作品タイトル不明
9-3 砂の国ロウカク 鍛錬の成果
最早愛刀と呼べる程に鍛錬で使用した『マナイーター』と『陰陽刀-陰-』の点検を済ませ、靴の履き心地をしっかりと確かめる。
アップとして動的ストレッチをきっちりとこなし、更に柔軟をしているとアイナが手を貸してくれた。
「ついに披露だな。主君」
「だな。通じるかな……?」
「さて、どうだろうな。だが、主君は十分に特訓し、私には一撃を入れることができたのだから、自分を信じてやってみるしかないさ」
そう。特訓ではアイナに一撃を入れることが出来たのだ。
ただ、アイナはしっかりと攻撃を真正面から受け、基本に忠実な鉄壁の守りで相手の呼吸が止まるのを待ち、隙や息切れを起こしたタイミングで猛火の如きパワーで押すという防御と攻撃力を生かした戦い方。
加速する方向性(ベクトルアクセル) での速度を生かした一撃と、 不可視の牢獄(インビジブルジェイル) を使った上でアイナが正面から受けてくれたからこそ一撃を入れることができたのだ。
対してソルテとレンゲは速度と距離を生かして回避しつつ連撃で相手を崩すような、手数とスピードで押す、アイナとは違うタイプなのだ。
避けられた後のリカバリーがしっかりしていないと、恐らくカウンターで詰みとなるだろう。
「すぅー……ふぅ……」
「緊張しているのか?」
「まあな……頑張った結果を求めたいって思っちゃうな。皆が特訓してきた時間に比べたら、微々たる物なんだろうけどさ」
辛かったから、頑張ったからと結果はついてくるものではないが、それでも何かしらの形にはなっていて欲しい
……っていうか、アイナ達も冒険者業も忙しいのに特訓に付き合って貰っているから、がっかりされたくないんだな。
「ふふ。確かにそうだが……主君は着実に強くなっているよ」
「そうかー? アイナは俺に甘いからなあ……」
「むう。そんなことはないぞ? 主君が自惚れて足を掬われてしまわぬよう、特訓中はとても厳しくしたはずだ」
「ええー……。たまたま腰に剣が当たってぶっ飛ばされた時、すぐにすっ飛んで来て心配してくれたのに?」
「あれは……思ったよりも強く当たってしまったから、主君に大事がないか心配しただけだろう……」
「それにしたって回復ポーションも飲んだから大丈夫だって言ってるのに、今日はもう終わりだ! 温泉に入ってゆっくり休むんだ! って、温泉でも心配そうに撫でて眉尻下げて落ち込んでたろ?」
「う……主君の体に傷が残らぬか心配だったのだ……。それに、毎日頑張っていたのだからたまには休んでもいいと思って……」
ぴったりと俺の横に陣取って、打ち身で赤くなったところを心配そうに撫でていたアイナ。
わき腹って他人に触られるとびくんってなるんだけど、それを痛がっていると勘違いしたのか必死になって心配してくれたのは可愛くて嬉しかったけどさ。
「なにいちゃついてんのよ」
もう少しいちゃつきたかったんだけど、残念ながらソルテが後ろ手に槍をもってご登場。
「んー? 羨ましいのか?」
「は、はあ!? 私との模擬戦の前に余裕だなって思っただけよ!」
「余裕がないから、アイナといちゃついて落ち着けるようにしてたんだよ。なあアイナ」
「……なるほど。主君は私をからかっていたのだな」
あら、いじけちゃった。
それでもしっかりと柔軟の手伝いはしてくれるのがアイナらしい優しさだよな。
「今日はあんたたち二人がずっとこそこそしていた特訓の成果を見せてもらえるんでしょう?」
「ああ、その予定だよ」
「なるべく見ないように気を使ってあげてたんだから、その成果はちゃんと見せてね」
あ、そうなの?
そいつは気を使わせちまって悪かった。
なら、尚更。
「期待にはこたえたいな」
よし、腰は大丈夫かな。
足や股関節も念入りに広げておくか。
「ごっしゅじーん!」
アイナが背中から手を放したと思ったら、背中に衝撃がっ!
前屈がっ! 俺の限界を、超えるっ!
