軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

八方ふさがりである

温泉、それは広く開放的な景色を見ながら、様々な効能のある湯に浸かり体の疲れを取る。まさに、日本人の心と言ってもいいだろう。

しかし、なぜ、俺は温泉に来てこうも疲労しているのだろう? まだ、湯にさえ入っていないというのに……。

最強の伏兵であるアインさんの体をスポンジにして洗うという、理性を殺しに来てるとしか思えない行為により、俺は酷く疲労していた。

しかし……しかし、だ。俺は乗り越えた。過去最強クラスの試練であったことは間違いないが、それでも俺は戦い抜いた。

こんなことを言うと仏教関係者に助走をつけて殴られるかもしれないが、俺はいまなら悟りと啓くことができそうだ。なんだか後半ぐらいから、意識のさらに向こう側が見えた気がする。

まぁ、もっとも、それが終わったいまとなっては、体に残るアインさんの感触に悶々としているわけだが……。

ともあれ体も洗い終わり、俺はようやく湯に浸かることができた。かなり濃い濁り湯は少し熱めで、疲労した体にじんわりと染み込んでいく。

「はぁ~」

やっぱり温泉はいいな。一人暮らしの大学生じゃ行く機会なんてなかったけど、俺は温泉が結構好きみたいだ。

先程尋常じゃない試練を乗り越えたおかげが、いまは精神的に余裕がある。精神が摩耗し切っているから、細かいことを考える余裕がないだけかもしれないが……。

「……はい! カイトくんの分ね!」

「……うん?」

「アヒルのおもちゃ!」

「……あ、ありがとう」

クロから渡されたのは、風呂に浮かべて遊ぶ子供用のおもちゃ。ああ、そういえば、クロとアイシスさんは俺を待つ間遊んでたんだっけ?

よくよく見てみると、クロは黄色のアヒル、アイシスさんは白色のアヒルを目の前に浮かべていた。

「……私のアヒルが……一番強い」

「むっ、ボクのも負けてないよ!」

強さを競うとかそういう用途のおもちゃじゃない気がするけど……まぁ、なんか和むからいいか。

クロとアイシスさんがワイワイやっているのを見ながら、俺は先程クロから渡されたおもちゃを見る。

俺のは茶色でクロたちのものより少しスリムな……これ、アヒルじゃなくて『ガチョウ』じゃない?

「カイト様、お酒はいかがですか?」

「え? あぁ、ありがとうございます。いただきます」

のんびりとクロたちを眺めていると、アインさんが湯におぼんを浮かべて近付いてきた。おぼんの上には徳利と猪口……ああ、いいなぁ。流石アインさん、分かってる。

お礼を言ってから猪口を手に取ると、アインさんは流れるような動作で酒を注いでくれた。

溢さないように気を使いつつ、一口飲んでみると、辛口で強めながらスッキリとした口当たりで、じんわりと口からのどへ、のどから胃へと染み渡るようで、とても美味しかった。

