軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不思議と心に残った

「それでは全部で、4750Rっすけど……沢山買ってくれたので、4700Rにまけときます」

ニコニコとご機嫌な様子で会計を告げてくるアリスに、俺は財布から銀貨を五枚取り出して手渡す。

結局最初に告げた予算ギリギリまで買ってしまった。それは一重にアリスのスーパーセールストークが炸裂した為……では無く、単純にこの店の商品がどれも非常に良い物だったからだ。

靴にナイフ、水筒やいくつかのサバイバル用の魔法具は宝樹祭への準備として購入したが、それ以外にも服等も購入した。

どの服も今着ているものと遜色無い程上質で、デザインもシンプルながら味があり、元の世界で言う所のカジュアル系のデザインではあったが、アリスのセンスが良いのかどれも上品で貴族が着ていても違和感無い作りになっていて、ついつい買い込んでしまった。

「いや~これだけ売れたのは、店を開いて以来初ですよ! 是非カイトさんにはこれからも御贔屓にしてもらいたいっすね」

「うん。どの商品も『店主からは想像が出来ない程』良いものばっかりだったし、今度は魔法具関係ももっと見てみたいね」

「おぉっと、何か軽やかに毒を吐かれた気がしますが、今の私はとてもハッピーなので、全然許しますよ!」

「あはは」

いやしかし、初めはどうなる事かと思ったけど、終わってみれば良い買い物が出来たし、良い店を見つける事が出来た。

食料品以外は何でもあるとの言葉通り、色々興味を引く小物類や魔法具もあったし、また改めて色々見に来る事にしよう。

買い物も終わったのでアリスにお礼の言葉を告げ、店の出口に向かって歩きだすと、丁度そのタイミングでアリスが口を開いた。

「あ~カイトさん。ちょっと良いっすか?」

「うん?」

「……色々買ってくれたお礼に、一つだけ忠告しておきますよ」

「忠告?」

その言葉に振りかえってアリスを見るが、その表情は仮面に隠れていて読みとれない。

感応魔法で感じる感情も穏やかなもので、まるで世間話でもしている様な感じだが、どこか不思議な雰囲気がした。

「カイトさんの居た世界には、こういうお話しがあるらしいっすね。太陽に近づきすぎた英雄は翼を焼かれて地に落ちるって……」

「……」

確かギリシャ神話のイカロスの話だったかな? 蝋で固めた翼で空を飛んだイカロスが、太陽に近づきすぎてしまい、蝋で出来た翼が溶けて地に落ちてしまうと言う話。

なぜ、急にそんな話を持ち出してきたのだろうか? 忠告って言ってたし、これは恐らく俺に向けたメッセージなんだと思う。

「大きな存在に近付く時、思いもよらぬ所からリスクってのは振りかかってくるものなんですよ……覚えておいて下さい。決してこの世は善人ばかりじゃない、もし貴方の得た翼が驕りから生まれたものだったら……偽物の翼は溶けて、地面に叩きつけられますよ?」

