軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八章13 『それぞれの傷』

「――レムもきてたのね」

と、横合いから声をかけられ、レムは静かに顔を上げた。

連環竜車の連結部、そこで車両の壁に背を預けるレムに声をかけたのは、隣の車両の扉を開けた銀髪の少女――エミリアだった。

美しい顔立ちの中、柔らかく目尻を下げた彼女は傍らに手を繋いだ少女を連れている。それはあの帝都の混乱の最中、スバルと共に駆け付けたベアトリスだ。

微笑ましい光景でもあるが、彼女らを見るレムの心中は複雑を極める。

それはもちろん、彼女らがレム自身の知らない、失われたレムの『記憶』と関係のある相手というのもあるが、それだけではなかった。

自分の姉であると、感覚的に確信できたラムや、それ以外の仲間と名乗ってくれた面々とも違い、この二人は特別だ。――スバルと、深く関わる間柄として。

帝都を取り巻く事態、その撤退の最中にも、その後の意識のないスバルを見舞っていたときにも、特に彼との繋がりを強く感じたのがこの二人だった。

どうして、それがこんなに気になるのかレムにもわからないのだが――。

「エミリアさんに、ベアトリスちゃん……」

「レムも、話し合いの行方が心配なのかしら」

「心配……そう、ですね。心配は、心配かもしれません」

名前を呼んだベアトリスに問われ、レムはわずかに俯いた。

こうして何もない通路にレムが立っているのは、そこから少し離れたところにある部屋――ナツキ・スバルの寝所として宛がわれた一室、それを見守るためだ。

大勢の見舞い客が退散して落ち着いた一室で、今、スバルとアベルが対峙している。

険しい顔をしていたアベル、彼を目にするときは鬼の面を被っていることが多かったため、レムにとってもその素顔を目の当たりにするのは新鮮味があった。

とはいえ、レムの知る限り、仮面を外しているときのアベルはいつもしかめ面だった。ただ今日は、ただでさえ険しい顔が今まで以上に強張って見えたから。

「レムは、スバルとアベル……えっと、ヴィンセント皇帝が一緒にいるのをずっと見てたのよね? どうだった? 仲良くしてた?」

「ヴィンセント皇帝、という呼び方は慣れませんね。それに、二人が仲良くしていた印象はありません。考えは合っても、気が合わないと言いますか……」

「う、やっぱりそうなんだ……」

「まぁ、予想のできた話なのよ。アベルの考え方は、スバルと水と油かしら。ベティーは甘ったるいスバルの考え方の方が好きなのよ」

「もう、ベアトリスはすぐスバルを甘やかすんだから。ちゃんとアベルの言い分も聞いてあげなきゃ……あ、ヴィンセント皇帝の言い分も!」

レムの答えに肩を落としたエミリアが、その後のベアトリスの主張に唇を尖らせる。

コロコロと表情の変わる人だと思うレムの前で、エミリアは「あ」とさらに驚きを付け加えてこちらを見た。

「それとね、レム。私、ヴォラキアだとエミリーじゃなきゃいけないから……」

「……あの、それには意味があるんでしょうか?」

「え、もちろんあるわよ。誰も私のことをエミリアなんて思ってないもの。ね、ベアトリス?」

「ベティーはエミリアにも甘いから、何も答えないのが優しさかしら」

「え!? どういうこと!?」

手を繋いだベアトリスの優しい誤魔化しに、エミリアが目を丸くしている。

憎めない二人のやり取りに、レムは気持ちを翻弄される思いを味わいながらも、すぐにエミリアたちのことを好ましく思った。

そもそも、聞いた話が事実なら、彼女たちは大きな危険を冒してまで、レムとスバルを探しにこの国までやってきてくれたのだ。嫌いになれるはずもない。

「あの人と違って、疑う要素もありませんから」

猛烈な、本能的な警戒を触発する悪臭を纏っていたスバル。レムの敵視の大部分がそれによるものだったが、エミリアたちにその気配は全くなかった。

なので、ルイや『シュドラクの民』、フロップたちと同様、噛みつく理由がない。

とはいえ――、

「……急に、あの人の臭いが薄れているのも怖いんですが」

離れ離れになっている間に、あの強烈な悪臭が消えたスバルも気掛かりではあった。

あれが具体的に何なのかわからない上、あるのとないのとならない方が絶対いいものなので、事態は好転したと言いたいところではある。

と、そんな風に思っていたところだ。

「あれー? レムちゃんとエミリーちゃんとベアトリスちゃんだ!」

レムたちが立っているのと反対側の車両、そちらの扉が開かれ、姿を見せた相手が大きな声で三人の名前を呼んだ。

ぶんぶんと元気よく手を振り、こちらへのしのしとやってくるのは背の高い女性――その長い金色の髪を自由に飾り、踊り子のように肌を露わにしており、何より、ちゃんと年齢相応に手足が伸び切った人物だ。

