軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八章34 『言い訳しなきゃ許さない』

――帝都ルプガナへ向け、出発の朝がやってきた。

城塞都市ガークラの入口には、今朝も続々と帝都やその周辺からの避難民が到着し、大人数が収容可能な都市ですら収め切れない人数に膨れ上がりつつある。

そちらの対処と対応にもみんながてんてこ舞いになっている状況だが、残念ながら帝国の関係者でないものには手も口も出せる問題ではなかった。

故にこそ、自分たちは任された仕事をしっかりとやり遂げなければならない。

しっかりと、やり遂げなければ――、

「とても、とても辛いであります……でも、僕ではお役に立てないのであります」

そう、小さな肩をぎゅっと縮めて悔しがる桃髪の少年、彼が味わっている苦しみがそのまま感じられるようで、エミリアは自分の拳を握りしめた。

自分の力が足りなくて、やりたいことができない苦しみはエミリアもよくわかる。

ましてや、この少年――シュルトは幼い子どもだ。エミリアも、自分が小さかったときに、大事な人の傍にいられなかったことがある。

だから、シュルトの気持ちは痛いほどわかった。

「エミリー様、どうかお願いしますであります。プリシラ様とアル様、ハインケル様を助けてあげてほしいのであります」

丸い瞳を涙でいっぱいにしながら、シュルトがエミリアに頼み込んでくる。

こんな小さい子どもが、涙を我慢しながら、大好きな人たちを助けてほしいと誰かにお願いしなくてはいけないなんて、とても勇気のいることだ。

エミリアにはできなかったことだ。だから、シュルトの勇気を尊敬する。

そして、あのときのエミリアと違う結末を、シュルトに持ち帰ってあげるのだ。

「ええ、任せて。お願いしてくれてありがとう」

「エミリー様……」

「だってこれで、プリシラがなんて言って私を遠ざけようとしても、ちゃんとお願いされてきたんだからって言い返せるもの!」

ドンと自分の胸を叩いて、エミリアがシュルトを安心させるためにそう言い放つ。

それを聞いたシュルトがまん丸い目をもっと丸くして、それからすぐに表情を明るくして、

「はいであります! プリシラ様は素直じゃないので、言い返してあげてほしいであります!」

空元気でも、声に張りを取り戻したシュルト。そのシュルトの言葉通りにしようと、エミリアは「ええ!」としっかりと頷き返した。

「エー、頼もしイ。でモ、危なっかしイ。ベーがちゃんと見てた方がいイ」

「……お前に言われなくても、そのつもりでいるかしら」

そうして話すエミリアとシュルトの傍ら、言葉を交わすのは背の低い二人の少女だ。

エミリアの付き添いのベアトリスと、シュルトの付き添いのウタカタ。二人はエミリアたちのやり取りを満足げに見届けて、それから互いに視線を交わし、

「こっちも、たぶん全然安心ではないのよ。シュルトの奴と一緒に、見つからないように頭を抱えて縮こまってるのが吉かしら」

「いざとなったラ、ウーがシュー守って戦ウ。ベーはスーたちと頑張ってくル」

「……まったく、頼もしいことなのよ」

そう、見た目と違って内面の年齢差はある二人も、お互いの健闘を誓い合い、ヴォラキア帝国の命運を占う戦いへの覚悟を交換し合っていた。

△▼△▼△▼△

そして、少し離れたところでは――、

「――じゃあ、いってくるね、あんちゃん! セリーナ姉!」

溌剌と高い声で言い放ち、ミディアムが見送りの二人に勇ましい笑みを向ける。

帝都への突入組に加わるミディアム、彼女を見送るのはもちろん兄のフロップと、そして戦地で再会した懐かしの大恩人、セリーナ・ドラクロイだった。

長く、フロップとミディアムが子ども時代から世話になっていたセリーナは、その顔の白い傷跡も含めて美しい容貌のままに、戦地へ向かうミディアムを送ってくれる。

それは五年以上も前、フロップとミディアムの兄妹が彼女の手を離れ、独り立ちという形で旅立ったときと同じように。

「まさか、あのミディアムが私の背を追い越すだけでなく、位まで追い越そうとはな。無事に閣下の妃に収まったなら、たっぷりと恩に着てくれ」

「も~、今はそれ考えないようにしてんの! あたし、これからバル兄ぃに会いにいくのにアベルちんのことなんて考えてらんないよ」

「そうだな。お前はそれほど器用な娘ではない。だからこそ」

そっと、歩み寄るセリーナがミディアムの頬に手を添えた。

セリーナも女性としては長身だが、ミディアムはそれよりもさらに背が高い。しかし、こうして触れてくる彼女の前では、ミディアムは少女だった頃の気持ちに戻れた。

かつての旅立ちの日にも、セリーナはこうしてミディアムの顔に触れた。自分の、白い刀傷があるのと同じ場所に触れ、指でそっとなぞる。

「迷わず、あれとの対話を望めるお前が私は羨ましい」

「セリーナ姉……」

「バルロイともマイルズとも、私は最期の言葉を交わし損ねた。此度も、どうやら私はバルロイと話す機会は得られないらしい。……それが辛いのか、安堵しているのか、私自身にもそれがわからん。何かを恐れることなどそうないのだがな」

