軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八章25 『死にゆくものの願い』

――ヴィンセント・ヴォラキア皇帝閣下。

真剣な面差しで自分を見るフロップにそう呼ばれ、ヴィンセントは片目をつむった。

突然、連環竜車の一室にヴィンセントを監禁したフロップとミディアム、この美しい金髪を持つ兄妹は自分たちのしでかしたことの大変さがわかっていない。

誰かに見られれば極刑さえありえる暴挙、そんな真似を働いた理由が他人からの伝言を伝えるためだというのだからどうかしている。

その挙句――、

「伝言を話す前に、少しだけ昔話をしてもいいかな?」

などと、真剣な顔つきのままで、そんなことを言い出した。

「――――」

フロップの内心が読めず、ヴィンセントは片目をつむったまま無言になる。その沈黙を自分への追い風だと思ったのか、フロップは「それと」と続け、

「図々しいのは承知だけど……伝言を聞いたら、ぜひとも僕の頼み事を一つ聞いてくれないだろうか」

「おい」

「おやおや、怖い顔だね、皇帝閣下! しかし、忘れないでくれたまえよ。君が聞くべき伝言は僕しか知らないのだから、迂闊に僕を黙らせられないのだと」

「オルバルト・ダンクルケンにでも命じて、シノビの拷問で貴様の口を割らせるという手段もあるぞ」

「お互い、平和的に話すのがいいんじゃないかな、皇帝閣下!」

ヴィンセントが声に脅しを含めると、フロップはすぐさま両手を上げた。

皇帝相手に交渉を持ちかけようなどと、胆力があるという話では済まない。とはいえ、前置きされた昔話とやらも、それに乗じようとした頼み事とやらも、わざわざ持ち出す以上は彼の大事な話なのだろう。

