作品タイトル不明
閑話・大地の華②
カミリアさんとしばらく楽しく話していると、仕事に区切りをつけたリリウッドさんがやってきた。
『お待たせして、申し訳ありません』
「あ、いえ、お疲れ様です。こちらこそ急にすみません」
リリウッドさんが来たのを確認すると、カミリアさんは席をリリウッドさんに譲って立ち上がったあとで、俺とリリウッドさんに頭を下げる。
「それでは、私はこれで」
『ええ、ありがとうございました』
「カミリアさん、ありがとうございました。お茶もご馳走様です」
なんとなくではあるが、リリウッドさんはカミリアさんのことをかなり信頼しているように感じる。いや、実際カミリアさんはかなり優秀な方だと思う。
先ほどの話を聞いていた限り、誤解ではあるもののあのメイド万能論の提唱者であるアインさんが『優秀なメイド』と称するということは、趣味と言っていた家事は相当のレベルなのだと思う。
俺はリリウッドさんの配下の序列的なものはよく知らないが、居城の清掃を……まぁ、趣味とは言っていたが担当しているあたり、周囲の信頼も厚そうである。
そんなことを考えながらカミリアさんを見送ったあとで、俺はリリウッドさんに今回訪れた本題を話し始めた。
部屋からでたカミリアは、快人が訪れたことで中断していた掃除を再開しようと居城の玄関へと戻る。そして掃除用具を手に持ち掃除を再開しようとしたタイミングで、聞こえてきた足音に振り向いた。
視線の先に見えたのはこちらに向かって歩いてくる精霊と思わしき女性……身に纏う魔力は中々のもので、伯爵級に届くレベルではあったが……見覚えのない顔だった。
「……ここが、界王の居城か……」
「こんにちは、リリウッド様に御用でしょうか?」
玄関の少し前で足を止めて呟いた女性にカミリアが微笑みながら問いかける。界王配下に所属していない推定伯爵級レベルの高位魔族の来訪。この場合に考えられる用件はそれほど多くは無い。
ひとつは他の六王などの陣営に属しており、その使いであるパターン。ふたつ目に、界王陣営に入りたいとリリウッドを訪ねてきたパターン。
そして、もうひとつ……。
「私の名は――。界王リリウッド・ユグドラシルに挑戦しに来た!」
「……」
その言葉を聞いてカミリアはどこか納得した様子で一度頷いた。そして同時にこの精霊は伯爵級に上がりたてぐらいなのだろうと推測した。
六王であるリリウッドへの挑戦。それなりに珍しいとはいえるが、いままでにも何度かあった。そしてその大半が伯爵級へ上がりたての者だった。
伯爵級高位魔族というのは広大な魔界においても100年にひとりだとか、そんなレベルの天才だけが踏み入ることのできる領域だ。そして当然ではあるが、それだけの才能を持っていたとしても伯爵級に到達するまでには長い時間といくつもの壁が立ちふさがる。大抵の者は伯爵級に辿り着くまでに、何度も挫折や失敗を経験して成長する。
だが、たまに居るのだ。大きな挫折や失敗もなく、年月の経過と共に順調に能力を伸ばして伯爵級に到達する者が……。
それ自体は悪いことではない。だが得てしてそういった者は驕ってしまう。『己ならばもっと先へ、いずれは七番目の王へ手が届くかもしれない』と、そんな風に……これもまた仕方のないこととは言える。伯爵級に上がりたて程度の力量では、王の力がどれほどかを読み取るのは難しい。あまりにもレベルが違い過ぎるから……。
目の前の精霊からは大きな自信を感じる。とはいえ『挑戦』という言葉を使う以上、彼女も六王であるリリウッドの方が己より格上であるとは分かっているのだろう。ただ『敵わないまでも善戦はできる』と、それぐらいの自信は持っているであろうことがうかがえた。
しかし、生憎と……そんな身の程を知らないものが簡単に挑めるほど、六王という存在は安いものでは無い。
「差し出がましい物言いですが……見たところ貴女の実力は、リリウッド様と戦いが成立するレベルにはありません」
「……なんだと」
「それを抜きにしたとしても……リリウッド様は多忙なお方です。お約束のない方を取り次ぐわけにはいきません」
現在リリウッドが会っている快人のように、約束が無かったとしても取り次ぐ存在がいることはいるが、それは極一部の例外だ。
カミリアの言葉を聞いた女性は、鋭い目をカミリアに向けながら腕を組んで口を開く。
