軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九章49 『魔法使い』

――紫電の炸裂が乱舞し、戦場の空をクリンドが四方八方、縦横無碍に飛び跳ねる。

『――ッ!!』

その雷爆の光を追い、嵐のように繰り出される竜爪が空を掻き、そのたびに何もない空間が引き裂かれ、生じる真空波が竜人の逃げ道を閉じていく。

選択肢を削られていく中、クリンドは『龍』の狙いを自分に絞らせ、その注意を、余波さえも地上に及ばないよう、慎重かつ大胆に天上を立ち回っていた。

「こちらの想定を上回りましたか。驚嘆」

一撃一撃が地形を変えかねない『龍』の暴威を躱し、いなし、正面から相殺しながら、クリンドは簒奪者の竜殻の取り扱いに感嘆を禁じ得ない。

前述した通り、簒奪者は『神龍』の竜殻を扱い切れてはいない。――生まれたての赤ん坊に『剣聖』の体を与えるようなものだ。元より、無理な話なのである。

故にクリンドも、簒奪者が『神龍』としての本領を発揮するのではなく、竜殻さえも勝利の道具とする貪欲な姿勢に感心し、弱い人間の強さの一端をまた尊敬した。

しかし、戦いが想定を超えて長引き始め、気付く。――簒奪者もまた、クリンドの想定をはるかに上回って竜殻に適応し、同時に成長を続けている事実に。

「ここまでに『剣聖』や『剣鬼』とも渡り合ったと聞きましたが。得心」

『神龍』の竜殻を以てしても、容易く圧倒できない強者たちとの戦いを重ねて、簒奪者は『龍』としてのポテンシャルをかなりの強度で引き出せている。それは『心核』を守る竜鱗と竜暈の輝きからも、十二分に感じ取れる手応えだった。

「人の可能性とは……。心服」

完成された存在などと、そう嘯く『龍』の在り方のなんと滑稽なことだろうか。

何故、『龍』は最強の生命体として、地上を我が物顔で歩けたのか。――その、大きく無遠慮な足音が答えだと、そうクリンドは考える。主張が強く、誰もがその存在から意識を逸らせない。放っておけない。それが『龍』に、地上で一番大きな顔をさせていた。

だから『龍』は、この地上に居場所がなくなって、大瀑布の彼方へ消えたのだ。

「――――」

場違いな感傷とわかっていてなお、竜人の胸中を過去が去来する。

天空にいくつもの裂け目が生じ、轟然と唸る風に巻き上げられた巨岩と氷の礫が飛び交う中を、十、二十と重ねた衝撃波で突き抜けながら、クリンドの脳裏には四百年前――地上を追われ、飛び去っていく同胞たちの姿が描かれていた。

あの日、地上に残ったのは群れのはぐれか変わり者、まともな考えと判断力のある『龍』は大瀑布の向こうへ去ったとされているが、クリンドに言わせれば逆だ。

『龍』が頂点生物であれたのは、最も強くあるよう命をデザインされたから。ならば『龍』とは常に、その座を譲ることがないように学び、成長し続けなければならない。

竜人が生まれたこと自体、その『龍』の在り方の証明ではないか。

「何より、気付けないのでしょうか。――失笑」

纏った紫電を轟雷に変え、空を埋め尽くす数百の岩塊と氷塊を打ち砕いて、『龍』の注目を自らに集めるクリンドが地上を見る。

そこでは――、

「――竜鱗と竜暈、それが『神龍』が貴様の切り札を無力化したカラクリか」

「無力化、は心外な表現だ。無効化か無害化、どちらかでお願いしたいねーぇ」

「くだらんことに拘っている場合か! ……異なる属性の同時発動は、『二属性交差式』を応用したものか? だが、三種混ぜれば火と風の収束圧の制御はどうする?」

「簡単な話だよ。収束圧そのものを核に据えればいい。干渉し合って生まれる術式の不均衡は、三種目が水なら火に、土なら風に合わせることで修正可能だ」

「属性の螺旋干渉を利用するだと!? 馬鹿な、逆位相の属性をぶつけ合えば術式は相殺し合い、ゲートの臨界偏差をあっさりと超えて……極点圧縮か!」

「ほう、自力でそこに辿り着けるとは存外やるね。見たところ、斬新な術式構築だし、独学みたいなのに……いや、よく見たらそれ、我が家の先々代の残した術式基礎では?」

「ぬぐ……っ!」

「今となっては、体内を巡るマナを円環とみなす『均衡環流』が主流で、もはや価値がないと破棄されたはずの……だいぶ前に資料が逸失したが、まさか君が?」

「ま、魔法の道を究めるためには大なり小なり覚悟がいる! そもそも、文献は露店で埃を被っていたものだぞ! 私はそこから『統合環流』を見出し、魔法の発動におけるマナの使用効率を劇的に改善させた!」

「人の理論で盗人猛々しいことだーぁね」

「着想の切っ掛けになったのは認めるが、改良と改善は進歩の常だ! だったら貴様は誰からも何の薫陶も教えも受けていないとでも言うつもりか!?」

「――――」

「急に黙るな! 第一、百歩譲っても貴様ではなく、貴様の先々代のロズワール・J・メイザース女史の偉大な功績だ!」

「それも私みたいなものだ、という話だよ。――話を戻そう。『統合環流』は考えてみたこともなかった。『二属性交差式』の問題点がわかるなら、『三脚重心制御』が『多属性交差式』に不向きな理由は説明しなくても?」

「馬鹿にしているのか? 同発する属性が一つ増えれば、螺旋干渉の乱れは乗算される。『三脚重心制御』で三属性までは同発できても、それ以上は……いや、貴様は先ほど五属性の同時制御を実現していた。いったい、どうやって?」

「なるほど。答えが聞きたいのか。いいとも、明かそう。自らの探究心と深淵なる魔の真髄を検証することこそ魔法の醍醐味だと思うが、君の情熱はその程度――」

「待て待て待て待て、黙っていろ……! 五属性、螺旋干渉、極点圧縮……いや、奴の術式は『均衡環流』で……そうか! 『三脚重心制御』の重畳並列!」

「――!」

「つまり『三脚重心制御』で三属性の同発を二本、重畳して走らせた! その二本目の三属性のうち、発動した陽属性で自身のゲートを補助し、螺旋干渉で生じる収束圧を核に据えることで三属性と二属性の極点圧縮を成立させ、あれの実現を……」

「そう、そうだとも! それが『五重共鳴点』の実在を証明する突破口だ!」

「馬鹿か!? 一手一瞬一分一厘! どこかズレるだけで螺旋崩壊を起こして終わりだ! 貴様を中心に第二のアグザッド渓谷ができるぞ!?」

「だが、そうはならなかった。――それが、いと高く遠き魔道の頂だよ」

「――――」

「怖いかい? エッゾ・カドナーくん」

「ああ、恐ろしいとも。それを望む己の心がな、ロズワール・L・メイザース」

――そう、地上で二人の魔法使いが互いの研鑽をぶつけ、磨き合っている。

「何とも生き生きとした顔を。望外」

元々の託された役割がある。故に、『龍』との戦いの最前線で、紫電纏って激戦するのはクリンドが望んで引き受けたことだ。

だが、仮にその役割を託されていなくとも、クリンドは自身の信念に従って、こうしてかつての己の竜殻と紫電を交えることを選んだだろう。

人間と人間の切磋と琢磨が、新たな『何か』を生み出そうとしている。

それこそが、新たなる価値観を認めなかった同胞に異端とみなされ、地上に取り残される道を選んだ『神龍』ボルカニカ――その竜人たる、クリンドの望み。

可能性を閉ざすことを代償に求める『憂鬱』の魔女因子に、決して取り込まれることのなかった精神性の、その最も強固な柱であったのだから。

△▼△▼△▼△

隣に並び立ったエッゾ・カドナーのことを、ロズワールはほとんど知らなかった。

名前は聞いている。フェルト陣営に新たに加わった人材で、その有能さから早々に陣営の中心人物の一人となった内政担当と、そうした認識だ。

一応、魔法使いであるという情報もあったが、誰に師事し、学んだか知れない在野の魔法使いもどきの認識で、実際、独学なのだから大きく外した認識ではなかった。

ただし、その魔法使いもどきという認識も、実物のエッゾと相対し、彼の魔法の構築理論を目にしたことで覆る。――本物だと。

そして、互いに本物だとわかっている同士に、多くの言葉は必要なかった。

「少し休んで息を整えていろ。あと一度は無茶をしてもらうぞ」

そう告げたエッゾが、ロズワールと目線を合わせるために作った足場から飛び降り、戦場を一歩前に出ると、空を仰ぐ。

「――――」

大魔法と超魔法の連発、そこに『龍』と竜人の衝突が重なったことで、滞留したマナの劇的な影響に揉まれ、蒼の広がっていた空は虹色の揺らめく異常気象と化していた。そこではなおも紫電の炸裂が無数に連鎖し、空を駆ける竜人の独闘が続いている。

力及ばず、ロズワールが倒れたあとも、クリンドは自らの役割を全うし――、

「何故、彼は一人で戦っている? 貴様は考え違いをしているぞ」

「……なんだって?」

「魔法使いは他者と交われないとでも? いいや、調和こそが真骨頂だ!」

目を見張るロズワールの前で、そう言ったエッゾの周囲に無数の水球が浮かんだ。

水球はその内に、砕け落ちた岩塊をいくつも取り込んでおり、それらを孕んだまま一気に急上昇――クリンドと『神龍』の激化する戦場へ飛び込んでいく。

「あれは――」

無茶、というより無意味だと、ロズワールはエッゾの意図を掴みかねた。

水属性の単一制御とはいえ、百に迫る数をあっさりと操る技量には感心したが、あの程度の水球では、岩塊ごとぶつけたところで『龍』の気を引く効果さえない。

むしろ、独力で『神龍』と渡り合うクリンドの戦術を崩壊させかねないとすら。

「もう一度言うぞ、ロズワール。――貴様は、考え違いをしていると」

エッゾの宣告、その直後の光景にロズワールは息を呑んだ。

彼が浮かべた無数の水球は、『神龍』を攻撃するためのものではなかった。――炸裂した紫電が水球と岩塊を爆ぜさせ、足場を得て旋空するクリンドの速度が一段増す。

加速したクリンド、その進路を導くように水球は広範囲に散開し、発射台を与えられた竜人の一撃をより鋭く、重く、鮮烈なものとして『神龍』の竜鱗を穿たせた。

轟音と衝撃波が地表にまで届き、風を浴びせられるロズワールにエッゾが続ける。

「確かに、あの彼には単独の空戦能力がある。だが察するに、あの魔法光の本来の仕様はそれではなく、目を見張る防護性能の方だ。彼が熟達した強者であるから、違った使い方でも戦えているが、力の散逸を取り除けば、本来の威力は比べるべくもない」

「――。だが、空に足場を用意すれば、かえって狙いを散らしにくくなる。自在に空を蹴れるクリンドの強みが死にかねないのでは?」

「必要に応じてそれを切り替え、使いこなせない未熟者だと彼を思うのか? だとしたら貴様にないのは気配りだけでなく、人を見る目もだ」

「――――」

「ロズワール、誰かと共に戦うということは、相手を信頼し、何もかもを慮らないということとは違う。任せるところを任せ、補うところを補うことだ。貴様のやり方では、百と百が邪魔し合わない二百になれても、百と百が高め合った千にはなれない」

そう持論を述べながらも、エッゾは頭上の戦いへの援護の手を緩めない。

浮かべる岩塊に事欠かない岩原野だ。空を埋め尽くす勢いで増える水球は、目にも止まらぬ速さでクリンドが足場に消費しても、増える量の方が圧倒する。

『ちっ、小賢しいと思ったらセンセイさんかよ!』

利用される足場の出所に、エッゾを見つけた『神龍』が荒々しく怒鳴る。竜爪が水球を一度に百打ち砕き、さらに地上の魔法使いたち目掛け、息吹が放たれ――、

「余所見はおススメしません、この通り。証明」

その『龍』の顎を、跳ねたクリンドの両足が真下からぶち抜く。放てなかった息吹がその『龍』の口腔で爆発し、衝撃に牙が弾け飛んでいくのが見えた。

『こ、の……っ!』

自爆にのけ反った『神龍』、その周囲の空気が歪み、捻じ曲がり、不安定だが強大さだけは折り紙付きの魔法光が拡大、『龍』が見様見真似の大魔法を発動しようとする。

紫電を障壁にできるクリンドと、竜暈任せの防御ができる『神龍』は耐えられても、それが地上に落ちればロズワールたちはひとたまりもない。

「――それなら、空で爆発させるのみだ」

幸い、無作為に放出されたマナと、隣でじっくり観察できた『統合環流』を基礎とした魔法の水球が無数にある。――その魔法の構成に割り込み、性能を書き換える。

「貴様、私の魔法だぞ!?」

「魔法は誰のものでもないよ。道は常に開かれている。――私の師の教えだ」

瞬間、制御を奪った水球を束ね、周囲のマナを取り込んで極点圧縮――『神龍』が作り上げようとした大魔法に自己解釈を割り込ませ、あえて完成形への構築をしくじる。

引き起こされるのは、エッゾが懸念した螺旋崩壊――この戦いで幾度も壊れた空が、今一度崩壊する極光の大爆裂だ。

灼熱と極寒が交互に走り、空にあった岩は融け、凍り、砕け散る。雷光がその残滓さえ焼き尽くし、風圧が灰と砂塵を数キロ先へ吹き飛ばしていく大惨事。

「無茶苦茶か、貴様!? 味方の彼ごと消し飛ばすところだぞ!?」

「だが、君が守った。――これが、君の言うところの調和、だーぁろう?」

黄色い方の目をつむってウィンクし、血相を変えたエッゾをロズワールは黙らせる。

事実、上空で大爆裂に巻き込まれたクリンドを幾層にも重ねた水の帯で囲い、その破滅的な火力を最大限抑え込んで防御を届かせたのはエッゾの手腕だった。

エッゾなら、ロズワールの意図を察してそれをやると思った。役割が逆だったなら、技量と思いやりの差で、絶対に成立しなかった適材適所。

やはり自分は人でなしの悪人だ。――ただ、改良と改善、進歩の余地があるだけの。

「だからと言ってこの所業、旦那様の正気を疑いましたが。鬼畜」

と、エッゾの機転で墜落を免れたクリンドの恨み言が聞こえてきそうだが、彼の冷面と向き合いながらのお説教も、全ては戦いを終えたあとの話。

そして――、

「エッゾ・カドナーくん」

「――。なんだ、ロズワール・L・メイザース」

名前を呼ばれたエッゾが、対抗するみたいにそう呼び返してきたのが可笑しい。そんな心中を、血と汗で崩れかけた化粧の裏に隠し、ロズワールは吐息。

それから改めて、『灰色』のエッゾ・カドナーを見据え――、

「――手伝ってもらいたい。この世で一度も起きたことのない、新たな魔法の開闢を」

我ながら卑怯な物言いだと、そうロズワールは開き直る。――魔法の道に耽溺するものが、その誘惑に逆らうことなど、できるはずもないのだから。

△▼△▼△▼△

――術式を構築する最中、エッゾ・カドナーは我知らず、涙をこぼしそうだった。

「馬鹿め馬鹿め馬鹿め、このふざけた涙腺め。今は働くな、怠けていろ」

そう自分の体の機能を叱咤して、こぼれかけた涙を頬を引き締めて食い止める。

エッゾは怠けることを嫌う。それは小人族が身体能力にも優れたゲートにも恵まれず、多くの同胞が目標を叶えるのに他の種族以上の奮励を求められるからだ。唯一、小人族には加護を授かりやすいという種族特性があるが、同じフェルト陣営のカンバリーなどと違い、エッゾはその籤にも外れた、わかりやすい持たざる者だった。

エッゾは怠けることを嫌う。それは他者より厳しい生き方を強制されてきたから――ではない。小人族の出自を理由に、「ああ、やっぱり」と侮られるのが、なんかこう、我慢ならないからだ。

仮にエッゾが立てた目標に届かなかったとしても、それは小人族だったからではない。

人生とは一度言い訳を許せば、怠惰や怠慢にあっという間に攻め込まれ、自分をグズグズでドロドロの甘々人間に仕立て上げてしまうと、よくわかっている。

というか、兄と姉がそうだった。エッゾは十人兄弟の末っ子だったが、自分以外の兄弟は全員加護を授かり、それに甘えてたるみ切った生き方を謳歌している。

それを悪いとは言わない。兄と姉の人生だ。悪いと言いたいが、言わない。我慢だ。

ただ、それが自分の人生になるとしたら我慢ならなかった。

だからエッゾ・カドナーは、露天商で箱の奥に仕舞い込まれていた、埃を被った魔法の文献を発見したとき、その感動に人生を捧げ、決して言い訳をしないと誓ったのだ。

「貴様もそうなんだろう、ロズワール。……見ればわかる」

王国の宮廷魔導師の地位に就き、魔法の属性を極めた『色付き』の称号を与る立場にありながら、しかし他者を教え導き、交わることをしないと有名なロズワール。辺境伯としての手腕は有能でも、魔法使いとしての地位は家柄と政治力で買ったもの。――そんな風にロズワールを疑い、挑みかかった過去はエッゾの忘れ難い黒歴史だ。

