軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八章20 『二つの光』

「――敵の正体がわかった。かつて、王国で猛威を振るった『魔女』の出来損ない……スピンクスという名の、最悪の怪物だ」

再び連環竜車で開かれる緊急会議、戦場から急ぎ舞い戻ったロズワールが、一堂に会した面々を見回し、そう説明した。

スピンクス――それが、スバルたちが相対した偽リューズの名前。

それも――、

「王国で暴れたって、それっていつのことなんだ?」

「――約四十年前、『亜人戦争』の真っ只中だよ」

「――っ!」

ロズワールのその答えに、スバルは驚きで目を見開く。

『亜人戦争』はたびたび話題に挙がる出来事だが、それはあくまで内戦の舞台となったルグニカ王国でのこと。ヴォラキア帝国でまで、それを聞くことになるとは。

「記録上、スピンクスとは『亜人戦争』において、亜人側で最も警戒すべき三人のうちの一人とされていた。その魔法への造詣の深さは、『亜人戦争』の悲惨さを一段も二段も引き上げたと聞く」

「私も、王国史を勉強してて見かけた名前だったと思う。それと、スバルが言ってた名前……バルガ・クロムウェルも、そうよね?」

「――。ええ。その名前の人物も、警戒された一人の名前と一致します」

実際に偽リューズ――スピンクスと対面し、その脅威を味わったエミリアとユリウスが、その場で聞かれたもう一人の名前についても言及する。

二人からしてみれば、スバルが突然にその名前を出したという印象だろうが、その後のスピンクスの反応から、彼女と名前の人物が無関係でないとわかってくれている。

もっとも、スバル自身はその名前が、『亜人戦争』の関係者とは知らなかったが。

「つまり、敵はスピンクスとバルガ・クロムウェルって奴で、『亜人戦争』で暴れた奴らが帝国でも暴れてた? わけがわからねぇな……」

「その『亜人戦争』も四十年以上前のことやもんね。ウチも王国史の勉強はしたし、内戦のときの亜人側の主張も知っとるけど……この状況とはそぐわん気ぃするわ」

「だよな。なんにせよ、ベア子たちが無事でよかったけど……」

昔、王国で暴れたスピンクスとバルガ、この二人が帝国で大暴れしている状況の筋の通らなさに、スバルとアナスタシアが揃って首を傾げる。

この分だと、内戦で警戒された三人の最後の一人も、敵にいそうなものだが。

「それはありえないのよ。最後の一人……リブレ・フエルミの名前は、プレアデス監視塔の書庫で確認したかしら。間違いなく、死者に数えられているのよ」

と、そのスバルの不安を、傍らに寄り添うベアトリスが否定してくれる。

ロズワールと一緒に、文字通り飛んで戻ったベアトリスは、スバルたちが陥った窮地の話を聞いて以来、じーっとスバルの傍を離れない覚悟を決めた様子だ。

スバルも、戦場にいかせるのは断腸の思いだったので、そのベアトリスの可愛い覚悟を受け止める所存である。

ともあれ――、

「『死者の書』があったなら安心……って言っていいのかな。相手がゾンビなんだし、むしろあって当たり前なんじゃないかって気すらしてくる」

「だとすると、恐ろしい話だ。我々が相手するのはただのゾンビというだけでなく、歴史に名を残したような英雄、奸雄の類とまみえる可能性すらある」

「歴史上の英雄たち、か。……お前、楽しくなってたりしない?」

「生憎と、すでにレイド・アストレアと対峙したあとなのでね。過度な期待は抱かないように己を律している」

肩をすくめたユリウスに、スバルは疑わしい目を向ける。

実際、塔でレイドの話題になったときの、ユリウスの歴史オタクぶりは際立っていた。ちゃんとレイドとも決着をつけたのだ。それで後れを取る男ではないだろうが、偉人を相手に平静を保てるという発言は話半分だった。

「言っている場合じゃありませんよ。……ひとまず、相手の切り札一枚はナツキさんたちが未然に防ぎましたが、万全じゃありません。朗報と言えるのは、強敵だっただろうスピンクスが、早々に脱落してくれたことですが……」

「悪ィんだがよォ、オットー兄ィ。実ァ、そォとも言い切れッねェんだ」

「え?」

腕を組み、牙を噛み鳴らしたガーフィールに歯切れ悪く告げられ、オットーが目を丸くする。そのオットーを見据え、全身を土で汚した戦場帰りのガーフィールが、ベアトリスとロズワールを両手で示し、