もっとも――、

「でもあんちゃん、あんまり時間ないんでしょ? このままだと、アベルちんが戻ってこない~ってゴズちんたちが騒いじゃうよ? お願い事はともかく、昔話って?」

そう首を傾げるミディアムは、兄に情報共有してもらえていないようだったが。

「貴様は貴様で、何も聞かずに兄の暴挙に加担などするな」

「え~? けど、あんちゃんのすることでしょ? そしたら、それが何でもあたしは手伝っちゃうかな~。それがあたしの家族の誓いだし。アベルちんもそうでしょ?」

「たわけ。貴様はヴォラキア皇帝がどう誕生するのかを知らぬのか?」

平然と戯言を口にするミディアムは、その答えに目をぱちくりさせる。彼女の本気の反応に、非常識にも限度があるとヴィンセントはフロップの方を責める目をした。

決して聞こえのいい話ではないが、ヴォラキア皇族が兄弟姉妹で殺し合い、次の皇帝を決めるというのは常識だ。

それさえ知らないミディアムに、ヴィンセントはフロップの物の教え方の偏りを疑う。

だが、そのヴィンセントの視線にフロップは何故か微笑み、

「その視線の意味はわかるよ、皇帝閣下。妹が非常識だと驚いているんだろう?」

「それ以外のなんと言える。それと、いちいち皇帝閣下と呼称するのもやめよ。他に該当するものがおらぬなら、閣下のみでいい」

「そうかそうか。わかったよ、皇帝閣下くん」

「――――」

微笑んだまま頷いて、そう続けるフロップにヴィンセントは目を細めた。

先の、真剣な面差しにも感じたことだが、今日のフロップはただの人の好い商人というだけでなく、肩書きの向こうの顔を見せるつもりがあるようだ。

正しく、ヴィンセントに対して何らかの思うところがある人間の、顔を。

「妹よ、僕に聞いたね。どうして昔話をするのかと。それはね、僕たちの過去と皇帝閣下くんとの間に繋がりがあるからなんだよ」

「ええ!? そうなの!? あたしたちとアベルちんの間に!? なになに!?」

「ははは、こらこら、いくら何でも忘れっぽすぎるぞぅ、妹よ。皇帝閣下くんは帝国の皇帝なんだ。つまり、『九神将』とも繋がりがあるんだから――」

「――バル兄ぃのこと?」

驚きに目を丸くしていたミディアム、その表情がふっと溌剌さを失った。

彼女が口にした誰かの呼び名と、直前の『九神将』という単語。それらが結び付けば、ヴィンセントの脳裏にも自然と一つの名前が浮かぶ。

「貴様たちは、バルロイ・テメグリフの関係者か」

「ああ、そうだよ、皇帝閣下くん。いわゆる義兄弟というものかな。最も多感な時期を共に過ごした、大切な大切な愛おしい家族だとも!」

ぐっと拳を固めて、そう声を高く答えたフロップにヴィンセントは吐息をこぼした。

ミディアムは眉尻を下げて、兄とヴィンセントを交互に見ている。その表情にはありありと困惑と、悲哀めいたものが浮かび上がっていた。

「この竜車だが、セリーナ・ドラクロイ上級伯が乗り合わせているそうだね。実は、僕と妹は一時期、ドラクロイ伯にもお世話になっていたんだ」

「セリ姉……」

「ちなみに、これはドラクロイ伯がミディアムに他人行儀にされたり、間違っても実年齢より上の女性と扱われないために強制した呼び名なんだ。面白いだろう?」

「本題に入れ」

無意味な話題を引っ張って、集中力を切らせるのは行商人の手口だ。

この兄妹とセリーナとの関係も、二人がバルロイと関係あると告げた時点で予測はできた。元々、バルロイ・テメグリフはセリーナ・ドラクロイの部下であり、その確かな力量を理由に『九神将』へ召し上げられた、将来を嘱望された『将』なのだから。

ただし、そのバルロイの顛末を知れば、多くの将兵の眼差しは失望に変わる。

皇帝へ謀反を起こし、それに失敗した挙句の惨死――それが世に知られるバルロイの最期であり、二人が家族と呼んだ男の、史書に残すだろう結末だ。

「――いや」

あるいは、屍人となって蘇ったことで、バルロイ・テメグリフが史書に残す記述は謀反ではなく、帝国を滅亡させた存在としてのモノになるかもしれない。

そう思った事実を、ヴィンセントはフロップたちには語らなかった。

今ここで、屍人となったバルロイの話を持ち出せば、ヴィンセントが欲している話題はますます遠ざかると、そう予想ができたからだ。

いずれにせよ――、

「そうだね、本題に入ろう。昔話も、それほど長いものじゃない。要点は、図らずもミディアムが口にしてくれたからね」

微かに眉尻を下げ、フロップがゆるゆると首を横に振る。

彼の言葉にミディアムは心当たりのない顔をしたが、ヴィンセントは言及しない。際限なく横道に逸れる兄妹の会話は、逸れたときだけ正せばいいと考えた。

「僕とミディアムは孤児で、劣悪な施設で育てられた。そこから救われ、向かった先がドラクロイ伯の領地で……バルロイとはそこで出会って、義兄弟になったんだ。ここまではいいかな?」

「――続けるがいい」

「色々と慌ただしい日々だったよ。僕もミディアムも、外の世界にあまりに無知で、見るものが何でもかんでも新鮮でね。ドラクロイ伯はとても広い視野をお持ちの方だから、行き場のない僕たちにも教育を受けさせてくれたんだ」

「そのわりには、妹の方に成果が出ていないぞ」

「あたしは、バル兄ぃたちと一緒に体動かす方が好きだったから……」

唇を尖らせ、少しだけ元の調子を取り戻しているミディアム。

フロップの語ったドラクロイ領の在り方は、ヴィンセントの耳にも入っているし、図らずもそうした領地の運営は好ましいと評価できるものでもあった。

『灼熱公』などと呼ばれ、その気性の荒々しさをこそ評価されることが多いが、セリーナ・ドラクロイの本領は、既成概念に囚われない発想の柔軟さだ。

大抵の場合、ヴォラキア帝国では長い目で物を見るという視野がない。

子どもの多くは労働力としても戦力としても期待されないため、多くが生まれ、その中の地力と環境に恵まれたものが生き残り、極少数が強者として大成する。

自分の家の人間ならともかく、子どもの内から教育し、広く人材を育てようなどという試みはほとんどが机上の空論とされる国だ。

フロップとミディアムの二人は、その稀な機会に恵まれた兄妹だった。――否、その才能を見出されたバルロイも、その一人だろう。

「もちろん、楽しいことばかりじゃなかったし、ドラクロイ伯も僕たちに優しいだけじゃなかった。当時は、ドラクロイ伯ご自身もお父上から領地を簒奪したばかりだったから忙しくしていたしね」

