軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話・九条光~勇者と義賊の友情~後編

旅の途中には野宿をすることもあったが、もちろんそれだけではなく宿で休むこともあった。四人全員が泊まれる大きな部屋がある宿屋などは滅多になく、基本的にふたりで一部屋の形で別れて宿泊した。

その際には基本的に、光とハプティ、ラグナとフォルスという部屋割が多かった。

当時はまだ魔法具は無く、ランタンの淡い灯だけの薄暗さを感じる室内で、光は日記を書き終えて視線を動かす。

少し離れた場所では同室のハプティが床にナイフなどを並べ、真剣な表情でひとつひとつ手に取りながら確認をしていた。

ハプティは寝る前にこうして必ず己の道具の手入れを行う。その日使用したかどうかに関わらず、一通りすべての道具の確認を……。

その様子を少し眺めていると手入れが終わったのか、ハプティは並べていた道具をしまい……続けて今度はチーズらしきものを取り出した。

これも基本的に毎日のことではあるが、ハプティは寝る前に少しだけなにかを食べる。干し肉だったり果物だったり、特になにをというのは決まっていないが一口で食べられるものを食べてから眠るので、彼女がなにかしらの食べ物を取り出すのは、そろそろ寝るという合図でもある。

ハプティは取り出したチーズを小さめにカットし、光に一切れ差し出す。これも恒例の流れなので、光も普通にチーズを受けとり、ハプティと同時にそれを口にいれる。

そして食べ終えたら明かりを消して眠るというのがいつもの流れだが……その日は少しだけ違った。チーズを食べ終えた光は明かりを消すことはなく、どこか思いつめたような表情を浮かべており、それを見てハプティは首を傾げた。

「……ヒカリ?」

「ハプティ……もし、もしですよ……例えば、えっと……私が逃げたいとか、そんなことを言ったら……貴女はどうしますか?」

なぜそんなことを言ったのかは光自身にも説明は難しい。ここまでそれなりに長く旅をしてきて、疲労が溜まっていたのかもしれない。

気心知れたハプティとふたりだけという状況に、少しだけ張りつめていた心が緩み、弱音が湧いて出てきたのかもしれない。

あるいは……元居た世界の暦をこの世界の暦に当てはめれば、明日が丁度誕生日だからか、少しだけホームシックになっているのかもしれない。

そんなゴチャゴチャとした感情と共に告げた言葉に対して、ハプティは特に考える様子もなくあっけらかんと告げる。

「うん? じゃあ、その時は一緒に逃げよっか! それで二人で義賊やろうよ、ヒカリは素人だからボクがいろいろ教えてあげるよ!」

「……ぷっ、ふふ……あはは」

「なんで笑うかなぁ……」

当たり前のように告げられた言葉に、思わず光は笑い出してしまった。その答えが、あまりにもハプティらしいものだったから……。

結局、彼女はずっと一貫しているのだ。以前戦う理由の話になった時もそうだったが、彼女は光が魔王討伐の旅をしているから同行しており、光が逃げるならそれ以上付き合う理由も無いので一緒に逃げると……。

たとえ光がどんな選択をしたとしても、彼女はハプティは……『一緒に居てくれる』のだと、そう感じられる返答が……異世界に召喚されて戦う光にとって、自分はひとりぼっちではないと思える言葉が……本当にどうしようもなく心強く、嬉しかった。

「だって、貴女は義賊ではなく盗賊じゃないですか」

「え~ボク的には、弱気を助け強きを挫く義賊な感じだと思うんだけどなぁ」

「あははは!」

「そんなに笑うほど!?」

だから、光は笑った……期待した通りの返答に湧いて出た『嬉し涙を誤魔化すように』。

そのあとで若干不満げなハプティに平謝りをしたあとで、改めて明かりを消して眠ろうとした時、不意にハプティがなにかを思い出したかのように告げた。

「……あ、そうだ。ちょっと早いけど、先に渡しとくよ」

「うん? なんですかこれ?」

「露店で売ってた、なんか変なデザインの首飾り」

「……なぜそんなものを私に?」

ハプティが渡してきたのは、彼女の言葉通りなんとも変というか……カッコいいとも可愛いともいえない微妙なデザインの首飾りであり、それを受け取った光は不思議そうに首を傾げた。

「明日、ヒカリの誕生日でしょ? だから、プレゼントってやつだね!」

「……覚えて、いたんですか……」

「そりゃ、友達の誕生日ぐらい覚えてるよ」

たしかにハプティは光の誕生日を知っている。というか、光の世界の暦をこちらの世界の暦に当てはめるというのは、ふたりで旅を始めたばかりの時にやったことなので、その際にハプティは光の誕生日を聞いていた。

「……あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」

お礼を告げる光に対して、ハプティはどこか楽しげに笑う。そしてその後に少しだけ雑談をして、明日に備えて眠ることになり、明かりを消した。

布団に入って目を閉じるころには、光がなんとなく感じていた物寂しい感覚は消えており、ただただ優しく温かい気持ちがあふれていた。

光にとってハプティはこの世界で初めてできた友人であり、弱音を吐けるほどに信頼していたとても大切な親友だった。

だからこそ、彼女が……友好条約が結ばれたあとで忽然と姿を消した時には、光はとても大きなショックを受けた。周囲の手前それを表に出ずことは無く、なんなら「ハプティらしい」とさえ口にして見せたが……その心の中は平静ではなかった。