「そのスピンクスって奴ァ、俺様とベアトリスたちの前にも出てッきやがった。あの面構えだ。ふざけんじゃァねェよってムカついたんだが……」

「それは、そうよね。リューズさんとおんなじ顔をしてたんだもの。ガーフィールにとってはすごーく辛かったはずよ」

「けど、面が似てよォが婆ちゃんじゃねェもんは婆ちゃんじゃねェ。だから、やり合うのも何の躊躇もッなかった。問題ァ、そのあとだ」

「そのあと?」

首を傾げたエミリアに、ガーフィールが深く頷く。

彼はその勇ましい表情を珍しく曇らせ、嘆息と共に告げた。

「――俺様たちァ、間違いなくスピンクスを仕留めッたんだよ。目の前で粉々になんのも見届けて、『リギリギの抱え落ち』ってとこまで確かめッてんだ。それが……」

「スピンクスの狙い、そのものだったかしら」

ガーフィールの結論を引き継ぎ、ベアトリスがぎゅっと強くスバルの手を握る。

握られたスバルの指が白くなるほど切実な握力は、そのスピンクスの狙いとやらがベアトリスにもたらしたショックの程を表している。

そのベアトリスの様子に目を細め、ロズワールは「結論を言おう」と続けると、

「スピンクスは私たちの前で確かに死亡し、立て続けにスバルくんたちの前でも同じく死亡した。このことから推測できるのは単純明快……スピンクスは複数回死亡し、そのたびにゾンビとして復活できるということだ」

「な……っ」

「最悪に最悪を重ねるなら、死んで蘇った次のゾンビは、直前の自分の死や、そう至らしめた原因も把握している状況と言えるだろう。つまり、連環竜車を吹き飛ばそうとした策を止めた要因、それがスバルくんやハリベル殿であることは把握されている」

「――――」

あくまで推測と、そう付け加えたロズワールの思案は恐るべきものだった。

だが、確かにと頷ける部分も多い。あの、降り注いだ破壊的な光の最中、自らも塵と化す一撃に晒されながら、スピンクスは微塵も取り乱していなかった。

自分の死を目の前にしていながら、動じない人間というのもいることはいる。

しかし、スピンクスのそれが、『死』を『死』だと思っていなかったが故のものだったとすれば、不思議とスバルには腑に落ちるのだ。

「まるで……」

――『死に戻り』だと、口には出さなかったが、スバルはそう思った。

自らの命が潰えることを不利益と思わず、それすらも武器として用いる破滅的攻撃。構造的に異なるのは、死した事実自体は消えていないこと。

そう考えるとむしろ、スバルの『死に戻り』よりも、かつて戦ったペテルギウスの『憑依』と厄介さは近いかもしれない。

「倒しても倒しても、か」

一瞬、そう呟いたユリウスとスバルの視線が交差する。

おそらくユリウスも、スバルと同じようにスピンクスとペテルギウスの厄介さが重なったのだ。ペテルギウスと違い、他者に『憑依』するわけではないスピンクスの行為、これをあえて『死に逃げ』と名付けておくが――、

「何べん倒しても倒し切れないってんなら、そういう奴の倒し方は決まってる。相手の残機がなくなるまで倒し続ける、これだ」

「ざんき? ええと、それって……」

「復活できる残りの回数ってこと。どんなにヤバい相手でも、無制限にいくらでも蘇れるなんてありえねぇ。絶対に限界はある。だろ?」

自分を棚に上げるようで恐縮だが、残機とはどこかで尽きるものだ。

それが尽きるまでスピンクスを倒せば、『死』と無縁と思っているかもしれない彼女の涼しい顔も、余裕を保てなくなることだろう。

「だから、凹みっ放しでいる必要はねぇってことだ。それよりも、相手の鼻っ柱をへし折ってやったことを喜ぼうぜ。レム! ありがとな!」

「――! そ、そんな大したことはしていませんから」

突然話を振られ、所在なさげにしていたレムがぶんぶんと首を横に振る。が、大したことをしていないというのは彼女らしすぎる謙遜だ。

『死に戻り』した直後、エミリアとユリウスを伴って連環竜車を降りたスバルは、車内に残る彼女に伝言を託した。――カララギ最強にお出まし願うために。

「レムがハリベルさんを呼んでくれなきゃ、今頃は俺もエミリアたんもユリウスも、連環竜車もまとめて塵になってたとこだ。もしそうなってたら、俺を失った未亡人のベア子が永遠に俺を弔い続ける尼さんになるとこだったぜ」

