軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九章8  『後悔の仕方』

「聞いたわよお。あの、青い髪のお姉さんの目が覚めたんでしょお? お兄さん、ずうっとずうっと心配してたし、ホッとしたんじゃなあい?」

「ああ、今でもレムが目を覚ました瞬間の新鮮な感動は思い出せるよ。あのあと、指折られたのも今となってはいい思い出だ」

「……ちょっとお、ペトラちゃん。お兄さん、飛んでく前より変になってなあい?」

「ええと、とっても色々あったの。話すと長いんだけど、女装してたり、ベアトリスちゃんと同じくらい小さくなってたときもあって……」

「はあ?」

と、カウンターに頬杖をつきながら、合流したてのメィリィが怪訝な顔をした。

スバル的には変人扱いに物申したいところではあるが、帝国でスバルの身に起こった出来事を触りだけ聞くと、メィリィの反応は至極当然だろう。置かれた状況とその後の展開にイマイチ繋がりが感じられないので、スバルも自分で首をひねりたくなる。

「まぁ、一から説明したらちゃんと筋の通った話ができるんだけども」

「……そうかしら? ベティーも事情は一から聞いたけど、スバルがまた女装したあたりで理解に苦しむ展開になったと思ったのよ」

「なんでだよ、そこが一番理路整然と筋を通してるだろ……」

何故か理解されない城郭都市攻略作戦、あれはスバルとアベル、そしてフロップの三人が女装するのがベストの策だったと、結果が証明しているというのに。

しかし、そんなスバルの真摯な訴えは、ベアトリスとペトラ、そして注文した冷たいミルクを受け取るメィリィにはちっとも響いていない様子だった。

ともあれ――、

「それにしてもお、戻ってすぐまたあの塔だなんて……お兄さん、またどこかに飛ばされてペトラちゃんを寂しがらせるんじゃないのお?」

「そのおっかない議論は散々……ってほどじゃないけど、もうしたんだよ。少なくとも、飛ばされる不具合が起こった原因は、もう起こらない、と思う」

「な、なんだかかえって不安になる言い方……」

メィリィとペトラの懸念の眼差しに、スバルはベアトリスを抱え直しながら――元々、ベアトリスの座っていた席がメィリィに占領されたため、左右にペトラとメィリィ、膝の上にベアトリスを乗せた状態で、スバルは一考する。

――そもそも、スバルがヴォラキア帝国へ飛ばされる原因となった出来事、それはプレアデス監視塔で発生した、ひどくイレギュラーな事態が切っ掛けだ。

あのとき、事が起きる寸前、塔の緑部屋で発生したイレギュラー。それはスピカ――あの時点ではルイだと思われた彼女が出現し、その対応に慌てふためく最中、事態は急展開を迎えることとなった。

あれは――、

「――『死に戻り』を口にしたときのペナルティの、間違った適用」

そうスバルは推測している。

以前、『聖域』でエキドナの茶会に参加し、彼女に『死に戻り』のことを打ち明けた。その結果は散々な形に終わったが、散々だったのはエキドナの胸糞対応だけでなく、茶会から戻った現実の時間の方だった。