「柔軟っすか? 手伝うっすよー!」
「いや待て、背中は終わってるから! 押すな押すな!」
レンゲがぐいいいいっと押してくるので、必死になって止める。
レンゲは本当の限界のぎりぎりにまで押してくるので、脂汗が出てくるんだよ。
「そうなんすか? じゃあ開脚にするっすね」
そういって前に回り、ぐぐぐーっと足を広げていくレンゲ。
「ほどほどな? ほどほどでいいからな?」
「わーかってるっすよー! おりゃあ!」
おりゃあは柔軟の掛け声じゃないっ!
「テンション高くないか!?」
「そりゃあご主人の秘密特訓の成果を見れるんすから、テンションも上がるっすよー!」
もともと体は硬いから、ひざが浮いちゃうのだがソルテがそこはしっかりと抑え付けるのだが……。
痛い痛い痛い足がつるー!
「はぁ……はぁ……」
「ご主人息荒いっすよ? それに汗も凄いっすけど、これから模擬戦大丈夫っすか?」
「誰のせいだよ……」
気を取り直してなんとか柔軟も終わり、軽く素振りをしてから目の前のソルテと対峙する。
目を閉じ大きく息を吸い、ゆっくりと息を吐いて集中し構えを取った。
「それでは双方。準備はいいな」
「ああ」「ええ」
アイナの声に耳を傾けつつ、目を開いて開始の合図を待つ。
「模擬戦……開始っ!」
「ふっ!」
模擬戦開始の合図を聞いた瞬間に前に出る。
ソルテが相手の場合は、どれだけ自分の間合いで食らいついていけるかが重要だ。
槍の間合いは長いから、距離を取られると為す術がないからな。
だが、ソルテはその場から動かずにまずは受身の姿勢。
どうやら今回は特訓の成果を見るために真正面から受けてくれるらしい。
「はあっ!」
上段からの攻めを楽々槍で捌かれながらも、なんとか連撃を繰り返していく。
「前よりは随分と鋭くはなったわね。でも、リズムが単調よ」
タイミングを合わされて弾き飛ばされる。
だが、上体が浮き上がらないように食いしばり、なんとか次の攻撃を繰り出すことが出来た。
「そこまではまだ考えられねえよっ!」
「うん。でも、ちゃんと成長してるわね」
嬉しいねえ!
でも、まだまだ!
なんとか左右の剣で連撃を繰り出していくのだが、ソルテはまだまだ余裕の表情だ。
こっちは今にも息が上がって顔を上げたくなってるっていうのになあ。
「息の乱れが剣の乱れね。甘いわよ」
「しまっ……つぅ……」
脇腹に一撃をもらう寸前になんとか剣を差し込んで防御は間に合ったものの、力を込められず距離をとられてしまう。
「うーん。やっぱり二刀はやめた方がいいんじゃないの? 粗が目立つわよ」
「痛てて……俺にも考えがあるんだよ」
距離も空けられてしまったし悪いけど、早速使わせて貰うぜ。
陰陽刀の持ち方を変え、逆手にもつ。
そして、踏み込む瞬間に『加速する方向性』を発動させた。
ぐぐっと足を溜め、一気に踏み込むとあっという間に加速して、ソルテへと近づいていく。
「っ!」
「はあっ!」
一瞬驚いた様子のソルテだが、やはり実力者なだけあってあっという間に落ち着いて対処が出来るように体勢を整えた。
だが、こちらはそんなことに構って対処を変える余裕などない。
振り切った後に体が開くようマナイーターを構え、勢いに乗せて足を狙って横に振るう。
だが、ソルテは冷静にその場で飛び避けるのだが……それでいい。
背中を向け合う形になったが、避けられると予想してブレーキを踏み、持っていかれそうな体をどうにか抑え付け、逆手に持った陰陽刀で貫かんばかりに剣先で突く。
足首、ふくらはぎ、ふともも、腰や腕が悲鳴を上げるが、この一撃が勝負だ。
「惜しかっ……っ」
「かかったな」
宙に浮いた状態のソルテでは、避けるという選択肢はない。
ならば、防御で使うであろう槍の軌道上に不可視の牢獄を発動させて阻害し防御を遅らせてやればいい。
そして、逆手に持った陰陽刀はそのまま突き出すだけならば振るうよりも圧倒的に早い。
「……やるう。でもね」
「なっ……!」
落ちてくるソルテに合わせて陰陽刀で狙ったのだが、ソルテの体は落ちてこない上に、刃先が当たらずにソルテの体が離れていく。