かけがえのない親友だと思っていた。確かな友情を感じていた……これからも当たり前のように一緒に居てくれると、そう思っていた。

だが、ハプティは自分になにひとつ告げることなく姿を消した。どうしてと叫びたい気持ちでいっぱいだった。

そんな鬱屈とした気持ちを心の中に抱えつつも表面上は笑顔を浮かべながら、光がクロムエイナの元で世話になることを決めてその居城に移り住んだ翌日……いきなり手紙と小包が光の下に届いた。

差出人の欄にハプティと書かれているのを確認して、光は様々な感情がごちゃ混ぜになりながらも大慌てで手紙を開いた。

手紙にはハプティが幻王配下に属する存在であり、幻王の命令で光を見定めるために接触したこと。

あくまで幻王の命令は見定めることで、光の旅に同行することを決めたのはハプティ自身の意思であること。

光との旅は騒がしくもとても楽しく、ついつい本来は魔王討伐後に去るつもりだったのが友好条約締結まで付き合ってしまったことなどが事細かに記されていた。

その内容は衝撃的なものではあったが、驚きつつも光の心にあったのは……安堵の感情だった。その手紙にはハプティという人物が抱えていた事情が全て記されており、「ラグナとフォルスには内緒にしておいて欲しい」という一文が入っていたので、光だけに打ち明けたものだというのが理解できた。

そしてなにより、たしかに初めの接触は幻王の命でのことではあったが、その後の旅に同行したのは彼女の意思であるという言葉に救われた思いだった。

そしてそれをすべて打ち明けてくれたことが……本当に嬉しかった。

少なくとも己がハプティに対して感じていた友情は、一方通行な思いでは無かったのだと思えたから……。

安堵によって目を潤ませながら、いつかまた親友と再会できる日が来るのだろうと、そう思いつつ読み進めていた光だったが……真面目な内容だったのはそこまでだった。

『ところでいま、失われた海底都市にお宝探しに来てるんだけどさ、その途中でなんか気持ち悪い色のサンゴ見つけたから、ヒカリの誕生日も近いしプレゼントってことで同封するね。話は戻るけど、聞いた限りだとこの海底都市のお宝は……』

といった感じにそこから先は、ハプティの近況……というよりお宝探しの話が長々と綴られていた。そして一緒に届いていた小包と開けてみると、たしかに中にはなんとも言えない微妙な色合いのサンゴが入っていた。

「……なんというか、本当に……ハプティらしいですね」

少し呆れたような表情で呟いたあと、光はそのサンゴを棚の上に飾って微笑みを浮かべた。ハプティの手紙の最後は、また光の誕生日には手紙を送ると締めくくられていたので、今後も彼女からの連絡は届くだろう。

その際にもまた、今回のような奇妙な誕生日プレゼントを同封してくるのだろうと……それを考えると、自然と笑顔が浮かんできた。

実際その後もハプティは光の誕生日が近づくと手紙と小包を送ってきた。手紙には基本的にハプティの一年間の行動……古代たこ焼き文明がどうだとか、かつて滅んだたい焼き王国がなんだとか、ぶっ飛んだ話が多かった。

そして彼女が旅先で見つけたという奇妙な品が毎回プレゼントとして届いた。

ハプティ自身があちこちを転々としているためか長らく手紙は一方通行で返信できなかったのだが、しばらく後にハプティが偶然手に入れた魔力を込めると所持者として登録した者の元へ転移して戻るという効果を持った魔法具の箱を利用することで、光の側からもその箱に手紙を入れることで返事を書けるようになった。

それから年に一度程度ハプティと光は文通をしており、ハプティの願いもあってラグナとフォルスにはそれは伏せていたが、光だけはハプティの生存を知っていた。

ある程度話が終わり、冒険者ギルドに行くからと快人たちを連れて去っていったハプティを見送ったあとで光は……ノインは笑みを浮かべた。

「……なんていうか、濃い子だったねぇ」

「ええ、本当に……ちっとも変わってませんね」

フィーアの言葉に苦笑しながら頷く。手紙は交わしていたとはいえ、直接顔を合わせる再会は千年ぶりだ。にもかかわらずハプティは、まるで昨日振りのような軽い様子であり、それがなんとも彼女らしかった。

ただ今回会えたのは本当に大きな収穫だった。千年前の当時にはまだ魔法具が普及しきっておらず、できなかったが……今回互いの魔力をハミングバードの魔法具に登録したので、今後はハミングバードを用いてやり取りができる。

あと魔族であるハプティは、千年はそれほど長い期間と思っていない様子だったので、ノインはハプティにもう少しちょくちょく顔を見せに来てほしいと願い、ハプティはソレを了承した。

ハプティは少なくともノインとの約束を違えたことは無いので、そういったからには今後暇を見つけて会いに来てくれる。

「……本当に……なんにも変わってなかったですよ。猫みたいに気まぐれで自由奔放で、お金に汚いトラブルメーカーな……大切な親友です」

「そっか……」

そう、本当になにも変わっていない。こうして千年ぶりに再会できたいまも、ノインはたしかに……ハプティとの間に変わらない友情を感じることができた。

ハプティが腰に付けていた独特な形状のポーチ……かなり使い込んでおり、幾度となく修復したであろう痕跡があるにもかかわらず、大切に使っているのかかなり綺麗だったそれは……100年ほど前に誕生日プレゼントのお返しにと、ノインが手紙と一緒に贈ったものだった。

ハプティの扱う武器に合わせた形状で特注したポーチ……ハプティはそれを100年経ったいまも大切に使ってくれており、なんだかんだで友情に厚いハプティらしさを感じた。

また今度、新しいポーチを贈るのもいいかもしれないと、そんな風に考えながら、ノインは……この世界で初めての、そして一番の親友の去って行った方向を優しげな表情で見つめていた。