軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

この世界で生きていくつもりだ

クロの転移魔法によって辿り着いたのは、今日一度訪れた勇者の丘だった。

かつてノインさんが残したと言われている巨大な石碑の前に立ち、クロは俺の方を向いて穏やかに微笑みながら口を開く。

「カイトくん……本当に、ありがとう」

「ああ……いや、クロとフィーア先生が仲直りできて、本当に良かったよ」

告げられたそのお礼の言葉が、フィーア先生の件を指しているのはすぐに理解できた。

「うん。カイトくんが動いてくれなかったら……ボクも、フィーアも、切っ掛けがなくて……もしかしたら、ずっと仲直り出来ないままだったかもしれない」

「……」

「本当によかった……それに心から、嬉しかった。やっぱりカイトくんは凄いね。カイトくんと出会えて、恋人になれて、ボクは本当に幸せだよ……改めて、ありがとう」

……不思議なものだ。今回の件だって、なんだかんだで大変だったし、疲れてもいる。

しかし、そんな疲れも、クロの笑顔を見たら全部報われたと、そう思った。

そして結局のところ、俺がなんだかんだ動いたりしたのは……なにも難しい理屈があるわけではなく、クロのこの笑顔が見たかっただけなんだと理解した。

クロはそのまま少しの間俺に微笑みかけた後、夜空に向けて手を伸ばす。

「……クロ?」

「ちょっと、待ってね」

そう一言告げたクロの体から、空気を震わせるような強大な魔力が放たれる。

「……星の黄昏、世界の記憶、遠き日の残照……プラネットメモリー」

「え? なぁっ!?」

穏やかな声でクロが告げると、その瞬間俺の目に映る景色が一変した。

少し曇り気味だったはずの夜空が、突然満天の星空へと変わる……も、もしかしなくても、コレってクロがやったんだよな? 天候を変えた……のか?」

「……『1000年前の星空』だよ」

「せ、1000年前?」

「うん。ちょっと世界に干渉して、少しの間だけね」

こともなげに言うけど、それって滅茶苦茶凄いことなんじゃ……つまり空だけ、1000年前に時間を巻き戻したってことなわけだし、さ、流石というべきかなんというべきか……。

驚愕している俺の前で、クロは巨大な石碑を見つめながら言葉を続ける。

「1000年前、この星空の下で……ボクは、ノイン……ううん。ヒカリちゃんに選択肢を提示したんだ」

「選択肢? ノインさんに?」

「うん。『このまま元の世界に帰る』か『この世界に残る』か、ここで選んでもらったんだ」

確かリリアさんの話では、ここにある石碑と日本刀にはもの凄く強力な状態保存の魔法がかかっているらしい。

そしていまの言葉……たぶんだけど、その魔法を施したのはクロなんだろう……でも、1000年前と同じ星空にした上で、なぜその話を俺にするんだろう?

そんな疑問が俺の頭に浮かぶと同時に、クロは石碑から視線を外して俺を見つめる。

「……本当はね。ボクがその気になれば、1年後なんて待たなくても、カイトくんを『元の世界に帰してあげる』ことは出来たんだ」

「……う、うん」

それに関して驚きはない。クロはシロさん……創造神の半身であり、その力はほぼ全能であるシロさんに匹敵する。

俺を元の世界に帰すことができたとしても、不思議ではない。だけど、ますます分からない……なんでいま、そんな話をするんだろう?

「……カイトくん。ボクはカイトくんが勇者祭の後でどうするか、聞かないって言ったよね? カイトくんの選択を尊重するって……」

「う、うん」

「……でも、少しだけ……わがまま、いってもいい?」

「へ?」

俺が勇者祭が終わった後でどうするか、それはまだクロには伝えていない。

いや、伝えようとはした。しかしクロは、勇者祭が終わった後で教えてくれればいいと言って、それを聞こうとはしなかった。

俺がどんな選択をしても構わない。それを尊重すると言って……それ以後、その手の話題を話に出すことはなかった。

しかしいま、クロは勇者祭が終わった後のことを口にした後、小さく足を動かして俺の近くに移動してくる。

そして、小さな体で俺に抱きつきながら告げる。

「……カイトくん。元の世界に帰らないで……ボクは、ボクの大好きなこの世界で……これからもずっと、大好きなカイトくんと一緒に居たい。だから、この世界で……ボクの傍に居て欲しい」

「……クロ」

優しい彼女のことだ、俺の選択肢を狭めないようにと、いままであえてそれを口にすることはしなかった。

しかしいま、クロは明確に俺に元の世界に帰らないでほしいと告げてくれた……正直、どうしようもなく、嬉しかった。

俺はそっとクロの体を抱きしめ返しながら、出来るだけ優しく、安心させるように言葉を紡ぐ。

「……クロ、俺さ、実はシロさんにあるお願いをしたんだ」

「……シロに?」

「うん……一度だけ、俺の居た世界でお世話になった人達に、『別れを告げる』ことができるようにして欲しいって」

俺がシロさんにしたお願い……それは、手紙でもなんでもいいから、お世話になったおじさんやおばさんへ別れを告げさせて欲しいというものだった。

それに対してシロさんは『一度元の世界に戻って、再びこの世界に来る』ことを承諾してくれた……まぁ、なんか最後の試練があるらしいく、それをクリアできたらという条件付きではあるが……。

「か、カイトくん……それって……」

「うん。どこへも行かない……俺は、この世界で……クロの傍で、生きていくつもりだよ」

「カイトくん……」

「クロ……えっと、その……『愛してる』」

「ッ!? カイトくんっ!?」

かなり恥ずかしさはあったが、なんとかその想いを口にすると……クロは強く俺に抱きついてきた。

「ボクも! カイトくんを、愛してる……嬉しい、嬉しいよ」

「あ、ははは……なんか、恥ずかしいな」

ピッタリと俺にくっついてくるクロ……その愛おしい温もりを逃すまいと、俺も抱きしめる力を強くする。

クロは俺に抱きついたままで顔を上げ、本当に心から幸せそうな笑顔を浮かべる。

「……ねぇ、カイトくん」

「うん?」

「……キス、したい」

「うん、俺も……」

降り注ぐ星の光の下で、俺とクロの顔が近付き……その距離が、ゼロになった。

拝啓、母さん、父さん――満天の星空の下、図らずもかつてのノインさんと同じように俺は自分の選択をクロに告げた。元居た世界に心残りがまったくないわけではない。だけど、もう、心は決まっている。俺は、勇者祭が終わった後も――この世界で生きていくつもりだ。