だが、実際に、ロズワールが展開する魔法の構築の無駄のなさを、描き出される術式の美しさを目にしたとき、エッゾは心の底から己を恥じた。

エッゾとロズワールは同年代だ。

そして同年代に、自分以上の努力をしたものはいないと、エッゾは思い上がっていた。自分は生きる時間の全てをつぎ込んで、魔法とは何たるかの一端に触れたとばかり。でも全然だ。――ロズワールとエッゾとでは、その魔法の探求と研鑽に、まるで百年以上もの差がついているかのように思えた。

それは才能の差とも、種族の差とも、生まれの差とも言わせない、絶対の真実――だから、エッゾ・カドナーは、嬉しくて涙がこぼれそうだった。

「――っ」

自分の焦がれた領域に立つものが、自分以上に努力した人間で、よかった。

その理解と敬服と感謝が、エッゾの心を波打たせ、怠けることを何より嫌うエッゾに、生まれて初めて怠けろと涙腺に命じさせたのだ。

そんな思いを胸に、エッゾもまた、重ねた探究を示すべく、意識を集中する。

魔法とは、起こる結果を強く想像することが求められる。それは自分が何を考え、何を望み、何を願いの形と定める人間なのか、全てをさらけ出す行為に等しい。

だから、魔法には嘘がない。――魔法を見れば、その人の全てがわかる。

「――なあ、わかるだろう、ロズワール」

それは、はたして音にした言葉だったのだろうか。それとも、かつてないほどに酷使されるゲートと、命を削るほどの集中力が見せるまやかしだったのか。

「……ああ、わかるとも、エッゾ・カドナーくん」

しかし、幻や幻聴であることを疑う心と裏腹に、返事はあった。

極限のマナの高まり合いに景色は白くなり、こちらを守るために奮戦する紫電の轟雷すら聞こえず、それなのに互いの存在はまるで心音さえ届きそうなほど近い。

編み上げられていく魔法を通じ、己をさらけ出す二人の魔法使いの、意識が交わる。

ロズワールの積み重ねてきた日々が、一心不乱の探究の成果が、誰も自分に追いついてくることなく、一人で頂を目指し、歩み続けた時間が、伝わってくる。

行き過ぎた結果は、望まず人を孤独にする。ロズワールも、孤独であり続けた。

だが、流さなかった涙に誓って、エッゾはロズワールに言わなくてはならない。

「貴様が、たった一人でどこまでいこうとしているのか、今の私にはわからない。だが、どれだけ大勢が貴様を遠い存在にしようとしても、私だけは違う」

努力と研鑽が彼をそこに至らせたのなら、自分にも同じ――否、それ以上ができる。

「貴様がどれだけ孤独を好んだとしても、一人で死ぬことを選んだとしても、誰も届かない場所へいこうとしたとしても、私だけは貴様に喰らいつく」

諦めたくなる気持ちはわからないが、嘆きたくなる気持ちはエッゾにもわかる。

自分にできることを最大限やってきただけで、気付けば周りには誰もいない。――それを自分のせいだと、誰も思いたくはないのだから。

「属性を極めたものの称号、『赤』と『緑』、それに『黄色』の三色を貴様は任命された。だが、『青』の座はフェリックス・アーガイル氏に譲った上、未だ『白』と『黒』の座は空けたままだ。――この意味がわかるか?」

「――――」

「私が、なんと呼ばれているか知っているか。『灰色』のエッゾ・カドナーだ。灰色が何色でできていると思う。――ロズワール、私は貴様に届くものだ」

だから、エッゾ・カドナーが味わったものと同じ感謝を、偉大なる魔法使いに捧ぐ。

「――貴様は決してこの道を、一人にはならない」

△▼△▼△▼△

空の色は、すでに失われていた。

晴れ渡る蒼穹から青は消え、ただ褪せた灰白の幕が広がるばかりで、大気そのものの価値が薄れ、儚く消えゆくようだった。

その色褪せた空を、閃光が切り裂く。紫電を帯のように引きながら雷走するクリンド、それはもはや「跳ぶ」というよりも、空を蹴破るが如き勢いだ。

対するは竜鱗と竜暈に守られ、淡く光り輝く竜殻を空に舞わせる巨影――竜爪が閃くたびに虚空が裂け、真空の断層が轟音と共に竜人へ押し寄せる。

「――――」

声を発する余裕などない。ただ紫電が鳴る。

次いではためく竜翼、突風に混じって放たれた無数の光弾が空を閃く。それは星屑のように灰色の空にちりばめられ、獰猛な軌跡を描いてクリンドへ迫る、迫る、迫る。――轟雷が瞬き、数百の光条の雨が貫かれ、無数の煌めきが寂寥の空を彩る。爆裂の余波は上方に偏って拡散し、地上にいる二人の魔法使いには星の一欠片も届かない。