怖いもの知らず、というのがミディアムのセリーナへの印象だ。

実際、自分の父親から家督を奪う際、恨み言を叫んだ父に一生消えない傷を顔に付けられても、セリーナは表情すら変えなかったと聞いている。

「それは嘘だ。痛かったし、父の言葉は辛くもあった。涙の代わりに血が流れただけだ」

「ううん? それはどうだろう。本当に辛いときは、血が流れていても涙も一緒に流れてしまうものじゃないかな。そうなると、ドラクロイ伯は泣いてなかったわけで……」

「うるさい、黙れ」

首をひねったフロップが冷たい声に黙らされ、セリーナはミディアムの顔に触れたまま、その瞳を細めて愛おしむようにこちらを見る。

「私の顔の傷は、私が生まれ変わるために得なければならなかったものだ。お前の顔に同じ傷が付くことは望まないが、お前が何かを得られることは望む」

「……うん。セリーナ姉、何かバル兄ぃに伝えておきたいことある? あたし、絶対にそれ伝えるよ」

「――。そうだな」

ミディアムの決意、その言伝する覚悟にセリーナは一瞬押し黙り、思案した。だが、賢い彼女はすぐに、ミディアムの質問にも答えを返した。

彼女がバルロイに伝えたいこと、それは――、

「――さっさと眠れ。お前がいなくて退屈だと、マイルズが愚痴っているぞ」

実にセリーナらしい、苛烈だけど愛のある、部下とも弟分ともつかない相手への、気持ちのこもった伝言だった。

△▼△▼△▼△

「――シュバルツ、最悪、戻らなくても責めない」

「おいおい」

真剣な顔でイドラにそう言われ、スバルは思わず目を丸くした。

こんなタイミングで冗談なんて、ととっさに言い返そうとしたが、そのイドラの真剣な顔が崩れないので、結局はそれを返す隙を逃す。

そのスバルの代わりに、「馬鹿言ってんじゃねえ!」と声を荒げたのはヒアインだ。

蜥蜴人の彼は、意外とつぶらな瞳をぱちくりさせてイドラを睨み、

「やいやい、お前、なんてこと言ってやがる! 戻ってこなくていいってどういうこった! まさか、兄弟に死んじまえって言ってんじゃねえだろな!」

「誤解を恐れず言えば、そうだ」

「はぁん!? 誤解も何もねえよ!? 裏切り者だ! 身内に裏切り者が出た! 兄弟、なんてこった、やべえ!」

「待て待て待て、落ち着けって、ヒアイン。いきなり、イドラがこんなこと言い出すなんておかしいじゃんか。ありえねぇよ」

突っかかったヒアインに顔を伏せるイドラ、ものすごい深刻な雰囲気の彼には悪いが、それを鵜呑みにするほどスバルも頭空っぽではない。

というより、イドラとの関係性がそんなものではないのだ。

「で、なんでそんなこと言い出したんだ? わけを言えよ、わけを」

「……グスタフ総督と共に、皇帝閣下と拝謁した。そのときに聞いたんだ。皇帝閣下に、シュバルツをどうするつもりなのかと」

ぐっと拳を握りしめ、苦々しくそう話したイドラにスバルは「おおう」となる。

昨夜、グスタフがアベルと話すという話は聞いていたが、そこにイドラが同席していたことと、そのイドラがかなりの爆弾を投下したことは初耳だ。

しかし、イドラがその場に居合わせたなら、それは自然な質問ではあった。

元々、『プレアデス戦団』の面々はスバルを中心に、皇帝であるヴィンセント・ヴォラキアの顔面をぶん殴るという目的で作られた一団だ。

ゾンビパニックが理由でそのあたりが有耶無耶になっているが、問題が解決したあと、改めて内乱の決着はつけなくてはならない。

だからと言って、アベルにそれを直接問い質すのはあまりに度胸がいる。

「ほ、本当かよ……それで、皇帝は兄弟をどうするって言ってたんだ?」

「皇帝閣下は、シュバルツの生きるも死ぬもその働き次第だと……」

「ふ、ふざけやがって……! そんなの、皇帝の気分次第じゃねえか!」

イドラの持ち帰った話を聞いて、ヒアインが声を怒りに震わせた。

スバルの脳裏には、それを言い放ったアベルの姿も、おおよその意図も察せられるが、アベルの人となりを知らない彼らにすれば、それは戦後、理由をつけてスバルを処分するための言い逃れにも聞こえるだろう。

「それで、俺に死ねって言ったのか」

「ああ? お前、つまりそれは兄弟を裏切って皇帝側に……」

「じゃなくて、そういうことにして逃げろってことだろ?」

そのまま受け取りすぎるヒアインを遮ったスバル、その言葉にイドラが頷いた。

イドラは悔しげに目を伏せて、

「死者がわらわらと蘇り、混乱が広がる中で帝国民をまとめたのは皇帝閣下だ。内乱に至った不満の種も、この事態が制圧されれば根こそぎ枯れる。……生き延びたなら、ヴィンセント皇帝の帝位は安泰だ」

