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愛しい人よ、気絶している間に全て解決だ ~婚約破棄から始まる逆転劇

作者: 満原こもじ

本文

王家主催の夜会で。

やはり貴族というものは周りにさりげなく気を配り、見ているのだな。

ユーディッヒ王国第一王子にして王太子であるローランド殿下が声を張り上げようとした時、心得たように静まったのには感心した。

……感心したのはそこだけだ。

何が起きるか察知して、不躾な視線をクラウディアに向けるのはやめろ。

「クラウディア・ネラセディック。そなたをオレの婚約者から外す!」

バカ王子が本当にやりやがった。

バカ王子のやつ、今日クラウディアのエスコートを断ったからもしやとは思ったが。

陛下のほうに目を走らせ、魔力で合図する。

僕に気付いた陛下は……諦めたように頷いた。

バカ王子の独壇場は続く。

「何故ならローランドはユーディッヒの王太子だからだ。ローランドにはローランドに相応しい婚約者が必要なのは理の当然。クラウディアはオレに相応しくなかった」

バカ王子特有の持って回った言い方だ。

これずっと聞いてなきゃいけないのか?

イライラする。

「ああ、しかしクラウディアの罪とも言いきれない。クラウディアがローランドの高みに辿り着けなかっただけだ」

うっとりしている令嬢もいるな。

この辺が僕の理解できないところだが。

もっともネラセディック侯爵家の令嬢たるクラウディアとの婚約を破棄してどうするんだ、という好奇の視線が多い。

ネラセディック侯爵家はバカ王子の後ろ盾に足る大貴族だし、クラウディアの隔絶した優秀さはよく知られることころだから。

あっ?

「……倒れたか。弱い。弱過ぎる。ローランドに似合わない理由を露呈してしまっている」

クラウディアがしゃがみ込むように倒れた。

立ち眩みか貧血か。

あの倒れ方ならケガはしていないだろう。

意識を失っているようだ。

すまない、君の名誉は回復するから、もう少しそこで寝ていてくれ。

「ローランドの隣にジャストフィットする女性とは彼女だ。紹介しよう、アンナ・スコット男爵令嬢を!」

きゃあお似合いねという、夫人や令嬢の無責任な声が聞こえる。

一方で男爵令嬢かという、冷めた声もある。

確かに派手なバカ王子にあつらえたようにピッタリな、美しく飾られた令嬢だ。

あくまでも外見上は。

しかしそいつはバカ王子の手には余るぞ?

「オレはアンナに永遠の愛を誓う!」

バカ王子に寄り添うアンナという女、確かに見た目もそつのなさも完璧だ。

引っかかるのも仕方ないとも言える。

しかしあれほど有能で献身的なクラウディアとの婚約を破棄するとは。

余計な世話かもしれないが、クラウディアなしで王立学院を卒業できるのか?

課題もゼミもほとんどクラウディアが手伝っていたろう?