「危ない目にも、結構遭ったよね」

「ドラクロイ伯のお命を狙った刺客に襲われたときだね。あれは大変だった」

懐かしい思い出を回想する二人に、ヴィンセントは話の本筋を探る。

もっとも、本筋には早々に当たりがついた。こう言ってはなんだが、言われ慣れている言葉、向けられ慣れている視線というものはある。

この二人のそれも、おそらくそれに準じたものだろう。

すなわち――、

「そうした日々を共に乗り越え、僕たち兄妹とバルロイとの間には強い絆があった。そんな間柄だからこそ、君に聞きたい、皇帝閣下くん」

「――――」

「僕たちの義兄弟、バルロイ・テメグリフは広くみんなに知られているような、愚かで先の見えない謀反人として、分不相応な望みの果てに命を落とした……そうなのかい?」

問いを放ったフロップの表情は、再びの静けさを取り戻していた。

自分たちにとっての義兄弟、帝国にとっての謀反人、そうした立場にあるバルロイ・テメグリフの死、その真相をフロップはヴィンセントに尋ねている。

やはり、よく言われる言葉、よく向けられる視線だ。

戦場で死するのが戦士の誉れ、剣に貫かれてもなお屈さずが剣狼の在り方。

それが尊ばれるヴォラキア帝国でも、近しい人間の死を祝福できるものばかりではない。死に意味を、理由を求めるのは人の心情としての道理だ。

故に、ここでフロップたちにそう聞かれるのも、慣れ親しんだ慟哭だった。

「何故、疑う。市井にまで流れた風説には不純物が混ざり、信用に置けぬという腹か?」

「いいや、違うさ。ただ、せっかく当事者とこうして話せる機会があるんだ。だったら噂話よりも、よほど信じられる話が聞きたいと思っても不思議じゃないだろう?」

「対話の機会は、貴様たちが無理やりに作ったものだがな」

やや都合よく話を捻じ曲げたフロップに、ヴィンセントはそう付け加えておく。

その上でしばし、珍しく思案した。

市井に語られるバルロイ・テメグリフの死。

史書にも記述を残すだろう彼の死は、企てた謀反の失敗による惨死とされている。

フロップとミディアムが聞いたものも、それ以上でも以下でもない話のはずだ。そしてヴィンセントも、バルロイの死後の名誉の回復など考慮にない。

それ以上でも以下でもない話、それが広まる世界が正しい。

「答えてほしい、皇帝閣下くん。それがわかれば、僕も君に伝言を――」

「――。貴様たちが何を欲しているか知れぬが……」

二人が聞き及んだ噂で間違いないと、そうヴィンセントは答えようとした。

しかし――、

「――アベルちん」

弱々しく、ほんの短い呼びかけに、ヴィンセントの言葉は遮られた。

「――――」

客室の扉の前に立ち、外へ出るのを塞いでいるミディアム――否、彼女にそんなつもりはもうないだろう。

そこに立ち尽くすミディアムは、女性にしては長身の肩を小さくして、ぎゅっと自分の腕を抱きながらヴィンセントを見ている。その青い瞳に、涙を溜めて。

涙目など、命乞いでも懇願でも見慣れている。

だから、それがヴィンセントの心を揺すぶるようなことは一切ない。ただ、心は揺れなかったが、平常心に思案のひと時が与えられた。

――フロップとミディアムが、何を欲しているか知らないが。

そう、ヴィンセントは答えようとした。

しかし、本当にそうだろうか。二人が何を欲しているかは、わかっているはずだ。二人が欲しがっているものは明白で、ヴィンセントはそれを持っている。

持っていて、それでも話さない。それがヴィンセントのやり方だ。

ただ、そのやり方には、『これまで通りの』という冠がつく。

「――――」

『これまで通りの』やり方は、ヴィンセントが己の考えで全てを決め切るものだ。

