軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八章65 『星降る帝都』

――魂の変質による、『強欲の魔女』としての器の再構成。

それが『魔女』スピンクスが、ヴォラキア帝国の『大災』として此度の大厄災をもたらした大目的である。

この世界に生み出され、三百年以上の時を過ごして果たせなかった造物目的――どこまでいっても、それはスピンクスの中核にあり続ける命題だった。

ヴォラキア帝国にのみ現れるとされる『星詠み』の理屈に沿うなら、これはスピンクスが生まれながらに与えられた天命であると言えるだろう。

その天命を果たすためなら、王国だろうと帝国だろうと滅ぼすことを厭わない。

事実として――、

「――貴様が帝国を死者で溢れさせたのは、それが狙いであったか」

牢に鎖で繋がれ、両腕を上げたプリシラが紅の瞳を細める。

その理知的な双眸には、目の前の出来事に対する驚きの色はなく、静かな理解を薪に燃え盛る赫炎が宿っているのみだった。

その紅の眼差しに唇を笑みに歪め、『強欲の魔女』と成ったスピンクスは頷く。

「本来、器と魂とは不可分、それをワタシは造物された直後から理解していました。ワタシの長きにわたる探求の歳月は、その辻褄を合わせる旅だったと言ってもいい」

『強欲の魔女』の再現を目的とされながら、しかし『強欲の魔女』とは異なる器に魂を入れられ、スピンクスは『強欲の魔女』として不完全な状態で生まれざるを得なかった。

その不具合だらけの三百年以上の試行錯誤を苦には思わなかったが、さすがのスピンクスもようやく辿り着けた地平には達成感がある。

そしてそれはプリシラの言う通り、帝国で引き起こした『大災』によって完成へ至ることができた道に相違ないのだ。

――前述したように、本来、命にとって器と魂は不可分な代物だ。

これは精霊のような実体を持たないものも例外ではない。重要なのは触れられる肉体の有無ではなく、その魂が宿る容れ物としての器の話だ。

それがちぐはぐであるということは、命として不自然な状態にあるということ。そして不可分である魂と器には、そのちぐはぐな不自然を修正しようとする力が働く。

無論、どんな修正力が働こうと、器が魂に合わせて変化する事例は滅多にない。

魂を変化させ、器がそれに合うよう形を変えるシノビの術技や、数多の命を犠牲にした転生の呪縛といったものがそうした稀な実例だが、前者は適切な形に魂と器を整える技法の才能がいり、後者は多数の生贄と術者との間の強い繋がりがなければ成立しない。

どちらも、スピンクスでは満たすことのできない条件であり、望みを叶えるための実現性から放棄せざるを得ない可能性だった。

故に、スピンクスは利用したのだ。――『大災』を。

「帝国全土の死者を邪法で蘇らせ、その過程で不可視にして不可触の魂を数限りなく観察する。貴様の目的のための検証にもってこいだったというわけじゃな」

「『大災』が起こることは予見されていました。あとはワタシの計画がそれに見合うものと認められるかどうかが焦点でしたが……結果はご覧の通りです」

「勝ち誇るわりには、ずいぶんと綱渡りをしたようであったが?」

「否定はしません。要・挑戦でした」

プリシラの言は正しい。確かに不確定要素の多い試みだった。

『不死王の秘蹟』の術式に改変を加え、ヴォラキアの大精霊である『石塊』と接続して屍人の軍勢を実現できたことも、造物されたスピンクスが一個の魂として認められ、屍人として蘇りの対象に含まれるかどうかも、屍人たちの中に、スピンクス自身では実現できない魂の変容を引き起こせるものが現れるかどうかも、全ては不確実だった。

「ですが」

『不死王の秘蹟』の再現による屍人の蘇生に成功し、スピンクス自身が屍人として蘇る計画もうまく運び、さらにはラミア・ゴドウィンや『巨眼』イズメイルといった魂の変化を受容するものたちも現れ、スピンクスが必要とした下地は整えられていった。

そして――、

「最後の一押しとなったのが、『陽剣』の焔というのは皮肉ですね」

「――――」

「あのままであれば、間違いなくワタシは滅ぼされていました。その窮地が、かえってワタシに最後の無数の検討をさせる切っ掛けとなった」

「――いいや、それは違う」

「違う?」

魂を焼かれる絶体絶命、その危機から逃れた事実の否定にスピンクスは首を傾げた。

直前までの、『強欲の魔女』として不完全な器とは目線の高さから違っている。その顔や首筋、剥き出しの肌は血の気の失せた青白いものではなく、双眸も黒に金色を浮かべた屍人のそれではない、黒瞳が再現されていた。

