作品タイトル不明
8-21 アインズヘイル記念祭 三日目その2
アヤメさんが買ってきてくれたお昼ご飯は、箱にぎっしりと詰まっているなかなかにボリュームのあるサンドイッチだった。
これなら満腹になりそうな上に、アヤメさんが会計を代わってくれたので2人ずつ昼休憩を取ることに。
とはいえ、この場を離れることはできないので裏で座りながらこそこそとなのだが……。
「はぁぁぁ……」
「まだ落ち込んでるのかよ」
「だって……」
「まあいいじゃないか。こうして二人で昼飯は食べられてるんだしさ」
「そうだけどぉ……」
まあ確かにお祭り……って感じはしないけどさ。
そんな眉根を寄せて眉尻を下げた悲しそうな顔で食べてちゃあ美味しいものも美味しくないだろうに。
「お、これ美味いぞ」
「……あーんして」
「そっちにもあるだろ……あーん」
「あーん。……ん。美味しい」
少し機嫌が戻ったかな?
わざわざ座り位置を変えて寄ってきたし、そのまま寄りかかってきているしな。
そのまま皆が働く背中を見つつ、まったりとサンドイッチを食していると、とたんにソルテが立ち上がった。
「主様主様! ちょっと立って!!」
「ど、どうしたんだいきなり」
サンドイッチを持っていないほうの手を引っ張られ、立つように促されるとソルテは一方を指差している。
「あれよあれ! ステージ! ステージ見て!」
ステージ?
確かにここからでも見えるが……お、なんか女の子がステージの上に立ってるぞ。
持ってるのは……槍か?
演舞でもするのだろうか? と、思った矢先の事だった。
『キュイ!』
どこかで聞いた覚えのある甲高い音がステージを中心に響き渡る。
そして、その音が届く範囲の者たちが皆ステージへと目を向けた。
「あれって……『ハルピュイアの鳴き笛』だったか?」
「そう! そうなのよ! 今回本場のハルピュイア楽団がやってきてるのよ!」
ハルピュイア楽団……たしかにステージにいる女の子達は、鳥人族のようだ。
腕や肩などから羽毛を生やしており、スカートの下からは長い尾羽が見えている。
そして、彼女達が槍を振るたびに綺麗な音を響かせ、演舞と共に奏でられるメロディは見事なものだった。
ソルテはうっとりとした瞳で彼女達を見つめている。
どうやらソルテが一緒に見たいと思っていたのは、このハルピュイア楽団の演奏だったらしい。
「凄いな……」
奏でる音もさることながら、彼女たちの演舞も見ものである。
……特に、スカートというのがいい。
彼女たちは戦闘においても一流なのだろう。
先ほどからちらちらと太もものギリギリまでは見えるのだが……どうしても中の布が見えないのだ。
あんなにも激しく動いているというのに、まったく見えないとは……もしかしたらこれは履いていない疑惑も持ち上がってきたが、流石にそれは妄想が過ぎるな。
やがて、演奏を終えた彼女たちはステージから降りてしまい、辺りは拍手喝采で包まれた。
俺の露店に並んでいた人たちも拍手をしており、一時的に店の機能が止まっていたのにも拘らず、不満のひとつも出ていなかった。
「はぁぁぁ……やっぱり素敵ねえ……。音の重なり、演舞との協奏……どれをとっても一流だわ……」
「確かに……。見事な演奏だったな」
「でしょう! あれを主様と見たかったのよ! 本物のハルピュイアの演者はやっぱり凄いのよ!」
ソルテはどうにも興奮状態だ。
腕をぶんぶんと振ってキャーと喜んでおり、念願叶ったかのようなテンションである。
ソルテの言うとおり確かに凄かった。
だが、
「でも、一人一人で見るならやっぱりソルテの方が綺麗だったな」
ぼっと先ほどのミゼラばりに顔を真っ赤にさせるソルテ。
思わず頭から湯気が出ていないか確認してしまうほどの変化である。
「ばっ……! にゃ、にゃに言ってるのよ! そんなこと……あっちはプロなのよ!?」
「それでも、ソルテの方が綺麗だった」
「ふっ、やぁ……。……あり、がとうございます」
思わず敬語になってしまい、頭まで下げるほどの困惑ぶりらしい。
その姿に笑いつつも下げた頭に手をやって頭を撫でるといやぁとしながらも手をどかさせたりはしないのだった。
「……ねえ。あれはずるくないのかしら」
「お、ミゼラもわかるっすか? ソルテたんはいつもずるいんすよ」
「そうだな……。私が二人きりを代わればよかったな。あの落ち込みぶりに騙された……」
「今夜は……ソルテさんの番は無しにしましょう」
「ん。犬だけクエストに行けばいい」
さりげなく前方から聞こえるのはつぶやいた様な小さな声。
接客中につき、大きな声は出せないのだろう。
運が悪いことにシロもちょうど列を案内していたところだったらしく、結構なひどい展開になっている。
「ん……主様。もっと、撫でて」
そうとは知らずに甘えた声を出すソルテ。
そのたびに前方からの見えないプレッシャーが強まっているのだが、恋する乙女は気づかない!
