軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10-29 アインズヘイルで休息を 公爵家の男

疾く、疾く、疾く駆ける。

生徒達の隙間を抜け、声のした方へと全速力で駆け抜ける。

食堂に続く廊下の途中、開けた広場の入り口付近……いた。

「いいから来るんだ。奴隷契約など後からどうとでもなる」

「嫌です! 放して……っ! 放してくださいっ!」

何やら高そうな服装の男に手首を掴まれ、それに抵抗しているウェンディを見つけて魔力をたっぷり込めた 加速する方向性(ベクトルアクセル) で一踏みに近づき、掴んでいる手を払いのける。

「っ、なんだ貴様は」

「ご主人様!」

「ん。ウェンディこっち」

シロに声をかけられてウェンディが俺の後ろに行き、隠すように俺とシロが前に出る。

どうやらシロもしっかりとついてきてくれたみたいだ。

そして……見覚えのない貴族だ。

どうやら、俺が知っている生徒達の親ではないようだ。

「ウェンディ、大丈夫か? 何があったんだ?」

「は、はい……突然声をかけられて腕を掴まれて……。ごしゅ、ご主人様ぁ……」

俺達が来てほっとしたのか、連れていかれそうになって怖かったのか抱き着いてくるウェンディ……。

ああ……怖かったよな。

ウェンディをよしよしとあやしながら頭を撫でる。

にゃろう……。

「ウェンディ……やはりウェンディ……」

独り言を小さくつぶやいたと思えば、不気味に笑う貴族の男。

年は間違いなく俺よりも10は上。

痩せ型で偉そうで下品な髭に、男にしては長い金髪。

煌びやかな服を着ていて貴族なのは一目でわかる。

嫌な貴族のイメージそのもの……なのだが、宝石はつけておらずゴテゴテしていないのが少し意外か。

瞳は濁っているような、全く良い印象を受けない男だ。

「ご主人様と呼ばれていたな? そうか、貴様がウェンディの主か」

どうしてだろうな。

こいつにウェンディの名を呼ばれる事が、とても不愉快に感じてしまう。

「……ああ。そうだよ。うちのウェンディになにか用でも?」

だからか、初対面の相手だというのに抑えようとしても、どうしても喧嘩腰な態度を取ってしまう。

先ほどラズとクランに子供だと言っておきながら、自分だって大人になりきれてはいないようだ。

「主君……速すぎるぞ。む……誰だ?」

「さあな」

流石に加速する方向性で動く俺とシロの速度には追い付かなかったようだが、アイナも追いついてくれた。

アイナは理解するよりも早く、俺を守るように警戒しながら横に立つ。

「私を知らないとなると……貴族ではないな。平民か。ならば話が早い。その女を私に譲れ。貴様が一生稼げぬだけの金をやろう」

「……はあ?」

「聞こえなかったか? その女を私に渡せと言っているのだ。その美貌。その気品。髪の毛一本に至るまで貴様のような物の価値もわからぬ平民が触れる事すら罪に等しい。それは高貴な私にこそふさわしいのだ!」

ウェンディをそれ呼ばわりね……下衆、その言葉が真っ先に浮かぶような下品な男だ。

今浮かべている下卑た表情が、この男の品性そのものだろう。

そんな男にウェンディを渡せって?