「考えたくもないから考えないようにしてた最悪の可能性をあっさり言うんじゃないのよ! ベティーを残して死んだら、本当にその『アマさん』になるかしら!」

「ん、そうよね。ベアトリスが『アマさん』にならなくて済んだのも、私たちがこうして元気に話せてるのもレムのおかげ。ありがとう」

「……わかり、ました。そう思っておきます」

半泣きのベアトリスと、微笑むエミリアからもそう言われ、レムはどことなく遠慮がちに感謝の気持ちを受け取った。

その、エミリアとベアトリスとレム、三者が揃っている様子に改めて胸に込み上げるものを感じながら、スバルは視線を佇む長身に向けて、

「もちろん、ハリベルさんもありがとな。正直、あれをどうにかできるか完全にハリベルさんのネームバリューを当てにしただけだったんだけど……」

「ははは、正直でええことやないの。実際、僕もいきなり青鬼の子に呼ばれて出てって見て驚いたわ。あれ、知らんでいたら僕も死んでたんちゃう? むしろ、教えてもらえて僕が命拾いした気分やねえ」

そうカラカラと笑い、やってのけた功績と見合わない態度でいるハリベル。

のんびりとした口調は緊張感を欠くが、彼なしではスバルたちの全滅は免れなかった。二度目で彼を呼ぶという選択肢を取れたのはスバルの好判断だったが、そもそも、この連環竜車に彼がいなかったらと思うとゾッとする。

あの短時間で、竜車に乗り合わせた武人全員に集まってもらって、ベストの対応策を探し当てなければならないところだ。それでも、解決策があるかどうかは確実ではないのだから、本当に都市国家最強様々である。