エキドナへの『死に戻り』の告白、そのペナルティが発動し、『聖域』全体が黒い影の脅威に覆われ、壊滅状態へ陥ったのだ。――あれと、同じだとスバルは推測する。

つまるところ、『記憶の回廊』でスバルと遭遇し、『死に戻り』を知ったルイ・アルネブが、何らかの理由で緑部屋へ出現した。

それを、あの黒い影――『嫉妬の魔女』が、誤って排除にかかったのだと。

そしてその『嫉妬の魔女』の暴走と、塔を守る役目を負った『神龍』ボルカニカとの力が衝突した結果、発生した力場に吹き飛ばされ――、

「って考えてるけど、そっから先は推測でしかないな」

究極、スバルが帝国の、あの『シュドラクの民』の森に飛ばされた理由は不明だ。

あれが偶発的だったのか、それとも『嫉妬の魔女』か『神龍』の意図が働いたのか、定かではない。ただ、その後のことがあるので、『嫉妬の魔女』ではないとは思う。

『嫉妬の魔女』は、剣奴孤島でスバルから呼びかけるまで、スバルを見失っていた。

――あそこで初めて、スバルは自分から『嫉妬の魔女』を、サテラを呼んだ。

それ以来、『死に戻り』の在り方は変わっていないのに、スバルの中で、それをスバルにもたらしただろう『嫉妬の魔女』への意識は少し変わった。

その変化というのは――、

「――スバル? 目つきが悪いかしら」

押し黙り、考え込むスバルの腕の中で振り返り、ベアトリスの指が眉間を押してくる。その感触と、彼女の言葉にスバルは苦笑した。

「目つきが悪いのは今さらだろ。普通、顔が怖いとかっていうんだ」

「スバルの顔は見慣れると愛嬌でいっぱいなのよ。目つきが悪いなんて印象は、スバルを知らない連中の戯言かしら」

「うんうん、ベアトリスちゃん、いいこと言う。ね、メィリィちゃん」

「そおねえ。魔獣ちゃんとおんなじくらい可愛いところもあるんじゃなあい?」

「ベア子とペトラは俺に甘いから、メィリィの意見が一般的な感性だろ。俺はこの目つきと十八年付き合ってきたんだ。妙な期待なんてしないぜ……!」

それこそ、異世界物のスタンダードである『美醜逆転物』みたいな展開も、すでに期待できるものでないことは一年以上の経験値で実証済み。

スバルの美的感覚通り、美人が美人で、スバルの目つきはモスト悪い。

「俺の目つきの話なんていいんだ。とにかく、飛ばされる心配はなさそうだから、俺が塔にいってみんなに迷惑かける心配はひとまず大丈夫」

「そお。まあ、わたしは別にいいけどねえ。お兄さんがいない間、ちゃあんとお勤めはしてたんだからあ」

「お勤め……じゃあじゃあっ、メィリィちゃんっ」

どことなく自慢げに、ニヤリと笑みを作ったメィリィにペトラが目を輝かせる。

スバルも、帝国からの帰路で王国に残ったメィリィが何をしていたかは聞いていた。

彼女はプレアデス監視塔への道のり、アウグリア砂丘を安全に案内できる自分の能力を売り込み、王国のお偉方と交渉していたはずなのだ。

これまでの、メィリィが王国で犯した罪の赦免と、今後の生活の保障を。

「で、その言い方ってことは……」

「そおよお、やってあげちゃったわあ。国の偉い人たち……賢人会だったかしらあ。あのお爺さんたちに、自由を約束させたわあ」

「やったっ! やったね、メィリィちゃんっ!」

「きゃあっ」

お手本のようなどや顔をしたメィリィ、彼女の報告にスバルが目を見開くと、スバル以上に喜んだペトラが手を伸ばし、スバル越しにメィリィの手を取った。

結果、ベアトリスのお腹のところで、少女二人が手を握り合うことになり、

「便乗して、俺もそっと手を重ねておこう」

「くちぐったいけど、ベティーもしちゃうのよ。よく頑張ったかしら」

スバルとベアトリスもそこに加わり、四人が仲良く手を重ね合う形に。

そのスバルたちの様子を、カウンターの向こうの店主が不思議なものを見る顔をしているが、嬉しい報告の席で周りの目を気にしすぎるのはよくないと意識的に無視。

