軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9 虚飾の殿堂

リヒハイムはカジノの街だ。領主はフックス男爵。

決して豊かでないはずのこの領は、それでいて他の貴族に引けを取らない額を国庫に納めている。その多くを叩き出しているのはやはり、男爵が経営するカジノであることは疑うべくもないだろう。

だがそれだけだろうか。端々で見え隠れする麻薬の影。この街の真の収入源こそ麻薬、などという黒い噂は絶えたことがない。

本当ならば国家を食い物にする悪魔の所業だ。到底許されるはずもない。そう我々は考え、今ここに居る。

場合によってはこの街の昼間以上に輝く夜の華やかさ。今夜限りにせねばならない。

考え事をしているうちに馬車が止まった。降り立った途端に、周囲から一斉に視線が集まった。そうだろう、そうだろう。

まずはエルザ。彼女は例えるなら月のような繊細な華やかさ。持ち前の上背と抜群のプロポーション、そしてそれを包む銀と青を基調としたナイトドレスは大きく背の部分が開いたデザイン。

対するライザは太陽のようなまぶしい煌びやかさ。姉に負けず劣らずのわがままボディを、金と赤で彩った、胸を大胆に開いた挑発的なデザインのドレスで彩る。

颯爽と歩く二人に、早速どこぞの金持ちだか貴族だかが寄っていく。笑顔であしらう二人は貫禄十分だ。

しかし認識阻害の魔法って、本当にすごいな……。あんな至近距離でも、角や尻尾の存在に誰も気づかないところはさすがだ。

周りを観察していたら、不意に脇をつねられた。エリーだ。隣で頬を膨らませている。

「あ痛っ、て……なんだよエリー」

プイとそっぽを向きつつ口をとがらせる。ん? これ、怒ってらっしゃる? なんでぇ?

「べっつに。二人とも、とっっっても綺麗ですものね~」

あー、なるほどそこね。かわいい奴だなぁ。

「何言ってんだよ、周りの男どもを観察してたんだよ」

「どーだか?」

「確かに二人は綺麗だよ? でもな」

「……でも、なに?」

「俺はエリーが一番綺麗だとおもうぞ?」

「……ふ、ふーん、そう? ありがと」

そういってそっぽを向きながらも服の袖をつまんで引っ張る。

「……ねえ、そろそろ私たちも行かない?」

「そうだな、俺たちも行くか」

「ええ。エスコート、してくださる?」

「喜んで。お姫様」

エリーが俺の腕に手を回したのを合図に、二人赤い絨毯を進む。周りからは途端に羨望の視線が容赦なく突き刺さる。なんだか誇らしい気分になって気持ちいい。彼女も久しぶりの華やかな場所だからか、機嫌がよさそうだ。

彼女は例えるなら、月でも、太陽でもない。それらに負けない夜空の星しるべ。強い光ではないけれど、皆の行く先を指し示すその星のように。決してブレない意思の強さと、孤高で 怜悧(れいり) な美しさを持って、静かに気高く凛と輝く。

……俺と居る時は、途端にただの女の子になっちゃうけどな。それだけ気を許せるのだろう。どんな人にも、時には休める止まり木は必要だ。

我々が カジノ(ここ) に入るのは初めてだったからか、スタッフの連中は最初怪しんでいたようだった。ところが信用状と呼ばれる王都の銀行で作成された書類を差し入れると、あっという間にチップが用意された。なんとチップを乗せるカートと、それを押すスタッフ付きという好待遇だ。

