軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

一周年記念番外編「メイド禁止令発令」

魔界の一角にある冥王クロムエイナの居城。そこの主であるクロムエイナは、難しそうな表情を浮かべてある相手を見詰めていた。

「……クロム様? いかがなさいましたか?」

「うん、アイン。前々から聞きたかったんだけど……ボクが前にさ、定期的に休むようにって言ったの覚えてる?」

掃除をしていた手を止めて尋ねてくるメイドのアインに、クロムエイナが問いかける。するとアインは、姿勢を正し丁寧な礼をしながら口を開いた。

「無論、このアイン。クロム様のお言葉を忘れたことは一日足りとてありません」

「……じゃあさ、いつ休んでるの?」

アインはクロムエイナの家族の中でも働き者であり、大きな居城の雑事をほぼ全てひとりでこなしてしまう。以前それを心配したクロムエイナ、時折休むようにと指示を出していたのだが……アインが休んでいるのを見た覚えがない。

いかに高位魔族として桁外れの体力を持つアインとて、疲労が存在しないわけではない。家族にあまり無茶はしてほしくないという願いを込めて尋ねたクロムエイナに、アインはこともなげに答えた。

「はい。『10日前に15分』ほど休息をとらせていただきました。『あと20日ほど経てば』また休息するつもりです」

「……」

一月に15分ほどしか休んでないと、さも当たり前のように告げるアインの言葉を聞き、クロムエイナの目がスッと細められる。

「……丸一日休んだりとかは?」

「クロム様、私は刹那の時間と戦うメイドです。メイドである私にとって、怠惰とは甘えなのです」

「……」

相変わらずの超理論を胸を張りながら告げるアインを見て、クロムエイナの額に青筋が浮かんだ。

「……んし……」

「……はい?」

「……アイン、明日一日……メイド禁止」

「……は? く、クロム様、い、いったいなにを……」

「明日一日、メイド禁止! メイド服着るのも禁止! 一日外で遊んでくるように……夜になるまで戻ってくるのも禁止! 命令だからね!」

「なっ!?」

滅多に使わない……というよりほぼ初めてといっていいクロムエイナからの『命令』に、アインは世界が終わったかのような表情を浮かべた。

こうして、メイドであることに異常なこだわりを持つアインに対し……期間限定の『メイド禁止令』が発令された。

「あの、えっと……事情は大体分かりました。部屋に不法侵入だとかは、いまさらなので言いません……けど……なんでまた、ここに……」

俺は言葉を選びながら、部屋の隅で膝を抱えて負のオーラをこれでもかと放っているアインさんに話しかける。

いや、本当に……『朝食食べて自分の部屋に戻ったら、メイド服じゃないアインさんが部屋の隅で蹲っていた』とか、なんでこうなった……。

「ほ、ほがに……だよれる……人が……い、いな……」

「分かりました、大丈夫です。お願いだから泣かないでください」

あまりにも弱々しい声……というか涙声で告げるアインさん。う、うん、どうしようこれ……。

「……メイドじゃない……今日の私……メイドじゃない……メイドじゃない私なんて……なんの価値も……」

「そのメイドに対する異常なこだわりについては、突っ込みたいところが多々ありますが……まぁ、ともかく、アインさんは今日の夜まで家に帰れないってことなんですね?」

「……はぃ。迷惑……ですよね? こんなゴミみたいな私に居座られては……申し訳ありません、カイト様……すぐに出て行きます」

「大丈夫ですから! もう全然、気のすむまでいてくれていいんで!!」

なんともやりにくい。アインさんはメイドである己に誇りを持ち過ぎているせいか、メイドじゃない状態ではものすごく弱々しくなる。

普段のキリッとした姿は消え失せ、いまは雨に濡れた子犬みたいに儚い雰囲気を漂わせている。

「……けど、一日ずっとこうしていても仕方ないですよね? クロには外で遊んでくるようにって言われたんでしょ?」

「……はい」

「じゃあ、せっかくですし、デートでもしましょう。部屋の中に居ても気が滅入るだけでしょうし……今日一日、俺が付き合いますから」

「……カイト様……」

というか、こんな負のオーラ全開でずっと部屋に居られては、俺の精神衛生上よくない。多少強引ではあるが。アインさんをデートに誘って立ち上がらせた。

……『計画通り』ではあるのかな? 一応……アインさんの落ち込み具合は、予想外だけど……。

昼時で賑わう道を、アインさんと並んで歩く。普段のデートでは、アインさんは頑なに俺の少し後ろをついて歩くので、こうして並んで歩けるのは新鮮だ。

それに服もいつものメイド服ではなく、黒色と基調とした清楚なロングスカート姿であり、こちらもまた新鮮……というか、メイド服以外の服を着ているところは初めて見た。

「……カイト様」

「歩くの早かったですか?」

「い、いえ、その、なんというか……少し……恥ずかしくて……」

なにこのしおらしい方……不安そうに俺の服の裾を握ってるし、まるで隠れるように俺に寄り添ってるし……完全にいつもと別人である。

う、う~ん、ギャップというのか、普段の冷静なアインさんを見慣れているからこそ、いまの不安げなアインさんの表情がやけに可愛く感じられる。

「大丈夫です。今日はちゃんと俺がエスコートしますから……たまには頼ってください」

「は、はい……とても、心強いです」

うん、やっぱ偶にはこういうアインさんもいいなぁ……庇護欲が刺激されるというか、守ってあげなくちゃという気持ちになる。

まぁ、実際のところ俺とアインさんでは蟻とドラゴンぐらいスペックに差があるので、守るといっても難しいわけだが……精神的に頼りになれるところは見せたいものだ。

「まぁ、いろいろと不安もあると思いますけど……プラスに考えましょう。いつもと違った視点で見ると、新しい発見もあると思います。俺はメイドのアインさんも、メイドじゃないアインさんも、どちらも好きですし……まぁ、なんというか、安心してください」