「き、兄弟がどでけえ成果を挙げたらどうだ!? それこそ、敵の親玉をバシッとやっちまうような手柄を……」

「それでも厳しいだろう。皇帝閣下から勲功を認められ、飼い殺しにされた挙句、どこかでほとぼりが冷めた頃に暗殺されるかもしれん」

「改めてひどすぎるな、ヴォラキア帝国……」

このイドラとヒアインの発想が、考えすぎではないところが帝国の国風だ。

少なくとも、今後のアベルの治め方が多少は柔らかくなるのに期待したいところだが、現時点でイドラたちの認識をガラッと変えるのは難しいだろう。

ただ、気遣ってくれたイドラと、打開策を探しているヒアインには悪いが、

「死んだふりはなしだ。もちろん、実際に死ぬってのもなし。ちゃんと帰ってくる。そうやって、みんなに話さなきゃならねぇこともあるしな」

「シュバルツ……」

「そんな深刻な顔するなよ。全部丸く収まる……って結果になるかはわからないけど、それでも最悪の事態は免れるとは思うから」

いずれにせよ、イドラたちが一番心配している『帝位争い』に関しては、そもそもの前提が崩れることになる。

その後、戦団の仲間たちとの関係がどうなるかは心配だが、そこはスバルが誠心誠意、心からの謝罪を伝えるしかないだろう。

「ちゃんと戻ってくる。――だから、竜車に忍び込むのはやめよう、ヴァイツ」

「ぐ……」

そうスバルが声をかけると、くぐもった声が聞こえてくる。

それがどこから聞こえてきたものかと、イドラとヒアインがきょろきょろと辺りを見回しているので、スバルはため息をついてしゃがみ込んだ。

スバルたちが話している背後、そこに突入組を乗せて出立する予定の竜車がある。

その車体の真下、走る車輪のシャフトのところにしがみつく刺青男の姿があった。その体に髑髏の絵を彫ったヴァイツが、そこから渋々と姿を現す。

「いくら『風除けの加護』で揺れとか収まってても、そんなとこに丸一日もしがみついてたら普通に落ちて死ぬだろ」

「オレの命はお前に預けた……。お前のために死ぬなら本望だ……」

「人知れず落ちて死んでたら、俺のために死んだとは言わねぇ!」

仲間意識が間違った方向に出力されているヴァイツが、そのスバルの指摘に「ぬぐ……」と押し黙った。

と、そこへヒアインとイドラの二人も進み出て、

「お前なぁ、大人しく兄弟の帰る場所を守るって約束だろうが! 抜け駆けしようとしてんじゃねえよ、裏切り野郎が!」

「黙れ、オレをそこのいけ好かない髭男と一緒にするな……!」

「私を裏切り者扱いするのをやめろ! そうじゃないとわかっただろうが!」

「ええい、落ち着け! 騒ぐな! 仲良くしろ!」

いつもの調子で言い合いを始める三人をどやし、スバルは腰に手を当てた。

そう、これがいつもの調子と感じるぐらいに馴染んだメンバーだ。だが、彼らには城塞都市に残り、来たるゾンビの群れとの戦いに備えてもらわなくてはならない。

強くて頑丈、その死ににくさは今や帝国随一の集団――殺しても殺されてもいけないゾンビとの戦いにおいて、プレアデス戦団ほど頼もしい戦力はない。

「ここのみんなを頼んだ。俺の大事な仲間も大勢いるんだ。お前たちと違って、戦えない……わりと戦えない仲間が」

「きっちり締まる言い方しろや!」

頭の中、都市に残るレムやラムたちを思い浮かべ、全く戦えないというのも嘘だし、かといって戦いで何の心配もいらないとは言えないメンバーだと、そう考えたスバルの答えがどっちつかずなものになった。