「あないなこと言うてるけど、実際のとこどうやったん?」

「ん、私とユリウスもうんと頑張ったけど、やっぱりあとちょっと足りなかったと思う。アナスタシアさんがハリベルさんを味方にしてくれてて、すごーくよかった」

「そかそか。そしたら、ウチも大枚はたいて引っ張ってきた甲斐があったわ」

ひそひそと、エミリアとアナスタシアも緊張感に欠けるハリベルを再評価しており、とにかく全員が最善手を取ってくれたからこそ、反省会もできている。

それがスバルの、直前のとんでもない攻防における収穫であり――、

「ってのが、さっきのドタバタの顛末。早い話、俺たち全員の頑張りで命拾いだぜ。当たり前だけど、言うべきことがあるよな?」

「大儀であった」

「この野郎……!」

と、ここまでの報告を大人しく聞いていた皇帝、アベルからのありがたいねぎらいの言葉に、ナツキ・スバルは熱く拳を震わせたのだった。

△▼△▼△▼△

当然ながら、連環竜車を襲ったスピンクスの『死に逃げ』作戦は、そうと知らない間に当事者にされた帝国首脳陣にも共有された。

ヴォラキア帝国的にはかなり重要な機密であるはずの連環竜車、その貴重な車両の一部を必要だからと破壊した以上、具体的な説明は必要だった。

とはいえ――、

「それだけの事態を収めたってのに、大儀の一言で片付けられちゃな……」

「何を言おうか、ナツキ殿! 閣下からのねぎらいの言葉に勝る褒賞を求めるとは! 閣下の治める帝国臣民として恥を知るがいい!!」

「ゴズさん! 間違わないで! スバルは帝国の子じゃなくて、私たちと同じ王国の子なんだから!」

「エミリア、またつられて声が大きくなってるのよ」

忠誠心MAXの帝国兵と違い、アベルのねぎらいの言葉ではスバルにはご褒美不足だ。

ゴズにつられて声が大きくなるエミリアからの感謝なら、スバルの不満ももしかしたら補えたかもしれないが。

「現状、帝都を追われ、態勢を立て直す道程だ。働きに見合った褒賞を求められようと空手形は切れん。故に、言葉以外にかけるものはない」

「財布が空だなんて堂々と言いやがって……! うわーん、アナスタシアさーん!」

「はいはい、そないに悔しがらんでもええて。ちゃんと、ユリウスとエミリアさんらの頑張りの分はウチが帝国からふんだくったるから」

「やったー! ぼったくってくれ!」

泣きついたアナスタシアの頼もしさにスバルが諸手を上げ、アベルが渋い顔をしてから嘆息。そして、彼は「それで」と話題を引き戻し、

「件の屍人……スピンクスなるものが、此度の『大災』の中心だと?」

「少なくとも、こーぉれだけ大勢のゾンビを蘇らせる術式は彼女が組んだものでしょう。既存の術式の改変と改良、あの出来損ないのやりそうなことです」

「ロズワール、嫌いな相手なのはわかるけど、嫌な言葉を使いすぎないで」

アベルに応じたロズワール、その発言にエミリアが微かに眉を立てた。彼女は優しい紫紺の瞳を厳しくして、ロズワールをじっと見つめると、

「私たちは悪口の言い合いがしたいんじゃないでしょ? せっかくいいことをしても、嫌なことをずっと言ってたら、誰もホントの気持ちを聞いてくれなくなっちゃうわ」

「――。ええ、肝に銘じておきます」

「ん、お願いね」

微笑むエミリアの言い分に、素直に頭を下げたロズワールが苦笑する。

その性根の優しさは変わらないままに、エミリアの考え方は洗練されていくとスバルは感じた。同じものを、ロズワールも感じてくれたならいい。

と、そんなスバルの考えを余所に――、

「スピンクスは王国の内戦時にも暴れたと聞く。その顛末はどうなった」

「王国の記録では、スピンクスとバルガ・クロムウェル、そしてリブレ・フエルミの三名はいずれも内戦の決着前に討たれたと。この三人を失ったことが、内戦における亜人側の劣勢を決定付けた……そう、記憶しています」

「なるほど。――だが、何の理由もなしに土から屍人が生えるはずもない。奴らが屍人となって帝国の大地を荒らすのは、貴様ら王国の手落ちではないのか?」

「おやおや、ヴィンセント皇帝閣下ともあろう方がおかしなことを仰いますねーぇ」

片目をつむったアベルの問いに、ロズワールが笑みを浮かべて肩をすくめた。

彼はその手で窓の外の景色を示し、

「件の輩の考えの深奥まではわかりませんが、敗戦の記憶がある王国ではなく、帝国に災いをもたらしている時点で当時とは別の思惑があるのは明白でしょう。この四十年間の沈黙を思えば、王国の記録が間違っていると考えるのも現実的ではない」