「……なるほど、つまりはこう言いたいわけだ。界王へ挑みたくば『己を倒してみろ』と……」
「え? いや、そんなこと言ってないんですが……えっと、でも、そうですね。私に勝てないレベルであれば、リリウッド様と戦いが成立することは無いでしょうね」
「いいだろう、その挑発に乗ってやる!」
「……はぁ、えと、はい。では、私が勝ったならリリウッド様への挑戦は諦めてお引き取りください」
なんでこんな話になったのだろうと首を傾げつつも、それで納得して帰ってくれるならと居城の裏手にある訓練場に精霊の女性を案内した。
比較的人の少ないであろう訓練場を選んで辿り着くと、訓練場に他の人の姿は無くすぐにでも利用できるようだった。
訓練場の中央に辿り着いて向かい合うと、カミリアは軽く頭を下げる。
「改めまして、私はカミリアと申します」
「ああ、短い間だがよろしくとでも言っておこうか……」
「は、はぁ……それでは、いつでもどうぞ」
精霊の女性は完全にカミリアを格下と見ている様子で、どこか偉そうな表情で告げた。カミリアの佇まいから強者特有のオーラを感じないせいか、どうやら名前も聞き流したらしく幹部であることにも気付いていないみたいだった。
そしてカミリアがそちらのタイミングで開始してかまわないと告げると、女性は不敵な笑みを浮かべその背後に巨大な樹を出現させた。
「……『槍枝樹』ですか」
「その通り! 私は槍枝樹の精霊……せいぜい必死に避けることだ!」
槍枝樹とはその名の通り、枝が槍のように鋭く長く育つ樹で、その枝はかなり硬く武器の材料にもなる。
女性が片手を掲げると出現した樹の枝が大量に打ち出されてカミリアに向かう。それはまさに槍の雨とでも呼ぶべき光景だった。
ただ、女性は驕ってはいるが別に弱者をいたぶる趣味があるわけでもなく、この戦いに関してもカミリアにケガを負わせるつもりは無かった。
カミリアを避ける形で枝を放って驚かせつつ、己の実力を理解させた上でリリウッドに取り次がせようとそんなことを考えていた。そう、彼女の頭の中にはすでにリリウッドと戦う己の姿が思う浮かんでいた……むろん、ただの妄想ではあるが……。
「……えっと、終わりでしょうか?」
「………‥は?」
聞こえてきたカミリアの声に、女性は思わず間の抜けた声を出してしまった。カミリアが無傷なのは問題ない、彼女も初めから当てるつもりは無かった。問題は佇むカミリアの横に、槍枝樹の枝が綺麗に並べられて置かれていたことだった。
見えなかったわけではない。彼女とて伯爵級の実力者であり、己の攻撃の行く末はちゃんと目で追えていた。追えていたからこそ……信じられなかった。
だから彼女はもう一度攻撃を放った。今度は加減などせず全力で……打ち出される枝はまるで槍の豪雨とでもいえるような凄まじさだった。しかし、その攻撃を受けているカミリアではなく、行っている女性の表情の方が驚愕に変わる。
降り注ぐ鋭い枝をカミリアは軽々と掴みとり、それを自分の横に置いて次を掴むという動作をとてつもない速度で繰り返しており、結果として訓練場の地面に穴のひとつすら開くことは無く、カミリアの隣に枝だけが積みあがっていく。
しばらく続けてもその光景が変わることは無く、女性は攻撃の手を止めた。これ以上どれだけ攻撃を続けたとしても、カミリアにダメージを与えることはできないと悟ったから……。
「……終わりでしょうか? では、次はこちらから」
驚愕の表情を浮かべていた女性だったがカミリアの言葉を聞いて、すぐに防御の体勢になる。精霊族というのは基本的に攻撃能力より防御能力に優れているという特性がある。女性もその例に漏れず得意なのは攻撃よりも防御からのカウンターだった。
自信はあった。どのような攻撃でも防ぎ切ってみせると……だが、直後に彼女は総毛立つような感覚を覚えた。なにか致命的な見落としをしているような、そんな焦燥感にもにた感覚と共に彼女の脳裏には先ほどの会話が思い浮かんだ。
――カミリアと申します
(……カミリア……カミ……リア……あっ……あぁぁぁ)
彼女は思い至った。驕りによって曇っていた思考の靄が晴れ、いままでただの界王配下の雑兵だと思っていた目の前の存在が何者なのかを悟った。
そして、次に感じたのは血の気が引くような感覚……彼女もそれなりに長い年月を生きてきている。だからこそ、カミリアについての話も耳にしたことがあった。