「……難儀じゃなあ」
「なあに、あの女子達に惚れられておるのだ。このくらい報わねばなるまいて」
「それもそうか。じゃが、よその男はそんなことは知らぬからのう……いずれ刺されぬか心配じゃな」
あの、あんたらがいるから俺らは椅子にも座れず木箱を椅子にして飯食ってるんですよ。
どけとは言わないからちょっと黙っててもらえますかね!?
「主様?」
「いやーほら。そろそろ昼ご飯の順番を代わらないとだろう?」
「そうだけど……もう少しだけ。ね?」
っぅ……この顔に弱いんだよなあ……。
よし。
後の事は後で考えよう。
今はかわいい顔でおねだりをし、頭をこすりつけてくるソルテをたっぷりと可愛がろうじゃないか!
うぷ……もう……入らねえ……。
あの後俺は何故か全員と二人で昼飯を取ることになった。
時間効率が……とも思ったのだが、満場一致でこれでいいらしい。
そして……あーんをしてもらったんだ。
皆からさ。うん。皆から……。
このサンドイッチ、一個一個がなかなかボリュームがあるのだ……。
ミゼラも恥ずかしがりながらするもんだから、ちょっときついかも……と思いながらも食べたんだよ。
で、ウェンディの頃には流石にきつかったんだけど……見ただけでそれがわかったのかウェンディはしなかったんだよ。
でも……さ。なんかしたそうな、残念そうな気配はあったんだ。
だから……俺からおねだりしました……。
「……男じゃな」
「うむ。漢だ」
「……ただの馬鹿だと思います」
アヤメさん……男には引けない一戦があるんです。
女の子の期待に答えなきゃいけない場面があるんです……。
でも、もう無理だ……。
「主君大丈夫か? お水飲めるか?」
「うう……ちょっとだけほしい……」
胃にたまった固形物を押し流してほしい。
というか、横になりたい……。
胃液が逆流してしまう恐れがあるけれど、楽になりたい……。
「横になるのか? それならば逆流しないよう、頭を上げてと……」
と、そっと俺の頭を自身のひざ上へと下ろすアイナの優しさが染みるよ……。
「すまんなアイナ……。アイナのあーんは流石に受けられそうも無い……」
「なに。こうして役得は得られたのだからかまわないさ」
アイナはそっと俺の頭に手を置いて優しく撫でてくれる。
「アイナもご飯食べててもいいんだぞ」
「私は一ついただいたから大丈夫だ。それより、主君は今回もがんばったのだから、少し寝ていてもいいのだぞ?」
「いやあ……流石に皆が働いてるのにここで寝るわけには……」
「なに許してくれるさ。私だって主君とお祭りデートが出来なかったんだ。それに主君も無理をしていたのだから、少し位長くなっても文句は言われないだろう」
アイナが最後の部分を少し大きな声で言うが、前方の皆から不満は出なかったようだ。
むしろギクリというかチクリというか……先ほどよりもきびきびと働いているみたいだ。
「ほら。少しなら眠れるぞ……。ただし、牛になっても知らないからな?」
「牛になっても優しくしてくれー」
「ああ。牛になっても私は主君を愛するよ」
まさかそう返されるとは思わなかったのできょとんとしながら、顔が少し熱くなってしまった。
「お。今日は主君に勝てたかな?」
「ああ。俺の負けだな……俺も、アイナが牛になっても愛するよ」
「……それは、私の胸が牛のような大きなおっぱいだから言っているのか?」
「ああ。乳搾りなら任せとけ」
「しかも乳牛なのか……」
くっくっと二人で笑い、俺はそっと目を閉じる。
すると、優しくアイナが頭を撫でてくれる。
「お疲れ様。主君」
ああ、アイナもお疲れ様……と返事をしようとしたがあまりの心地よさと、昨日夜更かしをしていたおかげであっという間に眠りについてしまうのだった。
※
