軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

こうして殺された、一度目の私

刑の執行まで、あと十分を切った。

私の命は、あとわずかな時間しか残されていない。

泣くことも怯えることもできず、私は地下牢の冷たい床に座り、ただ静かに迎えを待った。自分を処刑場へと連れて行く、係官たちを。

すぐそばに控える侍女のカトリンは、一時間以上前からずっとすすり泣いている。

さいごまで私の世話をする為に、牢の中に一緒に入ってくれた忠実な侍女は、長年仕えた女主人がこれから処刑されるという事実に、耐えきれなかったのだろう。

カトリンは、私が本当は無罪なのだと知っていた。私が「聖女殺害未遂」を犯すなどあり得ない、これは全て冤罪だ、と。

だからこそ、処刑を待つこの現実が私達には辛過ぎた。

聖女殺しは大罪だ。

私に適用された刑罰は最も重い「公開処刑」であり、王宮の裏に特設された処刑場には、既に数えきれないほど多くの見物人が集まってきていた。

――みんな、趣味が悪い。

「そろそろ時間だ。出なさい。――処刑場に行くぞ」

ガチャリ、と鉄格子の鍵が開けられ、フードを目深に被った黒ずくめの係官が、私を独房の外に出す。

共に付き従おうとしたカトリンは係官に止められ、そこから先へはついてくることは叶わない。

これが、永遠の別れになる。

絶望のあまりカトリンが嗚咽し、硬く冷たい石畳の床に崩れ落ちる。

カトリンは私が赤ん坊の頃から、我が家に仕えた侍女だ。そのカトリンが絶望するさまに、胸が張り裂けそうになる。

「カトリン、私は大丈夫だから。そんなに泣かないで」

両手を床についたカトリンの肩に、そっと触れた。そうしてなるべく柔らかな笑みを作り、彼女の顔を見た。――この先私を思い出す時は、笑顔の私であってほしい。そう願って。

これ以上カトリンが辛い思いをしないよう、せめて穏やかに別れたかった。

万感の思いを込めて、今生の別れを告げる。

「今までありがとう、カトリン」

カトリンは私の気持ちを汲んだのか、泣くのをこらえようと唇を噛んだ。だがうまくいかず、瞳からは滝のように涙が流れる。

それに貰い泣きしそうになり、歯を食いしばって耐える。

私は絶対に、泣かない。

涙を見せたら、聖女が喜ぶだけだから。

地下牢の天井すれすれに穿たれた小さな窓からは、処刑場に詰めかけた民衆の怒号が聞こえた。

「聖女様を毒殺しようとした女を、引きずり出せ!」

「聖女様の敵を、殺せ!」

私、リーセル・クロウは少し前まで、このレイア王国で最も幸運な女性だった。

王都から遠いバラル州から来た田舎貴族という立場にもかかわらず、この国の王太子に求婚されたのだから。

私の数少ない取り柄の一つは、自分で言うのもなんだけど結構美人であることと、魔術持ちであることだった。だから王宮魔術師として働き、実家を経済的に助けていた。

そしてこの国の王太子と出会い、恋に落ちた。

あと少しで田舎の貧乏貴族の娘が、王太子妃の座を射止め、ある意味で大逆転な人生を送れるはずだった。

でも、そこに彼女が――聖女が現れたのだ。

ある日王宮にやってきた聖女のアイリスが、すべてを変えた。――名門ゼファーム侯爵家の令嬢にして、稀有な魔力を持つ、可憐な美少女が。

治癒術を使えるのは聖女だけで、聖女は百年に一人現れるかという逸材だ。こうして聖女は王宮に盛大に迎え入れられ、たちまち注目の的となった。

アイリスはその明るさと天真爛漫さで、王宮の人々を魅了した。もうそれこそ、この国中の貴公子達が彼女に惚れたんじゃないかと思えるくらいの勢いで。

そんな折、王太子が落馬して腕の骨を折ってしまった。長引く痛みに苦しむ王太子に、聖女は言ったのだ。燦然と輝く黄金色の髪をなびかせ、どこまでも甘い蜂蜜色の瞳で王太子を見上げ、澄んだ愛らしい声で。

「殿下の痛みは、わたくしの痛みでもありますわ。殿下の腕を、すぐに治して差し上げたいのです」

聖女は王太子の腕にそっと触れ、彼の快復を祈った。それだけで骨折は、嘘のように完治した。まるで奇跡だった。

そればかりか、聖女は持ち前の治癒術を駆使し、生まれつき片足が不自由だった国王の足まで、完治させた。

国王は生まれて初めて、自分の足で走ることができた。

これには国王も大変喜んだ。

寒さが厳しい、真冬のことだった。

王都の歌劇場で火事が起こり、多数の怪我人が出た。その現場に聖女は真っ先に駆けつけ、その祈りで大勢の怪我人を治した。聖女の象徴である真っ白いローブをススだらけにし、黄金色の髪に灰を被っても、どんなに疲れても聖女は怪我人達を懸命に手当てした。かじかんで赤くはれた手で。

