軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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帝城ヴァイスブルクの東翼、謁見の間。

母の形見の紺碧のドレスに身を包み、私はその扉の前に立っていた。帝国式の仕立ては身体の線に沿って無駄がなく、王国のふんわりとしたドレスとは印象が違う。髪は低い位置でまとめ、アクセサリーは母のアメジストのイヤリングだけ。華美すぎず、しかし格を落とさない。マルタの見立ては完璧だった。

扉が開く。

謁見の間は、想像していたよりも簡素だった。高い天井と石の壁。装飾は帝国の紋章と、歴代皇帝の肖像画だけ。玉座は白銀の石で作られ、背もたれに蒼い鷲が彫刻されている。

その玉座に、エドヴァルドが座っていた。

黒い軍服の上に白銀のマントを羽織り、右手には書類を持っている。傍らにクラウスが立ち、何か報告をしていたが、私が入室すると二人とも視線を向けた。

帝国式の礼を取った。右手を胸に当て、深く頭を下げる。

「セラフィーナ・デュラン、参上いたしました」

「来たか」

エドヴァルドの声は、初めて会った日と同じように冷たかった。だが、その中にわずかに違う色がある。敵意ではなく——品定めのような鋭さ。

「面を上げろ」

顔を上げると、紫水晶の瞳がまっすぐにこちらを見ていた。

「クラウスに命じて、お前の身辺を調べさせた」

隠す気もないらしい。率直なのは帝国流なのか、それともこの人の性格か。

「ルクレシア王国デュラン公爵家の一人娘。王立学園では成績上位、品行方正、学園への寄付記録あり。第三王子アルベールとの婚約を、卒業パーティーの場で破棄された。理由は——聖女とやらに王子が入れ込んだため」

クラウスが横から補足した。

「しかも、セラフィーナ様に対する罪状はいずれも証拠不十分。実質、王子の一方的な宣言だったようです」

「つまり」

エドヴァルドが書類をテーブルに置いた。

「お前は王国の王子に、理不尽に切り捨てられた」

「事実としてはそうなります。ですが、私自身は婚約の解消を望んでおりましたので、結果には満足しています」

「ほう」

エドヴァルドの眉がわずかに動いた。

「切り捨てられて満足だと?」

「自由になれたことに満足しております。王子との婚約は、私が選んだものではありませんでしたから」

沈黙が落ちた。エドヴァルドが私を見つめている。その視線の圧が凄まじい。だが、ここで目を逸らすわけにはいかない。帝国は実力主義。弱さを見せた者から淘汰される。

「一つ聞く」

「何なりと」

「お前は帝国で何をするつもりだ。学ぶだけか。それとも——帝国に何かを求めに来たのか」

核心をつく質問だった。嘘をつけばすぐに見破られるだろう。かといって「あなたに会いに来ました」などと言えるはずもない。

「帝国で学び、帝国の役に立てる人間になりたいと思っています。私には外交と経済の知識があります。王国と帝国、両方の事情を知る人間として、何かお役に立てることがあるのではないかと」

「大きく出たな」

「身の程知らずは承知しております。ですが、口先だけかどうかは、今後の行いでお示しします」

再び沈黙。

それからエドヴァルドは、ほんの一瞬だけ——本当に一瞬だけ、口の端を持ち上げた。笑みとも呼べないほどの微かな変化。だが、私は見逃さなかった。

「いいだろう。好きにしろ。ただし、帝国にいる以上は帝国の法に従え。問題を起こせば容赦はしない」

「承知いたしました」

「クラウス、この女の学院での状況は定期的に報告しろ」

「はい、陛下」

クラウスが恭しく頭を下げた。その目が一瞬だけこちらに向けられ、微笑んでいた。好意的な笑みだ。少なくとも敵ではないらしい。

謁見は十分足らずで終わった。

帝城を出て、学院への馬車に乗り込んだ途端、全身の力が抜けた。

「……疲れた」

ブラック企業の役員プレゼンより緊張した。あの人の前にいると、空気そのものが張り詰める。

でも、悪い手応えではなかった。少なくとも追い返されなかった。「好きにしろ」は、エドヴァルドなりの許可だ。

それに——定期的に報告しろ、とクラウスに言ったということは、私の動向を把握しておきたいということ。無関心ではない証拠だ。

窓の外に帝城の尖塔が遠ざかっていく。

第一関門突破。まだ先は長いけれど、一歩は踏み出せた。

それから二週間が経ち、私の学院生活は本格的に動き始めた。

帝国貴族学院の教育は、王国のそれとは根本的に異なっていた。王国の学園は社交の場としての側面が強く、ダンスや礼法の授業が多かった。対して帝国の学院は実学重視。経済、法律、軍事、外交——国を動かすための知識を叩き込む場所だ。

