作品タイトル不明
139話 「開く扉」
カンナに住まう人々は、まことしやかにこの街に存在する超越者たちのことを人外――化け物達と呼んで恐れていた。
そんな化け物達が、今夜、一堂に集結しようとしている。
人外の定義には諸説あるが、今夜行われる『 魔女の集い(ワルプルギス) 』に限って言えば、戦闘能力が卓越している者達のことを指している。
影の月序列6位である大剣使いの男、ゼクスもその一人だ。
ロイドに服従し組織に所属する以前はこの街の覇権をめぐりジースとの闘争に明け暮れた過去を持っている。
孤児としてこの街で生まれ、幼くして才能を示し、ガキ大将としてこの街を 跋扈(ばっこ) した。結果、成長するに従って荒くれ者達が多く住まうカンナの中でも一目置かれる存在となった男である。
そのカリスマはこの街に決して小さくない規律を生み出した。
弱肉強食の本質は損ねないまま、人間らしい社会の仕組みを形成してみせたのだ。
弱者は襲わない。しかし、腹を満たしたいのであれば他人から奪い取ることも辞さない。
矛盾ともとれるその規律は、荒くれ者達にとって簡潔でありながらも 粋(いき) に感じさせるものだった。
端的に言ってしまえば、ゼクスという人間は荒くれ者達のまとめ役であったと同時に、純然たる悪人とは呼べない男だったのだ。
ゼクスを中心にカンナに規律が生まれ始めた矢先、一人の青年が頭角を現し始める。
その人物こそが、過去ハイネと呼ばれていた――現影の月序列7位であるジースであった。
人知を超越した戦闘能力を有しながら、勝手気ままにカンナの街を征服し始めたジースと、この街の顔役であったゼクスが衝突するのはもはや必然と言えた。
カンナの住人を恐怖に陥れたツワモノ同士の覇権闘争。
幾度の激突。死闘。
その決着は、両者が同じ組織に所属した今現在に至るまでついていない。
互角の戦い。
それが両者の激突を見た者の多くが抱いた感想だ。
しかし、ゼクス本人の見解は違う。
口にはしないまでも、ジースの立ち位置を自分よりも上に定めていたのだ。
まとめ役であったが故にジース相手の戦闘の殆どが、否応なく多対一の様相を 呈(てい) していたことが大きな理由の一つだが、それだけではない。
「……」
ゼクスは席に着いたままの姿勢で、無表情のまま視線をロイド・メルツへと移した。
ゼクスとジース。
二人の化け物を幼くして 同(・) 時(・) に(・) 制(・) 圧(・) して見せた、ロイド・メルツという存在。
その際、簡単に地に伏した己とは違い、ジースはロイド・メルツと対等に渡り合っていたようにゼクスには見えていたのだ。
ゼクスがジースに対して負けを認めた瞬間であり、同時にロイド・メルツという主人に出会った瞬間でもあった。
弱肉強食はゼクスの望むところである。
己よりも強い者に従うことに、異存はない。
それは今夜行われるワルプルギスに対しても同じだった。
「……ふぅ」
腕を組みながらゼクスは小さくため息をついた。
(……広いもんだな。世界ってやつは)
どこかおっさん臭いと自覚しながらも、ゼクスはそう胸の内で独りごちる。
事実中年と言える齢ではあるが、無意識のうちにこの世界の形というものをゼクスは朧気ながら知り始めていた。
3人もいないとされている冒険者ギルドの定めたS級冒険者。
何を隠そう、ゼクスの 表(・) の(・) 顔(・) がそれである。
全身を銀色の鎧で覆い、顔すら誰も見たことが無い大剣使いの冒険者。
“鋼鉄”の異名を誇るその知名度は暗部に所属する構成員の中では頭一つ抜けている。
騎士団を除けば最大の武装集団ともいえる中での最上位だ。
当然、強い。弱いはずが無い。
しかし、そんな己ですら、この組織の中では序列にして6番目。
しかもジースに至っては自ら好んで7番目を許容しているときたものだ。
――上には上がある。
それがゼクスの至った真理であった。
だからこそ、今夜、これから起きることに対しての期待と興奮はゼクスの中では最大と呼べるものだった。
己を、そして憎からず認めているジースを服従させてみせた傑物ロイド・メルツ。
そんな男が、自ら進んで配下に収まろうとするなど、正気の沙汰ではない。異常事態である。
それは対象が神であったとしても変わらない。
ゼクスの 弁(わきま) えていたはずの世界。その外側に値する事態なのだ。
世界そのものが広がっていく感覚をゼクスは抱いていた。
自分の常識が書き換わるその時を、ゼクスは胸を高鳴らせて待っているのである。
常識を書き換える。
それはゼクスにとっての学びである。
つい最近も、ゼクスはその感覚を抱いたばかりだ。
暗部『影の月』
その幹部であるナンバーズ。それも通称アインとも呼ばれる序列一位を継承した少年。
名をユノ・アスタリオと言う。
一見幼くも見えるその少年の実力は、多くの修羅場を潜り抜けてきたゼクスの目からしても圧巻と呼ばざる負えないモノだった。
ジースの本気の刺突を難なく防げる者など限られているのだ。
しかし、後々になって思うのは、それ自体が当然のことである――という確信。
本人がどういう認識を抱いているかは定かでは無いが、事実としてアインとは幹部最強であり、ロイド・メルツの右腕であることの証明なのである。
ロイド・メルツが序列一位にしたという事実。それだけでその実力に疑いの余地はないはずだったのだ。
実際、ユノ・アスタリオの 前(・) 任(・) 者(・) であるアインの実力は幹部の中であっても卓越していた。
あのジースですら何度挑んでも一撃もいれることができなかった程なのだ。
ジースに限らずともゼクスは先代のアインが攻撃をもらっている所など一度も見たことが無い。
そんな 最強(アイン) を継承したのが、どんな人物であっても弱いはずが無いのだ。
事実、己がユノ・アスタリオに挑んだところでジースと同じ結果に終わるだろうという予感がゼクスにはあった。
「……来たか」
ゼクスはとっくに気づいている。
この場に向かってくる足音が三つ。
その内一つは、アインのものだろう。
もちろん、そのことに気づいているのはゼクスだけではない。
「……はっ……ようやっと来やがったか」
ジースが獣のような笑みを浮かべながら鼻を鳴らす。
瞬間、室内は不気味なほどの静寂に包まれた。
そのせいもあったのだろう。
扉が開いていくその音は不思議と室内に大きく木霊した。
ゼクスをはじめ、室内にいる幹部たちがその扉を注視する。
「やっほー」
まるで緊張を感じさせないツヴァイの声が室内に響く。
「……」
続くようにして、複雑そうな表情をしたフィーアが入ってくる。
そして――。
「……」
両頬を赤くパンパンに腫らしたアインが苦笑いを浮かべながら姿を現した。
「――――」
ゼクスの世界が広がった瞬間だった。