だが、その『これまで通りの』やり方で、ヴィンセントは忠臣に足をすくわれた。おめでたい頭をした男に、確実視した推測が的外れだと殴り飛ばされた。

『これまで通りの』やり方では、限界がある。

ヴィンセントに求められるのは、『これまで以上の』やり方でなくてはならない。

そして、そのやり方を手に入れるためには――、

「――バルロイ・テメグリフの死は、市井に流布された風説と異なる真相がある」

そう、『これまで通りの』やり方とは違う答えを、ヴィンセントは選んだ。

△▼△▼△▼△

「――――」

ヴィンセントの答えを聞いた瞬間、フロップとミディアムの表情に変化が生じた。

フロップは軽く目を見張り、ミディアムは唖然と目を瞬かせる。どちらも驚きに見えるが、その驚きの質は違った。

その二人の反応の違いに、ヴィンセントは理解する。

「フロップ・オコーネル、貴様は事実が風説通りでないことを知っていたな」

「え……あんちゃん?」

「知っていた、というのとはちょっと違うよ。噂されている話はあんまりにもバルロイらしくないし、そのぐらいはミディアムだって思っていたさ」

「う、うん……」

水を向けられ、困惑の消えない表情でミディアムが頷く。

だが、妹に頷かせたフロップは、ヴィンセントの問いかけを否定し切らなかった。

そのヴィンセントの眼差しに、フロップが少し首を傾け、

「まさか、皇帝閣下くんは僕とバルロイが親しいから、事前にバルロイ本人から話を聞いていて、鎌をかけたと思ってはいないかい?」

「――。可能性はあるが、皆無に近い。俺の知るあの男は、過つ余地をわずかでも上昇させまいと、決行の瞬間まで誰にも口を割らなかったはずだ」

「……そうだね。皇帝閣下くんの言う通りだと思うよ。よかった。どうやら、君となら僕もよく知っているバルロイの話ができそうだ。なにせ」

「――――」

「あの件以来、帝国のどこでバルロイの名前を聞いても、僕やミディアムの知らない人間の話としか思えなかったから」

形のいい眉を顰め、フロップの青い瞳が寂寥感に揺れる。

事実だろう。それをヴィンセントは驚きもしない。

そうあるよう、そうなるように風説を調整したのはチシャで、そう指示したのはベルステツで、そうするよう命じたのはヴィンセントだった。

全ては、バルロイ・テメグリフが謀反人となった理由、その真相を伏せるため。

それは――、

「――あの謀反は、バルロイの本意じゃなかった」

「あんちゃん!?」

紡がれたフロップの言葉に、悲鳴のようにミディアムが叫んだ。

彼女は丸い目を見開いて、ぶんぶんと強く首を横に振ると、

「そんなの変だよ、おかしいってば。バル兄ぃは、だって……アベルちんも! 何か言ってよ! あんちゃんにおかしいって……」

「訂正する必要があればしている。なければせぬ。それだけだ」

「何にも、言う理由がないって……」

唖然と言葉に詰まり、ミディアムは事情が呑み込めない顔でいる。

一方でフロップは深く長い息を吐くと、自分の口にした疑惑――バルロイの死の真相を、ヴィンセントが否定しなかったことを受け止める。

市井の噂では、バルロイ・テメグリフは『九神将』の地位に満足せず、より高みを目指して謀反を起こし、敗死した愚かな負け犬となっている。

それはヴィンセント・ヴォラキアの玉座の盤石さを証明し、多くの野心家たちの無謀の火を弱らせる役目を生んだ。

「皮肉にも、俺自身の謀で此度の内乱を後押しし、弱らせた火勢を再び強めたが」

「――。そうだね、平穏は短かった。でも、それはおそらく結果をそう利用しただけで、元からそれが目的だったんじゃないはずだ」

「――――」

「バルロイの目的は別にあった。皇帝閣下くんは結果を利用しただけで、前提はまた別のはずだろう。皇帝閣下くんは、その目的までも知って?」

考える時間は多くあった。それが、フロップの澱みのない話の理由だろう。