それは――、

「――ミディアムさん」

「やっほ! もしかして、みんなもアベルちんとスバルちんの心配?」

「ええ、そうなの。ミディアムちゃんも?」

「うん、そう! ほら、あたしもやっとおっきい体に戻れたでしょ? 今ならちっちゃいときと違って、大人のケンカも止められるから役立てるかなって」

えへんと胸を張り、そう答えるミディアム――あまり長い時間見たわけではないが、スバルと同じで彼女も大人から子どもに見た目を変えられていた一人だ。

幼いミディアムも、溌溂とした彼女らしさを残していてとても愛らしかったが、彼女の魅力は手足の長さでは変わらないので、見慣れた姿の方がレムは落ち着く。

ミディアムも、小さいときはずいぶんと歯痒い思いをしたらしく、大きい体に戻った喜びを全力で堪能している様子だ。

ともあれ――、

「ケンカを止めに……それは、あの人とアベルさんの?」

「そうだよ~? 二人がちゃんと話すのもしばらくぶりだし、暴れそうじゃない?」

「どうでしょうか……あの人はともかく、暴れるアベルさんは想像がつきません」

険しい顔と厳しい声で、痛々しいことを言うのがアベルという印象だ。

しかし、ミディアムの心配に眉を顰めるレムと違い、エミリアとベアトリスはどちらかというとミディアム寄りの意見らしく、

「ベティーは、ミディアムの意見に賛成なのよ。少なくとも、スバルはあの皇帝に言いたいことが山ほどあるから噛みつくはずかしら」

「そうね。エミリーの私もちょっぴり心配。ケンカって、お互いにぶったりするだけじゃなくて、言葉で傷付け合うのもケンカだもの」

「……そういうものですか」

確かに、アベルが手を上げる印象がないので取っ組み合いにはならないだろうが、スバルが感情的になって、言い合いが激化する可能性は十分ありえた。

アベルが理性的なので、スバルが丸め込まれることが比較的多かったようにレムは感じているが、今はアベルも余裕がないかもしれない。皇帝としての立場を取り戻したアベルと多く言葉は交わせていないが、ミディアムたちの懸念も頷ける。