そうつらつらと語った上で、ロズワールは「もっとも」と外を示していた手を戻し、戻した手の指を一本立てると、

「もしも『亜人戦争』に直接参戦し、スピンクスを討つ機会を目前にしながらそれをしくじったものがいるなら、閣下の仰る通り、責めを負うべきと思いますがねーぇ」

「下らぬな。四十年前の王国の内戦に参加し、そこで戦局を決定付けた老兵に事の是非を問うなどと、議論する価値もない」

「ま、そりゃそうだ。ひとまず、お前がそこまで無理難題を言わない奴でホッとした……うん? どうした、ベア子、ぶちゃいくな顔して」

「……いつでも、ベティーは愛くるしいかしら」

ロズワールの言い分が正論だと、すぐに認めてアベルも指摘を引っ込める。

そうした牽制が癖になっているのだろうが、悪癖だから改めた方がいいだろう。などと思ったスバルの横では、何故かベアトリスが憮然とした顔をしていた。

愛くるしいのは事実だが、ベアトリス的には引っかかるものが今のやり取りにあったらしい。たぶん、ベアトリスのこの顔はロズワール絡みだと思うが。

「それで、他にわかったことは。あれだけ大見得を切って飛び出して、竜車に残っていたのと同じでは成果とは言えんぞ」

「言っておくけど、大見得を切ったのはベティーたちじゃなくスバルなのよ。でも、スバルの切った大見得の責任を取るのもベティーの務めかしら」

「無論、収穫はありましたとーぉも。ゾンビの特性というほどではありませんが、いくつかわかったことがありましたのでねーぇ」

アベルに問われ、ベアトリスとロズワールが頼もしくそう応じる。

その二人に「さすがだな」とスバルは指を鳴らして、

「で、で? ゾンビの弱点がわかったとか? もしそれがわかったら、スピンクスがまた出てきても怖がる必要なくなるぜ」

「ナツキさん、高望みしすぎないでください。いくら何でも、そこまでの成果は……」

「お前はベティーたちを舐めすぎてるのよ。ちゃんとわかったかしら」

「うええ!?」

「マジで!?」

胸を張り、ドヤっとした顔をするベアトリスの言葉にスバルとオットーが仰天。その反応に気をよくしたベアトリスは「もちろんなのよ」と笑い、

「ヒントになったのは、ガーフィールの勘だったかしら。ベティーたちより先に戦場で暴れてたガーフィールは、ちゃんと違和感に気付いてたのよ」

「つっても、ベアトリスたちがこなきゃ忘れッちまってたかもしんねェ引っかかりッだったけどなァ」

「直感に優れた君が自分の直感を信じないのは、実に宝の持ち腐れと思うがね。……おや? 私としては褒めたつもりだったんだが……」

「褒めッられてよォがけなされッてよォが嬉しくねェんだよ」

舌を出したガーフィールの反発に、ロズワールは片目をつむって肩をすくめる。

その、二人のいつもの仲違いは余所に、ベアトリスは続ける。

「ガーフィールの気付いた違和感は、ゾンビの耐久力の違いだったかしら。矢の一本で倒れるゾンビもいれば、矢が十本刺さっても元気なゾンビもいた。その違いなのよ」

「でも、それって『ぞんび』の強さが違うからとかじゃないの? 私の方がスバルより力持ちだから、そういう違いとか」

「そうじゃなかったかしら。スバルとアナスタシアぐらいの違いで、矢は一本と十本くらいの違いが出ていたのよ」

「ウチと比べるんは、さすがにナツキくんも可哀想なんちゃうかなぁ」

はんなりと苦笑しながら、アナスタシアがちらとスバルを見る。が、縮んでいる状態のスバルとしては反論の余地なしと、気遣いには手を振るだけで応えた。

しかし、ベアトリスの言った違和感は確かに気になるところだ。そして、その違和感の正体をベアトリスとロズワールは解き明かしたのだと。

その答えは――、

「結論を述べよ。何が屍人共の間での違いを生んでいた?」

「――虫かしら」

「虫……?」

アベルの問いへの答え、その内容にスバルが眉を顰める。

すると、ベアトリスがロズワールの方に視線を向け、頷きかけた。その合図に、ロズワールは自分の懐から何かを取り出すと、

「皆さん、十分ご注意を。凍らせて活動を停止させていますが、氷が割れたらここにゾンビが生まれると推測されますのでねーぇ」

「何言って……おいおいおい、なんだそれ!?」

「ベアトリスが言ったろう? 虫だよ。あえて呼ぶなら、『核虫』といったところか」

そう述べたロズワールの手の中、指と指の間に摘ままれているのは小さな氷の塊で、硬貨ほどの大きさの氷の中に、赤く丸いものが入っている。

よくよく近付いてみれば、それが芋虫のような小さな丸い虫だとわかって――。

「この核虫が、いずれのゾンビの体内にも潜んでいる。そして、この虫こそがゾンビの生命線……まさしく核だと言い換えていいだろう」

「虫が核って、それはつまり……」

「――なるほど。つまり、ガーフィールの違和感の正体は、矢がどの段階でゾンビの体内の核虫を殺したかの違い、ということですね」

虫のインパクトに驚きが消えないスバルを余所に、ユリウスがそう納得する。

そのユリウスの言葉を聞いて、他のものも合点がいったと理解に到達していった。もちろん、スバルもようやく虫の存在の意図を察したが――、

「じゃあ、その核虫がゾンビの心臓ってことか」

「術式の解明はこれから進めることになるが、この核虫がゾンビとする対象の情報を獲得し、土で器を作って元の姿を再現している……それが私たちの結論だ」

「なのよ」

ロズワールの結論に、ベアトリスも異論はないと頷く。

が、二人の出したその結論に、スバルの方は開いた口が塞がらない。

魔法でゾンビを作り出しているというなら、ファンタジー的な感覚で納得もできる。しかし、魔法の虫がゾンビを作り出しているとなると、嫌悪感の方が勝った。

「ガキの頃は虫捕りをこよなく愛した俺が、情けねぇ……」

「そういう反省をしてほしい場面じゃないと思いますけどね。――いずれにせよ、こちらの人員は成果を出しました。いかがですか、皇帝閣下」

「少なくとも、大言を吐いて何の収穫も得られぬ無能の輩でないことは証明した。それは俺も認めよう。大儀であった」