講義についていくのは簡単ではなかった。帝国語の学術用語は日常会話とは別物で、最初の一週間は辞書を引きながら必死にメモを取った。だが前世の知識——特に経済学と経営学——が意外なところで役に立った。帝国の経済学者が議論している内容の多くは、前世の大学で学んだ理論と重なる部分があった。

転機は外交史の講義だった。

ヴォルフ教授の講義で、帝国と王国の通商関係について討論が行われた。帝国側の生徒たちは「王国は帝国の技術を模倣するだけで対等な交易相手ではない」と主張し、議論は帝国優位の方向に傾いていた。

手を挙げた。

「発言を許可する。デュラン」

「王国が帝国の技術を活用しているのは事実です。しかし、帝国もまた王国の農産物と南方交易路に依存しています。両国の関係は優劣ではなく補完です。問題は、その補完関係を活かす交易制度が旧態依然であることではないでしょうか」

教室が静まった。王国人が、帝国の講義で王国を擁護するのではなく帝国側の視点も踏まえた意見を述べた。生徒たちの目つきが変わった。

「具体的には?」

ヴォルフ教授が興味深そうに問いかけた。

「現在の通商条約は五十年前のものが土台です。両国の経済規模も産業構造も変わっているのに、関税体系はそのまま。これでは互いの強みを活かしきれません。帝国の鉱物資源と工業技術、王国の農産物と海運ネットワーク。これらを効率的に結ぶ新しい枠組みが必要だと考えます」

前世の知識をこの世界の文脈に翻訳しただけだ。だが、この世界にはまだ「比較優位」や「自由貿易協定」という概念が体系化されていない。私の意見は、教授にとっても新鮮だったようだ。

「面白い視点だ。デュラン、この件についてレポートを書いてみないか」

「喜んで」

講義が終わった後、何人かの生徒が近寄ってきた。

「さっきの話、もう少し詳しく聞きたいんだけど」

「王国の農業政策について教えてくれないか。帝国側の文献だけだと偏るんだ」

初めて、帝国の生徒たちから学問的な関心を向けられた。王国人への偏見が、能力への評価に変わり始めている。

その日の夜、寮に戻るとブリギッテが珍しく嬉しそうな顔で待っていた。

「聞いたわよ。ヴォルフ教授の講義で堂々と発言したんですって」

「うん。ちょっと緊張したけど」

「ちょっとですって。帝国人でもあの講義で手を挙げる人は少ないのよ。しかも内容がまともだったって、皆が言っていたわ」

ブリギッテの口調に棘がない。入寮当初の警戒心はすっかり消えていた。

「ブリギッテのおかげよ。帝国法を教えてもらったから、法制度の文脈で話ができた」

「わ、私は別に。自分のために教えただけよ」

頬をほんのり赤くして、ブリギッテはそっぽを向いた。

微笑ましいと思いながら、机の上の手紙に目をやった。夕方、寮に届いていたもの。差出人はクラウス。

『ヴォルフ教授の講義での発言、陛下のお耳にも入っております。引き続き学業に励まれますよう。——クラウス・フォン・ラインハルト』

短い文面だが、含みがある。陛下のお耳にも入っている。つまりエドヴァルドは、私の学院での動向を本当に追っているのだ。

手紙を畳んで引き出しにしまった。

ゲームなら、ここで「好感度が5上がりました」というテキストが出るところだ。でもこれは現実。数値は見えない。手応えだけを頼りに、一歩ずつ進むしかない。

窓の外に、帝国の星空が広がっていた。王国の空より星が近い。空気が澄んでいるからだろう。

まだ始まったばかりだ。焦らなくていい。

でも——あの人が、私のことを見ていてくれている。

それだけで、胸の奥がほんのり温かくなった。