軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

馬上槍大会②

集団試合が終わってジョストが始まると、会場はさらに熱気に包まれた。

出場者の試合通称名が書かれた札が会場の一角に掲示され、負けた人の札が外されていく。優勝者については賭けの対象にもなっていて、誰かが落馬してひと試合終わるたびに、あちこちで悲鳴や歓声が上がり、札束が飛び交う。

いよいよ、マックの札である「シェルンの魔術師」と書かれた札が読み上げられ、マックの順番がきた。

「頑張って!! シェルンの意地を見せるのよ!」

シンシアと二人で、木の柵に寄りかかって大声で声援を送る。

フカフカの芝が敷かれた円形の会場の中に、馬に乗ったマックと対戦相手が登場する。対戦相手は飾りがあちこちについた、豪華な防具を纏っていた。地方領主とはいえ、きっと有力貴族の子息なのだろう。

シンプルな防具を着込むマックが、一見すると弱そうに見えてしまう。

二人が互いに向かい合って馬首を向け、木の槍を掲げる。

二人の真ん中に立つ式武官が大きな国旗を振り上げ、試合開始の合図を送る。

重装備の二人が馬で駆け、すれ違うその瞬間。

晴天のもとにバキャッ、と音が響き、その直後にマックの対戦相手が落馬した。

式部官が大きな声で試合結果を口上する。

「勝者、シェルンの魔術師!」

やったわ! と私とシンシアは抱き合って喜んだ。

二人で何度も飛び跳ね、喜びを爆発させる。

マックが柵の外に出てくると、私たちは急いで彼と再び天幕の中に戻った。試合のたびに、帷子や兜にどこか不具合がないかを確認しないといけない。

マックのサーコートを脱がせると案の定、脇の下が一部破れていた。相手の槍が掠めたらしい。

急いで脱いでもらうと、シンシアと手分けして縫い直していく。

「ありがとう、二人とも」

「ううん。友達だもの。これくらい、当然よ」

針から顔を上げてそう言うと、マックは珍しく少し照れたように頷いた。

試合が進んでいくにつれ、掲示板に貼られた出場者の名札が減っていく。

第一関門と思われた二試合目もマックが快勝すると、ようやく私の気持ちにゆとりができたのか、他の試合も見られるようになった。

マックの支度が早めに終わり、シンシアと柵のそばでハムを挟んだパンをかじりながら、他の出場者達の試合を見守る。

次の試合の出場者が登場すると、観客たちはワッと盛り上がった。一人が巨人のように筋骨隆々とした、体格の良い騎士だったのだ。兜は顔全体を覆ってしまうので、顔は見えないが多分顔も筋肉で盛り上がっているに違いない。

ふと、故郷のアーノルドを思い出す。

「あの人、強そうねえ」

パンから口を離して、シンシアが呟く。

巨人騎士の対戦相手は黒い鎧を身につけた長身の男だった。姿勢良く馬に跨り、試合前の定位置に着くために、馬を向こう側の柵の方まで歩かせている。

ここからは背中しか見えなくなってしまったが、彼もこの三回戦まで勝ち上がって来たのだから、弱くはないのだろう。

掲示板の名札を確認すると、「西の豪腕」と「王都の騎士」のようだ。どう考えても前者が巨人騎士の通称名だろう。それにしてもあの巨体を馬から落とすのは、難しそう。

二人が定位置につき、式部官がその中央に進み出る。

「黒騎士様、負けないで!」

周囲から歓声が上がる。どうも「王都の騎士」には観客から勝手に別名が付けられているらしい。

黒騎士が槍を上げ、馬上で構えた。

その瞬間、奇妙な既視感に襲われた。

ーーあの光景を、どこかで見た。

(何だろう、この感じ……)

馬に跨り、槍を掲げるその姿勢を、こんな風に確かに見たことがある。

「まさか、あれはギディオン?」

かつて魔術学院の授業で対戦した彼に、槍の構え方がそっくりだった。シンシアは再びパンにかぶりつきながら、言った。

「そんなはずないわよ。今彼は南の島の住人よ。公爵に激怒されて、領地の一つである南の島の領地経営をやらされているらしいから」

「えっ、父親に南の島に飛ばされたの? 王立病院に日がな通って、幼馴染みの元聖女を慰めているって聞いたけど……」

「そうよ。それを逆恨みした誰かが、公爵家に放火したんですって。公爵は二度とアイリスと関わらせない為に、息子を島に飛ばしたのよ」

あのギディオンと南の島が、合わなすぎて絶句してしまう。だが再出発をするには、環境を完全に変えた方がいいのかもしれない。

却って本人の為だ、と思いたい。

対峙する両者が駆け出す。

兜の上の布飾りが揺れ、馬の足音と共に、振動がこちらまで伝わる。すれ違う瞬間、お互いが槍を突き出し、相手の盾に当たり黒騎士の槍が折れたが、どちらも落馬しなかった。勝敗が決まらないため、もう一度両者が離れて一戦交えることになる。