「……それ、もういっそ言わない方がいいまであるぞ」

帝国人はともかく、スバル含めて王国人には評判の悪い褒め言葉だ。

ともあれ、オットーがわざわざ言葉にして詰めたように、さしもの偏屈なアベルもベアトリスたちの見つけた成果は認めざるを得ない。

内心、「ぐぬぬ」と呻いていることだろう。

「よくやってくれたぜ、さすが、俺のベア子だ」

「当然かしら。これがスバルのパートナーの実力なのよ。ほんのちょっと、スバルと苦難を共にしただけの鹿娘とは違うかしら」

「ぷりぷりしないでタンザとも仲良くしようよ!? 嫌なこと言わないようにしようってエミリアたんも言ってたじゃん!」

変なところで対抗心を発揮するベアトリスを宥め、それからスバルは機嫌直しに撫でくり百回を約束し、改めてアベルたちの方を見た。

こちらを見返してくるアベルに、「どーだ」とスバルは胸を張って、

「これが俺の頼もしい仲間たちだぜ。大口叩かれた甲斐があっただろ」

「先の竜車への攻撃を防いだ功績も認めている。貴様こそ、何ゆえにそこまで俺に勝ち誇らねば気が済まぬ。成果は目で見れば十分に知れようが」

「へ、何を言われても負け惜しみにしか聞こえねぇぜ。今は気分がいいからな」

不愉快そうなアベルの返事に、スバルは上機嫌にそう鼻を鳴らした。その態度を、エミリアには「めっ」と怒られてしまったが、本心は偽れない。

すると、そのスバルたちの成果に焦りを覚えたのか、帝国首脳陣――ベルステツやセリーナが何事か言葉を交わし、それからアベルの方が窺われ、

「閣下、王国の方々……我が友人であるメイザース辺境伯たちがあれほどの成果を示した以上、こちらも有益な答えを告げられなければ面目が立たないのでは?」

「ドラクロイ上級伯、貴様は何ゆえに愉快げだ?」

「愉快げ、ですか。申し訳ありません、閣下。私自身にはそのような自覚はありませんでしたが、もしかすると、帝国の威信を示さねば面目が立たない状態に、帝国貴族としての矜持を試されている心地なのかもしれません」

「――――」

自分の豊かな胸に手を当てて、そう答えるセリーナの顔の白い傷が歪む。

表情こそ笑っていないが、彼女の声の調子と目の色はかなり上機嫌だ。決して優勢とは言えない状況で、皇帝相手にあの調子は並大抵の精神力ではない。

「もしかして、セリーナさんって結構ヤバい人?」

「やべェかどォかは知らねェけど、ロズワールのダチだってよォ」

「あ~」

あまり接点のなかったセリーナの情報を求めると、最初に投げ込まれた爆弾だけで疑問の壁を破壊するには十分だった。

しかし、ロズワールとセリーナのどちらにも友達を選べとは言いづらい。なにせ、おそらくエミリアたちが帝国までスバルたちを探しにこられた背景に、二人の国境を越えた友人関係が影響しているのは火を見るより明らかだからだ。

そう言えば思い返すと、ロズワールは王選の場でもかなりふてぶてしかった。

アベル相手にあの態度のセリーナと友人と聞けば、納得の一言である。

「今やから言えるけど、あのときはナツキくんも相当やったえ?」

「聞こえない聞こえない聞こえない……」

耳を塞いで嫌な過去から逃げるスバルに、「やらかした過去は消えない」と説教をくれた本人が向けてくる生温かい目が突き刺さるのだった。

そして、同じような生温かな眼差しを畏れ多くも皇帝に向けたまま、セリーナは何事かの説得を続けている。

「いずれにせよ、閣下も有用とはお思いでしょう。だからこそ、あれらを傍に置いていた側面もあると、私のような女は勘繰ってしまうのですが」

「やめよ。そこまで悪辣に言葉を尽くさずとも、俺とてわかっている」

鼻を鳴らし、アベルはセリーナの眼差しを手で遮った。それから彼はいくらかあった思案の色を消すと、セリーナに促された何かを明かす。

それは――、

「――この『大災』と対峙するにあたり、有用かどうかを議論するに値する情報を持ったものがいる。そのものの話も、城塞都市へ到着する前に聞いておく必要があろう」

△▼△▼△▼△

「おーやおや、ようやくお話を聞いてくださる流れになりましたか? だとしたら、ぼかぁ嬉しいですよ、閣下」

頑丈に施錠された竜車の一室、扉の向こうに軟禁された状態にあったと言えるその人物は、姿を見せたアベルを見て人好きのする笑みを浮かべた。

しかし、軟禁状態の彼の待遇からすれば、とても笑えたものではなかっただろう。

なにせ、その全身は鎖でぐるぐる巻きに拘束され、絶対に逃げ出せないように椅子に縛り付けられている有様だったのだから。

「おいおい、アベル、これはいくら何でも……」

「必要な措置だ。良くも悪くも、この男を失うことはこちらの損失として大きい。言っておくが、拘束を解けば容易に死ににいくぞ」

「死ににいくなんてとーんでもない! ぼかぁただ、この『大災』を止めるためにこれまで努めてきたわけで……そのためなら命も惜しくないってだけなんですけどね」

「おおう……」

へらへらと笑いながら、縛られた椅子の上で体を前後に揺する優男。

彼の物言いに狂気的なものを感じ、さしものスバルもアベルの言い分が大げさなものではないと信じざるを得なくなった。

しかし、疑わしい以外の何物でもないが――、

「この、『星詠み』の……ウビルクさんだっけ? この人が頼りになるって?」

「あーれれ、疑われるなんて心外な……って、よく見たら、あなたはカオスフレームですれ違った王国の『星詠み』さんじゃーないですか!」

「全然違う。あ! もしかして、あんたか、こいつに俺が『星詠み』だのなんだの吹き込んだのは! おかげでこいつと殴り合う羽目になったじゃねぇか!」

パッと顔を輝かせた優男――ウビルクの軽はずみな発言にスバルは噛みつく。

スバルとしては、その『星詠み』なんて怪しげな役職扱いされて大迷惑だ。もちろん、『星詠み』がある種の預言者的な役割を担っていた以上、『死に戻り』するスバルの存在がそう思われるリスクはわかるが、それでも大迷惑。

