軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

嬉しくないと言ったら嘘になる

楽しかったクロとのデートも終わり、そのまま一緒に中央塔へ帰れればよかったのだが……クロは運営側ということもあって、なんだかんだで忙しいらしく、最初に待ち合わせをした中央広場で解散することになった。

たぶん明日はいよいよ六王祭の最終日だし、中央塔で行われる予定のパーティとかの準備もあるんだろう。

ともあれ、手を振って去っていくクロを見送ってから、俺は中央塔に……戻らず、出店の方に向かって歩き出した。

うん、なんというか、今日一日結局ほとんどベビーカステラしか食べてないし、なんか別のものが食べたい。夕食があるから食べ過ぎないようにするつもりではあるけど、串焼きとか食べたい。

そんなことを考えながら出店の並ぶエリアに向かって歩いていると、ふと前方に見覚えのある人物……ここには居ないはずの人物の後ろ姿が見えた。

「……イルネスさん?」

「おやぁ? これはカイト様ぁ、こんばんは~こんなところで会うなんてぇ、奇遇ですねぇ」

「あ、はい。こんばんは」

俺が声をかけるとその人物……リリアさんの屋敷のメイドであるイルネスさんが振り返り、独特の口調で返事をしてくれた。

イルネスさんはリリアさんに仕えるメイドで、俺の部屋の掃除とか、ベッドのシーツ交換なんかをしてくれている方だ。

身長は120㎝ほどと、俺が出会った人の中でもラズさんを除けば一番小柄で、鈍色の髪を少しだけ長めにした、パッと見は幼い美少女というイメージの人だ。

しかし、例によって例のごとく、この世界においては必ずしも見た目とは一致せず、小柄ながらイルネスさんは屋敷の使用人の中でも最年長らしい。

そして、そんなイルネスさんにはふたつ……いや、三つほど大きな特徴がある。

ひとつ目は、独特の喋り方。ふたつ目は、焦点が合っていないような……まるで虚空を見つめているみたいな黒い目。

そして、三つ目は……。

「くひっ、くひひひひ……偶然とはい~カイト様とお会いできてぇ、嬉しいですよぉ」

この、ニコリというよりはニタ~という効果音が合いそうな、非常に不気味な笑顔である。

独特の喋り方、焦点の合っていない目、不気味な笑い方……これだけなら、なんというか、失礼な言い方かもしれないが不気味な方に見える。

実際、俺も初めて会ったときは……正直結構怖かった。

「おやぁ? カイト様ぁ、少ししゃがんでいただけますかぁ?」

「え? あ、はい」

歯が見えるほどに口角を上げた笑顔を浮かべながら、しゃがめと促してくるイルネスさんの姿は、傍目に見れば悪だくみでもしてそうに見える。

そしてイルネスさんは、どこからともなく……くしを取り出して、俺の髪に当てた。

「……少し髪が乱れてますよぉ。ちょっとだけぇ、ジッとしていてくださいねぇ」

「あっ、はい。すみません」

そして慣れた手つきで俺の髪を整えたあと、軽く服の襟なども直してから、再びニタ~と笑みを浮かべて口を開く。

「……はい~素敵になりましたよぉ」

「ありがとうございます」

「いえいえ~」

うん、まぁ、なんというか……初対面では非常に不気味に見えるイルネスさんだが、果たしてその実態は……ものすごく『面倒見がよくて優しい方』なのだ。

そもそも俺がこの世界に来たばかりのころ、屋敷内唯一の男ということもあって肩身の狭かった俺の専属として名乗りを上げてくれたのがイルネスさんであり、言ってみれば俺はこの世界に来てからずっとこの人のお世話になっている。

イルネスさんが掃除してくれる部屋はいつもピカピカだし、ベッドはとても寝心地がよく、洗濯してくれる服はシワひとつない。

とにかく非常に優秀な方で、リリアさんもイルネスさんには頭が上がらないと言っていた。もちろん俺も、上がらない。

さらにはメイドとしての腕前だけでなく、指導者としても超一流で、あとから聞いた話ではあるが……実は、アニマには手紙処理などの雑務、イータとシータにはメイドとしての基本的な作業などを指導してくれたのもイルネスさんらしい。

その上、俺とジークさんが留守の間には、ベルとリンの世話までしてくれている。

とまぁ、とてつもなく凄い方なんだが、本人曰く目立つのが苦手ということで、基本的には裏方に徹しているみたいだ。

イータとシータはもちろん、アニマにも本人が希望すれば俺に関する仕事を何点かアドバイスしたうえで譲ったりもしており、三人もイルネスさんのことはかなり慕っている。

俺個人としても、非常にいろいろと助けてもらっている。部屋の掃除はもちろん、疲れているときには紅茶と甘いバタークッキーを差し入れしてくれるし、王城などに赴く際には髪のセットなんかもしてくれる。

「……う~ん。これからはぁ、少し肌寒くなりますし~髪は整えるぐらいでぇ、少し伸ばすのもいいかもしれませんねぇ」

「あ、はい。えっと……お任せしても大丈夫ですか?」

「はい~大丈夫ですよぉ」

「本当に、いつもありがとうございます」

ちなみに伸びた俺の髪を切ってくれてるのもイルネスさんである。

とまぁ、イルネスさんは喋り方や笑い方こそ変わっているものの……とにかく母性的で優しくて、メイドとしても指導者としても超一流で、それなのにまったく驕らない謙虚な性格をした、とてつもなく素敵な女性だ。

こちらの手を引いて包み込み、笑顔にしてくれる太陽のような母性をもつクロとはまた違ったタイプ。暗い闇の中でも進むべき道をアドバイスしてくれて、後ろでそっと背中を支えてくれる月のような母性をもつのがイルネスさんだ。

「……そういえば、話は変わりますけど、イルネスさんはどうしてここに?」

「お嬢様に~早期確認が必要な書類を届けに来ましたぁ。それが終わって~これから屋敷に戻るところですよぉ」

イルネスさんは六王祭には参加していない。いや、一応誘いはしたのだが、あまり騒がしいところは得意ではないということで参加せずに屋敷に残っていた。

「……えっと、それって、急ぎます?」

「う~ん。そんなことはないですけどぉ、どうしましたぁ?」

「いや、その……いまから出店を見に行こうと思ってたところで……イルネスさんにはいつもお世話になっていますので、よければなにがご馳走できたらと思ったんですけど……イルネスさんは、騒がしいのは嫌いでしたっけ?」

「いえ~得意ではないだけでぇ、賑やかなのも好きですよぉ。そうですねぇ、ちょっとだけぇ、待ってくださいねぇ」

いつもお世話になりまくっているイルネスさんに、少しでも恩返しがしたいと思って提案すると、イルネスさんはメイド服のポケットから小さい懐中時計を取り出す。

そして少し時間を見たあと、俺の方を向いていつもの笑顔を浮かべた。

「くひひ……二時間ぐらいなぁ、大丈夫ですよぉ。そうですねぇ、せっかくのお誘いなのでぇ、ご一緒させていただきますぅ」

「あ、ありがとうございます。すみません、急に……」

「いえいえ~カイト様のお気持ちはぁ、とても嬉しいですよぉ。くひひ」

突然の誘いだったにも関わらず、イルネスさんは快く了承してくれた。

拝啓、母さん、父さん――なんだか聞きようによってはデートに誘ったみたいな感じになってしまった気がするが……下心は一切なく、あくまで日ごろのお礼のためである。い、いや、それはちょっと言い過ぎかもしれない。お礼がメインではあるが、イルネスさんのように素敵な美少女と一緒に出店にいくというのは、男として――嬉しくないと言ったら嘘になる。