だが、それでもスピンクスは紛れもなく屍人である。

生者に限りなく近い状態の魂の再現、その成立が外見に大きな影響を及ぼしている。それを実現できたこと自体が、スピンクスの理論の正しさの証明に他ならない。

「そのワタシが何を間違えていると? 要・説明です」

「無数の検討などと、血の通わぬ言葉で貴様が起こした物事を言い表すな。貴様は命の燃え尽きるすんでのところで、醜く懸命に生き足掻いたのよ」

「――。ワタシは死者ですが」

「死者には生き足掻く資格がないとでも? 貴様が幾度も渡った細い縄は、いずれも悠然と構えているだけで渡り切れるものではない」

「――――」

「貴様は生き足掻き、望む結果を引き寄せた。妾にとっては不愉快で不都合であろうと、その事実は正しく認識せよ。――妾の敵たらんとするのなら」

唇を閉じたスピンクスに、囚われの身でプリシラは堂々とそう言った。

そのプリシラの眼差した言葉に、スピンクスは微かに眉を顰める。

プリシラの舌鋒、それはあくまで彼女らしさを損なわない鋭利なものだったが、まるでスピンクスの挑戦を称えるかのようだった。

スピンクスの試行錯誤、それが実を結んだ事実を認めたかのような。

「――――」

それがスピンクスの胸に、わずかなささくれを生む。――『強欲の魔女』らしからぬ、あってはならない感傷を。

「――。あなたの説述に付き合うのは避けるべきですね。要・自衛です」

「なんじゃ。こうして鎖で繋ぐだけでは飽き足らず、妾の言葉にも耳を塞ぐと? であるならば、貴様がここに居続けることも、妾を生かしておくことも意味はなかろうよ。にも拘わらず、何ゆえに貴様はこれを続ける?」