界王配下幹部七姫のひとり草華姫カミリア……界王配下最強との呼び声もある存在。防御能力に優れる精霊が大半の七姫にありながら、彼女の代名詞はその『攻撃能力』だ。
カミリアの攻撃手段は『右のストレートパンチのみ』でありながら、それがなにもかもを粉砕する。対策術式が無ければ魔界の地を粉々にするであろう、対策術式を施してなお大地を揺らす凄まじい踏み込みから放たれる拳の破壊力は筆舌に尽くしがたい。
「……10%」
誰かが言った。彼女の一撃はまるで大地の怒りのようだと……故に、彼女は草華姫以外にこう呼ばれている。
『大地の剛拳』と……。
小さな呟きの後にカミリアは一歩踏み込み、精霊の女性はまるで他人事のようにこう思った。
(……あっ……私――死んだ)
次に見えたのは凄まじい踏み込みと、彼女の張った渾身の防壁をまるで歯牙にもかけずに打ち砕く拳……その拳は女性の顔面を捉え――ることなく、直前で停止した。
無論、女性がなにかをしたわけではない。カミリアが途中で攻撃の手を止めたのだ。
「……あっ……ぁぁ……」
精霊の女性は腰を抜かしたように力なく地面に座り込む。体中から汗が噴き出し、その表情は恐怖に染まっている。それも当然だろう、彼女とて伯爵級の認定を受けるほどの実力者だ。
故に分かっていた。カミリアが止めなければ、その拳によって彼女は跡形も無く消し去られていただろう。また、同時にカミリアと己の間に絶望的なほどに力の差があるということも理解できた。
そんな女性を安心させるように微笑みを浮かべながら、カミリアは告げる。
「……えっと、リリウッド様は私など比べ物にならないほどの力を持つお方です。なので、私に勝てないようではリリウッド様への挑戦を認めるわけにはいきません。申し訳ありませんが、今回は諦めてくれますか?」
「……は、はぃ」
「分かっていただけたのなら、よかったです。それでは……うん?」
話を締めくくろうとしていたカミリアだったが、直後に拍手の音が聞こえ精霊の女性と共に振り返る。すると訓練所の入り口で手を叩いている者の姿が見えた。
160㎝後半程の高めの身長にスラッと引き締まった体形、異世界で着物と呼ばれる服に2m近い大きさの大太刀を背負い、青みがかった黒髪をポニーテールにして桜の枝を簪のように差している女性。
「お見事でした、カミリア様!」
「……『ブロッサムさん』? どうしてここに?」
現れたのはカミリアと同じ七姫のひとりであり、リリウッドが勇者ヒカリから話を聞いて作り出した桜の木の精霊……『桜花姫ブロッサム』だった。
「鍛錬をしようかと思って来たのですが、偶々お見掛けしまして一部始終を見させていただきました。さすが、カミリア様です!」
「え、えっと、なにがさすが……なのでしょうか?」
「驕り高ぶった相手を厳しく諭し、導く姿……懐かしく思います。かつて増長していた拙者を厳しく打ち負かし、高みを教えていただいた時のことを思い出しました! やはりカミリア様は指導者の器ですね!!」
「……い、いや、あの時はリーリエ様に言われてやっただけなんですが……」
ブロッサムは七姫としては最年少であり、同時に六王幹部としても特殊なイリスを除けば最年少といえる存在だった。ほんの七百年足らずで伯爵級最上位にまで上り詰めた超天才といえる存在だった。
そんな彼女は七姫のリーダーである魔華姫リーリエに戦いのイロハを教わったのだが、一時その才能故か増長していた時期があった。
その際にカミリアに叩きのめされて以来、彼女は非常にカミリアのことを尊敬していた。まぁ、その一軒に関してはブロッサムの増長を感じたリーリエが、その絶大な攻撃力で強さが分かりやすいカミリアに現実を教えるように指示を出して、カミリアはそれに従っただけではあるが……。
カミリアがなんとも言えない表情で苦笑を浮かべていると、ブロッサムは座り込んでいる精霊の女性の方を向き話しかけた。
「それにしても、貴殿は運がいい。偶然とはいえカミリア様に巡り合い『その指導を賜る栄誉』をいただけたのだからな!」
「「……え?」」
ブロッサムが告げた言葉に女性とカミリアが揃って首をかしげるが、ブロッサムは気にした様子もなく腕を組みながら言葉を続けていく。
「先ほどカミリア様が言った言葉『私に勝てないようではリリウッド様への挑戦は認めない』、それは裏を返せば『私に勝てばリリウッド様への挑戦を認める』ということに他ならない」