再び端まで下がると、新しい槍を黒騎士が受け取り、互いに向き合う。

両者が駆け出すと、手元の柵を無意識に握って身を乗り出してしまう。

二人がすれ違った直後、細かな木片が辺りに散った。槍が二本とも折れたらしい。直後に体勢を崩して、馬の背から滑り落ちたのは、巨人騎士の方だった。

岩が地面に落ちたような重い音と、馬の嘶きが聞こえた。

「凄いわ! あのデッカいのを突き落とすなんて!」

興奮するシンシアの声を聞きながら、目を凝らして黒騎士を凝視するも、兜の隙間が狭過ぎて顔は全くわからない。だが銀色の鎧が大勢を占める中、全身黒を纏うその姿は逆に目立っていた。

夕焼けの執務室は赤金色が室内を満たし、眩しかった。

今日一日のジョストを全て観覧し、ようやく王太子の執務室に戻った私は、入り口で足を止めた。

真面目な王太子が、珍しく執務室の隅にあるソファに横たわり、眠っていたのだ。

「殿下、風邪を召されますよ」

ソファの隣へ行き、肩を揺する。

ゆっくりと開いた王太子の茶色の瞳は、私を認めるなり優しく眦を下げた。

「お帰り、リーセル。マックはどうだった?」

「順調に勝ちあがったわ。明日が楽しみ」

伸びをしながら起き上がる王太子に、声をかける。

「お疲れですか? もうお休み下さい」

「久々に早朝から精を出したからかな。明日に備えて、もう切り上げよう。ーー今日はリーセルももう寮に帰って、お休み」

「はい。そうさせて頂きます。お疲れ様でした」

丁寧に頭を下げると、執務室を出た。

馬上槍試合の大会は、三日間とも晴天に恵まれた。

二日目も連勝をしたマックは、ついに最終日にも試合に出られることになった。

勝ち上がるごとに彼を応援する人々が増え、三日目には観覧席にキャサリンナの姿を見つけた。

白い手袋をした手を拡声器がわりに口に当て、「マーック!! 負けたら許さないわよ!」と叫んでいる。

その様子を見て、シンシアと苦笑してしまう。

「キャサっちが応援してる」

「こんな日が来るとはね。マックもちゃんと手を振り返してるわ」

旧友からの応援の後押しもあってか、マックはなんとか最終日の初戦も辛勝した。

天幕の中に戻り、汗だくの彼が新しいサーコートに着替えるのを手伝っていると、そこへ珍客が現れた。

キャサリンナだ。

天幕に唐突にやって来た彼女は、カゴいっぱいのパンや果物を抱えていた。

何やらモジモジと気まずそうにしながらも、マックにカゴを突き出す。

「そ、その。この後の試合も頑張って頂戴。ーーこの調子で進めば、もしかしたら、優勝するかもしれないわね」

「ありがと。そうだといいけど。丁度腹減ってたから、遠慮なくもらうよ」

マックは葡萄を房ごと掴むと、片手で口に近づけてパクパクと粒を食べ始めた。キャサリンナがその行儀の悪さに、両眼を覆う。

「あなたって王都警備隊に入っても、変わらないのね。――こっちは貴女によ」

キャサリンナは私に向かって紙袋を差し出した。よく分からないながらも受け取り、覗き込むとハンカチがギッシリと詰まっている。

これは、もしやいつかの夜のお返しだろうか。あの鼻水だらけになったハンカチの。

説明を求めて顔を上げると、キャサリンナは少し誇らしげに口を開いた。

「ジュモー家の家訓は、二十倍返しなの」

絶対に敵には回したくない……。

思わず苦笑していると、キャサリンナはさっと踵を返して観覧席に駆け戻った。

マックが首を傾げる。

「結局何しに来たんだ?」

「マックが優勝するかもしれないと思って、ゴマを擦りに来たんじゃないかしら。贈り物を持って」

「シンシアったら、鋭いわね」

カゴをこちらに差し出して、私達にも果物を勧めるマックに、私は思い切って尋ねた。

「優勝者は自分に勝利のメダルを授けてくれる乙女を、自由に指名していいのよね? メダルの乙女は誰にするか、もう決めてるの?」

「うん、だいたいね」

するとカゴの中のチーズを物色していたシンシアが、目を輝かせて顔を上げた。

「マック、ちゃんと覚えてるわよね? 大会で優勝して爵位を授けられたら、私に素敵な貴公子を紹介してくれるのよね?」

「うん。ハハ。……そういやそんなこと言ったな。俺」

「ちゃんと約束守ってね!」

念を押すシンシアに対して、マックは引きつるように笑った。その顔が寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか。