軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

本当に楽しみだ

土の月12日目。よく晴れた昼下がり、俺はデッキブラシを片手にベルの上に乗っていた。

ベルは5メートル近いサイズがあるので、体を洗うにはデッキブラシを使う必要がある。

「ほら、ベル大人しくしてて」

「クァ~」

力を入れて擦ってやるとベルは心地良さそうな鳴き声を上げる。それは大変可愛らしく和むのだが、落ちそうだからあまり身動ぎしないでほしい。

「キュイ!」

「うん。ありがとう、じゃあ、リンは向こうの尻尾の辺りをお願い」

「キュク!」

小型のブラシを口でくわえてやってきたのは、土の月3日目から家族に加わった白竜のリンドブルム……リンだ。

俺を手伝ってくれるみたいなので、リンには尻尾あたりをお願いしてベルの体を洗っていく。

「……ふぅ、終わった」

「ガゥ!」

「キュイ!」

ベルの大きな体を洗い終えて、温風を出す魔法具を使って乾かしたベルの毛は、フサフサで触感が素晴らしい。

俺でも上質な毛だと実感できる程に柔らかく、もたれかかると柔らかい布団みたいで心地良い。

リンを胸に抱えた状態で地面に伏せをしているベルにもたれかかると、ベルは尻尾を毛布のように俺の上に置いてくれる。

このまま昼寝が出来そうな心地良さ……う~ん、このサイズの体を洗うのは大変だけど、この感触の為なら疲労も必要経費って感じだ。

「……カイトさん、お疲れ様です。はい、どうぞ」

「ありがとうございます。ジークさん」

「いえいえ、ベルちゃんとリンちゃんにもありますよ」

「ガゥ!」

「キュ!」

休憩していると、片手にトレーを持ち、もう片方の手に2メートルぐらいありそうな容器を持ったジークさんがやってくる。

どうやら飲み物を用意してくれたみたいで、お礼をいって受け取る。

レモン水に近い味の冷たい飲み物は、疲れた体に心地良く染み込んでいき、同様に飲み物を飲んでいるベルとリンを見て微笑む。

う~んなんかまったりとしてて、心地良い時間だ……最近結構慌ただしかったし、こうしてるとホッと心が安らぐようだ。

「ふふ、お疲れみたいですね」

「やっぱりそうですかね? 自覚はしてなかったですけど、最近慌ただしかったですし……」

「疲れは見えないところに溜まりますからね……」

「うん? あ、はい。どうぞ」

苦笑しながら気遣うような言葉を告げた後、ジークさんは俺の方を見て視線を動かす。

以前は喋れなかったジークさんとは、アイコンタクトやジェスチャーでやり取りしていた事もあり、なにを考えているのかはすぐ分かった。

私も一緒に座っても良いですか? という感じだったので、頷いて少しスペースを空けるように体を動かすと、ジークさんは綺麗な所作で座り、俺と同じくベルにもたれかかる。

「なんだか、のんびりしてていいですね……」

「そうですね。こういう時間は、贅沢なものです」

ジークさんと並んで座りながら、透き通る青空を見つめる。

確かにジークさんの言う通り、こういうまったりした時間こそ一番贅沢なものかもしれない。

いつの間にか飲み物を飲み終えたリンが俺の膝の上に移動していて、眠いのか体を丸め、少しして小さな寝息が聞こえてきた。

その光景に微笑みを浮かべながら、ふと隣にいるジークさんに質問をする。

「そういえば、小耳に挟んだんですが……ジークさん、明後日から何日か休みを取るんですか?」

「ええ、4日ほど……リグフォレシアに行って、両親に会ってきます」

「レイさんとフィアさんにですか?」

「ええ、声が戻った事は手紙で伝えましたが、まだ直接報告はしてませんので」

「成程」

どうやら使用人の方から聞いた噂は本当だったみたいで、ジークさんは明後日から数日休みを取ってリグフォレシアに帰るらしい。

