軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

イルネスさんと宅飲みをしよう

一緒にワインを飲もうという俺の提案に、イルネスさんは不思議そうに首をかしげる。

「……えっと、このワインはイルネスさんのお金で買ったものなわけですし、俺だけがいただくというのも気が引けてしまうので……イルネスさんさえよければ……」

補足するように付け加えた俺の言葉を聞き、イルネスさんは少しの間沈黙したあと、特徴的な笑みを浮かべる。

「……くひひ、では~お言葉に甘えてぇ、ご一緒させていただきますねぇ」

「あっ、はい」

思ったよりもアッサリと俺の申し出を受け入れてくれ、イルネスさんは手早くワイングラスをもう一つ用意する。

そして、どこか上品さを感じる動きで、ソファーに座る俺の隣に座った。

「失礼しますぅ」

「あ、は、はい」

……完全に失念していた。俺の部屋にあるソファーは、大きさこそとてもひとりで使うサイズではないが、配置的には完全に一人用……対面に席はないのである。

となると一緒に席に着こうとすると、必然的に隣に座る形になる。あれ? なんか、妙に緊張してきた。

「それでは~いただきますぅ」

若干動揺する俺の隣で、イルネスさんは特に気にした様子もなくワイングラスにワインを注ぎ、スッと少しだけ俺のほうにグラスを差し出してきた。

乾杯をしようという合図であることが分かり、俺もワイングラスを差し出して、軽く乾杯をする。

静かな乾杯のあとでイルネスさんと一緒にワインを楽むが……やはりどうも、落ち着かない。

イルネスさんは120㎝ほどの……それこそ小学生から中学生ぐらいといえる小柄な体をしているが、その仕草はものすごく大人っぽくて上品だ。

ワインを飲む仕草もそうだが、つまみを食べる時も口元が見えないように自然な動きで軽く手を添えて咀嚼していたり、ひとつひとつの仕草に気品すら感じる。

身長を抜きにすれば本当に大人っぽく、なんというか……不思議な色気を感じる。

「カイト様ぁ? どうかしましたかぁ?」

「あっ、い、いえ、なんというか、イルネスさんの飲み方は上品ですごいなぁって」

「くひひ、そうですかぁ? 私も~一応はぁ、貴族家のメイドですからねぇ。一通りの~礼儀作法はぁ、頭に入っていますぅ。お見苦しくないようなら~よかったですよぉ」

俺の視線に気付いてこちらを振り返るイルネスさん。微かに揺れた髪から、フワッと心地よい香りが漂ってくる。

余裕ある上品な立ち振る舞いに穏やかな口調……イルネスさんが、大人の女性だっていうのをやけに強く意識してしまう。

そのなんというか、どころなくむず痒さを感じる空気を変えようと、俺は一度ワインを飲んでから話題を振った。

「……イルネスさんは、普段よくお酒を飲んだりするんですか?」

「いえ~あまり飲む機会はぁ、無いですよぉ。勧められた際に飲む程度ですねぇ」

「……なるほど」

あれ? 会話が上手く続かない。そんなに話しにくい雰囲気というわけではないのだけど、緊張しているのか上手く会話を広げられない。

「……えっと……イ、イルネスさんは普段給料とかをなにに使ってるんですか?」

……って、なに聞いてるんだ俺!? いや、確かに切っ掛けはイルネスさんが俺からの給料でワインを買って差し入れてくれたことだけど、お金の話は無粋だし失礼だろう。

つい口から出てしまった失言だったが、イルネスさんは特に不快そうな様子も見せず言葉を返してくれる。

「そうですねぇ、私生活に必要なものを~買いそろえる程度ですねぇ。特にこれといった趣味があるわけでもありませんのでぇ、嗜好品を購入することは~滅多にありませんねぇ」

「う~ん。なんというか、イルネスさんって全然欲が無いですよね」

「そうですかねぇ?」

正直上手く会話ができているとは言い辛い状態ではあるが、イルネスさんは楽しんでくれているみたいで、柔らかな微笑みを浮かべてくれた。

感応魔法で伝わってくる感情も、穏やかで……不思議と温かいような、心が落ち着くような感じがする。

うん、なんというか、最初は緊張したけど……この静かで落ち着く雰囲気は、なんかいいな。

緊張が解けてきたのか、時折笑みを浮かべながらワインを楽しんでいる快人を見て、イルネスは再び口元に笑みを浮かべる。

(欲が無いですかぁ……そんなことは~ないですよぉ。私はきっと~とてもぉ、欲張りですぅ)

ワイングラス軽く傾けながら、イルネスは先ほどの快人との会話を頭に思い浮かべる。そして、美味しそうにつまみを食べる快人に視線を向ける。

(貴方に~ずっとぉ、笑顔でいてもらいたいぃ。貴方の未来がぁ、いつまでも~貴方にとってぇ、幸せなものであってほしぃ……そんなふうにぃ、未来まで願ってしまう私はぁ、どうしようもなく欲深いのでしょうねぇ)

求めるのは、快人にとっての幸せな未来。心に宿すのは、快人が幸せそうに笑う姿を見続けていたいと、そんな強く優しい願い。

(でもぉ、貴方はきっと~それを知ったとしてもぉ、私を欲張りではないと~そう言ってくれるのでしょうねぇ)

そんなことを考えながら、イルネスは自分の前に置かれていた……いくつかのつまみが乗った皿を、そっと快人の方に差し出した。

「……イルネスさん?」

「私は~これ以上は食べられそうにありませんのでぇ、よろしければ~召し上がってくださいぃ」

「そうなんですか? それでは、ありがたく」

その言葉に嘘はない。だが、あえて言わなかった言葉はある。

快人はイルネスが小食なので、お腹がいっぱいでこれ以上は食べられないのだろうと認識したが、実際はそうではない。

いっぱいなのは、お腹ではなく胸……いま快人といるこの空間で、イルネスの心がこれ以上ないほど満たされているからこそ、他のなにかを入れる余裕がないというだけだ。

(愛しい貴方が~笑顔で居れくれるぅ。そしてそれを~すぐ傍で見ることができているなんてぇ……私にはちょっと~これ以上の幸せはぁ、思い浮かびませんねぇ)

狙っていたわけではない。本当にただ快人にワインを差し入れたかっただけ……しかしそれが、思いもよらない報酬となって返ってきた。

こうして快人と一緒に過ごせて、快人の笑顔を近くでみられる。快人としては結局イルネスの働きに見合った報酬を支払えていない気分でいるのだが、それは違う。

逆に貰い過ぎではないかと感じるほど、快人の提案によって実現したこのひと時は、イルネスにとってあまりにも幸福な贈り物だ。

(もしも~私のぉ、どうしようもないワガママがぁ、許されるならぁ。もう少し~あとほんの少しの間だけぇ……貴方の笑顔を~独り占めにさせてくださいぃ)

そんなことを思い浮かべながら、イルネスは心の底からの笑顔で快人を見つめる。

かつては理解することができなかった……しかし快人と出会ってからは、自然に理解できるようになった『幸せ』という感情を胸にいっぱいに宿しながら……。