軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

『勇者』

神界と人魔連合軍の戦いは、激しさを増しながらある一点……戦局の膠着へと向かい始めていた。純粋な戦力差を考えればこの戦いが膠着するのは難しい。

というのも、あちこちで善戦こそしてはいるものの、やはり戦力という点では神界側が大きく上回っているからだ。しかし、六王や六王幹部の奮闘、神界側の時間稼ぎを重視した消極的な戦い方などが噛み合い、徐々に膠着し始めている。

戦局が膠着することで得をするのは、神界側だ。神族たちの目的はあくまでシャローヴァナルの邪魔をさせないための時間稼ぎ。故に戦局の流れに気付き始めた一部の人魔連合軍の強者たちは、なんとかその流れを断ち切り、自分たちの方に呼び込むために動き始めた。

そしてその先陣を切ったのは、白く長い鉢巻をなびかせ刀を手に持った初代勇者……ノインだった。

彼女が生存していたことを知るのは極一部の存在だけであり、兜を外した彼女の姿に神族も人魔連合軍もかなり多くの者が動揺をあらわにした。それだけ、彼女という存在はこの世界の者たちにとって大きい。

その動揺を見逃さず、ノインは神族……それも上級神たちが集まっている場所へ向けて駆ける。

単純な彼女の実力は、伯爵級の中位ていど……この戦いにおいては、足手まといにこそならないものの十分な戦力ともいえない戦闘力だった。

しかし、それはなにもいまに始まったことではない。彼女は……九条光は、決して最強ではない。誰よりも強いわけではない、誰よりも賢いわけでもない。

しかし……。

「一閃……桜花!」

強い意志の籠った目で刃を振るう姿には、なにか他の者とは違う雰囲気が宿る。当然いまの上級神の身体能力に及ぶわけでもなく、振るった刃は防がれ反撃を受ける。

だが、彼女は……倒れない。幾度となく攻撃を受けても、何度攻撃が防がれても再び地を蹴り神族に向かっていく。

そのたびに少しずつ、本当に少しずつではあるが刃は研ぎ澄まされ……何度目かの攻撃で、ついに一体の上級神の頬に微かな切り傷をつけた。

それは決してダメージとは言えない傷ではあった。しかし、上級神はなぜか少し焦った表情で手に持っていた剣を振るう。

「させん!」

しかし、その剣は大槍を持って割り込んできたラグナによって阻まれる。

「そうやすやすとワシらの大将をやれると思うな! フォルス!」

「わかっている」

ラグナの言葉に続くようにフォルスが魔法を発動させ、上級神を牽制する。不思議なことに、ラグナもフォルスも普段の彼女たち以上の力を発揮しており、上級神をその場から引かせることに成功する。