確かにジークさんの声が戻ったのは宝樹祭から帰った後だし、レイさんとフィアさんも娘の声を聞きたいだろうと思う。

特にあの二人は、ジークさんを溺愛してる感じだったし……

「ついでに、里帰りという事であちこち見てこようかと思っています」

「へぇ、楽しそうですね」

「そう思いますか?」

「ええ、俺、リグフォレシアの緑が多い景色、結構好きですよ」

精々2ヶ月程前の筈なのに、リグフォレシアが凄く懐かしく感じる。

思い返してみれば、アレが王都以外に初めて出かけた経験だったなぁ……レイさんとフィアさんも楽しい方々だったし、また会いたいものだ。

そんな風に考えていると、ジークさんがチラチラとこちらに目を向けているのが見えて、首を傾げる。

するとジークさんは、少し頬を染め、遠慮がちに口を開く。

「……その、カイトさん……ぶしつけな提案なんですが……」

「はい? なんですか?」

「……よ、良かったら、カイトさんも一緒に……行きませんか?」

「へ? 俺もですか?」

予想外の言葉に少し驚いたが、提案自体はとても魅力的なものだった。

「え、ええ、その、父も母も、カイトさんに会いたがってましたし……わわ、私も、一人で行くよりはその方が楽しいかなぁって……」

「成程」

「も、勿論、カイトさんの都合というのもあるでしょうが……」

頬を染めながら小さな声で呟くジークさんの姿は、とても可愛らしく思わずドキッとしてしまった。

それを誤魔化すように俺は顎に手を当て、少し今の提案について考える。

「それは、魅力的な提案ですけど……俺が行って邪魔になったりしないですか?」

「邪魔なんて、むしろ父も母も本当に喜ぶと思います。よく手紙で、カイトさんに会いたいと言ってましたから」

特に予定があった訳でもないし、俺もリグフォレシアにはまた行きたいと思っていたので丁度良いとも言える。

あまり家族の時間を邪魔してはいけないかとも思い尋ねてみたが、むしろレイさんとフィアさんも、光栄なことに俺に会いたいと言ってくれてるみたいだ。

「……じゃあ、お言葉に甘えて、俺も一緒に行って良いですか?」

「あっ、はい!」

「後、折角ですし、葵ちゃんと陽菜ちゃんにも声をかけましょう。二人もまたリグフォレシアに行きたいんじゃないですかね」

「へ? あ、ああ、そうですね……そうですよね……はい……賛成です」

どうせなら人数は多い方が楽しいだろうと思って提案したのだが、何故かジークさんはガックリと肩を落としてしまう。

あれ? 騒がしいのが苦手って印象じゃなかったんだけど……

「……えっと、俺、なにかまずい事言いました?」

「いいえ! 全くなにも、そんな事はありません! お二人も誘いましょう! そうしましょう!」

「あ、はい」

俺が尋ねるとジークさんは大きく首を横に振り、顔を真っ赤にしながら立ち上がる。

なんだろう? よく分からないけど……やっぱり、俺、なにかまずい事言った?

その後、ジークさんと一緒に葵ちゃんと陽菜ちゃんにも声をかけたのだが、二人にはアッサリと断られてしまった。

ただ、何故か断る際に二人共ジークさんの方を見ながら、訳の分からない事を言っていた。

「……遠慮しておきます。馬に蹴られたくはないので……」

「葵先輩と同じく、馬のキックはごめんです」

「……馬? なんで?」

「……ジークさん、頑張ってください。私は応援してます」

「快人先輩は、たぶん強敵です。気持ちは物凄く分かります。ファイトですよ!」

「……本当にありがとうございます。頑張ります」

俺には全く意味の分からないやり取りだったが、ジークさんには二人の言わんとする事が伝わっていたみたいで、グッと手を握って何やら決意を固めているみたいだった。

拝啓、母さん、父さん――ジークさんに誘われて、再びリグフォレシアの街に出かける事になった。葵ちゃんと陽菜ちゃんに断られたのは残念だけど、またレイさんやフィアさんに会えるのは――本当に楽しみだ。