああ、やはり――。

満点の星空の下、夜空に浮かぶ月を眺めながら吸血鬼はしみじみ思う。

“らしくない”ことをしたものだ。

気まぐれか。はたまた一種の好奇心。

しかしいずれの理由であっても、それを追求することにもはや意味は無く。

「放てぇ――――!」

ただただ現実を受け止める冷静さをもって、吸血鬼カミラ・ルージュは自らに向かいくる数多の 鏃(やじり) を冷めた目で 見(・) 過(・) ご(・) し(・) た(・) 。

身を覆う黒いドレスが、月明りの下でどす黒く湿り気を帯びていく。

そこからにじみ出る赤い血がカミラの白い肌の上を伝う。

頬に流れるそれを指で撫でるように拭ったあと、カミラは無意識的にポツリと呟いた。

「…………すこし、疲れたな」

決して――争うことが嫌いなわけではない。

退屈しのぎ。暇つぶし。

理由など……それこそ死体に這う蛆のように湧いてくる。

けれど 現在(いま) 、この場に立つ彼女が抱いた正直な感想がそれだった。

徒労感とでも言えばよいだろうか。あるいは無力感。

そんな気怠さが、彼女の全身を蝕んでいた。

しかし本能か――あるいは宿命か。

むせ返るような死臭の中であっても、血の香りだけは彼女の欲情を正しく刺激した。

カミラの赤い瞳が爛々とした輝きを強めていく。

「…………化物め」

震えた声で誰かがそう呟いた。

「……」

間違いない――と彼女は思う。

無数の矢を身に受け、今なお足元に広がり続ける血だまりの中、カミラ・ルージュは毅然としたまま呼吸を続けている。

人ならば……いいや、これほどの出血であればいかなる生物も無事ではいられないだろう。

しかし、カミラ・ルージュは生きている。

痛みはある。全身を流れる血の生暖かさを鬱陶しくも感じている。

しかしそれだけだ。

血を従える吸血鬼。その始祖たる彼女にとってはかすり傷にも等しい程度であった。

「子供まで皆殺しか……ッ」

苦悶の声がカミラの鼓膜を震わせる。

「……」

若く、そして正義感にあふれる騎士なのだろう。

周囲の惨状を受け入れがたいと歯を食いしばりながら絞り出した、憤怒の声。

その怨嗟に等しい視線を受け止めて、カミラは静かに瞳を閉じた。

『すげー! お姉ちゃん空飛べんの?』

記憶の中で、名も知らぬ少年の声が再生された。

カミラにとっては取るに足らない人の子だった。

しかし、己を見上げるそのキラキラとした輝きを宿した瞳は、人外であるカミラにとっては意外にも好ましいものだった。

しかし、その少年の瞳に輝きが灯ることは金輪際ありはしない。

死んだのだ。

この場所で。

他の子どもたちと共に。

「……」

「美味かったか……?」

銀色に輝く剣を片手に、若い騎士がよろめくようにカミラに向かいながら問いをなげかける。

「……この子たちの血は……美味かったのかと聞いている……ッ」

決して答えを期待しての問いではないのだろう。

強いて言えばそれは非難の声であり、苦し紛れの皮肉の一種だ。

しかし、その問いへの答えをカミラは持ち得ない。

カミラ・ルージュは子供たちの血を 一(・) 滴(・) も飲んでなどいなかったのだから。

「……ふふ」

カミラ・ルージュは自嘲した。

あまりにもばかばかしい。

だから、今に至り思うことは同じだ。

“らしくない”ことをしたものだ。

そもそも人間などとかかわるべきでは無かったのだ。

ましてや人の子などという脆弱な存在であれば尚の事。

だからこの現実は、己の落ち度であったことをカミラは認めていた。

たとえ子供たちを殺めた者が己では無かったとしても、だ。

「ふふ……あはは」

思えば思う程、笑いがこみあげてきた。

子供たちを殺めたのは自分ではない。

そんな事実を……戯言を、一体だれが信じるというのだろう。

無数に散らばるようにしてある屍と、そこにいる吸血鬼。

誰の目から見ても、明らかだ。

「……何がおかしい!」

怒声と共に、カミラを囲む騎士たちの士気が怒りによって引きあがったのが分かる。

はじめはカミラを見て委縮していた者達も同じだ。

はっきりとした殺意と闘気。それらが場に満ちていくのを感じながら、カミラは深くため息をついた。

「……くだらない」

人間の力などたかが知れている。

事実、この場にいる百を優に超える騎士たちではどうあがいてもカミラには敵わないだろう。

「……」

いいや、もしかしたら騎士たちとてそんなことは分かっているのかもしれない。

では、なぜ向かうのか?

それは、義務であり、役目であり――。

――なにより子供たちを想う、正しい怒り故に。

「かかれーーーー!」

黒い地面に点々とある血だまりを蹴るようにして、騎士たちが剣を持ちカミラへと向かう。

そんな彼らを冷めた目で一度眺めたあと、カミラは再びはるか頭上にある月を見上げた。

……綺麗だな。と、カミラは思った。

そして、夜空を見上げたまま静かに瞳を閉じて思う。

――まぁ、いっか。

心の中でそう呟いて、カミラ・ルージュは向かう刃を受け入れた。

轢き飛ばされるようにして小さな身体が宙を舞った。

貫かれ、切り裂かれ、投げ飛ばされ、足蹴にされ、そして炎に包まれる。

そんな最中、男の笑い声をカミラはたしかに耳にした。

『……ははっ、馬鹿だなお前』

それは確かな呆れと、どこか温かな、そんな声だった。