バルロイが死に、真相と異なる噂が流布され、フロップはいったい真相がどこにあるのかと考え続けてきた。故に、千載一遇の好機を逃さずにおれた。

『魔弾の射手』バルロイ・テメグリフ。

彼があの謀反に与した目的、それは――、

「――ルグニカ王国へ特務を受けて向かい、命を落としたマイルズ上等兵の敵討ちだ」

「――っ」

「何を驚くことがある、フロップ・オコーネル。これも、貴様もわかっていた事実のはずだ。ことごとく、皇帝を試す真似をする。不敬であろう」

息を詰めたフロップの反応に、ヴィンセントはそう言って鼻を鳴らした。

先の、バルロイの噂が事実かどうかと聞いてきたのと同じで、これもまたフロップがヴィンセントに仕掛けた罠だろう。

この会話に、続ける価値があるかフロップが確かめるための。

しかし、そのヴィンセントの一声に、フロップは「いや」と首を横に振った。

彼は驚きの表情、それも二種類の驚きが混じったものを浮かべながら、

「白々しく言い逃れをするつもりはないよ。確かに僕は君を試そうとした。だけど」

「なんだ?」

「……君の答えと、マイルズ兄ぃの名前が出たことに驚かされたんだ」

「――――」

声にも驚きを乗せたフロップに、ヴィンセントは目を細める。

試された前者の答えはともかく、後者の方は驚くに値しない。バルロイと関わりの深いマイルズ上等兵のことは知っている。――否、マイルズだけではない。

「自分に仕えるものの名と容姿、立場を把握しておくのは当然だ。いったい、将兵が如何なるものの命を受け、その全霊を費やすと考えている」

そうでなくとも、皇帝の立場は常に背に刃を向けられているも同然だ。

命を懸けろと命じるのだから、そうする相手のことは知っておく。命を奪いにくるかもしれないのだから、知らぬ顔でないか把握しておく。

そして、自分の命令に従い、命を落としたものの名は、忘れてはならない。

「俺は王国のものたちとは違う。一人一人の将兵の死に心など砕かぬ。ただ覚えておくだけだ。故に、マイルズ上等兵のことも、バルロイ・テメグリフのことも――」

「アベルちんは、忘れない……?」

「――それだけだ。慰めにもならん」

弱々しく、たどたどしいミディアムの言葉にヴィンセントはそう答えた。

そうした上で、ヴィンセントはフロップとミディアムに付け加える。

「もし仮に、貴様たちがバルロイめの名誉の回復を望むなら、それは叶わぬぞ」

「――! ど、どうして?」

「流布された風説と実情が異なると知れば、いずれの噂にも邪推を働く輩が出よう。それらの台頭は帝国の土台に無用な罅を入れる。そのようなことは……」

「バルロイも望まない。そうだね?」

どこまでわかっているのか、フロップがヴィンセントにそう確かめる。

もはや伏せるだけ無意味だと、ヴィンセントは顎を引いた。ますます、強い動揺がミディアムの顔に広がっていく。

その妹に、フロップは兄らしく優しく、しかし厳しさも込めて、

「妹よ、自分で言っただろう? 僕のすることなら何でも手伝ってしまうと。それが家族の誓いだ。僕もそうだと胸を張って言える」

「そ、そうだよ? だけど、それが何なの? それが……」

「もし、バルロイが本気で皇帝閣下くんを殺して謀反を起こすつもりだったなら、バルロイは僕たちに手伝ってくれって言ってきたさ。それがほんのわずかな可能性を上げるためだったとしても、本気でやるならそうした」

「――ぁ」

フロップの言葉に、ミディアムが目を見開いた。

彼女も先だって口にした『家族の誓い』――それがどれほどの強制力を持っているのかヴィンセントにはわからないが、もしも皇帝への謀反に誘われても断らないというほどに強い意味を持っていたなら、フロップの説は成立するものだった。