そうして手を重ねられ、メィリィが「あ、ありがとお……」と小さい声で言い、

「そ、そんなわけだからあ、わたしの魔獣ちゃんたちを操る力は王国で大事にされるものなのよお。それを頼まれて使ってあげるんだから、感謝してよねえ」

「おお、すげぇでかい態度。でもいいぜ、ビッグマウス嫌いじゃない。それに、もちろん感謝は欠かさずしますしてます。ホント、よく反省したよ、お前は」

「何のどこに感謝してるのよお! また突き落とされたいのお!?」

売り言葉に買い言葉、メィリィのそれが照れ隠しの発言とはわかっていても、壮絶な階段転がりのことが思い出され、スバルの全身の骨が古い記憶に軋む。

しかし、それ以上に今のメィリィの失言を聞き咎めたのは――、

「メィリィちゃん? 突き落とすってどういうこと? 何したの?」

「あ……」

「ねえ、塔でのこと、そう言えばちゃんと聞けてなかったけど、どうしたの? スバルが飛ばされちゃったのを止められなかったって謝ってくれたけど、他に謝ることあるの?」

「あ、あのねえ、ペトラちゃん、ちょっと目が怖いわあ……」

「メィリィちゃん」

「ひいっ」

ぎゅっと、ベアトリスのお腹の上に置いたままのペトラの手が、メィリィの手を強く握りしめ、その場から逃がすことを許さない。

そうされ、メィリィが助けを求めるような目をスバルに向けて、

「お、お兄さん……お兄さんからもお……」

「悪いな、メィリィ。賢人会のお歴々はお前の珍しい力目当てにお目こぼししてくれるみたいだが、お前の友達はちゃんと叱ってくれるらしい。こんな友達貴重だぞ」

「後悔は先に立たないものなのよ。学びは得ておくものかしら」

「ちょっとお!」

そう言いながら、スバルはベアトリスを抱えて椅子を引き、ペトラとメィリィの間から撤退。直後にペトラが椅子の距離を詰め、メィリィは逃げられない。

そんな二人の様子を眺めながら、スバルはベアトリスと二人、ミルクを飲み――、

「あのとき、メィリィを助けられてよかったのよ」

「……ありがとな」

そう、小さい声でスバルの気持ちを代弁してくれたベアトリス、彼女の頭をスバルは愛おしさを込めて、微笑ましい少女たちのやり取りを眺めながら撫でた。

――涙目のメィリィの頭の上で、小さな蠍がシャキシャキと鋏を鳴らしていた。

△▼△▼△▼△

――ガーフィール・ティンゼルが託された役目は重い。

自分の双肩に乗っかった仲間たちの信頼を、ガーフィールは痛いほど理解している。

信じられているのだ。ガーフィールであれば、スバルやベアトリス、ペトラといったプレアデス監視塔への同行メンバーを危険な目に遭わせないと。

そして、その信頼に応えたい、応えてみせるという覚悟がガーフィールにもある。

「よォ、ちったァ水飲んどいた方がいいぜ。砂風のせいでだいぶッ空気が乾いてやがる。どッこで喉がカラッカラになるかわかったもんじゃァねェからよ」

と、そう言いながら、ガーフィールは竜車の奥に座っているアルに声をかけた。

パトラッシュの引く一台の竜車の中、座席で片膝を抱えて座っているアル――この、プレアデス監視塔への旅路の理由、あるいは原因と言える人物だ。

王選候補者、プリシラ・バーリエルの騎士だった男。彼は目の前で主人を失い、その喪失感を埋めるために塔の『死者の書』を求めている。

それがいいことなのか悪いことなのか、ガーフィールにはわからない。

「――――」

最初、プレアデス監視塔の『死者の書』のことを聞いたとき、正直なところ、ガーフィールはそれらの本をぜひともお目にかかりたいと思ったのだ。

状況的に、帝国へ飛ばされたスバルたちを助けにいくのが優先で慌ただしく、それについて真剣に話し合う場は持てなかったが、確かにそう思った。

元々、ガーフィールは過去の歴史の偉人についての本を読むのが好きだ。スバルたちが実物と会ったというレイド・アストレアの人生が綴られた『レイド・アストレア列伝』など、『聖域』で擦り切れるほど読んだ覚えがある。

そのレイドに限らず、歴史に名を遺した多くの偉人の生前の記憶が、『死者の書』を収めた書庫にはずらりと並んでいるのだと聞けば、期待に胸が高鳴るというものだ。

そんなガーフィールが、アルがプリシラの『死者の書』を読みたいと考えることにわずかな抵抗感があるのは、いったい何の道理に従った感覚と言えるのだろう。

知った人間だからいいのか。知った人間だから悪いのか。――この正しい答えは、ガーフィールだけでなく、スバルも持ち合わせていないようだった。

だから――、

「塔でやるッことやるまで、倒れるわけにゃいかねェんだろ。そら」

犬歯を噛み鳴らし、ガーフィールは水筒をアルへと投げ渡した。くるくると回転するそれが、ゆっくりと放物線を描いてアルへと向かい――、

「――お、悪ぃな、兄ちゃん。ちょうど喉がカラカラになってたとこだ」

パシッと軽い音を立てて水筒を受け取ると、アルは器用に右手一本で、兜の顎を持ち上げると、飲み口をそっと唇に差し込んだ。

そのまま結構な勢いで水を飲み、「ぷはーっ」と感嘆の息を吐くアル。

「ひー、生き返る生き返る。ホント、世話になってばっかでありがてぇ。ただでさえ、兄弟のチームをばらけさせて顰蹙もんだろうによ」

「勘弁しろや、自覚ッあんのかよォ」

「そりゃ、周りが見えてねぇわけじゃねぇし。いなくなっちまったどっかの親父さんよりは、まぁ、冷静冷静」

「――――」

ほとんど中身を飲み干した水筒を揺らしながら、そう答えたアルの前でガーフィールは鼻面に皺を寄せ、苦虫を噛み潰した気分になった。

アルが話題に出した、いなくなった人物というのはハインケルのことだ。

プリシラ陣営の一員であり、彼女が亡くなったあと、ずいぶんと動転していたハインケルは、ガーフィールたちが帝国を発つ数日前に行方をくらましてしまった。

ガーフィールも捜索に加わったが、毎日、数千人単位で人の出入りがあった街では匂いを辿ることも困難で、結局、探し当てることができなかった。

「エミリア様も、すげェ落ち込んでッたかんなァ……」

ハインケルの行方不明に、エミリアはひどく責任を感じていた。

なんでも、ガーフィールたちが知らない間にハインケルと接触し、そこで彼にかなり強烈に縋り付かれていたらしい。その場は第三者の介入で収まったそうだが、その後、改めて話し合う機会のないまま、ハインケルはいなくなってしまった。

そのエミリアと同じぐらい、ガーフィールも凹んでいると思う。――ハインケルとは何気に接点が多く、『大災』との戦いでも同じ場所で踏みとどまった仲だったから。

「てめェは、オッサンが心配じゃァねェのかよ」

「うん? ああ、心配っていや心配だけど、オレも親父さんもお互いいい歳だからよ。オッサン同士で心配し合うってのも、なぁ?」

「歳なんざッ関係あるかよォ! 仲間のことァ心配して当然だろォが。それ言い出したらベアトリスだって、エミリア様だって、婆ちゃんだって百歳超えてらァ!」

「確かに、兄弟のとこは年功序列にするとわけわかんねぇことになる筆頭だわ。あー、兄ちゃんの言うことは一から百まで全部正しいと思うぜ? ただ……」

「あんだよ」

「わり。オレもオレで、今、結構いっぱいいっぱいなんだわ」

そう言って、水筒を持った手を上げて頭を下げられ、ガーフィールは言葉に詰まった。

そうなってから、感情的にアルに詰め寄ってしまった自分が恥ずかしくなる。今のは完全に、ガーフィールの無力感からくる八つ当たりだ。

加えて――、

「――大将とァ、また違ェみてェだが」

翠の瞳を細めて、ガーフィールは舌先で犬歯の鋭さを確かめながら、神妙にアルの様子を窺い、オットーから言われていたことを思い出す。

――プリシラの死を見届け、心に大きな傷を負ったスバルとアル。

各々、プリシラの死には衝撃を受けていたが、やはりこの二人が受けた傷が一番大きなものであり、その傷との向き合い方も他とは一線を画した。

ケジメと『スパルカ』と称し、帝国で出会った大勢の仲間に自分を殴らせたスバル。

その痛々しく無謀な試みは、周囲の支えと手助けによって撤回させられたが、それと同じか、それ以上の『何か』を必要としているのがアルだ。

こうして話している分には受け答えに問題を感じないが――アルは当初、スバルたちが同行を申し出なかったとき、一人で塔へ向かうのを強行しようとした。

それがおそらく、自殺に等しい行いであることを、アウグリア砂丘の過酷さを仲間たちから聞いていたガーフィールも確信した。あるいは、アルは塔への道半ばで命を落としても構わないと、そう自暴自棄になっていた可能性すらある。