「……え~と、ま、まぁ、そうですね。私に勝てるようでしたら……」
「さらにカミリア様はこう仰られた! 『今回は』と、それはすなわちリリウッド様への挑戦は認めないが、『カミリア様へは何度でも挑戦を許す』という意味に他ならない!!」
「はえぇ? ちょっ、ブ、ブロッサムさん? なにを……」
「それだけではない! カミリア様は慈悲深いお方だ、貴殿が望むならカミリア様が『直々に鍛えてくださる』!!」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
力強く告げるブロッサムの言葉を聞き一番驚愕しているのは、言うまでもなくカミリアであった。そんなカミリアを尻目に、ブロッサムの言葉を聞いた精霊の女性は驚愕と感動が入り混じったような表情を浮かべていた。
「……そんな、わ、私は、あんな無礼な態度を取ったというのに……」
「カミリア様は果てなき大草原の如く雄大で広い心を持つお方、その慈悲に感謝して精進するのだな」
「……あ、あの、その、なんでそんな話に……」
感極まったように体を震わせる女性を見て、カミリアは戸惑いつつ尋ねようとしたが……それよりも早く目に涙を浮かべた精霊の女性がカミリアに頭を下げた。
「ありがとうございます! そして、数々の無礼、申し訳ありませんでした!」
「あぇ!? え、えと、それに関しては気にしなくていいんですが、あの……」
「いただいた慈悲に恥じぬよう、まずは一から己を鍛えなおしてこようと思います! そしてカミリア様の指導を受けるのに恥ずかしくない存在となって、再び舞い戻ってきます!!」
「い、いや、そうじゃなくて、その、えっと……が、頑張ってください」
「はい!!」
キラキラとした目で告げる女性の熱意に押されて、流されるような形でカミリアは頷いた。女性はそのご何度もお礼を言って訓練場から去っていき、ソレを見送ったタイミングでブロッサムが口を開いた。
「……なかなか見所がありますね。いずれはカミリア様の部下としてよい働きをすることでしょう」
「……い、いや、あの、ブロッサムさん? そもそも、なんであんな話に……」
「差し出がましい真似とは思いましたが、カミリア様の意思を彼女はイマイチ理解していない様子だったので、拙者が代わりに説明させていただきました」
「……私の意思?」
満足げに告げるブロッサムの言葉に首をかしげながら聞き返すと、ブロッサムはグッと拳を握りながら告げた。
「魔界唯一の公爵級高位魔族であるアイン様はこう仰られていました。『真のメイドは背中で語る』と! あの女性の前に立つカミリア様の偉大な背中を見た瞬間、拙者にはすべて理解できました!!」
「あぇぇぇぇ!? い、いや、その、そもそも、私はメイドじゃな……」
「一流の背とはかくも雄弁なものなのですね! またひとつ勉強になりました!!」
若くして六王幹部に上り詰めた天才、桜花姫ブロッサム……彼女は割と『思い込みの激しいタイプ』だった。そう、過去の勇者役に『見た目が侍っぽい』と言われて、自分はサムライだと自称するようになったり……たまたま見つけた異世界のことが書かれた本にあった『侍は拙者という一人称を使う』という内容を信じて一人称を拙者に変えたりと、どうにも一度こうと思い込むと一直線なタイプだ。所属する陣営は違うが、どこかフィーアに似ている性格ともいえる。
「しかし、素晴らしいことです。戦士として超一流なだけではなく、メイドとしても超一流とは……戦闘しかできぬ拙者には眩しく映ります」
「……い、いや、ですから、私はメイドじゃな……」
「拙者も今後は戦闘以外のこともやるべきでしょうか? カミリア様にメイドとしての手ほどきをしていただくのもよいかもしれませんね!! もちろん、まずはサムライとして超一流になってからではありますが!!」
「……あっ、はい。そうですね……頑張ってください」
「ありがとうございます! つきましては、カミリア様せっかくこうしてお会いしたので、是非久しぶりに稽古をつけていただけませんか!!」
「はえ? あの、その、私は玄関の掃除……いえ、わかりました」
熱く語るブロッサムを見て、カミリアはどこか諦めたような表情で頷いた。界王配下最強であり、大地の剛拳とも称される草華姫カミリア……彼女の最大の弱点は、その押しに弱い性格かもしれない。