「バルロイには本気で謀反を成功させるつもりはなかった。一方で、マイルズ兄ぃの敵討ちがしたいという目的はあった。そこが矛盾しているってことは、バルロイはマイルズ兄ぃの仇を皇帝閣下くんとは思っていなかったってことだね」

「――――」

「最後に、もう一個だけ聞いてもいいかな」

もうずいぶんと、図々しい時間を過ごすだけ過ごしたはずだが、まだ指を一本立てられるフロップの胆力には言葉もない。

ヴィンセントが何も答えずにいると、フロップはそれを追い風と思ったか、

「バルロイの悲願は、マイルズ兄ぃの敵討ちは果たせたのかい?」

「――。否だ」

「そう、か」

短く、ヴィンセントはそれ以上の情報を渡さなかった。

もしもフロップがそれを求めても、渡すつもりもなかった。フロップがバルロイとマイルズ、二人の兄弟の敵討ちを志したとしても、それを果たすのは不可能だ。

何より、それは――、

「バルロイ・テメグリフが望まぬであろうからな」

△▼△▼△▼△

「長々と、すまなかったね、皇帝閣下くん」

ヴィンセントとの、バルロイ・テメグリフを巡る問答を終え、フロップが頭を下げる。

下げられたところでの頭ではある。実際、長々とした問答だった。

「貴様はこの危急のとき、俺の時間がどれほど貴重か想像ができないのか?」

「物の目利きには自信があるとも。だからこそ、預かった伝言は今が一番高く値がつくだろうと、僕と妹の欲しい答えを得るために活用したんだよ」

「不敬どころの話ではないな。加えて、俺に偽りを述べるな」

「うん?」

「貴様とミディアムの欲しがった答えではなく、貴様が欲した答えだ。これは、貴様のその願いに付き合ったに過ぎん。『家族の誓い』とやらでな」

顎をしゃくり、ヴィンセントはフロップの言の間違いを正した。それを受け、ミディアムが目を見張り、フロップも驚きのあとで、「そうだね」と頷いた。

「答えを知りたがったのは僕だ。首を刎ねるなら、僕だけにしてほしいな」

「たわけ。貴様の放言にこれ以上付き合えたものか。ミディアム、貴様もそのような目で俺を見るな」

軽口に付き合う暇も惜しいと述べ、ヴィンセントは兄の助命を乞うようなミディアムの視線に鼻を鳴らしてから、

「それで、貴様は満足したのか?」

「ああ、そうだね。皇帝閣下くんが時間の惜しい中、真摯に対応してくれたことはちゃんと伝わったよ。度重なる、僕の鎌かけにも引っかからずに」

堂々と、皇帝を試したと言ってくるフロップにヴィンセントは無言。

もしも、ヴィンセントの答えが望みに叶わなかったなら、フロップはどうしたのか。

無言の内にその問いかけを察し、フロップは笑った。

「そのときは、この伝言を皇帝閣下くんではなく旦那くんのところに持っていって、帝国を救ってもらって、彼に皇帝になってもらうところだったかな」

「貴様は……」

「いやぁ、そうならずに済んでよかったよかった! ……君は、僕が復讐すべき世界の作り手の一人であって、そうじゃなかった」

「復讐すべき、世界?」

安堵の吐息にまじったフロップの言葉、それにヴィンセントは眉を動かす。

すると、皇帝と兄の会話の傍ら、グスグスと鼻を啜るミディアムが「あのね」と答え、

「あんちゃんがいつも言ってるの。嫌なことが起こるのは、誰か一人の悪い人がいるんじゃなくて、その人を悪くしちゃう世界の方がおっかないんだ~って」

「かなりざっくりだけど、そういうことだね! まぁ、そういう理不尽に嫌なことが起こる世の中が嫌なので、小さいことでもコツコツ改善に努めるのが、僕なりの世界への復讐というものなんだよ」