カートは二台準備させ、一台をスタッフ付きでエルザに与えた。ライザは大はしゃぎで早速ルーレット台の方に二人で消える。

「いやあ、あれだけのチップ、ポンとお渡しになるなんて……。さすがでございます」

スタッフの一人が嘆息する。どうやらノーウォルドから来た、鉱物で一山当てた成金商人という設定は無事受け入れられたようだった。

……ま、調査の結果クロだったら回収するから心配しないでっ。

しばらくはルーレットでちまちま遊んでいたんだが、ここで打ち合わせ通りのセリフをエリーが口にする。

「ねぇあなた。このカジノ、イマイチ盛り上がらないわね。帝国の方が良くなかった?」

彼女は優雅に足を組み替え、フルートグラスを傾ける。うお、これぞ散財の女神……! そして彼女はチップの山から一枚摘まみ上げる。

「それにこのチップ、たしか銀貨一枚よね? ディナーどころか、カクテル代にもならないじゃない。私つまらないわ」

彼女が手に持ったチップをはじく。クルリクルリと宙を舞うチップはそのままルーレットのベッティングエリアに。コロコロと転がり、 赤(ルージュ) の二十三と二十七のコーナーでくるりと倒れた。直後ノーモアベットがコールされる。

「もう少し派手に楽しめそうなところが良いと思うんだけれど……」

やおら立ち上がると、傍らのボーイが持つトレーにグラスを置く。

間もなく 黒(ノワール) の二十四がコールされた。戻った配当から何枚かディーラーに投げ返すと、残りのチップをボーイのポケットに押し込む。

「あなたも、そう思わない?」

年若いボーイは、だらしない笑顔を見せながら何度も頷いた。

その一言でVIPルームに案内されることと相成った。作戦通り、なのか?

エリーさんや。君、迫真の演技過ぎん……? 悪女ムーヴやってると思えば。今度は扇子で顔を隠しつつさぁ、舌をペロッと出して笑うのやめよ? 俺の理性が決壊するから。

移動中、エリーに気になったことを耳打ちする。

「なあ。今のはなんかの魔法か?」

「え? ルーレットで当てたことを言ってる? ……まさか。偶然。私も驚いたわよ。普通当たるなんて思わないじゃない? 『嘘! 当たった!?』ってもう内心バクバク」

二人背中を丸めクスクス笑う様子は、さぞ不気味だったことだろう。

VIPルームは一般の客がいない分、ずいぶんと落ち着いた雰囲気となっていた。入る際チップが両替され、カートに乗っていたものがずいぶん嵩を減らした。

「この部屋、最低金貨一枚からのチップだって。ヤバいねご主人様」

ライザが楽しそうに笑う。それって表の部屋とすると百倍じゃん……。

同じくルーレットをやってしばらく経つが、ゲーム自体はじわじわと負けている。

負けを取り返そうと大きく張るが、その度に逆に張ってしまい、更に深追いしては負けを繰り返す。しかし意地になってもう引き返せない。どんどんチップを浪費する。更に苛立ちを募らせチップを掛ける。

典型的な負けパターン。……それを演じる。

苛立ち紛れに席を立つ。酒をオーダーしつつ部屋をそれとなく眺める。奥にもう一つ部屋があることに気づく。

酒を持って来たウエイターに部屋のことを尋ねる。

「なあ、あの部屋はなんだ?」

「はい、あちらは『リラクゼーションルーム』となっております」

「ふーん。何があるんだ?」

「失礼ながら、あちらのお部屋はご紹介のお客様のみのご案内となっておりまして」

「てことは何か? 俺みたいな一見は、金だけ落としてさっさと帰れと、そういうわけか」

「滅相もございません。ただあちらはどなたか常連様にご紹介いただいた方のみとさせていただいております」

「結構イライラしててさ。俺もリラックスしたいとこなんだが」

「申し訳ございません、規則ですので――」

そう言っていると、『リラクゼーションルーム』から客が一人よろめくように飛び出してきた。素早く周りのボーイが支える。

「んだテメーは、俺のことほ、ほ、放っておけっ。それとも何か? ま、まさか貴様、月からの刺客……!? 『組織』はもうそこまで? しかしまだ『約束の日』の啓示はまだ」

……何言ってんだ、あのおっさん。リラックスしすぎたのか?

「ふ、ふふ、ふざけるなぁ! ワシは侵略には屈しないぞぉぉ!? わ、我が『結社』の力を侮るなよ!? く、くらえ! 火弾(ファイアショット) ぉ!」

妙なことを喚き散らしているだけのおっさんかと思っていたが油断した。部屋の中で火炎系魔法なんか使いやがって!

足取りもおぼつかないおっさんが放った火弾が、こちらへと飛んでくる。