それに思い切りヒアインが声を高くし、スバルは苦笑する。

「そうだな、戦えるか戦えないかじゃなく、戦わせたくないみんななんだ。その点、お前たちは違うぜ。思う存分、戦ってくれ!」

「……それは素直な信頼と、そう受け止めていいものだろうな」

「そうだ。ヴァイツも、それで納得してくれ」

「――――」

ヒアインとイドラ、それから最後にヴァイツに視線を合わせ、そう語りかける。ヴァイツは腕を組み、髑髏の刺青と合わせて強烈な強面の目を閉じていた。

そうして黙考したあとで、ヴァイツはゆっくりと腕を解くと、

「わか……わか、わか……わか……っ」

「納得してくれ!」

「わかった……っ」

苦渋の決断さを滲ませすぎながら、ヴァイツもまたスバルの作戦に賛同する。

その上でヴァイツはゆっくりとその手をスバルの方に伸ばし、肩に手を置いた。そして、らしくないほどに穏やかな声で、

「言ったからには戻ってこい、兄弟……」

「お」

わずかに驚かされ、しかしスバルはすぐに笑みを浮かべ、頷き返し、

「わかったぜ、兄弟」

と、差し伸べられた手だけでなく、信頼にも応えたいと思った。

それを聞いて、ヴァイツが満足そうに笑みを浮かべる。しかし――、

「おいおいおいおい、俺の呼び方を真似してんじゃねえよ、泥棒野郎が!」

「お前は勝手に呼んでいるだけだろう……オレはシュバルツから呼び返された……」

「くだらない言い合いをするんじゃない! まとまったところじゃないのか!?」

「ええい、やめろ! 兄弟共!!」

またしても、異なる理由でワイワイと言い合いが始まるところをどやしつけ、スバルはこの手のかかる兄弟たちとの、ひと時の別れを惜しむのだった。

△▼△▼△▼△

「貴様の果たすべき役割はわかっていよう。その命が戦後も永らえるか否か、それは働き次第であることを努々忘れるな」

「あうあう」

神妙な顔、おそらくはそのつもりの顔で頷く少女に、ヴィンセントは片目をつむる。

ナツキ・スバルが連れ歩いていた大罪司教、とんでもない触れ込みのこの娘が持つ力こそが、次々と湧き上がる屍人たちへの特効薬になる。

たとえそれが事実でも、大罪司教の協力を策に組み入れて動くなどと、他国から常軌を逸していると言われるヴォラキア帝国でもありえなかった出来事だ。

そもそも、大罪司教の協力が引き出せる状況というのがありえない前提なのだが。

「閣下! 竜車の準備が整ってございます! 万事滞りなく進めば、連環竜車でなくとも帝都まではそう長くかからず済むかと!!」

その娘――スピカと向き合うヴィンセントの下へ、山の向こうからでも聞こえそうなゴズの声が届く。無論、彼がいるのはヴィンセントの傍らで山の向こうではないので、その声量は過剰極まるものであった。

ともあれ――、

「辿り着いたときには、すでに『石塊』の余力が尽きていたでは話にならん。貴様の方でも厳命せよ。徒に屍人の命を奪うなとな」

「死なず殺さずの戦というものはあまりにも未知のものですが、全将兵たちに閣下の御命令が届くよう努めます! ですが……」

そこで言葉を区切り、ゴズが子どもの頭ほどもある拳を握りしめる。その横顔を見なくとも、彼が顔中の刀傷を歪めて悔しがっているのは手に取るようにわかった。

案の定、ゴズはその地鳴りのような厳めしい声を悔しさに震わせて、

「どうしても、私は同行すること叶いませんか!!」

「あうっ」

絞り出したにしては勢いがありすぎるゴズの訴え、それにスピカが風を感じたかのようにのけ反る。ヴィンセントも、音が震える感覚を肌に感じたほどだ。

愛用の鎚矛で暴れるだけでなく、それ抜きでもゴズの声量は世界を震わせる。

「だが、いかように嘆こうと決定は覆らぬ」

「閣下!」

「貴様を除けば、指揮官の役を務められるのは上級伯のドラクロイか、二将のズィクル・オスマンになる。いずれも戦場の一つは任せられても、大戦はまた別だ」

「それは……」

「チシャめがおらぬ今、貴様以外に総軍は預けられん。その意味を受け止めよ」

そのヴィンセントの発言に、目を見張るゴズが総身を硬くする。

ベルステツは文官であり、セリーナも上級伯としては有能だが軍人ではない。ズィクルにもこれほどの大軍を指揮した経験はないとなれば、ゴズ以外に総指揮が執れる人材はいない。それはヴィンセントの、忖度なしの評価だ。

