軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編~静空のオズマは明かさない~

アルクレシア帝国首都にある小さな喫茶店。ドワーフ族の少女が切り盛りするその店には、今日も常連であるオズマの姿があった。

オズマはヨレヨレのトレンチコートを隣の椅子に置き、お気に入りのコーヒーを飲みながら遅めの朝食を食べていた。

「おじ様? 今日はいつもより来店が遅かったですね? それに、なんとなく疲れてるような?」

「あ~仕事の関係でちょっとね。まぁ、一番忙しいのは昨日だったから、もう大丈夫だけどね」

「正直、おじ様の口から仕事なんて単語が出てきた事実に、私は驚きを隠せません」

「最近の若い子は、本当にズバズバ言うから、ちょっと傷つくねぇ~」

数切れのサンドイッチを食べ終えると、なにも言わずとも店主がコーヒーのおかわりを淹れてくれる。

木造りの店内から感じる温かな雰囲気に、心地良いコーヒーの香り。オズマは、この店でコーヒーを飲む時間が好きだった。それはもう、毎日欠かさずにコーヒーを飲みに来るほどに……。

もちろん店主であるドワーフ族の少女とも長い付き合い。店主はオズマの好みをしっかりと把握しており、最近ではおかわりのタイミングも分かってきていた。

気心が知れた間柄だからこその穏やかな空気で軽口を叩きつつ、ゆったりと時間は流れていく。

「……そういえば、知ってます? いま、魔界ではとても大きなお祭りが行われているらしいですよ」

「あぁ、六王祭のことだね。たしかに、勇者祭にも劣らない規模の祭りだよ」

「いいですねぇ……私も行ってみたいんですが、六王様から招待を受けないと駄目らしいですし、どうしようもありませんね」

「うん? 君は六王祭に行ってみたいのかな?」

「そりゃ、行ってみたいですよ……あっ、そういえば知ってますか? 戦王様の配下、戦王五将には『おじ様と同じ名前』の方がいらっしゃるんですよ!」

「そ、そうなんだ……」

可愛らしい笑顔で告げる店主の言葉に、オズマは珍しく困惑した表情を浮かべる。そう、オズマと店主はもう長い付き合いになるが……いまだにこの少女は、オズマの正体が戦王五将のひとりだとは気付いていない。

それどころか、『同名の別人』と認識している始末である。

「私も勇者祭の時に遠目で見ただけなんですけど、礼服をビシッと着こなしたカッコいい方で、大人の色気って言うんですかね? 纏ってる雰囲気から違いましたよ」

「へ、へぇ……」

「おじ様も同じ名前のオズマ様を見習って、もう少し綺麗な格好をするべきだと思いますよ。おじ様、顔はいいんですから、身だしなみを整えればきっとカッコいいですよ」

「う、う~ん……ま、まぁ、考えておくよ」

少女がオズマの正体に気付いていない最大の要因として、彼女が見たオズマが現在の姿とはかけ離れていたことがある。

オズマは普段ひげもまともに剃らず、ボサボサの髪にヨレヨレのトレンチコートと、なんともだらしのない格好をしている。

しかし彼は勇者祭という舞台だけにはしっかりと礼装に身を包み、髭も剃った上で髪の毛をオールバックに纏めて参加していた。

平民でしかない店主にとって戦王五将とは雲の上の存在であり、遠目に見るのが精一杯。となると、現在のオズマの姿しか知らない彼女が、勇者祭で見たオズマを別人ととらえるのはある意味必然なのかもしれない。

もっとも、当のオズマとしてはなんとも困った状態だった。真実を告げれば、想像上のオズマを美化している彼女の夢を壊してしまうかもしれないとなると、真実を語るのも難しい。