「付き合わないと言ったはずです」

「ふん、よいぞ。ならば、妾が全てつまびらかにしてやろう」

赤い唇を弓なりにし、プリシラが取り合わないスピンクスの意思表明を無視する。

彼女の言葉には、その声音には強い力がある。一度彼女が話し始めれば、それがどれほど耳を塞ぎたくなる内容だろうと、聞き入ってしまうだけの力が。

「貴様が帝国で此度の計画を実行したのも、その魔女の器とやらに自らを作り変える目的が成功した今も妾の前に居続けているのも、どちらも理由は明々白々」

故に、黙らせられないスピンクスに、プリシラは続けた。

そうして――、

「貴様は、妾を生かしたまま帝国の終焉を見せつけようとしておる。それは何故か? 故国の滅びを妾に見せ、妾の心を砕くためよ。――妾への、尽きぬ憎しみを源に」

――『魔女』スピンクスの二つの大目的、それが『強欲の魔女』としての魂の変容の再現と、プリシラ・バーリエルへの復讐であることを確かに言い当てた。

△▼△▼△▼△

――アルデバランにとって、この邂逅はあってはならない出来事だった。

「――エキドナぁぁぁぁ!!」

声を憤怒で震わせて、アルは地面から伸び上がった急造の石製青龍刀を掴み、空中に浮かんで白髪をなびかせる『強欲の魔女』へそれを投げつけた。

蜃気楼の如く空間を歪ませ、何らかの攻撃を仕掛けてこようとしていた『魔女』に向かって、青龍刀が縦回転しながら猛然と迫る。

アルのジャンプ力では到底届かない位置の『強欲の魔女』に剣が真っ直ぐ向かい――、

「ワタシをその名で呼ぶものがいるのは意外でした。要・説明です」

そう淡々と言って、『強欲の魔女』は最小限の揺らぎで青龍刀をあっさり避けた。

狙いを外した刃は空しく、『強欲の魔女』を掠りもせずに飛んでいく。

――それで、狙い通りだ。

「喰らえ!」

アルが太い声で叫んだ直後、空振りした青龍刀が光り、爆ぜる。

元々、投げた剣が当たってくれるなんて思うほどおめでたい頭はしていない。むしろ、自分の攻撃など大抵の相手に通用しなくて当然とアルは弁えている。

だから、アルの戦いは動きの全部に布石を打っていなければお話にならない。

「――――」

爆ぜた石製の青龍刀は飛礫となり、容赦なく『強欲の魔女』の細身に襲いかかる。

ちょっとした炸裂弾となったそれは、浴びれば致命傷には程遠くとも、無視できないぐらいのダメージが入るよう割れ方を工夫してある。

少ないマナの量でも、あえて破片が鋭くなるよう青龍刀を造形した。――ありもので最大限の効果を生み出せるようやりくりするのは得意だった。

「それができなきゃ死ぬって環境だったんでなぁ!」

吠えるアルの頭上、飛礫が痛々しい音を立てて『強欲の魔女』に突き刺さる。――と、そんな期待通りに事が運んだりはしなかった。

「ふむ」

迫る飛礫に対し、『強欲の魔女』は微かに目を細め、何もしなかった。する必要もない。飛礫は空中に浮かんでいる『強欲の魔女』を、自ら避けるように外れた。

アルの攻撃は、『強欲の魔女』が飛ぶために纏っている風の余波さえ突破できない。

だが、アルにとってはそれさえも悲しいぐらい予想通りで。

「――っ!」

一瞬でも一分でも、『強欲の魔女』の注意が余所に向いたならそれでいい。

その隙間を使い、アルは自分の走る足下に魔法を発動、せり上がる大地がジャンプ台になり、アルの体を高々と空へ突き上げた。

次いで、飛び上がったアルは握り込んだ石を二本目の青龍刀へ変化させる。

何もないところから火や水を生み出すよりも、小石を触媒にそれを大きな剣に作り変える方が消費するマナも少なく、練成速度も桁違いに早い。

「おおおぉぉぉ――!!」

全身のバネを使い、振りかぶった一撃を『強欲の魔女』にお見舞いする。

飛礫と違い、これは風でオートガードできるものではない。その目鼻立ちの整いすぎた憎たらしい顔に、アルの渾身がぶち込まれ――、

「が」

「足りない実力を創意工夫で補う姿勢は評価しますが、要・実力です」

するりと動いた『強欲の魔女』の細腕が青龍刀を滑らかに受け流し、驚愕するアルの胴体を長い足が鮮烈に打ち抜いていた。思わず空中で体をくの字に折るアルを、『強欲の魔女』は腰の回転を加え、そのまま地面へ蹴り落とす。

「ごぁがっ!」

とっさに体を丸め、落下の衝撃で首を折られるのは防いだ。

が、全身を強烈に打ち据えられたダメージは如何ともし難い。そして、アルにダメージを与えたのはその物理的な衝撃だけではなかった。

「今の、動きは……」

「予想外だった、と言わんばかりですね。以前の敗北を糧に、足りない能力を補い、研鑽した成果です」

蹴りを放った足を下ろす『強欲の魔女』、その言葉が脳に浸透し、アルは瞠目した。

おかしい。それはありえない。アルの知る限り、彼女はなんにでも節操なく手を出す性分だったが、運動神経だけは壊滅的だった。いくら理論立てても全く身にならなかった彼女に、あんな芸当は逆立ちしてもできない。そもそも逆立ちもできない。

つまり――、

「先生……エキドナじゃ、ない?」

「その驚き方は興味深いですね。普通に考えればありえないことですが、あなたはワタシの造物主を知っている。――何故です?」

問いかけられ、アルは改めて空中の『強欲の魔女』――エキドナと、瓜二つの容姿をした相手を見返し、言葉に詰まる。

その見た目も声も、エキドナそのものだ。だが、エキドナではない。

この『強欲の魔女』――否、『魔女』の黒瞳にはない。本物の『強欲の魔女』が持っているはずの、底知れぬ凶気的で猟奇的な満たされない好奇心が。

「――――」

その確信に口を閉ざすアルに、エキドナの姿をしたエキドナではない存在は、わずかに不服そうに白い睫毛に縁取られた目を細め、

「回答を拒否、ですか。あなたが何者なのか、プリシラ・バーリエルの従者以上の情報を知りたく思いますが――」

「――ああ、それでしたら残念ですがもう無理ですよ」

雷光一閃、刹那の出来事だった。

かろうじて体を起こしたアルに、『魔女』が何らかのアクションを起こそうと指を向けかけた瞬間、その背後にアラキアを抱いたセシルスが現れる。

左手だけでアラキアを支えた彼は、右手一本で抜いた『夢剣』を一閃――躊躇なく刎ねられ、『魔女』の首が飛んでいた。

「んなっ」

「僕ではあなたを殺せないと仰せでしたがいかがです? あの言われようは正直ちょっとカッチーンだったのでこれで汚名大返上できれば幸いですが!」

反応さえさせず、刃があっさりと『魔女』の頭と胴を泣き別れ。

絶句するアルの頭上、ペロッと舌を出したセシルスの剣風は『魔女』さえ容易く殺す。

それ自体は、知った顔の『魔女』の登場と、それが知った顔の『魔女』本人ではないらしいという事実に混乱するアルにも理解できた。

だが――、

「――要・検討でした」

次いで起こった現象の理解は、一度では不可能だった。

「――――」

斬首の巻き添えで斬られた白髪をばら撒きながら、くるくると回転する首だけの美貌がわずかに唇を緩め、そう嘲笑した。

直後、落ちる『魔女』の周辺の空間が激しく白く歪み――、

× × ×

「回答を拒否、ですか。あなたが何者なのか、プリシラ・バーリエルの従者以上の情報を知りたく思いますが――」

「――ああ、それでしたら残念ですがもう無理で……わわわわわわわ!?」

白い睫毛に縁取られた目を細め、不服そうに呟く『魔女』。

その細い首を背後から狙ったセシルスが、いきなり目の前に現れた土の壁に驚愕、即座にそれを蹴りつけて空域から離脱し、くるっと回って着地したあと、猛烈に非難がましい目をアルへと向けてくる。

「ちょっとちょっとアルさん! いきなり邪魔立てとか何するんですか! 今のはなんか出だしで安く見積もられた僕が実力を見せつけてスカッとする場面でしょうに! オーディエンスの皆さんからもブーイングがすごいですよ!」

