軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

96話 「ユノ・アスタリオ」

着地してすぐ両足が硬い地面の感触を伝えてくる。

舞い上がる砂煙ごしに僕は黒々とした地面、そこにある自らの足元を見つめながら、ただただ固まってしまっていた。

「…………」

アイツの声が、言葉が何度も僕の頭の中で再生される。

『……オマエは』

何度も。

『……アア。ソウカ』

…………何度も。

――『そういうことカ』

「……」

……何かに……気づいた? いいや、気づかれたのか?

断片的すぎて何一つ確証は得られていない。

けれど僕の頭は勝手にその可能性を導き出していた。

「……僕を、知っている?」

自分の中で整理するように小さく口にして、僕は再び夜空を見上げた。

少しかけた銀色の月。その光が異常な存在をありありと映し出す。

炎のように揺らめく黒い影。そこに灯る二つの赤い光が、いまもじっと僕を見つめていた。

…………。

けれど待ってほしい。

本当にそうだとしたら、既に僕はやつと会っている可能性があるってことになる。

「…………」

……いいや、分かってる。

たぶん一番の問題はそこじゃない。僕が今、こうして固まってしまうほど衝撃をうけているのはヤツが僕を……ユノ・アスタリオのことを知っているかもしれないからではないのだ。

反撃を捨ててまで、間近で確認した僕の顔。

――『 そ(・) う(・) い(・) う(・) こ(・) と(・) カ(・) 』

その結果、やつは何かに気が付いた。

「…………」

緊張で全身が強張っていくのが分かる。

…………いったいになにが分かったって言うんだ

……。

なんだかひどく喉がかわいてしまって、ごくりと唾を飲み込む。

焦るな。僕。

まだ、確証はないんだ。

――たとえヤツが、僕がノアだと勘づいてしまった可能性があるのだとしても。

「……おまえは僕を、知っているのか?」

今度は聞こえるようにはっきりと声にだした。

夜の闇に、僕の言葉が吸い込まれていく。

自分の呼吸の音と、わずかに吹く風の音だけが鼓膜をたたく静寂のなか。

僕の問いにその影は――

『――アア、知っているとも』

たんたんと、そう口にした。

「…………」

動揺するな、動揺するな。

引き出すんだ。

「お前が、僕のなにを知ってるっていうんだ……?」

瞬間――視線の先にあった炎のような黒い影が、一段と大きく揺らめいた。

まるで笑っているかのように声を震わせながら影は言う。

『フッ。野良神と契約を交わした愚か者……そして――』

「………………」

再び、訪れる静寂。

言葉の続きをじっと待っていると、今度ははっきりとした笑い声が僕の鼓膜を叩いた。

『フフフッ……思えばたしかに。ああソウダ。考えれば考える程……そうとしか思えない。私としたことが失念していた』

黒い影に灯る二つの赤い光、それがまるで目を細めたように輝きをひそめて――

『さしずめ…… 野(・) 良(・) 神(・) の(・) 騎(・) 士(・) ……といったところカ』

「…………?」

野良神の……騎士? 女神アテナと契約したことを言っているのか?

僕の疑問をよそにその影は言葉を続ける。

『……問おう少年。その力は お(・) 前(・) 自(・) 身(・) のものか?』

「……」

『どこからか湧いてくる使命感……そんなものに心当たりは?』

コイツ……。

「何を言って……」

ため息をつくように、ソイツは静かに語った。

『……やはり、か。いいや。いいんだ。もう答える必要はない。お前の反応がみたかっタ』

「……」

……本当に、こいつは何が言いたいんだ?

まるで、僕よりも僕のことを知っているかのような口ぶりだ。

僕の浮かべた疑念にたたみかけるようにして、その影はポツリと呟くように言った。

『…… 憐(あわ) れだ、な』

「――――」

その言葉は、不思議と強く僕を動揺させた。

ぎゅっと両手を握りしめる。

怒りと、それからどこからか湧きあがってくる……不安。

憐れ……?