「貴様に将兵の全てを預ける。その頑健な肩に、帝国の存亡がかかると思え」

真っ直ぐ、ゴズを見据えたヴィンセントの一声。

それを受け、ゴズは強く目をつむり、その一度の瞑目で迷いを振り切った。

『獅子騎士』と呼ばれるに相応しい猛々しさを瞳に宿し、ゴズが自分の胸の前で拳と掌を合わせ、ヴィンセントに誓いを立てる。

「――。ゴズ・ラルフォン、閣下の御指示に従います!」

「大儀である」

「ははぁ!!」

短く言い、顎を引いたヴィンセントにゴズが深々と頭を下げた。

ヴィンセントに同行し、自らの剛腕を振るって護衛を務めたい思いはあるだろう。しかし、ゴズはその心情をぐっと堪え、代わりに――、

「しっかりと頼むぞ、オーレリー三将! 閣下の御身を必ずや御守りしろ!」

「おお、任せてくれ、ラルフォン一将! せっかく選ばれたからには、きっちりと役目を果たします!」

そうゴズから託され、威勢よく胸を叩いたのはジャマルだ。

ヴィンセントに護衛役として指名され、ゴズからもその任を任された彼は、鼻息を荒くしながら粗野な笑みを浮かべる。

一応、オーレリー家は下級伯の家柄だが、そうした貴族階級の品は一切ない。

だが――、

「いい返事だ! それでこそ、ヴォラキア帝国の兵よ!!」

ゴズがたくましい胸を張ってそう見送るように、この姿勢こそがヴォラキア流。

そう考えると、やはり扱いづらかったスバルや王国のものたちは、理解や共感はできても使うには不適切な人材と言わざるを得ない。

「改めて、貴様は土壇場で使えぬ道具などになるなよ」

「うー、あう」

大きな声でやり取りしているゴズとジャマルを横目に、ヴィンセントは耳を塞いでいるスピカの方を見やり、そう告げる。

そのヴィンセントの言葉に、スピカはしかめ面で唇を尖らせた。

何故か、それが昨晩のミディアムの、ヴィンセントの言動を注意してきたときの表情と重なった気がして、ヴィンセントは嘆息するのだった。

そして――、

△▼△▼△▼△

――出立する竜車は三台、それは城塞都市へ獣車や徒歩で入ってくる人々と比べ、はるかに少なく思える人員。

しかし、紛れもなくそれが、ヴォラキア帝国を襲った『大災』――否、これから帝国を滅ぼすだろう『大災』を防ぐため送り出される、希望の一矢だった。

それぞれがそれぞれ、強い覚悟と大勢の希望を背負い、屍人の都と化した帝都へと舞い戻り、そこで此度の首魁であるスピンクスなる『魔女』を討つ。

それを――、

「……兄さんがその一員に加わってるなんて、嘘みたい」

窓際に車椅子を進め、そこから眼下の光景を眺めているカチュアの呟き。それを聞きつけて、彼女の傍にいるレムは目尻を下げた。

カチュアの兄、ジャマルはアベルの護衛として、帝都へ向かう人員の一人だ。

レムとしては彼との出会いの記憶はあまり良いものではなかったが、カチュアの兄ということで過度に邪険にもできず、対応に苦慮する相手ではあった。

とはいえ、最終局面で傍付きに選ぶくらいなので、アベルには信用されているらしい。

