軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

『そして女神は笑う』

神域は神界全体と比べれば小さな島だ。それでもそれなりの広さはある……だけど、うん。なんとなくシロさんはこの場所にいると思った。

いまだ星空のままの神域……足元には所狭しと花が咲くこの場所は、俺とシロさんが初めで出会った場所だ。

星明りに照らされ、花畑の端……神界が見下ろせる場所に立つシロさんの姿は、なんというか本当に芸術的で思わず見とれてしまいそうだ。

「……快人さん? なぜここに?」

「えっと、どうしてもシロさんに言わなければならないことがあったので……」

俺の出現に少しだけ瞳を揺らしながらも、シロさんは無表情かつ抑揚のない声で尋ねてくる。

「言わなければならないこと……ですか?」

「……はい」

頷きながら俺の頭には、以前のエリーゼさんの占いが思い浮かんでいた。逆位置の扉……俺にとって本当の意味での勝利は、ただシロさんに勝つだけでは得ることはできず、扉を開くためのカギを見つけなければならない。

それについても、あの最後の試練の中でずっと考えていた。鍵とはなにか、どうすることか本当の意味での勝利なのか……。

鍵らしきものは……見つかった。だけど、本当にこれが正解なのかどうか……自信は無い。

なんとなくの直感ではあるんだけど……これはたぶん『最初で最後のチャンス』なんだと思う。鍵を回せるのは一度きり、間違えてしまえば……もう二度とその扉は開かない。他ならぬシロさんが蓋をしてしまうと、そう感じている。

だから俺は少しだけ躊躇した。だけど……まぁ、結局のところ、俺に出来るのは自分の気持ちを素直にぶつけるだけ、正解か間違いかはわからないけど……いま、心に湧き上がる気持ちをシロさんにちゃんと伝えよう。

「……『もし、貴方と初めに出会ったのが私なら……もし、貴方を救ったのが私だったなら……私は、貴方の、特別に……なれましたか?』」

「ッ!?」

俺がその言葉を告げた瞬間、シロさんの目に明らかに動揺が走った。

「……俺はこの言葉を、どこで誰から聞いたかは覚えてないんです。でも、言葉だけは強く心に残っていました。やっぱり……この言葉は、シロさんが俺に言った言葉だったんですね」

「……」

六王祭以降ずっと頭に引っかかっていた言葉。誰から聞いたかも覚えていないのに、決して忘れてはいけないと感じたその言葉……。

シロさんはなにも言わない。だけど、確信した。この言葉を口にしたのはシロさんで、この言葉にはシロさんの願いが込められていると……。

「この質問に対する俺の答えはこうです。『出会う順番が変わっても、きっといまと変わりません』」

「……」

一瞬シロさんの表情に悲しみの色が浮かんだが、それは俺の次の言葉でまったく別のものへと変わった。

「だって、いまでもシロさんは俺にとって『特別』で、『唯一無二の存在』なんですから……それ以上の特別なんてのは、俺には思いつきません。なので、変わらないと思います」

「……え?」

「というか、この際なんでハッキリ言いますけど、シロさんみたいにド天然で滅茶苦茶な方、他に変わりなんているわけがないでしょう?」

「……え? え?」

なんというか、ものすごく珍しいものを見た。あのシロさんが明らかに戸惑ってる。理解が追い付いていないって感じで……。

「……特別? 私が? ですが……私は快人さんを救っていないのに……」

「えらくそこに拘りますね……じゃあ、ほら、リグフォレシアで大怪我した俺を治療してくれたのは誰でしたっけ?」

「……私です」

「じゃあ、俺はシロさんに救われたってことですね」

「……そう、なりますか?」

「なります」

どうにもシロさんは、やたらと俺を救うという部分に拘ってるみたいなので、少し強引ではあるがそういう方向で押し切ることにする。

まぁ、もちろんシロさんが言っている『救う』といのが別の意味であるのは分かっているが、そればかりは本当に記憶でも消去しないとどうにもならないので、別の部分で納得してもらうことにする。

「……それに、もうひとつ。覚えてますか? 最初に俺とシロさんが会ったとき……シロさんは俺の欲しいものを与えてやるって言って、俺はそれを断りましたよね?」

「はい」

「いまさらですが、ありがとうございました。シロさんがああいう選択肢を俺の前に出してくれたからこそ……俺は自分の本当に欲しいものを理解できました」

「……」

「けど、まぁ……アレです」

動揺している様子のシロさんに対し、畳みかけるように告げていた言葉を一度止め……俺はシロさんの目の前まで移動して想いを言葉にする。

「……関係ないんですよ。順番がどうとか、なにをしたとか……シロさんには何度も助けてもらいました。振り回されることも多かったですが、一緒に過ごした時間は本当に楽しくて幸せな気持ちになれました。他の誰でもないシャローヴァナルという存在に惹かれました……だから、何度でも言います。貴女はとっくに、俺にとっての特別で……誰も代わりになることなんてできない、唯一無二の存在です」

「……」

微笑みながらシロさんが特別で唯一無二の存在だと伝えると、シロさんは大きく目を見開いて沈黙した。そして、少したってから……ふいに顔を俯かせた。

「……ふ、ふふ……」

「シロさん?」

「……はは、ふふふ、そうでしたか……私はもう、貴方にとっての特別でしたか……あはは、心が読めるはずなのに……分からないものですね」

いままでもシロさんの笑顔は何度か見たことがあった。だけど、これほど心底楽しそうに笑うシロさんを見たのは初めてだった。

そのままシロさんはひとしきり笑ったあと、ふっと視線を神域の空へと向けた。

「……あぁ……本当に……私は、『この世界を造ってよかった』」

「……」

「この世界には、私の知らないものがあって……私にできないことがあって……」

そして、シロさんは微かに涙の浮かぶ瞳を俺に向け、深く感情の籠った言葉を発した。

「……私に……『終わらせられない物語』がある……あぁ、それはなんて……」

たぶん俺は、今日シロさんが浮かべた表情を一生忘れることはないだろう。星明りに照らされる花畑で、女神は驚くほどに柔らかな笑顔を浮かべた。

「……なんて……『幸せ』なことなんでしょう」

己にできないことがあるのが幸せだと、歌うように告げるその表情は……言葉を失ってしまうほど、どうしようもなく美しかった。

「ありがとう、快人さん……そして、おめでとうございます。愛しき、私の特異点……貴方は、たしかに『 終わりの神(わたし) 』を倒してくれた。私はいま、初めて……終端ではない場所に立てた」

その言葉の意味はよく分からなかったけど、どうやら俺が見つけた鍵は正解だったみたいだ。なるほど、確かに……扉の先には、驚くほどの宝物が隠されていたみたいだ。

いまのシロさんの表情を見れたことこそ、試練の一番の報酬だったんじゃないかと……心から、そう思えるほど、シロさんの笑顔は柔らかかった。