「……カイト様。そう、ですね……いまの私はメイドではない……ただのアインとして、貴方の……恋人として過ごすのも、悪くはないのかもしれませんね」

「ええ、きっと……」

「はい。カイト様、今日一日……頼りにさせていただきます」

「任せてください」

どうやら少しだけ、アインさんにも余裕が生まれてきたみたいで、笑顔を浮かべてくれた。その表情は、いつもの上品な微笑みではなく、愛らしい少女のような笑みで、またひとつアインさんの新しい一面を見れた気がした。

さて、『予定』だとあと……6時間くらいかな? アインさんに楽しんでもらえるように頑張らないと……。

そうして、俺とアインさんはしっかりと互いの手を握り合い、珍しいこの機会を思いっきり楽しむことにした。

快人とのデートが終わり、クロムエイナの城に帰りながら、アインはぼんやりと考える。

(いままでで一番、楽しかった……と言って相違ないでしょうね。メイドであるということは、私の誇りであると同時に、感情を押さえつける枷でもあったのかもしれません)

慣れない姿で一日中歩き回ったにしては、いまのアインの体には活力が満ちており、普段より調子がいいとすら言える状態だった。

完璧なメイドであるために常に張り詰めていた心がリフレッシュされ、清々しさすら感じている。

(クロム様は、きっと、このことに気づかせようとしてくださったのですね。なるほど、確かに……偶には、こうして、ただのアインに戻るのも……いいのかもしれません)

快人とのデートを思い出し、穏やかな微笑みを浮かべながら帰宅したアインを……『クラッカーの音』が出迎えた。

「「「「アイン(さん)、誕生日おめでとう」」」」

「……え?」

集合している愛しい家族たち、その中心で笑顔を浮かべるクロムエイナ。予想外の光景に、アインにしては珍しく完全に虚をつかれたような表情を浮かべる。

そして、頭が追いついていないアインに向かって、クロムエイナが優しげな表情で話しかける。

「おかえり、アイン」

「く、クロム様、こ、これは……」

「ふふふ、ビックリしたでしょ? 今日は天の月1日目。アインの誕生日だよ」

「……あっ」

「今年はサプライズパーティーにしようと思ったんだけど、家のこと全部やっちゃってるアインの目を掻い潜るのは本当に大変だったよ」

そう、クロムエイナがメイド禁止令を発令したのには、もちろん日頃から張り詰めているアインに休んでほしいという気持ちがメインだが、同時にサプライズパーティーの準備をする間、アインを城から遠ざける目的もあった。

「さっ、アイン。こっちこっち」

「く、クロム様?」

茫然とするアインの手を引き、クロムエイナはパーティーの会場である食堂に連れていく。待機していたアハトとエヴァルが食堂の扉を開くと、そこには大きなケーキと『ある物』が見えた。

食堂の中央に飾るように置かれているソレは、アインにとってとても馴染みがあるもの……。

「こ、これは……」

「ふふふ、それはね……皆で素材を集めて、シャルティアにお願いして作ってもらった。新しいメイド服だよ」

「……」

そう、それは普段アインが着ているエプロンドレス……メイド服とよく似たデザインではあったが、最高の素材と技術で作り上げられた一品。家族からアインへの誕生日プレゼント……。

アインはそれを震える手で受け取り、感極まったような表情で口を開いた。

「……あ、ありがとうございます。クロム様……皆……」

「うん……アイン、いつもありがとう」

「……はぃ」

「……ところで、今日は楽しかった? まぁ、カイトくんと一緒だったんだし、大丈夫だと思うけど……」

「……え? クロム様、なぜそれを?」

目を潤ませお礼を告げるアインを家族たちが温かく見守る中、ふとクロムエイナが告げた言葉にアインは首を傾げた。

するとクロムエイナは、悪戯が成功したような笑顔を浮かべて種明かしをする。

「まぁ、アインがカイトくんのところへ行くのは予想できてたから……カイトくんには、予めアインのことをお願いしてたんだよ」

「そ、そうだったんですか……」

「うん、カイトくんもパーティーにくればよかったんだけど……『せっかくの機会なんだし、家族水入らずで楽しみなよ』って言って、ここには来てないよ。あっ、でも誕生日プレゼントは預かってるから、あとで渡すね」

どうやら快人は初めからこのサプライズパーティーを知っていたらしい。そう言われてアインが今日快人と過ごした時のことを思い返してみると、たしかに所々で時間を確認しているような仕草があった気がした。

「まぁ、ともかく、パーティーを始めよう!」

「……クロム様……」

「うん?」

「……私は、幸せ者ですね。こんなにも多くの方に気を遣ってもらえて……」

「それだけ、皆、アインのことが大好きなんだよ」

「……はい。心から嬉しく思います」

そう言って浮かべたアインの笑顔は、いままで浮かべた中で一番と言えるほど……輝いて見えた。

その後の話ではあるが、アインはその日以降、月に一度程度休日をとるようになった。一月に一日だけ、メイド服から私服に着替え、メイドのアインとしてではなく、ただのアインとして過ごす。

その休日にアインは、必ず人界を訪れており、事情を知る家族たちは出かけるアインを微笑ましそうに見送っていた。