「兄さん、単純だもの。扱いやすいとか、捨て駒にしやすいとか、そういう理由よ」

「いくらアベルさんでも、そこまで冷酷では……と思いますが」

「どうかしら。少なくとも、兄さんはそのつもりだし……き、昨日、兄さんがなんて言っていったか、あんたも聞いてたでしょ?」

「ええと、それは……はい」

上目にレムを見据えるカチュアに、言い逃れできずにレムは頷いた。

昨晩、カチュアの下を訪れたジャマルは、自分がアベルの傍付きに選ばれ、帝都へ同行すると報告した上で、笑いながらカチュアに言ったのだ。

『安心してろ、カチュア。閣下のお役に立って派手に死んできてやるぜ! そうすりゃ、トッドの野郎がいなくても、恩賞でお前が生活に苦しむこたぁねえ!』

「悪気は、まるでなさそうでしたね」

「わ、悪気がなくても悪いことはあるでしょ……なんで、兄さんもトッドもそうやって、命なのに、勝手に、本当に……っ」

おそらく、ジャマルなりに兄として妹であるカチュアの生活を案じた発言だが、生活よりもカチュアの気持ちを汲んであげてほしいと切実に思う。

婚約者だったトッドを亡くし、さらには実の兄であるジャマルを亡くすことになれば、カチュアは本当の意味で一人きりになってしまう。

それは、たとえレムが友人として傍にいても埋めることのできないものだ。

「私も、姉様と再会……再会して、そう思いましたから」

『記憶』がないのだから、ラムとの再会は今のレムには初めましてだった。

だが、『記憶』はなくとも『魂』が覚えていたラムの存在は、レムに自分がこの世に一人ではないことを確かにわからせてくれた。

カチュアにとって、ジャマルもまたそういう存在であるはずだ。

なのにジャマルがそういう考え方なのは、もはや帝国という風土のやらかしである。

「アベルさんがどんな皇帝でも、私はあまり帝国が好きじゃありませんね……」

「……奇遇ね、私もよ。別に、好きな国とか場所とかないけど」

「現時点では、私もそうですね」

スバルやラムの話では、レムの故郷は隣国のルグニカ王国という場所らしい。

あれだけスバルがたびたび帝国をこき下ろすのだから、王国は帝国と比べたら多少は住み心地がいいのだろう。

とはいえ――、

「――この戦いが終わったら」

自分は、その王国へいくのだろうか。

ラムとは離れ難いし、王国が故郷という話も疑ってなどいない。しかし、今のレムにとっては王国よりも、帝国の方が知っているものも人も多い。

見知らぬ王国にいる自分が、うまくちゃんと想像できなかった。

「……レム、出発するみたいよ」

ふと、考え事をするレムへと、カチュアがそんな風に声をかける。

呼ばれて同じように窓の外を見ると、帝都へ向かう三台の竜車が出発するところだ。

そこにスピカもアベルも、スバルも乗っている。

「あんた、ちゃんと見送ったの?」

「朝食のときに、話しました。カチュアさんこそ、お兄さんに……」

「私は言いたい放題言ったわ。怒っても無駄だけど、ちゃんと怒ったし」