「見せ場奪って悪ぃが、そりゃさせられねぇよ。なんせ、それをさせると全員……かはともかく、少なくともオレは消し飛ばされちまうからな」

「――。ふむ」

地団太を踏むセシルスの抗議、それに対するアルの返答に『魔女』は吐息を挟む。

今の一言で、『魔女』はアルが自分の仕掛けた罠――空間を歪曲させ、それが戻る反動で一帯を吹き飛ばす術式を看破したと見抜いたようだ。

それはセシルスが『魔女』の首を刎ね、ねじれた空間を維持する力が途絶えた途端に発動するデッドマンスイッチ――ボタンを押したら起爆するのではなく、ボタンを離したら発動するタイプの爆弾と同じ仕組みの罠だ。

その威力たるや、アルが土の壁を張ろうが石の鎧を纏おうが耐えられるものではない。

正味、アラキアを抱えていてもセシルスなら逃げ切れるかもしれないが、アルには回避手段のない死の通せんぼだった。

故に、迂闊に『魔女』を殺させるわけにはいかない。――それはアルが五十三回の試行錯誤の末に確かめてきた事実だ。

さらに言えば、確信を得たことは他にもう一つある。

「てめぇはエキドナじゃねぇ。いったい、どこのどなた様だ」

「その回答はすでに済ませてあります。『強欲の魔女』ですよ」

「だから、それはエキドナの……」

「待った待った、アルさん、わからないんですか? っていうかもしかしたらアルさんは一回も出くわしてなかったかもしれませんね」

押し問答になりかけたアルと『魔女』との間に、セシルスが物理的に割って入った。軽快に地面を蹴り、両者の視線を遮るように立った彼はアラキアを抱え直しつつ、

「あの方は今帝国で起こっている大きな災いの首魁……死者を蘇らせている張本人ですよ。見た目は僕が前に見たときと違ってますけど今の姿の方が敵役度の高い美人だなと思うのでまさに黒幕に相応しい見栄えと思いますね!」

「あいつが、『大災』の首謀者……」

「あえて隠す必要もありませんので、肯定します。ワタシがあなた方の敵です」

言葉通り誤魔化しもせず、淡々と立場を表明する『魔女』に、アルはようやく状況の理解度でセシルスに後れを取るという屈辱的な立場を抜けた。

ただ、それでも解消されないのが『魔女』の外見への疑問だ。

「てめぇのその姿は……ダメだ。先生が余計なことしでかした以外の可能性が思い浮かばねぇ……!」

「あなたが造物主の何を知っているのか、改めて要・確認したいところですが」

「ところがどっこい僕がいます」

兜の額に手を当てて苦悩するアルに、『魔女』は興味深そうな目を向ける。しかし、改めてセシルスがその視線を遮り、彼女の好奇を満たせまいと立ちはだかった。

だが、この場はセシルスがいることが完全なプラスに働いてくれない。

前述の通り、『魔女』のデッドマンスイッチは健在――あれを突破できなくては、『強欲の魔女』を迂闊に倒すこともできないのだ。

「……違う。こいつは『強欲の魔女』なんかじゃねぇ」

そう言って、アルは自分の頭の中に芽生えた考えを自分で否定する。

『魔女』は確かにその容姿こそエキドナと瓜二つだが、『強欲の魔女』の名はただ見てくれが似ているというだけのモノに与えられるものではない。

それは『強欲の魔女』に限らない。――『魔女』とは、そんなに軽いモノではない。

「そんな誰でもホイホイと『魔女』になれてたまるか」

「成果を誇示したい名誉欲はありませんが、ワタシがここまで至るのが簡単だったと言われるのはいささか心外ではあります」

「うるせぇ、ひゃっぺん死ぬのをひゃっぺんやってから言え」

どうやら『魔女』も不愉快に思ったようだが、それはアルも負けず劣らずだ。

一刻も早く、水晶宮にいるはずのプリシラの下に駆け付けたい状況で、腹立たしい顔をした『魔女』に足止めを食うなど冗談ではない。

「――思考実験再動、領域再定義」

沸々と高まる戦意に任せ、アルはマトリクスを更新して『魔女』と睨み合う。

セシルスがいる状況でも油断はならない。それは、迂闊に『魔女』を殺してはならないという事実と合わせ、アルが確信を得たもう一つの事実が理由だ。

それは――、

「セシルス、アラキア嬢ちゃんをしっかり抱えとけ」

「それはもちろんポイと投げ捨てようとは思ってませんが……その言い方は単にアーニャをお姫様のように大事に扱えって意味じゃなさそうですね?」

「そうだ。――あの性格悪いツラした女の狙いは、アラキア嬢ちゃんの命だからな」

『大災』の担い手である『魔女』が自らここへ足を運んだ理由、それがセシルスの腕の中で眠っているアラキアの命にあるという事実だった。

△▼△▼△▼△

「本来であれば、アラキアは喰らった『石塊』めを抑え込めず、爆ぜて命を落としていたことであろう。じゃが、貴様の目算は外れた」

「――――」

「妾の『魂婚術』と、『青き雷光』のマサユメが想定外の原因じゃな。どちらか一方だけであればいざ知らず、アラキアにはそれが揃った。――もっとも、それらが揃うまで、アラキア自身が耐えられなければ貴様の目算は叶っていたろうよ」