「……」

「……な~んて、まぁ、人間謙虚が一番って事っすよ」

「あ、あぁ……」

分からない。言葉の意味もそうだが、アリスの事も奇妙な程に読めない。

鋭く達観したかのような忠告を投げかけて来たかと思えば、次の瞬間にはおどけた様に笑みを浮かべている。

まるで底の見えない穴を覗き込んだ様な、何とも喉の奥に引っ掛かるみたいな不思議な感じがする。

しかしアリスはそれ以上何も言う気は無いらしく、俺から視線を外してカウンターに座る。

これ以上考えても答えは出ないと思い、俺はアリスに軽く手を振ってから店を後にした。

拝啓、母さん、父さん――アリスの店での買い物は順調に終わったけど、最後にアリスが告げた言葉は――不思議と心に残った。

快人が店を出た後、アリスはゆっくりと快人が去った扉へと視線を移して呟く。

「冥王、死王……果ては神界の最高神とまで交流があるってんで、どんな化け物かと思えば……ごく普通の、ちょっとお人好しの一般人でしたね」

ぼんやりと独り言のように呟きながら、アリスの姿はノイズが走る様にブレて猫の着ぐるみ姿へと変わる。

そのままアリスは退屈そうにカウンターに伏し、小銭を並べて数え始める。

そう、彼女は知っていた。快人が異世界人である事も、快人がクロムエイナやアイシスと交流がある事も、独自の情報網から知った上で、とぼけて彼に近付いた。

「気を付ける事っすねカイトさん。世界ってのには光差す表舞台だけじゃなく、必ずどす黒い裏の舞台がある物……そう遠くない内に、貴方と言う存在の価値に気付き始める者達も、沸いて出てくるでしょうね」

ここに居ない快人に向け、嘲笑う様な口調で独り言を呟く。着ぐるみを着ている為その表情は見えなかったが、纏う雰囲気は先程までの気の抜けた店主からは一変していた。

そんなアリスの雰囲気が鋭さを含んだものに変わるのを待っていたかのように、静かな店内に扉の開く音が聞こえ、黒いローブで顔を隠した男性が入ってくる。

男性は静かに武器の並ぶ棚の前に移動し、小さな短剣を手取ると、そのまま流れる様に衣類が置いてある棚へ移動し、そこに置いてあった黒い服を掴み短剣に巻き付けてからカウンターに置く。

それまでずっと無反応で小銭を数えていたアリスは、黒い服が巻き付けられた短剣を見て、溜息を吐く様に頭を動かす。

「貴様が『シャドウエッジ』だな?」

「……はぁ、何て本業はさっぱり振るわないのに、『副業』の方ばっかり盛況なんすかね。て言うか、その恥ずかしい通り名は止めてほしいんすけど?」

「始末して貰いたい相手が居る」

「……報酬と内容次第っすね」

男が静かに告げたアリスのもう一つの名……それは裏の世界において彼女を指し示す通り名。

短剣に黒い布を巻きつけると言う行為は、裏の仕事屋としての彼女への依頼のサイン。それによってもたらされる依頼は、正しく光の当たらない闇の世界のものだった。

「前金で白金貨1枚……成功報酬で3枚」

「へぇ、そりゃまた中々っすね。よっぽど面倒な相手っすか?」

「ある男爵一家全員を始末してもらいたい」

「ふ~ん。この国の貴族っすか?」

「ああ、これが資料だ」

男はカウンターの上に白金貨1枚を置き、その後で紙の束を差し出す。

アリスはしばらくその紙に書かれた内容を読み、読み終えた後で紙の束を男に返す。

「おっけ~っすよ。じゃ依頼成立って事で……期限は?」

「可能ならば10日以内」

「殺し方に指定は?」

「自殺に見えれば、それが一番良い」

「はいはい。それじゃ、10日後に白金貨3枚持ってまた来てくださいね」

「……ああ」

短い会話を終え、男は店から去っていく。

それを着ぐるみを着たまま見送った後、アリスは受け取った白金貨を指で弾きながら呟く。

「……カイトさん。人の命なんて安いもんすよ。こんな硬貨数枚で幻みたいに儚く消える……」

落ちて来た白金貨を受け止め、それを無造作にカウンターの引き出しへ放り込んでから、アリスは快人が支払いに使った銀貨を一枚手に取り微笑みを浮かべる。

「まぁ、でも、今日の所は祈っといてあげますよ……貴方の『殺害依頼』が来ませんようにって……」

日が沈みかけ薄暗くなった店内で、裏側を生業とする少女は静かに笑う。

それから10日後……快人達が宝樹祭に向かって王都を出る日――ある男爵家にて一家心中が起こり、王都内を少し騒がせる事になるとは、この時はまだ彼女と依頼人しか知らなかった。