顔を背けて、カチュアがジャマルと繰り広げた口論を思い出して苦い顔をする。

ただ、彼女なりに危険な場所へ向かう兄に、かける言葉はかけ切った思いなのだろう。だからこそと言いたげに、カチュアが視線だけレムに向けて、

「あんたは、ちゃんと言いたいこと言ったの?」

「……私が言いたいこと、ですか?」

「なんか、ぶーたれてるみたいだから」

何とも心外な評価を下されて、レムは目をぱちくりとさせた。

ぶーたれている、とは子どもが拗ねているような言い方だ。第一、レムはカチュアが言うような拗ね方などしていない。

「拗ねるような理由だって、別に……」

「本当なら、いいけど」

「――――」

やけに突っかかってくると、レムはカチュアの言葉に唇を閉ざした。

その言い方だと、レムが嘘をついているみたいだ。拗ねてなんていないし、別にレムがこれ以上の言葉を尽くす必要もないだろう。

スバルにはエミリアも、ベアトリスもついているのだ。

スピカやアベルも、あのとても強い狼人のハリベルも同行してくれる。頼もしい人たちに囲まれて、安心し切っているに違いない。

だから――、

「わ、私は」

「――――」

「私は、後悔してる」

顔を背けたまま、視線だけをレムに向け、カチュアが躊躇しながら唇を動かした。

それが何を意味し、どんな思いに繋がっているのか、聞くまでもなかった。

ぎゅっと目をつむり、レムはカチュアと二人、眼下の光景に目をやっていた窓へと手を伸ばすと、それを思い切り外へ開け放った。

途端、朝の涼やかな風が要塞の一室に流れ込み、レムの青い髪を撫でていく。

その風の中に混じった、清涼とは言い難い臭い。それの発端となる場所へ、これから向かっていく竜車に向けて――、

「――必ず、戻って言い訳してください!!」

そう、声を大にして、レムは遠ざかろうとする竜車へと願いを投げ込んだ。

無事で帰ってきてほしいなんて言えない。健闘を祈ろうなんてことも思えない。それでもカチュアに背を押され、何も伝えないなんて選べない。

そんな悩ましいレムの胸中を、そのまま声に出したものがそれだった。

ナツキ・スバルは、レムにとっていったい何者なのか。

あれだけレムのために必死で、それでもエミリアやベアトリスがいて、帝国のために命を懸けて、スピカのためにみんなに睨まれて、何なのか。

「それを話してくれるまで、許しません」

鼻が曲がるような、邪悪な臭いを漂わせているからではない。

『記憶』のないレムの、新しく形作った『記憶』のどこにでもいるあなたを、なんて冠を付けて覚えておけたらいいのか、その答えが欲しいから。

レムの、その大きな声が風に呑まれ、ちゃんと届いたかもわからない。

ただ、出立する三台の竜車の最後尾、開かれた窓から小さな手が、子どもの小さな手がこちらへ振り返されるのが見えた。

「バカみたい。嬉しそうな顔しちゃって」

――それを見たレムの横顔に、カチュアがそう嘆息するのが聞こえた気がした。