政務だってバカ王子オンリーでこなせるわけがないのに。

「アンナを婚約者にする。ローランドの婚約者であるべきだから!」

王太子だからって何でも通ると思うな。

もう一度陛下のほうを見る。

沈痛な顔をしているが僕の魔力に気付き、微かに頷く。

断罪の時間だ。

陶酔しきっているバカ王子のワンマンショーに割り込む。

「おい、ちょっといいか?」

「……ゼイヴィア・オーズ魔道卿か」

僕は平民の出だが、魔道の才能を神にもらった。

洗礼式でそれが発覚し、継母の支配する家庭に耐えられなくなって家を飛び出し、侯爵ダリウス・ネラセディック様に拾われた。

心のすさんでいた僕を何くれとなく構い、勇気づけてくれたのはクラウディアだった。

今の僕があるのはダリウス様とクラウディアのおかげだ。

ネラセディック家には多大な恩がある。

「平民風情が王太子の僕に対して無礼ではないかね」

「ああ、今日までは王太子だね」

「……どういう意味だ?」

僕は必死で学んだ。

ネラセディック家の恩に報いるために。

クラウディアに抱いた淡い恋心に可能性を灯すために。

クラウディアだって僕だけには悩みを打ち明けてくれていた。

心が通じていたんだ。

神にもらった魔道の才能は大したもので。

僕は魔道士として従軍した隣国ケルテンとの戦争で勲功第一の活躍をし。

また研究でも成果を挙げ、オーズの姓と男爵位を賜った。

僕が『魔道卿』と呼ばれる所以だ。

とは言っても既にクラウディアはバカ王子の婚約者だった。

それに侯爵令嬢と男爵では身分が違い過ぎる。

僕がクラウディアを手に入れることは不可能だ。

クラウディアはどこか儚げな表情を見せるだけで何も言わなかった。

しかし今日、状況が味方した。

「文字通りの意味さ。ところで気付いていたかい? そのアンナという女は隣国ケルテンのスパイだ」

「な、何だと!」

「まあ理解していないとは思っていた。パラライズ!」

かくんと意識を失い、バカ王子にもたれかかるスパイ女。

バカ王子は想像以上のバカだった。

優秀なクラウディアでもカバーできないほどの。

おかげで僕はクラウディアを手に入れることができる。

「あ、アンナ……貴様何をした!」

「魔法でその女を麻痺させただけだ」

「魔法……」

「僕は自白剤の研究もしていてね。ようやく納得のいく効果になったから、スパイを泳がせるのをやめるところだった。使う前に死なれたら興醒めだろう?」

「……アンナが自殺するかもしれなかったと?」

「だから麻痺させたのさ」

パーティー参加者達がざわめく。

ケルテンのスパイなんて物騒だからな。

我がユーディッヒ王国はケルテン王国に対して大勝利したが、当然ケルテンだって殴られっぱなしではいられない。

むしろバカ王子に近付きその寵を得るなんて、敵ながら天晴れとも言える。

しかしクラウディアを傷つけたこと、僕は許さない。

「アンナがスパイなんてデタラメだっ!」

「あんたが信じるか信じないかは自由だ。しかし事実は時に残酷だということを知るがいい」

「証拠を出してみろ!」

「いいだろう。スコット男爵家は水害の影響もあって、経済的に困窮していたという前提があった。そこをケルテンに付け込まれたのさ。援助と引き換えにアンナなる女を養女とすることを受け入れた」

「アンナは……いや、証拠になっていないではないか!」

「しかしスコット男爵家当主マーヴィン殿は、その旨を陛下に報告していた。間違いないですね? マーヴィン殿」

「ありませぬ!」

きっぱりとした物言いの男爵マーヴィン・スコット殿。

これほどハッキリした証拠もあるまいが。

マーヴィン殿もまた、ケルテンから金を引き出しながらユーディッヒ王家への忠義を忘れぬ強かな男。

「なななな……」

「つい先ほどまであんたの婚約者だったクラウディアは、そのアンナなる女がケルテンのスパイであることを知っていた。そして全容が明らかになった時、あんたに傷が残らぬよう立ち回っていたんだよ。つまりスパイを油断させるために、そして情報を引き出すためにローランド殿下はあえてアンナなる女を近付けていた、と言い抜けられるためにな!」

