軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

『黒き暴虐の獣』

快人の代理であるイリスと、戦王五将筆頭アグニの戦闘開始から十分……戦いは、現在硬直していた。

単純な能力という点では、幻王とほぼ同じ力を持つイリスが相当大きく上回っている。本来であれば戦いが長引くことはない。それこそ、アリス本体が戦闘を行っていれば数秒でアグニの意識は闇に沈んでいただろう。

しかし、現実イリスとアグニの戦いは硬直している。その最大の理由は、イリスが己の体をコントロールしきれていないこと。

そもそも、死ぬ前のイリスは元居た世界でトップクラスの実力者ではあったが……あくまで『人間』の範疇での強さだった。

数万年という時を過ごし、化け物じみた身体能力を完全に我がものとしているアリスとは違う。

イリスの感覚としては、目が覚めたらいきなり己の体がかつてとは比べ物にならないほど強くなっている。

しかも当のイリスは数万年のブランクがあり、言ってみれば素人がいきなりモンスターマシンに乗せられたようなものである。

故に現在のイリスは動けない……己の体をコントロールしきれないため、生前得意だった固定砲台としての戦い方をするのがやっとだった。

それでも、並の使い手が相手であれば即座に勝負はついていただろう。だが、アグニも六王には及ばないまでも、世界でもトップクラスの実力者であり、戦闘経験も膨大だ。彼女は格上との戦い方というものも心得ていた。

イリスの張る障壁に打撃音……アグニの拳がぶつかったかと思うと、イリスが視線を向けるより早くアグニは大きく距離を取る。

ヒットアンドアウェイ……強力な障壁の展開は、相応の魔力を消費する。展開させ続けて魔力を消耗させるのは定石であり、アグニにはそれを実行できるだけの力があった。

もちろんイリスとて、黙って攻撃されているわけではない。反撃に闘技場全体に及ぶ……逃げ場のない極大魔法を放つ。

天から漆黒の魔力球が闘技場を押し潰すように飛来するが、アグニは拳に極限まで魔力を集中させ、その魔力球の一部を打ち抜いて回避する。

イリスは無詠唱魔法を使えないので、アグニには十分すぎるほど魔力を練り上げる時間があり、そのおかげでここまでイリスの攻撃を捌き続けていた。

(……素晴らしい。なんと、洗練させた戦士。生前の我であれば、瞬きほどの間に殺されていたであろう)