そう言い切って、プリシラはスピンクスの黙した姿勢に己の見立ての確信を得る。

スピンクスの顔には図星を突かれた痛痒は見当たらない。かといって言葉を弄して偽ろうともしない。『いれぎゅらー』な事態に際し、大した胆力だ。

――アラキアの生存、それはスピンクスの計画から外れた事態のはずだ。

本来、スピンクスの見立て通りに運んでいれば、アラキアはプリシラを救うため、身の丈に合わない力を取り込んだことが原因で自滅するはずだった。

そのアラキアの無惨な最期を見せつけることが、ヴォラキア帝国の滅亡と同じく、スピンクスがプリシラを苦しめるために用意した謀の一つだったはずだ。

スピンクスが、あえてアラキアに『石塊』を喰らわせたのもそのためだ。

だが、それが裏目に出た。――アラキアが自滅せずに耐え続けたせいで、プリシラとセシルスの干渉が彼女の延命を成功させたのだ。

結果、『精霊喰らい』アラキアはスピンクスの目論見を外しただけでなく、その計画を大きく狂わせる重大な立場へ繰り上がった。

すなわち――、

「――アラキアの内なる『石塊』を、セシルス・セグムントめが『夢剣』で調伏した。それ故に、もはやあれの命は『石塊』と同一のものとなった」

「――ええ、そうですね。ワタシも、あなたの見立てに異論はありません」

プリシラの断言、それにスピンクスもまた首肯した。

それは状況の劇的な、運命的な変化の肯定――取り込んだ『石塊』ムスペルと、アラキアが深く、切り離し難いほど強く繋がってしまったことを認めた証だった。

おそらく、アラキアの本来の狙いはムスペルの一部を取り込み、そうして繋がった自分をセシルスに殺させることで死の恐怖を大精霊に教え、スピンクスが『不死王の秘蹟』の大規模行使に『石塊』を利用する状況を終わらせることにあった。

しかし、結果だけ見ればその目論見は失敗だ。

つまるところ、『石塊』を挟んだ生者と死者、どちらにとってもこの状況は想定外の『いれぎゅらー』ということになる。

「ですが、依然追い詰められているのはあなた方です。彼女……アラキア一将が命を落とせば、『石塊』ムスペルも同じく死する。ヴォラキア帝国の終焉は免れません」

「一度捨てた故国が滅べば妾の瞳が曇るとでも? 見くびられたものよな」

「では、座して見ていればいい。虚勢かどうかはそれで明らかになるでしょう」

紅と漆黒、プリシラとスピンクスの瞳が真っ向から睨み合う。

そのプリシラの視線の熱と鋭さに、しかしスピンクスの強固な意志は揺らがない。それは相手の計画の歯車が狂ったと、手放しに喜ばせない凄味があった。

その源は、数百年の時間をかけて『強欲の魔女』へ至るという目的を叶えたスピンクスの、長きにわたる執着に匹敵するほどのプリシラへの憎悪――。

「それほどまでに妾を憎む……いいや、あれを想うか、『魔女』よ」

「この胸の奥のささくれに名前はありません。それとも、あなたはワタシの中にあるこれが何なのか知っているのですか? 要・回答です」

「――それを余人が口にするような無粋、妾にさせるでない」

当事者が名前を付けていない感情に、プリシラは名前を付けようとは思わない

その名前を知らなくとも、咲き誇る花は花だ。それがたとえ、積み上がった屍の上にしか花弁を付けない花だとしても、その花の美しさに罪はない。

「――――」

プリシラの答えに沈黙し、代わりにスピンクスは指を鳴らした。

瞬間、『魔女』の姿かたちが変わる前、杖の先端に嵌まった魔水晶に映していた遠見の映像が、空中に生じた水鏡の鏡面に映し出される。

――目の前の『魔女』と同じ姿かたちをした存在が剣狼の国を終わらせるため、まだ明るい空から星を降らせる光景が。

△▼△▼△▼△

「――月に叢雲花に風、と」

風雅かつ明媚な言の葉を舌に乗せ、セシルスは飛礫の嵐へあえて飛び込む。

正面、巻き上がる瓦礫の渦は致命傷必至の剣林弾雨だが、セシルスは腕の中のアラキアを強く引き寄せると、必要最小限の身躱しでそれを回避し切った。――否、

「いいですね。僕にしか対処できない難易度で!」

掠めた頬から伝う血を舐め取り、セシルスは大嵐を吹かせる『魔女』を見据える。

厄介なことに、なおも高所を取り続ける『魔女』は優位な立場を崩さない。足場になりそうな周囲の建物はアラキアがほとんど平らにしてしまっていて、跳躍して飛びつくまでの距離を稼いでくれる大道具は戦場に皆無だ。

かといって、どこか別の戦場へ敵を誘導したくても――、

「――アル・ゴーア」

短い詠唱がもたらすのは、信じ難い規模で降り注ぐ巨大な炎の塊。

落ちてくるそれが地面に着弾しようものなら、辺り一帯が丸ごと火の手に包まれ、アラキアとの戦いに匹敵する地獄絵図を作り出しかねない。

そして『魔女』はアラキアと違い、戦域を限定する配慮の必要がないのだ。

「シンプルに厄介! ずんばらり!」

瞬間、雷速で抜かれた『夢剣』の一閃が雲切を放ち、上空の炎塊を両断する。

斬光を浴びた炎の塊が、地上を火の海にするはずだった火力を空で解放し、一度は平常の色に戻った空が再び破壊的な赤色に塗り潰されていく。

その光景はとても派手で大いに結構、しかし絶景かなとおちおち喜んでもいられない。

何故なら降り注いでくる炎の塊は、その一発だけではないからだ。

「ゴーア。エル・ゴーア。ウル・ゴーア。アル・ゴーア」

連続する詠唱に、おびただしい量の破滅の火が悪夢のように降ってくる。

一発たりとも取りこぼせない火の雨に、セシルスは爛と双眸を輝かせ――抱えていたアラキアを真横に放り投げると、『夢剣』の柄を握りしめた。

「ドンドンドンドンドドドンドン!!」

スタッカートを刻みながら、『夢剣』の剣光が降り注ぐ炎をことごとく切り払う。轟音、爆音、世界の終わる音が奏でられ、空はその危うい鮮やかさを増していく。

頬を笑みに歪めながら、しかし、セシルスは持久戦を強いられるのを歓迎しない。

『夢剣』の力と引き換えのリスクを最大限無視できるセシルスだが、限られているはずのリソースの管理を強引に踏み倒しているのはお互い様と見受ける。

すなわち、セシルスと『魔女』との戦いは現状千日手だ。

アルの話が事実なら、迂闊に『魔女』の首を落とせば一帯が吹き飛ばされる。目を凝らせば『魔女』の周辺の空気が歪んでいるので、信憑性はかなり高め。

たとえ空間を吹き飛ばされようと、セシルスなら走って逃げ切れるかもしれないが、シュバルツと同じで『物見』できる疑惑の濃いアルがそれを指示してこない時点で、分の悪い賭けであることは何となく察せられる。

それ故の千日手、状況をガラッと動かせる手立てがセシルスだと滅亡一直線――、

「だからここは見せ場ですよ、アルさん」

「わかってらぁ! あと、アラキア嬢ちゃんをポンポン投げ捨てんな!」

「捨てるなんて心外な! 僕とアルさんの信頼関係の為せる業ですよ!」

空に赤々とした炎の花を無数に咲かせたセシルスに、投げ渡されたアラキアを片手で抱えているアルがそう怒鳴る。

もちろん、アルがいいポジションでアラキアを受け止めてくれると信じて投げ渡しているのだが、アル目線だと投げ捨てているように見えるらしい。

それでもアルは一度もキャッチに失敗していないし、何より――、

「これも躱しますか」

短く、そう呟いた『魔女』の指から白い熱線が放たれる。

それはセシルスではなく、真っ直ぐにアル――否、彼が抱いているアラキアを狙ったものだが、彼女の心の臓を止めようとする攻撃は届かない。

すんでのところで、危うくとしか言いようのないハラハラ加減にアルが躱すのだ。

それはひどく不格好に、なりふり構わない形の回避だが。

「結果よいのとキャラに合っていればそれでよし! しかしアルさんの言う通り完全にアーニャが狙われてますね!」

「なんせ、アラキア嬢ちゃんが死ぬと帝国の底が抜けるみてぇでな!」

「なるほどさっぱりわからない!」

冗談みたいなことを冗談ではなさそうに言われ、セシルスは笑いながら笑い飛ばしはしないで、すれ違い様にアルの手からアラキアをさらい、加速する。

「さあささあさついてこれるものなら目で追い心で追い魂で追いついて――おお!?」

地を蹴り、アラキアを抱いたセシルスの速度が雷速へ迫る。

そのセシルスの疾走範囲を取り囲むように空中に生じるのは、いくつもの美しい水でできた鏡――その鏡面が、『魔女』の放つ白い熱線を跳ね返し、光が乱舞する。

まさしく、四方八方から致命の光が乱れ撃たれ、セシルスを狙う。

「いだだだだだだだだだだだてん!」

その荒れ狂う光の嵐の中を、舞うように踊るようにセシルスは駆け抜ける。身を傾け、前屈みになり、足を広げて姿勢を低く、時には大股で光を跨いだ。

そして躱し切れない角度には『夢剣』の刀身を合わせ、光を跳ね返して水鏡を割る。水面に平らな石を投げる水切りの飛沫音を立てて、割られた水鏡の飛び散る水滴を浴びながら嵐の中を突っ切って――、