『俺は、アルが『死者の書』を読みたいって気持ちを尊重したい。あいつを、プレアデス監視塔まで連れてく。……それが俺がアルと、プリシラにしてやれることだ』

アルの危険な兆候を知ったとき、そう言い出したスバルを誰も止められなかった。

アルに付き添わないということは、アルが砂海で死ぬことを見過ごすということに等しい。――もう、人死には十分だと、それが陣営の総意だったのだ。

「しかし、あれだな。兄弟たちは買い出しだろ? 一番力持ちの兄ちゃんがついてきゃよかったのによ。竜車ならほれ、オレが一人で見ててもいいし」

「――。余所の陣営の奴だけッ残していけっかよォ。俺様ァ、てめェの見張りだ」

「余所者扱いとは寂しいぜ。一緒に帝国を救った仲じゃねぇか」

そしてそれが、アルが大事なものを何もかも失った理由でもあるのだ。

悲しみ方も、絶望の仕方も、後悔の仕方も人それぞれだ。ガーフィールにも、袋小路に嵌まって身動きが取れなくなり、絶望した経験はある。

そこから立ち直るのに、ガーフィールはスバルやラム、オットーたちの力を借りた。

今度はそこに、自分がいられるようにしたい。

「……俺様ァ、オッサンにもそォ思ってッたんだぜ」

いなくなってしまったハインケル、彼にも彼の絶望があったのだろう。それが彼の人生に大きな影を落としていたのだと、何となくわかる。

わかるからこそ、一人で何もかも抱え込むしかないハインケルが哀れだった。

「――どうやら、車内の空気がずいぶんと澱んでいるご様子。陰鬱」

と、そうガーフィールが考えたところだった。

竜車の入口が開かれ、そこから顔を見せた人物がそんな言葉を投げかけてきたのは。

驚いて振り向いたガーフィールは、そこにいたのが顔見知りだったことに息を吐き、

「いきッなりビビらせんじゃァねェよ。『ウーズルの風の音』かと思うだろォが」

「これは失礼を。ですが、あなたの役目を考えれば、突然のことに対処できなくてはそれこそ問題なのでは? 提起」

「うぐッ、そ、そいつァ……」

「重ねて失礼を。今のは揚げ足を取りました。謝罪」

そう言って、唇に立てた指を当ててウインクするのは、紺色の髪を丁寧に切り揃え、片目にモノクルを付けた細面の男――クリンドだ。

ロズワールの親類であるアンネローゼ・ミロードに仕える家令であり、底知れない雰囲気を漂わせ、姉のフレデリカと仲の悪い人物。

そして、この砂海の最寄り町であるミルーラで待ち合わせていた相手だ。

「すげェな、タイミングッピッタリじゃァねェか。――メィリィの奴ァ?」

「お連れしております。無論。時間配分に関しましてはお褒めに与るほどのことではありません。家令として、当然の仕事を果たしたまで」

「国の端ッから端まで、竜車丸ごと飛ばしッちまうよォな真似、てめェ以外の家令にホイホイとやられッてたまっかよォ」

胸に手を当て、大いに謙遜したクリンドにガーフィールは呆れる。

スバルとレムを帝国から連れ帰るにあたり、このクリンドが果たした役割はかなり大きく、もしかすると陣営のMVPは彼かもしれないレベルの働きぶりだ。

クリンドには、空間を渡る『扉渡り』と同じような魔法が使えるらしく、それにより、帝国へいくための準備を整えるため、八面六臂の大活躍をしていた。

こうしてここで合流したのも、アウグリア砂丘を渡るために必要不可欠な人材であるメィリィを連れてくるのが目的だ。

「メィリィ様ですが、真っ直ぐにスバル様たちの下へ向かわれました。私は到着の報告をするため、竜車へ足を運んだ次第。健気」

「ありがとよォ。ついでに、エミリア様とかオットー兄ィは連れてッこれねェのか?」

「申し訳ありません。今回の介入のため、旦那様からお支払いいただいた対価はあくまで帝国へ飛ばされたスバル様たちを連れ帰る行いに限定されたもの。こうしてメィリィをお連れしたのが、せめてもの厚意です。誠意」

「……わァった。理由があんなら、無理は言わねェ」

深々と頭を下げるクリンド、その平坦な口調は変わらないものの、彼の態度には一貫した謝罪の念があり、当人にもどうにもならない理由があるのだと思われた。

かつて、ガーフィールも獣化した際に理性が吹き飛ぶ悪癖があったが、あれを克服できたのは切っ掛けに恵まれたから。クリンドの制限がそうしたものかはわからないが、似たような経験があるガーフィールは不条理なことを言わなかった。