「ははは! やはりいいのぅ。ヒカリ、お前と共に戦うのは最高じゃ!」

「根性論とは、なんとも研究者に合わない言葉だが……たしかに、まぁ、悪くはないね」

それはふたりに限った話ではない。明らかに人魔連合軍の勢いが増し始めていた。膠着しかけていた戦いの流れが、再び息を吹き返したかのように動き始めた。

繰り返しになるが、彼女は……九条光は、最強だったから勇者と呼ばれたわけではない。戦闘力という点で言えば、彼女に勝るものはこの世界に多く存在する。

だが、その挑む姿が……後に続く者たちに、立ち向かう勇気を与えてくれる。折れないその背が、諦めない強さをもたらしてくれる。

彼女が踏みしめた道に……多くの者たちが集い。小さくともあまりにも偉大な背中を、その目に焼き付け、共に戦うために刃を握り奮起する。

続く者に勇気を与え、共に戦う者に活力を与え、その姿を見る者に希望を与える。

だからこそ、そう、だからこそ……彼女はこの世界で唯一、王でも神でもなく――勇者と呼ばれ、いまもなお称えられ続けているのだ。

ノインによって勢いを取り戻しつつある連合軍をチラリと横目に眺め、かつて魔王として彼女と戦ったフィーアは軽く笑みをこぼす。

「……やっぱり、凄いなヒカリは……」

「ええ、私たちも負けてはいられません」

フィーアの言葉に同意しながら、アインも目の前のクロノアを睨みつけるように見る。家族三人の力を借り、ようやく最低限の戦いになっている存在。

彼女を含めた最高神を倒さなければ、この戦いの勝利はない。

「……まったく、本当に大したものだ。これだけ強化された我らを相手に、十分に戦いになっておる。だが、これ以上好き勝手されるわけには――なにっ!?」

人魔連合軍に賞賛の言葉を贈りつつも、まだ余裕があったクロノアの表情が突如変化する。そしてそれはクロノアだけではなくアインたちも同様だった。

対峙する彼女たちの間に、突如飛来し浮き島を半壊させながら停止したソレは……。

「ばかな……運命神!?」

「……ぐっ……はぁ……はぁ……」

体の周りに何色もの光り輝く球体を浮かべ、片膝を付いて荒く息を吐くフェイトを見て、クロノアは慌てた表情を浮かべる。

それもそのはずだろう。フェイトは最高神の中で最強の存在……それはつまり。神族側の最大戦力ともいえる存在のはずだ。そんな彼女が、それほど長いとは言えない時間の内に、明らかに大きなダメージを負っている。

それはつまり、普段よりさらに強大な力を得ているはずの彼女が……圧倒されているということに他ならない。

「くぅ……まだ……」

焦った表情のクロノアの声には反応せず、フェイトは片膝を付いたままで片手を前方へと伸ばす。そして、彼女の持つ権能を発動しようとして……。

「だから、トロくせぇって言ってんすよ!」

「がふっ!?」

「運命神!?」

次の瞬間、目の前に現れたアリスによって彼方へと殴り飛ばされた。

「……そんなのんびりした運命操作で、私に追いつけるなんて思わないことですね」

現れたアリスは目立った傷はおろか、着ているローブにすら汚れがほとんど存在しない。それは本当に彼女がフェイトを圧倒しているという証拠であり、それを見たクロノアは即座に時間を停止させた。

(信じられん、たしかに幻王が一番厄介だとは想定していた。しかし、甘かった。まさか、いまの運命神を越えるほどだとは……早急に始末しなければ!)

時間停止によりアリスの後方に回り込んだクロノアは、そのままアリスの後頭部に向けて全力で拳を放ち、ソレが当たる瞬間時間停止を解除する。

必殺の意思すら込めたその拳は、アリスの後頭部を『貫き』、『消滅させた』。

「なっ……ぶ、分体! しま――がぁっ!?」

クロノアが、いつの間にかアリスが分体とすり替わっていた事に気付いた時にはすでに遅く、彼女の脇腹に鋭い蹴りが叩き込まれ、メキメキと体がきしむような音と共に弾き飛ばされた。

浮き島の地面に大きなヒビを作りながら何度か跳ねたクロノアだったが、途中で体勢を立て直し蹴られたわき腹を押さえながら両足で着地する。

(馬鹿な、なんだあの威力は!? いまの我にここまでのダメージを……)

シャローヴァナルによって強化されたクロノアは、普段の彼女の十倍近い魔力を有している。その魔力がもたらす身体能力は圧倒的であり、もし仮にここでこの空間すべてが消し飛ぶほどの威力の攻撃を受けたとしても、大したダメージを受けることはないほどだ。

事実、六王に匹敵するアインの攻撃をまともに受けても、いまのクロノアはかすり傷すら負わない。

しかし、そんなクロノアにアリスはただの蹴りでダメージを通した。それはつまり、アリスが強化されたクロノアの魔力防御を軽々と貫けるということ……。

その事実に戦慄した表情を浮かべるクロノアのもとに、緑色の光が降り注ぐとわき腹を襲っていたダメージが消えた。

「……生命神か、助かる」

アリスが危険だということには、別の場所で戦っていたライフも気づいたようで、クロノアとフェイトを回復する傍ら万を超える騎兵隊を創り出し、アリスに向かわせる。

その騎兵隊がアリスにダメージを与えられるとは思っていない。しかし、多少の時間稼ぎはできるだろう。そう考えるライフの思考を嘲笑うかのように、アリスの体がブレてふたりになり、片方が姿を変える。

「頼んだよ、イリス」

「わかっておる。広域殲滅は我の得意分野だ……開け冥轟の檻、悪夢の狂乱、万象を呑め――ナイトメアゲート!」

アリスの体から出現したイリスが術式を完成させると、騎兵隊の中心に禍々しい門が現れ、万を超える騎兵隊をブラックホールのように吸い込んだ。

そして騎兵隊の全滅を確認してから、イリスはアリスの体の中に戻る。

(……運命神を圧倒する戦闘力、こちらを確実に上回ってくる知略、底の見えない手札……強すぎる。マズい、幻王に我らが抑えられれば……戦局が傾く)

強化されているはずの最高神を相手取ってなお圧倒するアリスの力。その力に戦慄しながら、クロノアはあることを考えていた。

このまま最高神三体がすべてアリスに抑えられてしまえば、人魔連合軍は勢いづく、そうなれば流れは完全に傾いてしまう。

ここは最高神のひとりを犠牲にする覚悟で、死力を尽くしてアリスただひとりを止めなければならない。強化された最高神であっても、死力を尽くさなければいまのアリス相手では足止めすらできない。