いずれにせよ――、

「俺とあんたは同類じゃない。そこのところよろしく」

「え~? おかしいですねえ。ぼかぁ、あなたが同類だって聞いてるんですが……」

「それは星から? だとしたら、アベル、あんまり当てにならねぇぞ、この人」

間違った答えを教える星となると、残念ながら今頼りにするのは避けたいところ。

現時点で重要なのは、些細なことでも確かな情報をくれる星なのだ。曖昧な、どうとでも取れるバーナム効果的な予言はお呼びでなかった。

なので、期待外れと早々に背を向けかけたのだが――、

「待った待ったまーってください! わーかりました! あなたは『星詠み』じゃーないです! ぼかぁそれで構いません!」

「引っかかる言い方だけど、そこ訂正しても信頼度が回復するわけじゃ……」

「ぼかぁ、このまま閉じ込められたまーまで構いません。ただ、星の詠んだことだけでも聞いてください。それだけでいいです!」

「――――」

ぐぐっと身をよじり、ウビルクが目をギラギラさせながらそう訴える。その勢いは、体に巻かれた鎖が強く食い込み、血が容赦なく滲むほどだ。

痛みも何もかもそっちのけで、彼は『星詠み』として星から聞いたという何らかの情報を伝えようとしている。それができれば、傷は惜しくないのだと。

あるいはもしかすると、命さえも惜しまないのかもしれないと思わせる。

「アベル、『星詠み』の人たちってのは……」

「その感傷は捨て置け。考慮に値するかどうかは聞いてから判断せよ」

その強すぎる星への執着に、スバルは嫌な既視感を覚えてしまう。だが、アベルはそのスバルの考えには取り合わず、前のめりになるウビルクを見据えた。

アベルの話を聞く姿勢に、ウビルクも身をよじるのをやめ、穏やかな顔で笑う。

「閣下、ご安心を。どれだけ『大災』が強大でも、閣下には星がついてまーすよ」

「いずれのヴィンセント・ヴォラキアが残ろうと、区別を付けぬような酷薄な星がか。笑わせるな。――言え。何を伝える」

「二つ、ございます」

腕を組んだアベルの問いに、ウビルクは短くそう答えた。

その答えに、スバルは「二つ」と口の中で呟き、アベルは無言で先を促す。

当てにしていいものか甚だ不安だが、少なくとも『大災』の到来自体は言い当てたとされる『星詠み』、それが今、揺れる帝国のためにもたらす情報。

それは――、

「『大災』の猛威を覆すための、二つの光です。一つは、王国の『星詠み』……ではない少年が連れた、言葉の通じない少女」

「……なに?」

ちらと視線を向けられ、その先の言葉にスバルは目を凝然と見開いた。

ウビルクの言い分を丸っと信じるのはどうかと思ったばかりだが、それこそ続いた言葉には信じるべき要因があると思えなかった。

だって、今のウビルクの言った条件に該当するのは、一人しかいない。

そして、その衝撃も癒えない束の間、ウビルクは続ける。

二つの光と称した片割れを明かしたのと同じ唇で、残されたもう一つの光を。

その、光とは――、

「――この帝国で最も呪いに通じた、九つの頂の一つたる獣人です」

△▼△▼△▼△

地を蹴り、息を切らし、岩肌だらけの山道を強引に突っ切る。

「クソクソクソの、クソったれ共がぁ……!」

吐き捨てる言葉にも勢いが弱く、自分が消耗している自覚はあった。

野を駆けることも、不眠不休で戦い続けることも、この帝国の大地で生きるためには幼少の頃からずっとやっていることではある。

だからと言って、飲まず食わずで十日以上も緊張を強いられるのは別次元だ。

「――ッ」

すん、と鼻腔に滑り込む異物の混ざった土の臭いに、猛然と手足を振るう。

目で見て、耳で聞いて狙いを付けるような真似はしない。この鼻で嗅ぎ取ったもので十分に世界は把握できる。敵の位置も数も大体の武装も。

そのせいで、敵が百人単位で自分を取り囲んでいるのもわかって、削っても削ってもどうにもならない事実に鼻が馬鹿になったと思いたくなった。