そして、刃先が伸びきったと同時にソルテの体も止まり、地面へと降り立った。
やばい。早く戻さないとと思うよりも先にソルテが槍を逆さまに構えるほうが早かった。
「……うん。主様、強くなってるわね。それじゃあ、舌噛まないように歯を食いしばってね」
その声を聞き腹に衝撃が走る。
そして、石突で腹を突かれたと認識したと同時に、俺はぶっ飛ばされて庭を転げまわることになった。
「勝負あり!」
アイナの宣言を聞くまでもなく、動けねえ……。
なんとか体を上向きにし、両手を広げて武器を下ろす。
「ゲホッ……ゴホッ……はぁぁぁぁ……」
あー……くそう。
こーれは……へこむなあ……。
恐らく、不可視の牢獄を支点にして槍を倒し、そのまま元の着地点よりも下がっていったのだろう。
さらには逆手に構えたせいで長さが少し短くなっていたのだと思われる。
初見だというのに、対応力が高すぎる……。
これが、実戦経験の差ってやつなのかな。
「大丈夫主様?」
「ゴホッ……おーう……」
ソルテに手を伸ばされて体を起こす。
体にダメージはそこまでないが、心のダメージがなあ……。
正直、防御のほとんどを捨てれば一撃くらいなら……って思ったんだがな。
「不可視の牢獄を防御じゃなくて動きを封じるのに使ったのは上手かったわよ」
「途中まで使わずに意識させないようにしたんだけどなあ……。がっかりさせてすまん」
「がっかり? どうして?」
「いやあ、結局期待にこたえられなかったしな……」
秘密で特訓! と意気込んで成果を見せようとしたのに、結局は一撃も入れることは出来なかった訳だしさ。
「期待って……一応一撃は入れたんだから、十分でしょう? 主様。ちゃんと少しずつだけど強くなってるわよ」
「へ?」
「やー! ご主人頑張ったっすねえ!」
「ああ。剣先ではあるが、一撃は一撃だろう」
「ここよここ。不覚だけど、少し痺れてるもの」
ソルテが指を差したのは俺が狙っていた腹部。
まじで? 本当に? 当たったのか?
「うおおおおおお! まじか! やったああああ!」
「あ、言っておくけど本当にちょこっとだけだからね? 調子に乗っちゃ駄目よ?」
「お、おう……」
ああ……ここか。ここに当たったのか……。
ソルテの胸同様に薄いお腹を撫で回す。
あ、傷は残ってないよな? 陰陽刀だし、ちょっと動かせなくなるだけだもんな?
いやあ……でも、良かったぁ……。
今まではかすりもしなかったし、紙一重に惜しかったこともないのだ。
本気も本気……ではないにせよ、わざと当たるなんて考えられないし本当……良かった……。
「……ちょっと、お腹撫ですぎよ」
「いやあ、だってなんか愛おしくて」
「子供が出来た時の旦那さんみたいっすね」
確かに……女の子の腹部を愛おしく撫でるなんて子供が出来た時みたいだな。
……まあ、経験はないのだが。
ガシャン
「ん?」
「なななな、なにを……? こ、ここここ……子供が出来たんですか!?」
……持っていた食器を落とし、驚愕の表情を浮かべるのはウェンディさん。
おそらくは俺達のために飲み物を持ってきてくれたのだろうが、もう先に庭に飲まれてしまったようだ。
そしてたぶん、いや間違いなく勘違いされている。
「なにって……ご主人がソルテのお腹を慈しんでるっす!」
「レンゲばっ! お前はどうしてこう、余計なことを!」
「そんな…………っ。おめでとう……ございますっ!」
ひざから崩れ落ちるウェンディさん。
それでもきちんと祝福してくれるんだな。
あ、いや子供は出来てないけどさ。
「ありがとうウェンディ。子供が生まれたら、ウェンディに名前をつけてもらおうかしら」
「お前も乗るなソルテ!」
この後、ウェンディの誤解を解くのに苦労し、疲弊した俺はレンゲとの模擬戦でそりゃあもう見事なまでにボコボコにされた。
原因が『 加速する方向性(ベクトルアクセル) 』が初見じゃなかったからなのか、単なる俺の集中力不足なのかはわからなかった……。