軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

地獄のような天国を乗り越えなければ

風の月28日目。その日、俺は絶望の中にいた。

もしかしたらこんな日が来るんじゃないかと予想はしていたけど、ついにこの時が来てしまった。

そう、それはリリアさんの屋敷で夕食を食べている時に起こった。

俺は食べかけの皿にフォークを置き、静かに頭を振る。

「……快人先輩? どうしたんですか?」

「あ、あぁ、いや、食欲が無くて……」

「大丈夫ですか快人さん? なんだか、顔色が……」

「あ、いや、大丈夫だよ」

近くに座っていた陽菜ちゃんと葵ちゃんが心配そうに声をかけてくれたが、俺は苦笑を返すのが精一杯で、体の中を這いずり回るような不快感を隠す事が出来ていなかった。

そしてそれはリリアさんにも伝わったみたいで、リリアさんは慌てた様子で俺に駆け寄ってくる。これが俺にとっての最大の誤算だった。

「カイトさん!? 大丈夫ですか? どこか、体調が……」

「あ、いや……」

「うっかりしていました。いくら祝福のお陰で病気にならないとはいえ、疲労からくる体調不良までは……ルナ!? すぐに医者を手配して下さい!」

「え? あっ、違っ!?」

あれ? ヤバい、なんか物凄く大事になってる気がする。いやいや、リリアさん心配症過ぎるんじゃ……ちょっと食欲が無いぐらいで医者とか大袈裟な!?

というか、ど、どうしよう、この流れ……なんでこんな事になったんだ?

「お嬢様、あいにくとこの時間ですし、ミヤマ様もそこまで重篤ではないでしょうし……ひとまず、一晩安静にして様子を見るのはいかがですか?」

「そ、そうです! お、俺もそれが良いと思います」

今回ばかりはルナマリアさんにサムズアップをしたい。素晴らしいフォロー……これならリリアさんも……

「駄目です! それで、カイトさんが『死んでしまったら』どうするんですか!?」

「死にませんからね!? え? 俺そんなに重症!?」

心配症のリリアさんはなかなか納得してくれず、何故か判らないが心配されている側の俺までフォローにまわり、ルナマリアさんと一緒にリリアさんをなだめた。

するとなんとかリリアさんも納得してくれ、俺には一晩の絶対安静が言い付けられた……そして明日になっても体調が回復しなければ、医者を呼ぶという形でひとまずはまとまった。

自分の部屋のベッドに横になり、おでこに濡れたタオルをのせた状態のままで考える。

なんでこんな事になったんだろう? い、言えない、今さら、本当は『体調不良でもなんでもない』ですなんて、言いだせない……

いや、そもそも俺別に体調不良とか言ってないよね!? 食欲ないって言っただけで、こんな病人みたいな扱い!? 本当にどうしてこうなった……

っとそんな事を考えていると、静かだった部屋の扉が勢いよく開かれる。

「カイトくん!? だ、大丈夫!? 体調崩したって聞いて、慌てて来たんだけど!?」

「……どこからそんな情報を……」

「シャルティアから……あっ、そうだ! フルーツ持ってきたよ! 食べる?」

「え? あ、ありが――って多い多い!? なにその量!?」

部屋に飛び込んできたクロは、非常に慌てた様子で黒いコートの中に手を突っ込み……部屋の半分が埋め尽くされる程の果物を取り出した。

そして果物の山を背にしながら、クロはオロオロと心配そうな様子でベッドに寝ている俺の近くにやってくる。

「大丈夫? どこか痛い? 水変えようか?」

「あっ、いや、本当に大丈夫だから……」

「そ、そう? よかった……」

俺の大丈夫という発言を聞いて、クロはホッと胸を撫で降ろし、小さな椅子を用意してベッドの横に座る。

「でも、急に体調を崩しちゃうなんて……やっぱり、疲れが溜まってたのかな? ゆっくり休まないと駄目だよ」

「……あ、いや、それがその……く、クロ……」

「うん?」

「じ、実は俺……体調不良じゃないんだけど……」

「……え?」

もう、流石に良心の呵責が限界だった。相手がクロという事も影響しているかもしれないが、もうこれ以上隠す訳にもいかず、俺はゆっくりと本当の事情を説明し始めた。

「……え、えっと……つまり、要約すると……カイトくんは『嫌いな食べ物』を食べたくなくて、食欲が無いって言ったら、皆に勘違いされちゃったって事?」

「……はい……その通りです」

今すぐ消えてなくなりたい程恥ずかしい……そう、結局の所、今回の件の原因は全てそこに起因する。

実は、俺は……我ながら子供みたいで情けないと思うけど、『ピーマン』が大嫌いだ。

うん、アレだけは昔っから駄目なんだ。子供の頃嫌いだったって思い出が強いせいか、どうしてもあの味に拒絶反応が出てしまう。

元々危惧はしていた。この世界にはリプルの実とか、俺の居た世界の物と名前だけが違う食材が存在する。

だから、もしかしたらピーマンもどこかにあるんじゃないかと、警戒はしていたんだけど、こっちに来て結構日数が経過しても遭遇しなかったので、どこか気が緩んでいた。

そして知らぬまま、今日の夕食に入っていたピーマンを口に運び……口の中に広がった大嫌いな味で認識した。

今思えば素直に苦手な食べ物ですと言えば良かったかもしれないが、後輩の女の子二人に恋人の女性がいる前で、ピーマンが苦手ですと口にするのはあまりにも恥ずかしく、ちっぽけなプライドが邪魔をしてしまった。