「…… 僕(・) が(・) ?」

『自分自身のことを何も知らないのだ、お前は』

「……なに、言って……」

声が震えた。

――既知感が、ある。

似たような言葉を、僕は一度――。

『ああ……どうするべきか……教えてやっても良いが 自(・) 覚(・) が何を引き起こすのかが不透明すぎる。開き直られても困るのだヨ。ただ……そうだな。こんなのは面白いかもしれないナ……ッ』

囁くように言ってヤツは再び魔力の塊を――

「――ッ!!!」

次の瞬間に僕は走りだしていた。

目を開けていられない程の眩しさを覚えてすぐに、鼓膜を裂くような炸裂音。両腕に強い衝撃を感じ取る。

それから少し遅れて、ビリビリと連続する痛みが、両腕から全身に駆け巡った。

「……ッ……!」

「ユノ君ッ!」

この声は……フィーアさん……?

断定できないのは、さっきの爆音のせいか、ずっと耳の奥がキンキンとうるさいから。

けれど、そんな状態でも、その不快な高笑いははっきりと聞こえていた。

『ふはははははははははっ!』

心底、可笑しいと。

笑わずにはいられないと。

そんな感情がこもった音だった。

……不快だ。今すぐにあの笑みを消してやりたい。

けれども、その前に――。

「…………お前、今、 な(・) に(・) を(・) し(・) た(・) ?」

視界がせまくなっていく感覚。

それほどの怒りを、僕は覚えていた。

舞い上がった砂煙を強く吹いた風が運んでいく。

夜空から差す月光が次第に僕の視界を鮮明にしていった。

黒い影は、変わらず夜空で揺れている。

「……」

問いの答えを聞くよりも先に、僕はちらりと背後を振り返る。

視線の先には驚いたように固まっている子供たちの姿があった。

きっと何が起こったのかも、分かってはいないのだろう。それだけの刹那だ。

「……」

僕のすぐ後ろにいた少女の目が、僕を向いた、その時――。

『私からもいいかな?』

今まで以上の鮮明さで、その 男(・) の(・) 声(・) は、はっきりと僕にそう告げた。

返答するよりも先に、僕は頭上にあるその影を睨みつける。

そんなことなどお構いなしといった風に、言葉は紡がれていった。

『お前は今、自分が何をしたか理解しているのか?』

「……あたりまえだ」

『では聞かせてくれたまえ』

「……ッ」

怒りで我を忘れそうになる。

どの口がそんなことをほざくのか。

僕がこうしてオマエの攻撃を止めていなければ、今頃……。

『そこいらの少年、少女たちが死んでいたとでも?』

「……」

僕は怒りで震える体に必死に力を込めて、小さく一度頷いて見せた。

『 自(・) 惚(・) れ(・) る(・) な(・) よ(・) 。いいや? 勘違いか?』

しかし、返ってきたその言葉は、予想していたどんな言葉よりも僕を混乱させた。

『お前が盾にならずとも、 人(・) 間(・) の子供らは死ななかったさ。誰一人、な』

「なに、言ってるんだお前……?」

『本当だとも。私とて虐殺を望んでいるわけではない。私の獲物は最初から一人……いいや、 一(・) 柱(・) だけだ』

どくん、と。

僕の中で何かが弾けた音がした。

『望めば、斬り掃うことも、避けることもお前にはできたはずだ。それだけの力がお前にはある』

どくん、どくんと、心臓が鳴る。

『それなのに、お前は受け止めた。自らが受ける傷や痛みなどお構いなしに、最も安全であろう手段をとったのだ。もちろん、お前にとって安全なのではない』

例えば、炎。

荒れ狂う灼熱の炎。

そんな何かが僕の中で暴れはじめる。

『後ろにいるソレを、お前は必死になって守ったのだ。自らを顧みずにな』

そう。守った……僕が。

存在意義?

守らなければいけないもの――。

『先のお前の問いに答えよう』

「……」

『私は殺そうとしただけだよ。お前の後ろで震えている、愚かでか細い 野(・) 良(・) 神(・) を』

スッと、視界が暗くなる。

夜よりも。 オ(・) マ(・) エ(・) よりも、ずっと深い、暗闇。

『そこで、提案だ。 そ(・) れ(・) を私によこせ。そうすればこの戦いはすぐにでも終わる。他の者には手を出さないと約束しよう。それに……正直私はお前にも興味がある。同情もしている。……まさかここまでの準備をしていようとはな。フフッ、まさに 悪(・) 魔(・) の所業だ』

「……」

『お前も気づいているはずだ。既に私はお前の動きを見切っている。確かに速い……が、それだけだ。このまま続ければ、お前の敗北は――』

「――――」

一撃で良い。

手には得物。

足は動く。

それだけで十分だった。

『ガァッ――!?』

黒い影が二つに分かれていく。

不快な音を響かせながら。