軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

忘れてはいけないような気がした

俺の大切なもの……それをもし自分が奪おうとしていたとしたら……それがシロさんの問いかけ。なんとなくだけど、この質問にはなにか、大きな意味があるように感じた。

その大切なものというのがなにを指しているのか、完全には絞り切れないが……それでも……。

「……嫌ったりは、しませんよ」

「なぜですか?」

「たぶん、シロさんにもなにか、それを奪おうとする理由があるから……ですかね」

「……もし、くだらない理由だとしたら?」

なんだろう? こうして聞き返してくるということは、やっぱりこの問いかけは思い付きとかそういうのじゃなさそうだ。

シロさんにはなにか具体的なビジョンがあって、それを元に問いかけているんだろう。もしかしたら、シロさんの言っていた試練に関係しているのかもしれない。

「……それでも、シロさんを嫌ったりはしません」

「……」

「もちろん、いざそうなったら俺は全力で抵抗すると思います。大切なものを守るため、それこそシロさんと敵対するかもしれません。でも、それを理由にシロさんを嫌うことなんて、ありませんよ」

「……なぜ?」

「う~ん、その理由が本当にくだらないものかどうかなんてのは、俺には分かりませんからね。俺にとってはくだらない理由だったとしても、それはシロさんにとっては譲れない大事なものかもしれません」

シロさんがなにを考えているのか、それは俺には分からない。だけど、いまあらためて考えてみても、俺はシロさんのことをなんだかんだで気に入ってると自覚した。

だから、嫌いになることは無いと自信を持って言える。だって……。

「俺は、シロさんが本当にくだらない理由で、俺の大切なものを奪おうとするような方じゃないって……信じてますからね」

「……」

シロさんは確かに天然で、ちょっと理解の及ばないところとか常識外れなところもある。だけど、決して悪い方ではない。シロさんなりに俺のことを気遣ってくれたことだって、何度もある。

だから、シロさんが本当にくだらない理由で俺の大切なものを奪おうとすることは無いと思う。

そんな俺の返答を聞き、シロさんは少しの間沈黙する。そしてゆっくりと、神界の空に視線を向けた。

「……私には、なにも無かったんです」

「……え?」

ポツリと呟いた声に首をかしげる。シロさんは湯船から立ち上がり、温泉の中心に向けて移動する。非常に長い髪のシロさんの後ろ姿は、それだけで非常に絵になっており、一瞬目を奪われた。

すると、シロさんはこちらを振り返らないままで、再び抑揚のない声で告げる。

「……比喩ではありません。本当に私にはなにも無かった。心も、感情も、目的も……なにひとつなく、ただ全てを終わらせるだけの存在として、常に終端に立っていました」

「……終わらせる?」

「ええ、私はそういう存在でした。そうですね……快人さんの世界の言葉で表現するなら、私は何者でもない『シャローヴァナルというシステム』とでも言ったほうがいいのかもしれませんね。それが私の正しい姿なのであれば、いまこうして貴方と話している私は……『バグ』のようなものなのでしょう」

シロさんの話はどこか抽象的で、情報が足りないのかイマイチ俺には理解できなかった。しかし、なんとなく……これは聞き逃してはいけない話だと、そう感じていた。

「いまになって思い返してみれば、私が一番初めに抱いた感情は……疑問でしょうね。幾千幾億の存在を、理由もなく終わらせ続けた私に生まれた小さな疑問……」

「……」

「いろいろな存在を目にしました。己の作った世界を愛する者もいれば、己の作った世界を憎む者もいました。なにも知らずに世界を創造した者、誰かのために世界を創造した者……私には、どうしても分かりませんでした」

「……なにが、分からなかったんですか?」

「喜び、怒り、悲しみ、楽しみ……『それはなんなのだろう?』と、心が、分かりませんでした。笑うこと、怒ること、嘆くこと、喜ぶこと……『それは、どうやるんだろう?』と、感情が分かりませんでした……必要だとも思っていませんでした」

心が分からない、感情が分からない……本来なら、生まれてから成長していく過程で自然と獲得するそれを、シロさんは持っていなかったということだろうか?

「……けど、いまは、違うんですよね?」

「ええ。心は……気づかなかっただけなのか、疑問を抱いたからこそ生まれたのか、どちらにせよ私にもありました。それはクロが気づかせてくれました」

「……」

「そして、心があることに気づいた私は……感情を求めた。私に『それを教えてくれる存在』を求め続けました」

心の存在には気づいた。しかし、感情というものは分からなかった。だからこそ、それを教えてくれる存在を求めた。

シロさんの言葉だけを聞けば、矛盾はしていない。けど、なんだろう? この妙に引っかかる感じは……。

少なくとも、俺の知るシロさんは笑うこともあれば、拗ねることもある。表情の変化は少なくと、しっかりと感情も持っているように見えた。

なんだろう? なにか、モヤモヤする。重要なことを見落としているような気がするが、その答えが出てこない。

「……結果は、どうなのでしょうね? 望み通りとも言えますし、そうではないとも言えます」

「……シロさん?」

そこまで告げて、シロさんはこちらを振り返り……薄く、そして、悲しそうな微笑みを浮かべた。

「快人さん。もし、貴方と初めに――のが私なら……もし、貴方を――のが私だったなら……私は、貴方の――に……」

「え?」

なんだこれは? シロさんの声が聞こえないほど小さいわけじゃない。なのに、一部だけまったく聞き取れない。

シロさんはいま、なにを言ったんだ? 俺はいったい、なにを聞き取れなかったんだ?

「……シロさん、いま……」

「申し訳ありません。つまらない話でしたね。あまり長く湯に浸かり過ぎても体に悪いでしょうし、今日はここまでにしましょう」

「待っ――なっ!?」

「それでは、明日を楽しみにしています」

シロさんはそう言って話を打ち切り、そして俺の体は眩い光に包まれた。

気が付いた時には、俺はパジャマを着た状態で中央塔へ戻ってきていた。この廊下をまっすぐ歩けば、寝室にたどり着く。

けど……あれ? 俺はさっきまで、シロさんと……『なんの話をしていたんだっけ?』

えっと、突然シロさんに神界に拉致されて、一緒に温泉に入って……『他愛のない雑談』をして戻ってきた。

あぁ、そうだった。まったく、この歳でちょっと前の会話をど忘れするとか……疲れてるのかな? まぁ、ともかく、明日はシロさんと一緒に祭りを回るんだし、早めに寝て英気を養うことにしよう。

なんだか少し引っかかるような気がしたが、それ以上考えても仕方ないので、俺は寝室に向けて歩き出し……途中で足を止めた。

――もし、貴方と初めに出会ったのが私なら……もし、貴方を救ったのが私だったなら……私は、貴方の、特別に……なれましたか?

一瞬、そんな聞き覚えのない言葉が頭を過った。

拝啓、母さん、父さん――どこで誰から聞いたのかは分からない不思議な言葉。けど、なんだろう? 誰が何の目的で告げたか分からないその言葉を、絶対に――忘れてはいけないような気がした。