「と、俺様たちだけですまねェ。アルさんよォ、紹介ッするぜ。俺様たちの仲間で、ロズワールの野郎と仲良しのクリンドだ」

「なんとも絶妙に寒気がしつつ、否定しづらい紹介をありがとうございます。ご紹介に与りました、クリンドと申します。お見知りおきを。一礼」

アルそっちのけで話し込んでしまったと、ガーフィールがクリンドを紹介する。それに微かに苦笑し、クリンドが改めてアルへと顔を見せ、挨拶をした。

ガーフィール的には、昔からロズワールとつるんでいるらしいクリンドが、今さら仲良し扱いを否定するのもおかしな話と思ったが――、

「――アル様? 怪訝」

そのガーフィールの思いを余所に、クリンドが訝しむように眉を顰めていた。

理由は、クリンドの挨拶を受け、それに返事をしないでいるアルの反応だ。

「――――」

黙り込んだまま、アルはじっとクリンドの顔を見つめていた。

もちろん、兜を被った彼の表情は見えないのだが、それでも彼の発する空気感――驚きや戸惑いに近いそれを感じ取ることはできた。

ただ、その反応の意味自体はガーフィールにはわからない。

「んだァ? クリンド、アルさんと知り合いッかよ?」

「――。いえ、申し訳ありませんが覚えがありません。アル様、私とどこかでお会いしたことが? 確認」

首を横に振り、ガーフィールの疑問をクリンドが否定する。

クリンドに思い当たる節がないなら、おそらくそれは間違いない。

先述の通り、クリンドは特別な魔法が使えるが、それ以上に家令として優秀な能力の持ち主なのだ。フレデリカやラムを使用人として教育したのも、スバルに鞭の使い方を教えたのも彼だ。ガーフィールより強いということはないだろうが、物腰からも只者ではない実力者であることを窺える。

その彼の記憶にないなら、少なくともクリンド側に面識がないのは事実だろう。

そして、アルの方は――、

「――いいや、ねぇよ、面識。間違いなく、オレとあんたは初対面さ」

「……じゃァ、さっきのッ意味深な沈黙はなんだったんだよォ」

「悪ぃな、新しいこと覚えるのが億劫だったんだよ。――クリンドさんって言ったか。オレはアルだ。兄弟やら、あんたのお仲間に世話になってる」

「お伺いしております。どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。恒久」

「恒久はちょっと長ぇが、よろしくよろしく」

ひらひらと手を振り、アルがクリンドの軽口に気安く応じる。

その二人のやり取りの傍ら、ガーフィールはいささかアルの態度に不自然なものを感じた気がしたものの、それに言及する機を逸した。

「なんであれ、だ」

クリンドがメィリィを連れてきた以上、本格的なアウグリア砂丘の踏破が始まる。

砂海にひしめく魔獣はメィリィの力で追い払えるが、塔に辿り着くために絶対に通過しなければならない砂風の渦巻く『砂時間』など、備えるポイントは多い。

前回はエミリアや、同行したユリウスが力を発揮したと聞いている場面だ。

「やってッやるぜ! 大将たちァ、何に代えても俺様が守ってやらァ!」

胸の前で拳を合わせ、ガーフィールが吠える。

沸々と湧き上がる使命感、それがガーフィールを今奮い立たせる、揺るぎない自覚から噴き出す覚悟の証であった。

△▼△▼△▼△

――などと、そう鼻息荒くガーフィールが意気込んだのだが。

「はあい、無事に到着。今回は何にも起こらなくってホッとしちゃったあ」

そう言いながら、御者台からひょいっと砂の上に飛び降りたメィリィが、塔の入口に当たる大きな大きな扉を背に、両手を広げた。

アウグリア砂丘の東端――『剣聖』すらも踏破を断念し、辿り着くことのできなかったプレアデス監視塔への道のりを、呆気なく乗り越えて。

「がお……」

どんな障害からも仲間を守り抜くと固く誓っていたガーフィールは、その肩透かしな結果に喜ぶべきなのに、なんだかとても釈然としない顔で呟くしかなかった。