軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

126話 「震えるモノ」

緊張でピンと張り詰めていた室内に口笛の音が木霊した。

「……やるじゃん」

そう呟くように言って白い歯を見せたのは、生徒会三年トーマス・ハロルド。

新入生の入場によって音もなく震えた生徒会室の中で唯一、明るい表情をして状況の推移を見守っていた。

魔力の満ちた室内。

トーマスとしても決して居心地の良いとはいえない空間だ。

そもそも最上級生として。いいや、生徒会員の一人としてこの状況に不満がないと言えば嘘になる。

傍から見れば新人潰しと揶揄されても仕方のない催しだ。

由緒あるフェリス魔法騎士学園生徒会らしからぬ悪習だとトーマスは考えていた。

しかし、それでも文句を言わずに静観を決め込んでいたのには訳がある。

「……」

トーマスがちらりと視線を横にうつす。

その視線の先には無表情のまま目を細めるロイド・メルツの横顔があった。

決して長い付き合いでは無いが、トーマスからみてロイド・メルツという男は傑物だった。

表向きには戦闘力が剣聖の弟子であり剣姫と謳われる現生徒会長のセレナ・バレットと対になるとして注目を集めているが、トーマスが評価しているのはそこではない。

卓越した洞察力。

ロイド・メルツは稀に未来が視えているかのような行動や発言をすることがある。その能力をトーマスは高く買っていた。

それが今回、新人潰しに反対せずに静観を決め込んだ理由だ。

ロイドが認めた催しに、反対の意を表明することに意味はないとトーマスは本気で考えていたのだ。

加えて言えば、二年生徒会レオ・ウィリアムの言葉にあったようにロイドはユノ・アスタリオに肩入れしている節がある。

そのこと自体がトーマスにとって驚くべきことであり、期待の増長を生み出す要因となっていた。

ロイド・メルツが認めた少年。

自然とトーマスの中でユノ・アスタリオへの期待が高まっていたのだ。

その最中の出来事だ。

震える少女の手を引いて、笑顔で入室してきたユノ・アスタリオを見て、トーマスが抱いたのは驚きよりも納得だった。

口笛を鳴らしたのも、冷やかしだけではない。

当然、そこに『面白い』という感情が含まれていたのは確かだが、同時に素直な称賛の念も込められていた。

(さて、と)

状況を理解してすぐ、トーマスは周囲に視線を巡らせた。

いったい何人が自覚しているのかは定かではないが、少なくとも新入生の入室と同時にこの生徒会室は激しく 揺(・) れ(・) た(・) 。

それは物理的にではない。

空気……いいや雰囲気とでもいうべきだろう。

ユノの笑顔での入室と同時に、驚愕と動揺が間違いなくこの生徒会室に波のように広がったのをトーマスは知覚していた。

中でも……と前置いて、トーマスは今回の首謀者ともいうべき二年生たちに視線を向ける。

レオ・ウィリアム。そしてリート姉妹。

差異はあれど、三者ともに驚きに目を見開いて固まっていた。

無理もない、とトーマスは思う。

例えば――を考えることに意味は無い。しかし、どうしても考えてしまうのだ。

己が彼らの立場であったなら、果たして自分はこれだけの魔力に満ちた部屋に、笑顔で入室できただろうか――と。

当然、最も衝撃を受けていたのは二年生の面々だ。

「……バカな」

動揺を隠し切れない驚嘆に満ちたレオの小声を聞きながら、ルイズ・リートの視線は今しがた入室してきた新入生……中でもユノ・アスタリオの手に吸い込まれていた。

「……」

プラチナブロンドの髪が張り付いた額。そこから伝う汗をそのままに、ルイズは状況を朧げに理解する。

自分たちの魔力によって凶悪な試験場へと変貌した生徒会室。

当然、効果はあったはずだ。……はずなのだ。

それは、いまなお青い顔をしてうつむく新入生の表情を見れば一目瞭然だった。

しかし、それは一人を除いて、と言うべきなのが現状だ。

(…… 笑(・) 顔(・) ……ですって?)

無表情ならばまだ理解できる。

胸の内では恐れおののいていると前向きに捉えることもできただろう。

しかし、笑顔は違う。

どういう神経であればこの場で笑みを浮かべることができるのか。

しかし、ルイズが衝撃を受けたのはそれだけではない。

ルイズの琥珀色の瞳が見つめているのは少女の手を握るユノ・アスタリオの姿だ。

言い訳をするのはやめだ。

この際、ルイズははっきりと認めた。

(……かっこいいじゃない……ッ)

ルイズ・リートも女の子だ。

なぜ、ユノ・アスタリオがそのような行動にでたのかを憶測ではあるが理解している。

それが事実なのであれば、ユノ・アスタリオの行動は、驚愕はしても嫌悪するものではない。むしろ対極に位置する程に、ルイズにとって 満(・) 点(・) に近いものだったのだ。

「……」

震える唇で、ルイズは小さく息を吐いた。

ユノ・アスタリオ。怠惰なる騎士家の三男。

悔しいことに第一印象は、悪くない。

だから、あとはプライドの問題だった。

レオと同様にリート伯爵家の期待を一身に背負って育てられてきた長女――ルイズ・リートにとって、無能のユノ・アスタリオは認められない存在だ。

当然、生徒会にも相応しくないという考えは変わっていない。それは嘘偽りないルイズの本音だ。

しかし、 悪(・) く(・) な(・) い(・) 。

悔しいことにわるくないのだ。

貴族としての地位と、生徒会役員としての肩書を取り払った、一人の少女、ルイズ・リートからすれば、ユノ・アスタリオは悪くないどころか、かなり好ましい少年だった。

「……ッ」

ルイズは思い出したかのように額の汗をぬぐうと、静かに隣のレオへと視線を移す。

当然、そこには驚愕し目を見開くレオの横顔がある――はずだった。

(……そう。あんたはまだだって、言いたいわけね)

ルイズの瞳に映ったのは、鋭い視線をユノへと向けるレオの横顔だった。

重ねてルイズは思った。

――あとは、プライドの問題なのだ。