「クラウディアは……」

「婚約者であるあんたを守るためだ! 黙って浮気や嘲りに耐えていたクラウディアほど素晴らしい令嬢が他にいるか? いるものか!」

会場がシーンとする。

かすかに誰かがすすり泣く声が聞こえる。

給仕人までが緊張感に当てられたように動かない。

クラウディア、もう少しだよ。

真に君が望んでいた結末までに。

「しかしあんたのしたことは何だ! クラウディアを捨て、全ての段取りを台無しにした! あんた自身の人生もな!」

「……」

「今日までの王太子と言った意味を理解したかい? 陛下、御決断を!」

皆の視線が一斉に陛下に集まる。

やや疲れを見せる陛下の口がおもむろに動いた。

「ローランドの王太子を廃する」

「なっ……」

「王太子は第二王子ヘンリーとする」

驚きの声が上がる。

正妃様の唯一の王子ローランドを廃するなんて、ちょっと考えられないことだろうからな。

しかしスパイアンナの工作は、情報を抜いているだろうことだけに留まらないのだ。

誰より優秀なクラウディアをバカ王子から切り離し、王家とネラセディック侯爵家との間にヒビを入れた。

また王太子ローランドの廃嫡に成功した挙句殉職した、などとプロパガンダされたら、ケルテンのユーディッヒに対する敵愾心を煽り士気を上げてしまうのだ。

バカ王子のまぬけな利敵行為は廃嫡されるだけの失策だった。

「僕ゼイヴィア・オーズは王家とヘンリー殿下に忠誠を誓います!」

「侯爵ダリウス・ネラセディックも同様である! ヘンリー殿下万歳!」

ケルテンとスパイの思惑に乗らないためには、真っ先に僕とダリウス様が王家に忠誠を示すことが必要だ。

この姿勢を見せることでユーディッヒ王国の安定に寄与できる。

ようやく陛下に少し笑顔が見えた。

ヘンリー殿下を称える声が次々に上がる。

僕はヘンリー殿下とそう関わりがあるわけじゃない。

側妃腹だからかもしれないが、気を使える王子だとは聞いている。

調子に乗ったバカ王子よりはマシだろう。

ユーディッヒ王国の未来に希望が見えたと思いたい。

クラウディアがバカ王子の婚約者に指名された時、僕はいいことだと思ったんだ。

将来の王妃というのは賢く美しいクラウディアのあるべき姿だと思ったし、バカ王子がバカだということも知らなかったから。

クラウディアが少し寂しそうだった理由を酌むべきだった。

やはり他人任せじゃダメだ。

僕自身がクラウディアを幸せにしなくては。

……要求は通るか?

「陛下、僕がクラウディアをいただいてもよろしいでしょうか?」

「うむ、許そう」

「「「「「「「「パチパチパチパチパチパチパチパチ!」」」」」」」」

やった、通った!

ダリウス様は僕のクラウディアへの思いを知っているから、大いに頷いてくれている。

妃教育を既に終えて王家について深いところまで知っているクラウディアが、他の高位貴族に嫁ぐということになるのは王権を揺るがしかねない事態だ。

ヘンリー殿下は既に婚約しているし、案外クラウディアの相手の条件は難しい。

新男爵の僕なら問題ないという陛下の判断もあるのだろう。

夜会参加者からの大きな拍手が誇らしい。

「ありがとうございます。さらなる忠誠を約束いたします」

「男爵ゼイヴィア・オーズよ。今宵の働きは天晴れであった」

「陛下の忠実な臣なれば当然でございます。クラウディアを休ませてやりたいので、下がらせていただきますね」

「うむ」

「では失礼いたします」

クラウディアをお姫様抱っこして控え室へ。

クラウディア、君の意識がない内に全ては終わったよ。

バカ王子を立てようという君の健気な努力を僕は知っている。

バカ王子がパーにしたけど、おかげで僕は君を手に入れることができたんだ。

実はちょっとだけバカ王子に感謝している。

クラウディア、君が僕を慕ってくれていたこと。

もちろん気付いていたさ、でも知らないふりしていた。

君と僕では全然身分が違ったし、君の才能は王国のために使うのが正解だと思っていたから。

今までごめんね。

今日僕はちょっとだけ勇気を出したから許しておくれ。

バカ王子はもう表舞台に出てこないかもしれないな。

目立つのは確かだから、ヘンリー殿下の地位が確立するまでは邪魔でしかない。

一方あのスパイ女に関しては尋問に付き合わねばなるまい。

僕の開発した自白剤を使用することになるだろうから。

哀れだが情報をたっぷり吐いたあと、自白剤の副作用で死ね。

クラウディア、君が早く目を覚ますといいな。

でもゆっくり休んで欲しい気持ちもある。

君は王国のため常に頑張り続けていたから。

意識を取り戻した君に伝えたい、五文字の言葉があるよ。

僕も少し、ドキドキしているんだ。