オズマは軽い溜息をコーヒーで飲み込み、苦笑を浮かべながら店主に提案する。

「……六王祭に行ってみたいなら、おじさんが連れていってあげようか?」

「……え?」

「こう見えて、おじさんにはちょっとしたコネがあってね。たぶん、招待状を用意してあげられると思うよ?」

「ほ、ホントですか!? で、でも、おじ様に迷惑がかかっちゃうんじゃ……」

「気にしなくていいよ。そうだ、じゃあ、いつも美味しいコーヒーを飲ませてくれるお礼ってことで、どうかな?」

懐から取り出した煙草に火をつけつつ、穏やかに提案するオズマの言葉を聞き、店主はしばらく考えたあとで頷いた。

「……じゃ、じゃあ、甘えちゃっていいですか?」

「ああ、構わないよ。ただ、少し時間がかかると思うから……参加できるのは6日目か7日目になると思うけど、大丈夫かな?」

「はい! ありがとうございます、おじ様!」

「それじゃ、お代はここに……また来るよ」

「だから、頭を、撫でないでください!?」

子供扱いされることを嫌う店主の反応を楽しみつつ、オズマは微笑みを浮かべて店をあとにした。

六王祭の会場となっている都市へと戻ったオズマは、中央塔にある戦王配下に割り振られたフロアで、とある人物を探していた。

しかし、目的の人物は見当たらず、オズマは少々困った様子で頭をかいた。

「……おや? オズマ様?」

「うん? ああ、イプシロンちゃん、丁度いいところに……バッカスくんがどこに居るか知らないかい?」

「バッカス殿ですか? いえ、修練場には居ませんでしたが……急ぎの用件でしょうか?」

「あ~いや、そこまで急ぐってほどでもないんだけどね。ちょっと、ひとりぶん追加で招待状を用意してもらいたくて……うちの招待状の管理はバッカスくんだったかな~ってね」

偶然通りかかった戦王五将のひとりであるイプシロンに、オズマは掻い摘んで事情を説明する。するとイプシロンは考えるような表情に変わってから、口を開いた。

「……招待状の追加ですか……確かに、我々の送った招待状はバッカス殿の担当ですが……招待客の管理は幻王様の管轄ですね。となると、幻王配下に話を通す必要があるかと思います」

「あ~やっぱりそうなるよね……まいったな。うち子たちと幻王様の配下は仲が悪いから……厳しいなぁ」

「うちの筆頭であるアグニ殿と幻王配下筆頭のパンドラ殿が、互いに互いを毛嫌いしていますからね。それに、うちには血気盛んな者が多いですし、いた仕方ない部分もありますね」

「はぁ、仕方ない……迷惑をかけちゃうけど、ミヤマくんに頼んでみるよ」

戦王配下と幻王配下はそれぞれのまとめ役が犬猿の仲であることも起因して、非常に仲が悪い。オズマ個人としては幻王配下とも仲良くできればいいと思っているが、なかなか難しい。

戦王配下であるオズマが直接頼みに行っても、色よい返事がもらえるとは思えない……となると、一番有効な手段はむこうのトップを動かせる快人に頼むことだった。

オズマにしてみれば、幼い子供と言っていい年齢の快人に迷惑をかけるのは気が引けたが、馴染みある少女のためにも一番確実な手段を取りたいと考えた。

とりあえず差し入れでも持ってお願いしてみるかと、そう考えながらオズマが歩きだそうとすると、そのタイミングでイプシロンが口を開いた。

「……そういえば、私は戦王配下と幻王配下……というより、アグニ殿とパンドラ殿が険悪になったきっかけを知らないのですが?」

「あぁ、いや、別に大したことじゃないよ……『旦那と幻王様のどっちが強いか?』って大喧嘩して、そのまま仲が悪くなった感じかな……」

「なるほど……しかし、それに関しては私も興味がありますね。オズマ様はメギド様と幻王様、どちらが強いと思われますか?」

「うん? 『いまの旦那』と比較するなら、圧倒的に幻王様の方が強いよ。というか、いまの旦那は六王様の中で一番弱いだろうね。まぁ、それでも、普通の爵位級と比べたら桁違いだけどさ……」

「……え?」

イプシロンが告げた質問に対し、オズマはアッサリとメギドが幻王より弱いと告げた。その上、六王の中で一番弱いとまで……流石にその答えは予想外だったのか、イプシロンは驚愕した表情を浮かべる。

すると、その反応を見たオズマは失敗したと言いたげに片手を顔に当てる。

「……悪い、失言だった。いまの話は忘れてくれ、旦那に殺されちまう」

「え? ど、どういうことですか!? お、オズマ様はなにを知っていらっしゃるのですか?」

「……悪いけど言えないよ。けど、失言しちゃったのはおじさんだし、ヒントはあげよう」

「……ヒント?」

「……『メギド・アルゲテス・ボルグネス』になら、本気を出せば『俺』でも勝てる。でも、『メギド様』と戦えば絶対に勝てない。かすり傷すら負わせられずに、俺は殺される」

「……は? な、なにを?」

「アルゲテス・ボルグネス……魔界の古代語だよ。辞書でも引いてみるといい。でも、他言はしないこと……旦那の逆鱗に触れたくなければね」

そこまで告げたあと、オズマは煙草を咥え去っていった。茫然とするイプシロンを残したままで……。

アルゲテス・ボルグネス……魔界の古代語で『戒めの鎧』。その真の意味を知る者は、片手で数えるほどしかいない。

かつて魔界で暴威を振るっていたオズマ……彼が鍛え上げた力、積み上げた自信、最強という自負、その全てを粉々に粉砕し、オズマが絶対の忠誠を誓うほどに憧れた暴虐の化身。かつて『魔界の三分の一を焦土に変えた紅き獣』は、いまはまだ眠り続けたままだった。