冗談だとしたら、性質が悪すぎる。不愉快だ。

「断る」

「……よく考えて回答せよ。教師なぞでは一生稼げぬ、生涯遊んで暮らせるほどの金だぞ? 高貴な私が穏便に事を運んでいる間に、良き返事をした方が良いぞ」

俺は教師じゃないんだが、生涯遊んで暮らせるほどの金ね……。

響きのいい言葉だよ。

働かずに暮らしていくには金が要る。

だけどな、その暮らしにウェンディがいないのなら、なんの価値も意味もありゃしねえ。

「聞こえなかったか? 断るって言ったんだよ」

何故だろうな……過去、同じような状況を思い返し、とある男が頭に浮かぶ。

同類……と見て、違いないだろうと予感する。

ただ、同類ではあるものの格としてはこいつの方が上だろうか。

警戒は最大に……すこぶる性質が悪そうだ。

「はあ……はあ……せんせー速いよー!」

「あっという間にいなくなったからびっくりした……よ……ゲルガー様……」

「おお、これはこれは私の婚約者である双星の美姫のお二人ではないですか。ご機嫌いかがかな?」

「「っ……」」

俺に話しかけるような上からではなく、一応は貴族同士の会話のようだが、嫌悪感が残るような話し方と微笑みだ。

そして、さっと俺の後ろに隠れる二人。

震える手で俺の服を握ると両サイドから少しだけ顔を出した。

「婚約なんてしておりませんよね?」

「お父様がお断りしたはずですが?」

貴族同士の会話だからか、それとも緊張と嫌悪からか間延びした声ではない。

だが、震える二人の前に立つ俺は二人を守るようにと壁になる。

勿論、ウェンディも姿すら見せぬように胸を張り背中に隠す。

「愛娘を手放したくない親心が働きすぎなのでしょう。私以外に二人を娶れる男などおらぬはずです。そうでしょう?」

「「絶対に、お断りします!」」

「……いいのですか? お父上の立場が悪くなるかもしれませんが……」

そう言われると黙り込んでしまう二人。

……いい年をしたおっさんが、まだ年若い女の子に向かって結婚を迫り脅迫するとか恥ずかしくないのだろうか。

「ほう。私の立場が悪くなると。それは、脅迫ととってよろしいのかな?」

もういっそ今思ったことをそのまま言葉にして届けてやろうかと考えていると、俺の後方から声がした。

振り向くと、そこにはカラントさんがカツカツと足音を立てながら颯爽とやってきて、二人を背に隠すように促して俺の横に立ってくれる。

「……これはこれはベルセン侯爵。ご機嫌麗しゅう。……どうして学園に?」

「ご機嫌ではないですがねゲルガー殿。ああ、お父上が亡くなられて当主となられたのでしたな。では、ゲルガー・ドルガス公爵。たまたま用事があって学園に来ていただけですよ。ところで、娘の件は正式にお断りしたはずですが?」

こうしゃく……侯爵と公爵のどちらかはわからないが、どちらにしても随分と地位が高い。

だが、どれだけ地位が高かろうが、それこそ、王や神が相手だろうともウェンディを手放す理由になどなりはしない。

「ええ。何かの間違いだと思いましてね。私のような高貴な者に見初められ、まさか断るとは思えません」

「随分な自信ですな。ではもう一度正式にお断りさせていただきましょう」

……なるほど。

こいつがカラントさんが絶対に駄目だと言い、二人も嫌だと言った男か。

いざ目の前にしてみたら三人の判断は納得のものだと理解できる。

具体性はない。だが、この男に大事な娘を預けようだなんて思えないだろう。

「……他に候補でもおられるのですか? 私よりも双星の美姫にふさわしい男が」

「ええいますとも。娘を幸せにしてくれるであろう男がね」

「…………ぜひ、お名前を聞かせていただきたいですね」

「貴方に教える理由がどこにあるので?」

……おそらく、カラントさんが言った男は俺だろう。

俺は『なんだって?』と、聞こえたはずの言葉が聞こえなかった系の鈍い男ではない。

だが、俺だと悟らせない為かカラントさんは俺に一瞥もせずにゲルガーと言われた男と言葉で戦ってくれている。

「……騎士爵上がりの侯爵風情が王家の血を引く私に歯向かうというのか? 後悔することになるぞ?」

ゲルガーが脅しをかけるように睨みを利かせると、護衛だと思われる騎士とローブを頭まで被って顔の見えない男が一歩前に出てきた。

だが、剣や杖を構えるわけではなく威圧目的だろう。

しかしカラントさんは動じる素振りすら見せない。

「代々王家に仕え長き時を経て侯爵にまでなった先祖を愚弄されるいわれはありませんな。貴方こそ……お父上が騎士団長に手を出してどうなったか。貴方の家がその結果どうなったかを忘れたわけではありますまい?」

「っ……」

そのまま無言で睨みあう二人。

一触即発の雰囲気に、遠巻きに集まりだしていた生徒達が固唾を飲んで見守っている。

「……わかりました。双星の美姫については、一先ず納得いたしましょう。……そうです。ウェンディさえ手に入れば二人の事は諦めましょう。まさかとは思うが、貴方がそこの平民を庇護しているので?」