ん、んんー! 時間にしたら2、30分だろうか。
それでも、体力と気力を回復した俺はその後の仕事をばりばりこなそうとやる気を満ち溢れさせる。
とはいえ、まだまだお客さんの数は膨大なまま……。
「しかしなんというか……圧巻じゃのう……。手が空いたらわたあめを貰おうと思ったのじゃが……これは無理か」
「そうであるな。やはり有能か……」
「やらんぞ」
「くれとは言っておらん。自発的に来たいと言わせてみせよう」
「ふん。そう言えばこやつはわらわの婿候補でもある。すまんな。言い忘れておった」
「意地の張り合いで婿を決めるのか? はっ、法螺が過ぎるぞ」
「法螺ではないぞ? それに婿なぞ誰であろうと構わぬ。それがお気に入りであるにこしたことはない」
「……まあ、お互い政治面からは大きく外れている存在であるしな。それならば、我が婿に取っても良いということであろう。候補に入れておくとしよう」
なんか後ろで勝手なことを言っているのだが、無視だ無視。
今は構ってなんていられるか。
「2つ出来たぞー!」
「はい。お2つお待ちのお客様。お待たせいたしました」
幸いなことにお客さんからは『遅い』や『長い』のクレームは貰っていないのだが、時間の問題かな……。
お子さんは列に並ぶのに飽き始めているのがちらほらと見えているし……。
それに、正直この調子じゃあ材料が足りなくなりそうだ……。
せっかく並んでもらっているのに、ごめんなさいをしなくてはいけないのは……心苦しいな。
「やっほうお兄ちゃん。大盛況だねえ」
「オリゴール? 悪いが構っている暇は無いぞ」
「酷いなあ……。今はお兄ちゃんを助けに来てあげたんだぜ? ここは咽び泣きながら僕を抱きしめて暗がりへと連れ込むべきだろう」
何で暗がりに連れ込まなきゃならんのだ。
あとその下品な顔はやめろい! 昨日の格好いいイメージが薄れるだろうが。
「……早く仕事を済ませて欲しいですわ……。私、もう……眠いんですのよ……」
え……っと、メイラ……か?
目の下のクマが酷いし、頬が少しこけている気がするんだが……。
「お祭りなんて……お祭りなんて大嫌いですわ……。まったく楽しめませんでしたわ……お仕事、お仕事、お仕事……」
「だ、大丈夫か?」
「あ……ええ。大丈夫ですわ……。ですけど、お願いですから温泉に連れて行っていただけません?」
「あ、ああ。わかった。必ず、約束する……」
俺がそう返事をすると、薄らと笑みを浮かべるメイラ……。
一体何があったんだ……。
「あはははは……よ、ようし。お仕事をこなそうかな!」
咳払いをしたあとに、開会式の日に使ったマイクを取り出して並んでいる列の人たちへ向き直るオリゴール。
『あーあー。ええーわたあめの列に並んでいる諸君。このたび、この露店で販売しているわたあめはアインズヘイルの名産品に加わる事が決まりました! 材料の仕入れルートもメイラちゃんが交渉してくれましたので、これからはアインズヘイルで日常的に売られることになるでしょう! なので、今日でなくても食べられます!』
材料の仕入れルートって……だからメイラがこんなにやつれているのか!
グッて、グッてサムズアップしているのに、まったく力が入っていない!
うおおおい、まじで大丈夫か!?
「メイラちゃんがね。卸したザラメの量から推測すると、このままじゃあ在庫がなくなるって言って、奔走してくれたのさ」
「がんばり……ましたわ……」
メイラアアアアアアアアア!
あ、後で温泉でじっくり体を癒してくれ!
なんだったら俺のSPECIALマッサージもするよ!
オリゴールの声を聞いてか、結構な数が列から離れていく。
他国他領の人や、今日食べておいて流行にいち早く乗りたい人などがまだ残ってはいるが、これならばなんとか今日中に捌く事が出来そうだ。