「――。くだらんな」

復讐すべき世界と、その世界の作り手。

まるでセシルス・セグムントのような物言いだと思いながら、ヴィンセントは呟く。その呟きを聞きつけ、フロップは苦笑し、ミディアムは赤い目で「なんだよ~」と怒る。

その兄妹の反応に、ヴィンセントはますます内心でくだらないと思う。

間違いなく、フロップが不条理を感じる世界を形作った一人がヴィンセントだ。故あって変革を考えていても、そうできていない以上は復讐対象なのは変わらない。

それを、どうしてヴィンセントをそこから外したのか、理解できない。

まさか、『これまで通りの』やり方をやめたことが原因とは、いったい誰の考えを参考にして『これまで以上の』やり方を目指したのかを思えば、考えたくもなかった。

それよりも――、

「貴様は言ったな。俺が望みに適わなければ、伝言の内容を別の相手に伝え、それを以て帝国の危難を取り除くと」

「うん? そうだね。旦那くんに任せるつもりだったよ」

「託す先が誰であれ関係ない。むしろ、あれに託して『大災』を取り除くなどと言えるのであれば、それはよほど重大な一手であろう」

ヴィンセントを謀り、あれそれと画策したチシャが残したであろう手だ。

それが如何なるものであるのか。

「一言一句、漏らさず伝えよ。落とした一句で、帝国の行く末が変わると思え」

「元からそのつもりでいたけど、それはとても怖いなぁ! 全部で三つの伝言を預かったんだけど……おほんおほん。僕がうまくやれるように応援していてくれ、妹よ」

「うん! 任せろ、あんちゃん! がんばれ~!」

ヴィンセントの脅しを受け、意気込むフロップにミディアムが声を高くする。

その茶番を前にするヴィンセントに、フロップは小さな咳払いを重ね、

「まず一つ目。――セシルス・セグムントだが、あれはオルバルト・ダンクルケンの術技を写し取り、縮めて剣奴孤島へ放り込んだ。おそらく、自力で這い出してこようが、仮に出遅れるようであればそこにいると伝え聞くがいい」

「――――」

「いや、僕の前で話してくれたときは皇帝閣下くんと瓜二つの姿をしていたからね。話し方や口調もそうだった。でも、この通りの言い方だったよ」

黒瞳を細めたヴィンセントに、フロップが慌てて付け加える。

が、弁明の必要はない。実際、ヴィンセントを玉座から追いやって以来、チシャが皇帝に扮して振る舞っていたのは動かし難い事実だ。

慎重なチシャのことだから、一度として姿を元に戻さなかっただろうし、その口調さえもヴィンセントを模したまま最期の時を迎えたに違いない。

帝都で縮んだらしきセシルスを目撃したときに、それをしたのがチシャであることもおおよそ察しはついていた。その目的が、ヴィンセントを玉座から追放するのに、セシルスがいては邪魔だからというのも歴然だ。