「――これが世界を敵に回すという感覚です」

刹那、『魔女』のそんな宣言と、空気の張り詰める音がセシルスの鼓膜を打つ。

瞬時に体中に走った痛みは、割れた水鏡の浴びた飛沫が一瞬で凍り付き、セシルスの体の熱を奪い、自由を奪った証だった。

水鏡さえも二段構え三段構えと、実に周到抜け目がない。

世界を敵に回す感覚とは、これもまた雅やかな名文だ。

確かに、元々魔法使いらしい魔法使いのほとんどいないヴォラキア帝国では、こうした使い手と巡り合う機会などついぞ訪れまい。

「ですがご存知ないようで。――世界は常に僕の活躍を待っていると!」

下がる体温と裏腹に、輝きを増していく気分の高揚。途端、セシルスの体の中を巡るマナが火が付いた稲妻のようにわけのわからない勢いで暴れ出し、体温と自由を奪おうとした凍結を一瞬で蒸発させ、疾走を再開する。

その勢いで氷の拘束を逃れ、セシルスは頭上を仰ぎ、破顔する。

それは空中の『魔女』と視線を交わした笑みではない。――その『魔女』の向こう、もっともっと高い空の上から落ちてくる、星の光を目の当たりにしてだ。

「――アル・シャリオ」

詠唱の意味するところは、あの星の光が『魔女』の手によるものという表明。

すごすぎる魔法使いは星さえ落とすというとんでもない事実を前に、セシルスの腰に収まっている『夢剣』が弾むように脈打った。

呼応しているのだ。持ち主の、膨れ上がった『夢』を喰らいたいとマサユメが。

「――面白い」

星を斬れと、落ちてくる光が言っている。

星を斬れと、腰の愛刀が言っている。

星を斬れと、数多の観客たちが総立ちしながら言っている。

星を斬れと、セシルス・セグムントの魂が言っている。

「――――」

一瞬、ほんの一欠片の意識を星から逸らし、セシルスは唇を舐めた。

今、至上の命題として魂を鼓舞する『夢』以外、全てのモノは過去となる。そうするための儀式として、セシルスは腕に抱いた少女を床に寝かせ、その前に立った。

できるだけ平らな地面を選んだ。羽織りを脱いで下に敷き、最大限の配慮をした。

以降、申し訳ないが、彼女の存在さえ意識野から排斥する。

「は」

掠れた吐息、一拍ののちにセシルスは腰の『夢剣』を静かに抜く。

抜刀された刃が大気に触れ、柄を握りしめるセシルスの熱量を吸い上げるかのように震え出し、光を帯び始めた。

所有者の『夢』を喰らい、『夢物語』を正夢とする魔剣。

星光へと意識を集中するセシルスは瞬きも、呼吸も、心の臓の拍動さえも忘れ、ひたすらに手にした魔剣と一体になることだけに注力する。

その間も、『魔女』はセシルスの集中を乱そうと何かしているようだが。

「は」

セシルスの意識は星の光に一極集中。そして、それを成し遂げるために不要なモノの一切を除外する。色も音も匂いも味も、迫る地水火風のいずれも無意識に除外する。

ただ、取り除くだけでは、足りない。

――必要とあらば。

「――――」

地上へ落ちてくる星の光、それが纏った破壊の力は直接大地に触れずとも、その圧迫感だけで地面を割り、空気を燃やし、光を痛みに変換する。

それを迎え撃たんと空を仰ぐセシルス・セグムントは、この時、感謝していた。

その感謝を胸に、全てを言祝ぐ。

「――――」

こぼれる吐息、その響き方が変わったと誰が気付けよう。

この瞬間のセシルスの必要としたもの、手の中の『夢剣』を存分に憂いなく振るうために欲したもの、その答えはひどく淡く、血生臭い情がもたらしていた。

父と交わした最期の一合が、セシルス・セグムントに教えたのだ。――魂の在処を。

生と死を冒涜したロウアン・セグムントの剣が。

故に――、

「――剣客、セシルス・セグムント」

そう、厳かな口上を述べながら、『青き雷光』セシルス・セグムントは、ヴォラキア帝国で最も強い存在、花形役者に相応しい手足の長さで『夢剣』を振るった。

△▼△▼△▼△

――雷光が、星光を断ち切る。

起こった出来事を描写するなら、その表現以外に適切なものはない。

ただ、実際に起こったそれを目にしたとき、自分の見たものが現実のものと信じられるかどうかという問題だけが横たわっている。

しかし――、

「どんだけ馬鹿げたことだろうと……!」

セシルス・セグムントは星を斬ってみせた。

『強欲の魔女』の似姿で、彼女が得意とした禁忌の魔法を行使した黒幕が、アルと同じ現実を目の当たりにして目を見張っている。

星を落とすのは容易いことではない。

本物の『強欲の魔女』だって、一日に一個以上は落としたくないと言っていたほどだ。

つまり、連発はできない。

「おお――っ!」

断たれた星の光が空を白く染め上げ、音さえ掻き消えた世界で自分を鼓舞するためだけに声を張り上げ、アルは生み出される石の柱を足場に中空へ迫る。