『――――』

次の瞬間、真の意味で、天上の星が瞬くのを誰もが見た。

色褪せた空の彼方、はるか向こうから落ちてくるのは絶大な引力に引き寄せられ、地上へと一直線に突き進む星光――逡巡は、瞬きにも満たぬ刹那だった。

「――っ!」

ひと際強烈な紫電が迸り、連鎖する雷爆が竜人を星の落ちてくる空へ上昇させる。

『――――ッッ!!』

『神龍』の息吹、放たれる奔流は白熱となって空を焼き払い、しかし天上の竜人にも、地上の魔法使いにもその矛先を向けることなく、彼方の地へと飛んだ。

爆ぜる紫電と『龍』の咆哮が混ざり合い、空の果てで砕かれた星が強く強く、色褪せた天地を眩く照らし出し――、

「――アル・セクステット」

詠唱が、地平線を震わせ、天空が息を止めた。

世界を形作るあらゆるマナが異なる六色の役割を与えられ、走り出した力が交差し、融合する。通常、瞬時に崩壊するはずの干渉が一つの律動を生み、色の失われた世界そのものを媒介にして、美しい円環を成した。

やがて、六色の奔流は一つへと収束し、天と地の境界を断ち切る柱となる。

柱は六色のいずれにも偏ることなく、ただ『魔法』という根源そのものが顕現した極光を己の色に選び、光柱は全てを呑み込む力に還元されていく。

――その光柱の中心に、『神龍』の巨影が捕らえられた。

抗いの爪は、翼は、息吹は、いずれも虚無に呑み込まれ、『龍』の力はそのまま魔法の糧となり、光柱はさらに太く、さらに強く輝きを増していく。

天に伸びた光は雲なき空を突き破り、はるか上層の大気を、地平の先を白々と照らす。その瞬間、天地の理が一瞬、塗り替えられた。

――それは、魔法という体系が始まって以来、『最初の魔法使い』も、『強欲の魔女』さえも成し遂げたことのない、絶対の奇跡。

『――ぁ』

音の消えた世界に、あまりにも頼りなく響いたそれは、引き起こされた出来事と比べればささやかすぎる称賛だった。

だが、確信に至らせるには十分。――ここに、『神龍』の竜暈は砕かれた。

そして――、

「――封枷、第三解禁」

空を裂き、大地を焼き、六つの属性が均衡を保って柱と化した世界の只中。その極光の渦を貫いて、唯一、色を宿した紫電が天墜した。

星を砕いて落ちる隕鉄のように、その体は稲光を纏いながら空の彼方から突入する。宙を蹴る足を爆ぜさせ、自らを、ただ一点を貫く至高の一矢としながら。

狙いは逆鱗。――『神龍』の首に刻まれた唯一の急所、絶対の防御を誇る鎧の蟻の一穴。光柱に呑まれ、その竜暈を剥がされた『龍』の、その『心核』へ至る最後の壁。

「感謝を。――感謝」

紫電は尾を引く彗星の如く、音の壁も、竜鱗の防護も突き抜け、拳が叩き込まれた。

柱の輝きと紫電の奔流が重なり合い、衝撃が虚空を震わせ、砕け散る音と共に『龍』の全身に光の帯が走る。

渾身の打撃が、史上類を見ない魔法という奇跡の極点と結び付き、『神龍』の竜殻の最奥の最奥、そこに眠る『心核』を、今、打ち抜いた。

『――――』

確たる一撃に貫かれ、中天で翼を広げる『神龍』が緩やかに地上を見る。そこに、正しく虫の息の小さな存在を認めて、『龍』の爪が自身の頭部近くで空を切った。――被っているつもりでいた兜の金具に、手癖で指を伸ばしたように。

『ちっ、情けねぇ。……散々下駄履いてこれじゃ、星のせいにも、できや、しねぇ』

そう、忌々しげに、『神龍』らしい荘厳さとは無縁の、あまりに凡庸な悪態をついて、天空を支配していた絶対の存在が、重力に引かれ、地に落ちていく。

揺らめく光の残滓を引き連れ、虚空を裂きながら、轟音と共に、落ちていく。

――それが、『神龍』ボルカニカの竜殻を奪った簒奪者との、決着だった。