「……美味しいですね。日本酒ですか?」

「ええ、ノインの希望で作ったものですが、同じ世界のカイト様の口に合うかと思いまして、用意しました」

なるほど、ノインさんはお酒に関しても日本酒が好みなのか……似合いそうだ。

「クロム様と、アイシス、シャルティアにも用意してありますよ」

「ありがと~アイン」

「……ありがとう」

アインさんがどこからともなく新しいおぼんを取り出すと、クロとアイシスさんはこちらに移動してきた。

クロとアイシスさん用のおぼんに載せられているのは、ワイングラスと普通のコップだった。

「クロはワイン?」

「うん。ボクは辛いお酒はあんまり好きじゃないし、ワインの方が好きだね」

「アイシスさんは?」

「……私は……お酒は苦手……だから……ジュース」

ふむふむ、それぞれ好みがあるんだな。俺はどうだろ? どんな酒でもわりと好きだけど、匂いがきついやつは苦手かもしれないな。

というか、まぁ、それはいいとして……。

「……アリス、いつまで潜水してるんだ?」

「……」

気になるのはいまだ潜水したままのアリス……よっぽど先程の事故が尾を引いているらしく、反応すら返してこない。

「……俺も注意が足りなくて、ごめん。お詫びに今度またご飯でも奢るからさ」

「……」

「わかったよ。それでいいから早く出てこい」

ご飯を奢ると発言すると、湯の中から指が三本立った手だけが出てきた。それを三食奢れということだと認識し、それでかまわないと答える。

すると湯船の中から『鼻から上だけ』を出したアリスが、ゆっくりとこちらに近付いてきた。

アリスは俺達の近くまで移動すると、顎下は完全に湯に浸かったまま顔を出す。その顔は分かりやすいほど真っ赤で、青色の瞳は緩んでいて……不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。

「……うぅ、キズものにされました。カイトさん、責任とって下さい」

「……発言に色々ツッコミたいことはあるけど、その前に……『アヒルが上陸』してるぞ、お前」

「……」

なんの偶然か、アリスが顔を出したところには先程クロが浮かべていた黄色いアヒルが居て、いまはアリスの頭の上にちょこんと乗っている。

そのことを指摘すると、アリスは無言で頭からアヒルを取り除き、再び鼻から下を湯の中に沈めた。どうやら恥ずかしかったらしい。

いま居るメンバーの中では、ある意味新鮮とも言えるアリスの反応に、思わず苦笑を浮かべていると……。

「よいしょっ」

「なぁっ!?」

湯船の中で伸ばしていた俺の脚の上に、クロが当り前のように乗っかってきた。

なにしてんのクロ!? いや、確かに最近俺の膝に乗ることが多くなってたけど……服着た状態で乗るのと、裸で乗るのだと破壊力が違うんだと何度……ああ、や、柔らかい……じゃなくて!?

「えへへ、カイトくんといっしょ~」

「く、クロ、お、降り……」

「……ずるい……私も……」

「アイシスさん!?」

とにかくクロを膝から降ろそうと、猪口を持っていない手をクロの方へ動かしかけたが、それより早くその手はアイシスさんに掴まれた。

そのままアイシスさんは俺の腕に抱きいてきて、その柔らかくスベスベの体がピッタリと腕に密着する。

や、ヤバい!? せっかく少し落ち着きかけてたのに、またこんな……しかも反対側にはアインさんが居て、動けるスペースがまったくない。

沸騰しそうな頭で、もがくように体を少し動かしたが……それは更なる自体を引き起こす。

「ひゃぅっ!?」

「え? あっ、ご、ごめん!?」

「かか、カイトさん!? な、なんてとこを……わ、私をどこまで辱める気なんすか!」

「い、いや、ワザとじゃなくて……」

動かした足が、なにやらプニッと柔らかいものに触れ、その直後アリスがビクッと体を動かした。

足の位置、アリスの反応と言葉、つまり俺の足がいま触れたのは……い、いや、駄目だ! 考えるな!?

無だ! 心を無に……。

「うん? あっ、もしかして、シャルティアも乗りたいの?」

「へ? クロさん? な、なにを……」

「大丈夫。カイトくんの足長いし、ちゃんとスペースあるよ……ほいっ」

「みゃぁぁぁ!? く、クロさん!? 離してください。駄目、駄目で……」

クロの言葉と共に、足に触れる柔らかい感触が増える。ヤバい、ヤバい……。

「……むむっ、シャルティア……もしかして、ボクより胸が大きいんじゃ……」

「ひゃぁっ!? ど、どこ触ってるんすか、クロさん! だ、駄目、んぁっ……まっ……」

足の上で繰り広げられる痴態。削られていく精神……だれか、助けて……。

拝啓、母さん、父さん――なんというか、本当に今回ばかりは俺の理性も限界かもしれない。いや、むしろ、俺の理性が限界を迎えるのが先か、沸騰した頭が意識を手放すのが先か……どちらにせよ――八方ふさがりである。