星を落とし、その星を斬られ、驚きに動きの止まっている『魔女』へと――、

「驚かされたのは事実です。ですが――」

飛びかかったアルの叩きつける石製の青龍刀、それが『魔女』の掌底に砕かれる。その掌に纏った風を超振動させ、対象を粉砕する魔と武の合わせ技だ。

まともに直撃されれば、肉も骨も何もかもバラバラに千切れ砕かれる魔技。

それを手に宿したまま、『魔女』はアルの頭を兜ごと打ち砕こうとする。

あまりに規格外の一刀を放ったセシルス、彼への脅威度を更新した『魔女』は、アラキアを殺すための障害としての認識を訂正し、アルを手早く排除すべき小石とみなした。

だが、彼女は知らない。――小石だって、時には躓いた相手を殺すのだ。

「要・工夫でし――」

瞬間、『魔女』の頭をアルの左腕――石と土で作られた即席の義手が打ち据える。

「――星が悪かったのさ」

「――――」

普段かける言葉と意味合いを変えて、そう言ったアルに『魔女』の瞳が揺れる。

何かしらの反撃や対抗手段を打ってこようと画策する刹那だ。――その刹那は、すでに準備を終えていたアルの前では永遠ぐらい遠い刹那だ。

「――オル・シャマク」

鉄兜の内側、アルの唇が紡いだ詠唱に呼応し、世界が変質する。

それは思いがけない一撃を浴びて、刹那の思考停止を得た『魔女』の全身に絡みつき、その身動きと、その体内のゲートの活動を停止させる。

アルが習得している、対『魔女』用の切り札だ。

「――ぁ」

弱々しい吐息をこぼし、自由を失った『魔女』が地面に落ちる。

黒い光というべき矛盾した力に雁字搦めにされ、その姿はまるで虫の蛹のようだ。事実として、そのぐらい動けなく固めた。――世界で最も恐ろしい『魔女』と同じように。

「けど、これで……おぶ」

落ちた『魔女』の傍らに着地し、顔を上げようとしたアルは虚脱感に襲われ、その場に膝をついて嘔吐する。

即席の左腕はすでに崩れている。とっさに右手で兜の顎を持ち上げ、露わになった口から盛大に黄色い胃液を吐き出し、すさまじい消耗に全身が軋む。

ガンガンと激しすぎる痛みが頭を襲い、視界が完全にブラックアウトした。

この感覚、しばらく視力は戻るまい。すでに『魔女』の拘束を終えた今なのが救いではあったが――、

「――要・修正です」

「あ?」

息を切らし、口の端を胃液まじりの涎で汚したアルは、顔を上げた。

上げても視界は暗いまま、しかし、声が聞こえた方に顔を向けて、疑問を呈する。

今、『魔女』はなんと言ったのか。

ゲートを強制的に閉じられ、魔法を練れないはずの『魔女』が、何を――。

「なんだ?」

視界の閉ざされたアルは気付けない。――帝都の最北、世界で最も美しい城と称される水晶宮の全体が、淡く発光したのだと。

△▼△▼△▼△

「――――」

水晶宮が瞬き、帝都ルプガナの最終兵器たる魔晶砲が放たれる。

『大災』が帝国全土を脅かす直前、生者同士で玉座の奪い合いをしていた帝国内戦の局面で一度放たれたそれは、地図さえ書き換えかねない人の手に余る兵器だ。

その照準が自分たち――否、地べたで黒い塊となっている『魔女』に向けられているのだと、さすがセシルス・セグムントは即座に気付いた。

あれは『魔女』自身をロックオンし、確実に標的を巻き込むための自爆戦術――思いついた人間は嫌がらせの天才、まさしく邪悪で狡猾、敵役の所業。

「マサユメ」

手の中の魔剣の感触を確かめ、セシルスは星を斬った直後の我が身を押そうとする。

大金星を果たしたアルにこれ以上の見せ場は過剰、背後には守らなければ物語的にも花形役者的にも筋の通せない眠れるヒロイン、そして父の死をぼんやり糧にして復活したパーフェクト・セシルス――いわんや、奮い立つ。

星、次いで帝国の至宝、立ち向かう自分は『青き雷光』――と、そのときだ。

「――――」

一歩、踏み込もうとした足を上げたまま、セシルスは青い双眸を見張った。

それからふっと息を抜き、上げた足をその場に下ろす。下ろして、やれやれと首を横に振り――、

「――アル・シャマク!!」

魔晶砲の光が迫ってくる寸前、帝都の空に大きく声が木霊する。

直後、赤や白と好き放題に染められた空の色が黒に覆われ、光さえ呑み込む、底知れない大きさの穴が天空に開く。

それは、自らを犠牲にこの場の勝利を掠め取ろうとした『魔女』の思惑を、それはそれは痛快にぶち壊していったド派手な横槍、それをしたのは――、

「そろそろ出てきてくれなきゃ出番がなくなるところでしたよ、ボス」

光を呑み込んだ大穴、それを作り上げた小さな小さな人影を空に捉え、セシルスは手を繋いだ黒髪の少年とドレスの少女の姿に笑んだ。

その笑んだセシルスの声が聞こえたわけではないだろうが、少年が叫ぶ。

「やらせると思うな! ――運命様、上等だ!!」