軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

別人であるという事実を

クロと別れたあとの公園、夜の静けさの中で、俺は昼間に出会った母さんにそっくりな女性と再会した。

腰の上くらいまでの茶髪に黒い瞳。動きやすそうなジーンズに似たズボン、黒色の上着に白のシャツ……活発な少女を思わせる姿は、俺の知る母さんそのものだった。

だからだろうか、つい反射的に「母さん」と呼んでしまった。

しかし……。

「……いきなり失敬だね。君みたいな大きな子供がいるような歳に見えるのかな?」

「あっ、い、いえ!? すみません」

「あはは、別に怒ってるわけじゃないけどね」

苦笑を浮かべながら話す表情が、仕草が、記憶にある母さんと何度も重なる。

こんなに似てるのに……別人……なのか……。

「……あの」

「うん?」

「昼間は、ありがとうございました。お金をお返しします」

「気にしなくていいよ。偶々見かけただけだし、たった2Rだしね」

「いえ、そういうわけには……」

「……こらこら、人の厚意はちゃんと受け取りなさい」

「え? あ、はい!」

なんだろう、どうにも調子が狂うというか、この人の言葉には逆らえる気がしない。やっぱりそれは、母さんにそっくりだからだろう。

まるで母さんに言われているみたいで……。

「あっ、そう言えば自己紹介がまだだったね。私の名前は『ルーチェ』、よろしくね」

「……ルーチェさん……ですか?」

「うん。ここで会ったのもなにかの縁だしさ、よければ君の名前も知りたいな?」

「……宮間快人です」

顔も声もそっくりでも、やはり名前は違うみたいだ。分かってはいるはずなのに、どうしても落胆の気持ちが強く出てしまう。

やっぱり俺は、心のどこかで期待していたのかもしれない……この人が、母さんなんじゃないかって……。

「ミヤマカイト? 珍しい名前だね……あっ、もしかして異世界から来たのかな?」

「え、ええ、その通りです」

「そっか~私、異世界の人とこうして話すのは初めてだよ。なんか得した気分だね……って、あれ? 顔色、悪くない?」

「……あっ、えっと……」

いままでさんざん言われたことだけど、俺は表情に出るタイプらしい。モヤモヤとした気持ちが顔に現れていたようで、ルーチェさんが心配そうに尋ねてくる。

まずいな、なんとか誤魔化して……。

「分かった! お腹空いてるんでしょ?」

「……は?」

「うんうん、やっぱりお腹が空くと元気でないからね!」

「い、いや、あの……別にお腹が空いてるわけじゃ……」

「そんな君にはコレ! 偶然持ってた私特製のサンドイッチを進呈しちゃおう!!」

「……」

全然話聞いてくれないんだけどこの人!? お腹空いてるどころか、さっき食べてきたばっかりだよ?

……あ~そういえば、母さんもわりと人の話を聞かないタイプだった。顔が似てると、性格も似るものなのかな?

というかこの差し出されたサンドイッチ……どうしよう? う、う~ん、感応魔法でも善意しか感じないし、断るのも難しそうだ。

「……あ、ありがとうございます」

「どういたしまして、ささ、ガブッて食べちゃって!」

「え、あ、はい……」

ルーチェさんの勢いに押されるまま、俺は手に持ったサンドイッチを食べる。

そして、その瞬間俺は、この人が母さんじゃないと確信した。

「……美味しいです」

「そう? それはよかった」

違う、この料理は……母さんの料理じゃない。

俺の母さんは料理がすごく下手だった。野菜を切る大きさはバラバラだし、調味料も入れ過ぎたり少なすぎたり……サンドイッチの形だって、こんな綺麗には作れなかった。

どうしようもなく不器用で……でも、すごく明るくて前向きで……誰よりも優しい母さんだった。

ルーチェさんはそんな母さんにそっくりだったけど……でも、違うんだ。この人は、母さんじゃない。似ているだけの、別人……。

「あ、あれ? なんか、さっきより顔色悪くなってない? もしかして体調が悪かったりする?」

「い、いえ、大丈夫です」

「う~ん。無理はよくないよ……早く帰って休んだ方がいいよ」

「……そう、ですね」

別人の可能性が高いとは分かっていたはずなのに、いざそれを確信するといいようのない気持ちが胸の奥から溢れてきた。

「すみません、せっかく声をかけていただいたのに……」

「いいって、気にしないでよ。また機会があったらゆっくり話そうよ」

「はい……あっ、サンドイッチありがとうございました。本当に美味しかったです」

「どういたしまして~」

心の整理を付けきれないこともあり、俺はルーチェさんの勧めに従って中央塔に戻ることにした。

こちらに向かって大きく手を振るルーチェさんに頭を下げてから、俺は広場を背に歩き始めた。

拝啓、母さん、父さん――落胆する気持ちとは裏腹に、早い段階で別人と知ることができて安堵している自分もいる。うん、大丈夫。ショックは受けたけど、アイシスさんやリリアさんのお陰でそこまでじゃない。これならちゃんと受け止められる……ルーチェさんが、母さんとは――別人であるという事実を。

「……ごめんね……快人。いまはまだ、なにも言えない私を許して……」

去っていく快人を見えなくなるまで見送った後、ルーチェは……いや『 宮間明里(みやまあかり) 』は、小さく呟いてから、真っ暗な路地へと歩いていく。

囁くようなその声は夜風にかき消され……誰にも届くことはなかった。