「こん、クソ野郎共が!」

が、すぐにその思考を吹き飛ばし、携えた武具を土の香りに叩き付ける。

一体二体三体と、直撃を受けた敵の五体がバラバラに吹っ飛び、その向こう側にいる相手へも衝撃が貫通、包囲網を無理やり突き破ってそこから飛び出した。

倒しても倒しても、キリがなく湧いてくる顔色の悪い土の人形たち。

出来の悪い悪夢のようなそれは、間違いなく自分の命をつけ狙っていた。

率いていた一軍は壊滅、気付いたときには全てが手遅れで、自分の『将』としての資質を疑いながら、東へ東へと、必死になって走り続けた。

どこと合流しようにも、その道筋だけは完全に塞ぎ続けられ、飲まず食わずにとどまらず、生きた人間との接触も副官と別れたのが最後だ。

せめて、部下たちが少しでも生き残っていてくれていればいいが。

「ちぃ――っ!」

思考が脇に逸れた瞬間、斬りかかってくる敵の攻撃への反応が遅れた。

肩口を掠める攻撃を肩当てで防いで、衝撃を逃がすついでに山道の地面を蹴る。狭くて邪魔者の多い道をゆくよりも、崖を滑り落ちる方がいっそマシだ。

そう判断し、ほとんど直角に切り立った崖を駆け下り、追跡してくる敵を振り切ろうと加速する。

どうせ人海戦術で追い詰められるにしても、ひと呼吸できれば多少は足しになる。

そう信じて、走り、走り、走り――、

「――っ、この臭いは……」

土と植物、わずかな花の香りなどに紛れて、鼻腔をくすぐったのは生活臭だ。

追っ手たちが持っている武器の鉄臭さと違うそれを感じ取り、一瞬、思考が千々に乱れるが、すぐに自分の状態と相談して生活臭を辿った。

この敵との戦いに、他の人間を巻き込むことを躊躇う気持ちはある。

しかし、それを避ければ飢えと渇きに苦しむ自分が力尽きてしまう。それは一番馬鹿で間抜けでクソな結末だ。

「……クソ、隠れ里か?」

生活臭を辿り、山間に孤立した集落へと入り込んだ。

帝国では税収逃れに土地を捨てて、野盗になるものや山中や森に隠れ住むものが少なからずいる。この集落も、そうした隠れ里の一個だろう。

本来、帝国の『将』としてはこうした隠れ里の存在は見逃せないのだが――、

「クソ緊急事態だ! 今はいい! それよりも……」

誰かいないかと集落全体に視線を巡らせ、視界に誰も入らない中で鼻を鳴らす。

生活臭の原因はこの集落だが、鼻腔を強くくすぐってくるのは残り香ではなく、現在進行形でこの集落にいる誰かの臭いだった。

そこへ向かい、戦えるものなら協力を要請する。

少しでも時間を稼いでもらえれば、その間に水と食事で体力が取り戻せるだろう。

そう枯れ死寸前の心を奮起させて、臭いを頼りに集落の大きな建物へ。

その入口に差し掛かり、中へ飛び込もうとする。

「オイ! どこの誰か知らねえが、クソ共の相手に手ぇ貸して――」

――瞬間、こちらを出迎える二陣の風が荒々しく閃いた。

「クソ危ねえ!!」

とっさに首を、腰を傾けてそれを躱し、放たれたのが鋭い斬撃だったと遅れて察知。

助けを求めて飛び込んだ先で、逆に殺されかかったと牙を鳴らし、じっとクソふざけた真似をした相手を睨みつけた。

すると――、

「おお? これはこれは異なことを! まさか、死人の男か女かと試してみれば、生者が飛び込んでくるとは……赤毛の! 賭けは某の勝ちでござんしょうか!」

「うるせえ、黙れ、死ね。勝つとか負けるとか、くだらねえんだよ……」

睨みつけた視界、飛び込んできたのは広い建物の中、置かれた丸いテーブルを囲んだ二人の中年――それも、おびただしい酒気を纏った男たちだった。

それぞれ、刀と騎士剣を手にした二人、その酔いどれた様子を見ながら、湧き上がってくる怒りが瞬間、空腹も喉の渇きも忘れさせ――、

「てめえら、この帝国の危ねえときにクソ酒浸りになってんじゃねえぞ、クソが!!」

そう、『呪具師』グルービー・ガムレットをひどく真っ当に叫ばせたのだった。