アグニの無駄のない戦い方を見つめながら、イリスは心の中でその技量を称賛する。

そして同時に、イリスの口元に微かに笑みが浮かび始めた。

「アグニと言ったな? 鍛え上げられた肉体と、その強みを完全に生かしきる技量……惜しみない賞賛を贈らせてもらう」

「……感謝する。貴殿はそれほどの力を持ちながら、戦い慣れていないように見受けられるが?」

「ああ、すまぬな……なにせブランクが呆れるほどに長い。思うように体を動かせぬ」

「そんな状態で私に挑むとは……舐められたものだ」

アグニは身体能力の差だけで押し切れる相手ではない。アグニの言葉に頷いた後、イリスは軽く顎を引いて頭を下げる。

「……反論の言葉もない。確かに我はお前を見くびっておった……『本気を出さずとも勝てる』と……謝罪しよう」

「聞き間違いか? いままで手加減していたと、そう聞こえたが?」

「……ああ、そう言っている。そして、いまから本気で行かせてもらうと!」

「ッ!?」

イリスの口元に獰猛な笑みが浮かび、直後に黒い魔力が渦のように彼女の体を回り始める。

「目覚めよ、我が心に眠る暴虐の獣――黒き爪は地を割き、黒き牙は天を喰らう――汝は捕食者、天地滅ぼす終焉の獣――」

「詠唱? いや、なんだこれは……」

イリスの口から空間に響くような声が発せられ、それに呼応するように彼女の魔力が暴風の如く吹き荒れ、次第に一点へと収束していく。

「――我が心の牙はここに! ―― 顕現せよ(でよ) ! 魔杖! ――『アポカリプス』!!」

強く発せられた言葉と共に、黒き魔力が明確な形を作る。

それはイリスの身長の倍以上はある巨大な杖……黒く禍々しい形状は、鋭利な牙のようにも見えた。

「武具を作り出す魔法? しかし、このすさまじい魔力は……」

溢れだすほどに濃密な魔力を纏った杖を見て、アグニは驚愕したように呟く。膨大な戦闘経験を持つ彼女の体が、激しく警告を告げていた――アレは危険だと。

「さて、コレを出した以上、もはや加減は出来ぬ……死に物狂いで生き延びて見せよ!」

「ぐっ!?」

「黄昏の鐘が鳴り響く、滅びの歌を聞き、終焉の獣は咆哮する」

イリスの心具アポカリプスの能力は非常に単純である。アポカリプスは注いだ魔力を爆発的に増加させる。それこそ、何百何千倍という凄まじい量へ……この杖を用いて放つ最大最強の攻撃、その名を冠した極大魔力砲撃は、まさに全てを呑み込み、消し飛ばす暴虐の一撃。

「呑め、暴獣! ――アポカリプス!」

構えた巨杖から、視界を埋め尽くすほどの黒い閃光が放たれる。

迫りくるその攻撃を目にし、アグニは大きく目を見開き硬直していた。

(なん……だ……この常識外れの魔力密度は……防ぐ? 無理だ。僅かな抵抗すらできずに消し飛ばされる。……回避……駄目だ。この魔力に当てられて、体が動かない……死……)

迫りくる極大魔力砲撃を前に、アグニは死を確信したが……そうはならなかった。

アグニの前に突如出現したアリスが、迫る魔力砲撃を受け止め『上空へと弾いた』……。

闘技場の地面を完全に削り取っていたその一撃が収まるのを確認した後、アリスはイリスに向かって叫ぶ。

「なにしてんの馬鹿イリス! いまの魔力で、それ撃ったら『地平線の彼方まで消し飛ぶ』でしょうが!!」

「……す、すまん。我もまさか、ここまでの威力が出るとは……」

アリスの言葉を聞いて、イリスは素直に謝罪をして頭を下げる。

彼女としてもここまで威力が出るとは思っておらず、撃った瞬間イグニを殺してしまったと思っていたので、反論の言葉はなかった。

まぁ、原因の一端は常識外れの魔力を持つ器を用意したアリスにもあるのだが……。

「はぁ、えっと……アグニさん。大丈夫っすか?」

「幻王様……ええ、ありがとうございます」

「いや、本当にすみません。あの貧乳要塞、昔っから戦いが楽しくなると加減が効かなくなるんで……」

いまだ茫然としているアグニに声をかけ、アリスが謝罪した後、イリスもアグニの元に近付いて頭を下げる。

「すまなかった。危うく殺してしまうところだった……心より謝罪する」

「……いや、謝罪は不要だ。仮にいまの一撃で私が死んでいたとしても、それは私が未熟だっただけだ。貴殿のせいではない。むしろ、全力で仕掛けてくれたこと、感謝する」

「……感謝?」

「ああ、私もまだまだ未熟だと思い知ることが出来た。増長していたつもりはないが、どこか驕りがあった。六王様以外にもこれ程の強者が存在していたとは……ふ、ふふふ、血が滾る。六王祭が終わった後で、一から鍛え直しだ」

「そ、そうか……」

アグニもまた戦王配下であり、メギドがそうであるように強者との戦いは至上である。瞳に燃えたぎるような炎を宿しながら、アグニは握手を求めるように手を差し出す。

「イリス、素晴らしい戦いに心からの感謝を……今回は貴殿の勝ちだ。だが、私はまた己を鍛え直し、いつか必ず貴殿に挑戦させてもらう。その時は、是非全力でお相手願いたい!」

「う、うむ……心得た」

「感謝する! 今日は良き日だ! こうして強者と巡り合えることは、なにものにも勝る幸運!!」

暑苦しさすら感じるアグニに、イリスは若干戸惑いつつも頷き握手を交わす。

(おい、アリシ……アリス! 戦王配下というのは、コレが当り前なのか!?)

(……ぶっちゃけ大半がコレ……バトルジャンキーだよ。だからうちのパンドラは、戦王配下を嫌ってるんだよ。あの子暑苦しいの苦手だから……)

こうして、イリスとアグニの勝負はイリスの勝利で終わった。

しかし、このことで闘争心に火が付いたアグニが、今後かなりの頻度で挑んでくるようになるのだが……それはまだ、先の話。