「あれはチシャであろうと言いくるめられぬ。セシルスが平時のまま帝都にいれば、何を揃えても俺を玉座からどかすことは叶わなんだろう」

端的に言えば、計画の邪魔だったから縮めて放逐したというのが正しい。相手がチシャであれば、セシルスが縮まされる油断をするのも頷ける。

「異論はない。続けよ」

「じゃあ、二つ目。――『神域』は城塞都市に留め置いた。あれの有無次第で、帝国を滅びへ誘う『大災』の在り方が知れよう」

「――――」

「正直、これはかなり重要そうなんだけど、詳しい意味はわからない。聞き返せる空気感でもなかったから……」

と、自信のない態度でフロップが言葉を発し、息を詰める。

その理由は、今の伝言を聞いたヴィンセントの表情、その変化にあった。

ぐっと、ヴィンセントは強く歯を噛んで、自分の口元に手を当てて押し黙っていた。左右の目は同時に閉じない。だから、右目だけを強く強くつむった。

城塞都市ガークラを目指したのは、チシャであればそこに何らかの対抗手段を残したはずと考えたためだ。――だが、違った。

チシャ・ゴールドが城塞都市に残したのは対抗策ではない。『答え』だ。

「一刻も早く、城塞都市へ入る必要がある」

「待って待って、アベルちん! 伝言は三つでしょ? もう一個あるよ!」

立ち止まる時間が惜しいと、扉へ向かいかけたヴィンセントをミディアムが止める。彼女の言葉に足を止め、ヴィンセントは深く息を吐いた。

一つ目がセシルス、二つ目が『答え』、ならば三つ目に何を残したのか。

「聞かせよ。まだ何事か手札を伏せていたならば――」

それも用いて、ヴォラキア帝国を『大災』から守り抜く。

そう訴えるヴィンセントの黒瞳を見返し、フロップは託された伝言をそのまま伝えようと再び咳払いし――、

「――閣下」

「――――」

「当方の車輪を抜くお手伝い、ここまでにございますなぁ」

――。

――――。

――――――――。

「――大たわけが」

それだけを言い切り、ヴィンセントは客室の扉に向かった。

そのヴィンセントの背中に、「待ちたまえよ!」と真似事をやめたフロップ自身の声が投げかけられる。

「急いで部屋を飛び出しても、ガークラに辿り着く速度は変わらないんじゃないかな! 皇帝閣下くんが地竜より早く走れるなら別だけども!」

「急ぎ、城塞都市へゆかねばならぬ。必要なら竜船でも何でも飛ばすだけだ」

「空も安全とは限らないだろう! 死んだ飛竜が飛んでるかもしれない! それにまだ一個話が残って……ミディアム!」

「う、うん! わかった、あんちゃん!」

城塞都市へ向かわなくてはと逸る心情。

竜船の危険性を真っ当な角度から指摘してくるフロップ、彼はミディアムに命じると、またしてもヴィンセントの行く手を妹に遮らせた。

「竜車を急がせるにも、ベルステツらと情報を共有するにも急ぐに越したことはない。邪魔立てするなら処刑するぞ」

「あんちゃん、アベルちんの目が本気だよ!?」

「だが、本気で生きてる度合いなら僕たちも負けたものじゃないだろう! 皇帝閣下くん! 最初に言っただろう。伝言を聞いたら、頼み事を聞いてほしいと」

「――――」

焦れる心情を抱えたまま、ヴィンセントはミディアムと前後に自分を挟んで立っているフロップの方を振り向いた。

確かに、昔話と頼み事と、図々しくも二つの条件を突き付けたのがフロップだった。

承諾した覚えはないが、伝言を聞き出すために完全に却下もしなかった。

「言ってみるがいい」

すでに、バルロイの名誉の回復が不可能な旨は伝えてある。

それ以上にフロップとミディアムが望むようなことで、実現が不可能なことはヴィンセントにはひとまず候補が浮かばない。

あまりに突拍子のない話で、受け入れ難いというならどうしようもないが――。

「皇帝閣下くん、今回の危機が去ったあと、君はヴォラキア皇帝の座に戻って、帝国を元通りに……いや、よりよくするために頑張ることになるだろう?」

「言い回しは思うところがあるが、概ねはそうだ」

一部、ヴィンセントにはヴィンセントの腹案があったが、チシャの画策に足をすくわれた現在、それが成立するかは話し合う必要があると感じている。

そのため、否定する余地はないとヴィンセントは頷いた。

その答えにフロップはうんうんと、我が意を得たりとばかりに微笑んで頷くと、

「じゃあ、どうだろう。全部が終わったあと、皇帝閣下くんはたくさんの奥さんを迎えることになると思うんだけど……ミディアムをその一人にしてくれないかな」

「え?」

「なんだ、そのようなことか。構わぬ」

「え?」

元より、ヴィンセントが現在まで妻を迎えていなかったのは、先述の腹案実現のための無用な煩いをなくすためだった。

その腹案が崩壊するなら、それに拘りすぎる必要はない。

『選帝の儀』に関しても、手を入れる必要性を感じていた。

故に、ヴィンセントもヴォラキア皇帝として、果たすべき義務と向かい合うだけだ。

そう答えたヴィンセントに、フロップが胸を撫で下ろした。

そして――、

「え?」

と、一人だけ話題に置いていかれたミディアムだけが、首を傾げ続けていた。