この姿を目撃した人々は、彼女の清く美しい慈善精神に、深く感動したという。

その名声は隣国にも知れ渡り、聖女は同盟国にもその治癒術を懇願され、出張に行った。

これはいわば、聖女外交である。聖女は大陸中の国々が、喉から手がでるほど欲しがる存在だった。

こうしていつしか、王宮中の人々の注目を集めるのは、王太子との婚儀を控える私などではなく、聖女の方になっていた。

聖女様は、国の宝だ。

王家の幸福の女神のようだ。

やがて人々は堂々と称賛した。

「麗しい王太子殿下と聖女様が並んでいるお姿の、なんてお似合いなこと」

続けて声を落として言うのだ。

「家柄も、聖女様は釣り合ってらっしゃるもの。――彼女と違って」

その「彼女」とは、もちろん私のことだ。

不安になった私は、王太子に聞いた。国のために、身を引いた方が良いかと。

もうこの頃になると、彼の中での私のポジションが、わからなくなっていた。

だが王太子は私の手を取り、首を左右に振った。

「聖女と結婚する気はないと、父上には近いうちに必ず話すよ。だから、待っていてくれ」

国王にとって、王太子は遅くにできた子どもで、高齢の国王は近年かなり気難しくなってきていた。王太子は言い出すタイミングを測ろうとしている。――私は少なくとも、そう思っていた。

そんな頃。

王太子は同盟国を助けるために、大陸の東に遠征に出かけた。

戦争に行く王太子を見送るのは、胸が張り裂ける思いだった。剣の腕前は抜群だったし、同時に彼は魔術が使えた。そう簡単には負けたりはしないだろう。そう分かってはいても、出征してからの毎日が、心配でたまらなかった。

国王は息子である王太子の留守中に、彼が帰国したらすぐにでも盛大な結婚式を挙げられるよう、準備を始めた。

ウエディングドレスが急ピッチで縫われ、ダイヤモンドが煌めくティアラが、結婚指輪が作られる。そしてそれらを試着したのは、聖女だった。

仮縫いのドレスを着て、ティアラを頭上に戴き、聖女は国王に言った。

「殿下が凱旋なさったら、そのお手で指輪をはめてもらうのが待ち遠しいわ。でも、……いいのかしら? 私、リーセル様に申し訳なくて……っ」

聖女は目を潤ませた。目にゴミが入ったんだろう。

「あの元婚約者には、私から良く言って聞かせよう。だから気にするんじゃない」

国王は優しく聖女を宥めた。

こうして私は、いつの間にか皆の中で「元」婚約者になっていた。現役バリバリのつもりでいるのは、私だけだったらしい。

それでも私はまだ望みを捨てていなかった。王太子が帰国したら、国王を説得してくれるはずだ。そう思った。

この時点で、私は王宮を潔く出ていけば良かったのかもしれない。王太子を諦めて。

でも私も、女としての意地があった。

そんな矢先、王都を散策中に聖女に矢が放たれ、近くにいた侍女に当たって亡くなった。逃亡した犯人には、バラル州訛りがあったという。逃げながらペラペラ話す犯人なんていなそうだけど。

そしてその夜、聖女も倒れた。

毒を飲まされたらしい。そしてその犯人は「リーセル・クロウ」だとされた。

なぜなら紅茶を飲む前に、聖女は嬉しげに言ったらしい。

「これはリーセル様にいただいた紅茶なのです。嫌われていると思っておりましたから、本当に嬉しいわ……」

私はもちろん、そんな物をあげた覚えはなかった。だって聖女のこと、大嫌いだし。

だが、こうして私は王宮の地下牢へと連行された。矢を放った襲撃者も、雇ったのは私だということにされていた。

私は「身に覚えがない」と主張し、冤罪だと言い続けてきた。だが耳を貸す裁判官はいなかった。

ようやく悟った。

自分はもう、王宮には用無しなのだと。愛され聖女の敵で、国中の疎まれ役なのだと。

しかもなんとか危機を脱し、起き上がれるようになった聖女は、今まで私にこの王宮で虐められてきたと周囲に打ち明けたのだ。下級貴族の私が、一体どんないじめをすることができたと言うのだろう。

けれど裁判官はそれを信じた。お手上げだ。