……ごめん、葵ちゃん、陽菜ちゃん……顔色が悪かったのは、単純にピーマンの味が嫌だっただけ。

……ごめんなさい、リリアさん……食欲無かったのは、ピーマン食べたくなかっただけです。

「う、う~ん。リリアちゃんのはやとちりも問題だけど……カイトくん、心配掛けたんだからちゃんと謝らなくちゃ駄目だよ」

「……うん」

「まぁ、でも、カイトくんがなんともなくて、本当に良かったよ」

「……クロ」

クロは俺の話を聞いて呆れたような表情を浮かべていたが、すぐに優しげな微笑みに変わった。

そしてその直後に、クロのコートが波打ち、なにやら調理台のような形状に変化すると共に、クロもエプロン姿に変わっていた。

「夕食ちゃんと食べてないんなら、お腹すいてるでしょ? ちょっと待っててね。あんまり凝ったものは作れないけど、なにか作るよ」

「うぅ、ありがとう。クロ」

「ふふ、ボクはカイトくんの恋人だからね」

そう言って満面の笑顔を浮かべた後、クロは肉や卵を取り出して料理を始める。

俺ももう寝転がっている意味はなかったので起き上がり、クロの調理を眺める事にした。

クロは慣れた手つき……少なくとも俺よりは数段手際よく調理を進めていき、すぐに部屋の中には美味しそうな匂いが漂い始める。

う~ん、エプロン姿だからってのもあるだろうけど、なんか家庭的な感じで……こういうクロも、なんか良いな……

そしてしばらくすると調理が完了したみたいで、クロは小さなサイコロ状の肉が入ったオムレツを俺の前に置いてくれた。

半熟気味のオムレツに香ばしく焼きあげられた肉がアクセントになっていて、非常に美味しそうだ。

「さっ、召し上がれ」

「いただきます」

夕食に殆ど手をつけなかった事もあって、お腹はかなり空いていたので、すぐに手を合わせてオムレツを口に運ぶ。

柔らかな卵が絶妙に肉を包み込み、噛むたび肉汁の溢れる肉が心地良い歯ごたえと共に幸せなうまみを口の中いっぱいに広げてくれる。

「美味い……」

「本当? 良かった~」

卵が肉の味を高め、肉もまた卵の優しい風味を引き立てるような味のハーモニー。

これは本当に美味しい。特に肉がいい、なんだろうこの肉は? 牛肉っぽいような、全く違うような……ともかく深みがあって、それでいてクセのないアッサリした後味。

その味の虜になるような美味しさに興奮しつつ、俺はクロに尋ねる。

「クロ? この凄く美味しい肉は、なんの肉?」

「うん? あぁ『ジャイアントマンティス』の肉だよ」

「ぶっ!?」

「カイトくん!?」

え? ちょっと待って? 今なんて言った? ジャイアントマンティス? ……マンティスって……カマキリ? 昆虫の?

クロの言葉を理解した瞬間、体中から大量の汗が流れ始める。

も、もうやだ、この世界の肉……俺、結構この世界に馴染んできたつもりだけど、食文化に馴染むまではまだ時間がかかりそうな気がする。

「勢いよく食べすぎちゃった? ゆっくり食べなきゃ……」

「う、うん……」

ど、どうしよう……なんか、カマキリの肉だって分かった瞬間、食器がとてつもなく重たくなった気がする。

け、けど、クロが折角俺の為に作ってくれた料理……の、残す訳にはいかない。た、食べるしかないのか?

くそっ、こんな事になるなら、全部食べ終えてから聞くんだった……

そんな事を考えて覚悟を決めようとすると、ふとクロがなにか思い付いたように手を叩く。

「そうだ! 忘れてた……シャルティアから、カイトくんが喜ぶ食べ方聞いてきたんだった!」

「……え?」

「ま、まぁ、ちょっと、恥ずかしいんだけどね……」

アリスからの情報? なにそれ、なんか前にもそんな事があったような……そうだ。アイシスさんだ!

え? それはつまりあれって事だよね? あ~んだよね? ま、まぁ、でもそれぐらいなら……

これから起こる事を予想しつつ、クロに皿を手渡すと……何故かクロはオムレツを少し切り、『自分の口』に入れた……え? なんで?

そして予想外の行動に硬直する俺に素早く近付き、スッと手を伸ばし……顔を近づけ……

「んっ……」

「むぐっ!?」

クロの唇が俺の唇と重なり、直後に口が押し開けられる様な感覚と共に、口の中にクロの舌と共にオムレツが押し込まれた。

こ、ここ、これはまさか、く、口移し……だ、駄目だこれ、頭蕩けそう……なんか、口の中が凄く甘い気がする。

「……え、えっと……どう、かな? 美味しい?」

「え? あ、ああ、う、うん」

クロには悪いけど……味なんて分からねぇよ!? てかアリス!? アイツなんで、よりにもよってこんな方法を……

「よかった~まだ『いっぱい』あるからね! ボクの口が小さいから、少しずつだけど……ちゃんと『全部』たべさせてあげるから!」

「……」

クロは少し恥ずかしいのか、可愛らしく頬を染めながら明るい笑顔で、死刑宣告のような言葉を告げる。

天国と地獄が同時にやってきた!? ど、どうすりゃいいんだこれ……どうも出来ないよ。

扉はフルーツの山で塞がれていて、クロは残りのオムレツを全部口移しで食べさせる気満々……あっ、駄目だこれ、逃げれない。

拝啓、母さん、父さん――ちょっとした見栄は、思わぬ事態を引き起こしたよ。リリアさん達には明日にでも本当の事を言って謝るけど……今はまず、この――地獄のような天国を乗り越えなければ。