再度こちらに視線を向けるゲルガー。

その瞳を見てぞくっと背筋が震える。

俺の方を見ているが、俺を見ていない。

俺の後方にいるであろうウェンディへと、視線を向けるのだが……その視線は常軌を逸したものに思えた。

「いいえ。私ではございませんよ」

「そうですか……では、そこの平民を守る理由はないのですね」

「そういう訳にもいかないのですよ。彼を庇護しているのは――」

「わらわじゃよ。ゲルガー」

生徒達の壁が自然に割れるようにして現れたのはアイリスだった。

声は低く、普段のアイスアイスと言っている雰囲気からは想像も出来ないような怒りを伴った様子でこちらへと向かって歩いて来るのだった。

アイリスはそのまま俺達の横を通り過ぎて前に立つ。

すると、ゲルガーの異様な視線はアイリスを見て驚きからか普通なものへと戻ったようだ。

「……アイリス。なぜここにいる……」

「仕事じゃよ。貴様と違って暇ではないのでな。……貴様こそなぜここにいる? 謹慎中であろう?」

「っ……」

アイリスの登場により苦虫を潰したような顔をするゲルガー。

だが、すぐに自分の今の状態を察したのか咳ばらいを一つして落ち着きを取り戻す。

「謹慎などと……王に言われた通り、大人しく慎ましく生活しているだけだが?」

「はっそれが謹慎というものだろう。大人しく余生まで家でじっとしておれば良いものを。おおかたふられた双星の美姫に直接会いにでも来たのだろう? だが、そこでウェンディを見つけて惚れでもしたか? 残念だが、既に完全なまでに売約済みだ。諦めて帰れ」

……アイリスの王族としての血を濃く感じるような威圧感だ。

これが普段のアイリスなのだろう。

「……高貴な私に、平民に対して手を引けというのか? ウェンディを諦めろと言うつもりか?」

「そういったつもりだが? わからなかったか? 大体、貴様の父親がしでかしたことを考えれば財産の没収と謹慎でも処分が甘すぎるくらいだぞ」

「……父上は死んだ。私にはなんの罪も関係も無い話だ。それを言うのならばアイリス、お前の父は王族の責務を捨てた男であろう」

「ああそうだな……。だが、我が父が王国に対して明確な損失を出した覚えはない。公爵家の家長によって近隣諸国にまでその名を轟かせる騎士団長を失うことになった罪は大きいだろう。貴様に関係なかろうが、家を潰すくらいは普通のはず……叔父上も随分と甘い」

「……私と王は血の繋がりもあるが子供の頃からの旧知の仲。王族とたかが騎士団長では釣り合いがとれぬ。家族を……血の繋がりを大切になさるお優しい王が便宜を図ってくれたのだろう」

「実より血のう……。それにしても度が過ぎる気がするがな……特に貴様らの前では甘さが過ぎる。……そういえば近々王の健診があるそうだ。その際に状態異常などもないか確かめるらしいぞ」

「それはいい。王にはこれからも健在してもらわねばならないからな。まあ、何もないとは思うがね」

「……そうか」

アイリスは何か思うところがあるのか沈黙し、ゲルガーを睨みつける。

だが、ゲルガーは何も非はないというように視線を逸らすなどはしない。

「……アイリス、その男から手を引くのならば今なら親戚でもある事を考慮して許してやらなくもないぞ」

「笑えない冗談だな。なぜわらわが貴様如きのためにわらわのものから手を引かねばならぬ。なぜわらわが貴様に許しを請わねばならぬ。それと……ここは学園だ。この問題を外に持ち出すことは許されん。もし今回の事をきっかけにウェンディに手を出すようであれば、この国の法が貴様を裁くことを忘れるな」

「……アイリス。お前は目上に対しての礼儀が足りないな。高貴な私に対して先ほどから貴様などと……」

「敬う相手を選んでいるだけだ。さあ、話は終わりだ。とっとと消えろ。……貴様がまだやるというのなら……」

アイリスが手を上げると、アヤメさんが瞬時に現れて武装に手を添え、いつでもやれると意志を示す。

その行動に相手の護衛も対処しようと剣に手を添えるが……残念ながら力量不足だ。

アヤメさんの冷たい瞳に睨みつけられ、気圧されているのが伝わってくる。

「……仕方ない。今日は帰ろう。だが……諦めはしない。ああ、ウェンディ……ウェンディ・ティアクラウン……。是が非でも手に入れて見せる。どんな手を使っても……」

狂気じみた瞳をウェンディに向けるゲルガー。

だが、ゲルガーの瞳にウェンディを映しはしないと俺とアイナ、そしてカラントさんとアイリスが立ちふさがる。

シロは俺に万が一が無いようにと俺の前に立ってくれており、いつでもナイフが抜けるように構えをときはしない。

「……行くぞ」

ふっと視線が止み、踵を返して去っていくゲルガー。

緊張がとかれたように、疲労感が襲ってくる。

思わず腰を下ろしたくなったが、後ろにはウェンディとラズとクランがいるのを思い出し、一先ず俺達だけで集まって話すことにした。

遠巻きに見ている生徒達は、カラントさんとアイリスによって散らされるのであった。