戦いの要であるライフは絶対にダメだと……そして、そう考えたのはクロノアだけではなかった。

「あぁぁぁ!!」

「むっ……」

ライフによって回復したフェイトが叫びながら突っ込み、アリスの手を掴んだあとで急激に加速する。戦いの中心から遠い場所へ引き離し、一対一で戦うつもりのようだ。

(……すまんな、運命神。損な役割を押し付けた)

フェイトがアリスを引き受けるというのは、クロノアにとってもありがたい選択だった。正直に言って、今日のフェイトの動きには精彩に欠ける。アリスという人魔連合軍最強の存在を相手取っていることを抜きにしても、どこか戦いに集中しきれていないようにも見えた。

その原因は迷い……結果としてシャローヴァナルの側に立つことを選んでいる以上、クロノアも表立ってそれを批判してはいない。だがそれでも、いまのフェイトは少し危ういと感じていた。

非情な選択ではあるが、のちに復活できるという前提で考えるなら……最強のカードを抑える生贄には、フェイトが適任だった。

戦いの中心となっている浮島から数千キロは離れた場所で、再びフェイトとアリスは戦いを繰り広げていた。フェイトが体の周囲に浮かべる球体からは、数多の強力な攻撃が放たれているが、それは一つとしてアリスに届くことはない。

(……すごい、シャルたん。いつのまに、こんなに強く……二万年前は、シャルたんがヘカトンケイルを使ってやっと私とは互角だった。なのに、いまは『ヘカトンケイルを使わず圧倒』されてる。運命の操作が全然追いつかないし、追いついても因果律ごと捻じ曲げられる)

そう、現在のアリスは長い付き合いであるフェイトでさえ想像の範疇外と言っていいほどの戦闘力を有していた。

(というより、本当にどうやってこんなに強く? 元々あそこまで完成された強さを持っていたシャルたんが、そんなに急激に成長できるものなのかな? それとも、二万年前は本気を出していなかったの?)

そんな疑問が頭に浮かぶが、フェイトにはそれ以上に腑に落ちない部分があった。

(……ううん、それより……なんでシャルたん、さっきの私の特攻を『振り払わなかった』んだろう? いや、それ以前に、なんでヘカトンケイルを使わないの? いまの状態でこれだけ圧倒されているなら、ヘカトンケイルを使えば私を倒すなんて簡単なはずなのに……)

そう、ここまでアリスは切り札たる心具ヘカトンケイルを使用していなかった。それは使用しなくても勝てるという余裕の表れ……ではない。

そもそもアリスの快人を救うという目的を考えるなら、彼女は一切出し惜しみや容赦をしないはずだ。それは、長い付き合いのフェイトには分かっている。

アリスが加減して戦っていると言うことは、なにかしら加減して戦う理由があるということ……。

「……酷い顔ですね、フェイトさん」

「……シャルたんが、ボコボコ殴るからだよ」

「そういう意味じゃないですよ……まったく、舐められたものだって言ってるんですよ!」

「え? なっ!?」

アリスのスピードがさらに上がる。いまのフェイトですら目で追えないスピードで動いたアリスは、次々とフェイトに攻撃を加えていく、

「そんな迷いだらけでボロボロの心で、私に勝てるわけがないでしょうって、そういうことですよ!」

「ッ!?」

アリスが告げた言葉に、フェイトの瞳が大きく見開かれる。そう、フェイトは未だ迷っていた。現在の己の立ち位置……愛する快人の敵にまわっているという状況を……。

「……だって……私は……」

「立場を言い訳に使って、のちの結果からは目を逸らして、心は迷ってままのどっちつかずで……いつまで悲劇のヒロイン気取ってんですか!」

「うぁっ……ぐぅぅぅ」

アリスの拳を受けて吹き飛ばされたフェイトは、いくつもの浮島を破壊しながら突き進み、なん十個目かの浮島に埋まるように停止した。

ダメージは大きいが、そこまで深刻ではない。彼女の力であれば即座に回復できるレベルではある。だが、フェイトは……動けなかった。

肉体のダメージは深刻ではなくとも、アリスの言葉で目を逸らし続けていた事実に直面していた。

(……カイちゃん……カイちゃん……教えて、私は、どうすればいいの? カイちゃんを失いたくない。でも、シャローヴァナル様を裏切れない……辛い……よ)

項垂れるその頬には、一筋光るなにかが流れ落ちていた。