そしてその推測は、正しく即座に裏付けられた。

「――いいか? とにかく、こっそりガーフィールのところにいくぞ。あいつなら、俺たちの仕方ない事情をわかってくれるはず」

「王国の騎士が帝国の皇帝に手を上げた醜聞をか」

「言っとくが、裁判になったら俺はお前がどんなだったか洗いざらいぶちまけるという最終手段があることを忘れるなよ……!」

などと、声を潜めたやり取りを交わしながら部屋の扉が開いた。

そこから顔を覗かせ、通路に人影がないかを窺おうとした二人の黒い双眸と、話し合いの決着を待っていたレムたちの目が合う。

「あ」とスバルが口を開け、「む」とアベルが眉を顰めた。

しかし、その二人の様子を目にしたレムたちの反応はそれどころではない。なにせ、顔を出したスバルとアベルは二人とも、血塗れだったのだから。

「まさか……」

「二人とも、思ったよりもずっと大ゲンカしてる!?」

「た、大変! ベアトリス! 早く治癒魔法を……!」

「ほら見たことかなのよ! やっぱりベティーがいるべきだったかしら!!」

バタバタと、慌ただしくなる女性陣の歓迎に、スバルとアベルが視線を合わせる。それからアベルは嘆息し、スバルは観念したみたいに両手を上げた。

それから、

「あの、絶対怒られるからその前に言うんだけど……仲直りはしたから」

情けない顔で苦笑いしながら、ちょっとでもいい話をするみたいにそう言った。

△▼△▼△▼△

――結局、二人の怪我は少し手を切ったぐらいなもので、派手なものではなかった。

「とはいえ、部屋の中は荒れ放題ですし……別の部屋を用意する余裕はありませんよ」

「いや、他の部屋を用意しろとか偉そうなこと言わない言わない。ちゃんと反省してるって……あ! ミディアムさん! 元に戻ってるじゃん!」

「へっへ~、そうなんだよ、スバルちん! って、ダメダメ! そんな嬉しいこと言ってもあたしも怒ってるんだから。二人して仕方ないんだからさ~」

そう言って、腰に手を当てたミディアムが下手な話題転換を試みたスバルを叱る。

肩を落として反省するスバルだが、ミディアムのより強めのお叱りを受けたのは、そうして凹んでいるスバルよりも、そのスバルと揉めたアベルの方だった。

「アベルちんも、スバルちんちっちゃいのに大人げないことしちゃダメだよ?」

「……貴様、自分が何をしたのかわかっているのか? 皇帝に手を上げたのだぞ」

「そうやって偉いせいで誰にも叱られないから、アベルちん、こんな風に育っちゃったんじゃないの?」

「――――」

渋い顔をして腕を組んだアベル、その彼をじと目で睨むミディアム。今しがたのやり取りからもわかる通り、驚くべきことにミディアムがアベルの頭をはたいたのだ。

部屋の惨状を見れば、見た目幼いスバルと取っ組み合ったらしきアベルを叱りつけたくなるのは道理だが、とんでもないことをしたとレムは感心する。

「ミディアムさんがいいなら、私も叩いてもいいですか?」

「便乗をするな。今、一つ一つの不敬を処している暇がない。戦後に功績と比較して、罰するかどうか決めるような手間を増やすな」

「残念です」

無論、許可がもらえるとは思わなかったが、レムとしてはアベルの口から『戦後』という単語が聞けたのが収穫に思えた。

少なくとも、アベルは前を見据えている。中でどんな話がされたのかわからないが、部屋を訪ねる前よりも、目の光も顔色もよくなっているように感じた。

「――ん、これで大丈夫。でも、服は着替えないとみんなが心配しちゃうから、ちゃんと着替えてからみんなのところね」

「まったく、世話が焼けるのよ。全然ベティーを安心させてくれんかしら」

「ごめんごめん。でも久々で新鮮だな。しばらく、俺のこと心配してくれてるの、タンザ以外は男ばっかりだったから」

持っていた手拭いでスバルの顔や手の血を拭い、エミリアが彼の頭を撫でる。

手をかざし、どうやら彼の傷の治療をしたらしいベアトリスも、やれやれと肩をすくめているが、心なしか安堵だけでなく、喜びも交えて見えた。

二人して、スバルの世話か面倒が見られて嬉しいという印象だ。

それを見ていると、何となくレムも胸がムズムズする。

「ねえねえ、アベルちん、頑張れそう?」

と、そんなレムの心中を余所に、首を傾げたミディアムがアベルにそう聞いた。

その問いかけにアベルは黒瞳を細めると、一拍おいて頷く。

「支障はない。そも、俺を指して奮闘の是非を問うなど愚かしいぞ。皇帝の座に就くと己で決めたときより、俺に漫然と物事をこなす資格はない」

「――? それって、皇帝としていっぱい頑張るぞ~ってこと?」

「――。気の抜ける噛み砕き方だが、大まかにはそうだ」

「そっか! なら、あたしも大賛成! 一緒に頑張ろ~!」

パッと顔を明るくしたミディアムが上げた手をアベルに差し出す。アベルはそのミディアムの手をじろっと睨んで、それから顔を背けた。

つれないアベルの態度に、ミディアムは上げた自分の手に反対の手を合わせ、パチンと音を立ててから、

「それじゃ、みんなのとこいく? あんちゃんもアベルちんと話したがってたよ」

「あれと話す時間を取る猶予はないが、セリーナ・ドラクロイの飛竜船もそろそろ戻る頃合いだ。いずれにせよ、主要な顔ぶれと話はしておきたい」

「――あ、待ってください」

ミディアムが促すと、それにアベルが顎を引いた。

テキパキと物事を進めたがるアベルにかかれば、ここから先、帝都で起こった問題の対処のための大事な話し合いが持たれることはわかる。

当然、その場には重要人物として、スバルやエミリアが立ち会うことになるとは思うのだが、その前にレムは言わなくてはならないことがあった。

レムがここに立っていた理由の半分は、スバルとアベルとの関係が拗れたことになることへの懸念であり、もう半分がそれのためだったのだから。

「アベル、俺もみんなのとこいく前にやりたいことが……やらなきゃいけないことがあるんだ。だから、先にそっちにいかせてくれ」

「あ……」

やり取りを引き止め、自分の目的を告げようとしたレム。そのレムを遮るようにスバルが言い出して、彼の視線がこちらを向いた。

その視線が、彼のやらなきゃいけないことというのが、レムが言おうとしていたことと同じであると理解させる。だから、レムは唇を結び、頷いた。

そして――、

「――レム、カチュアさんのところに案内してくれ」

△▼△▼△▼△

「なんだぁ、ガキ。ここはテメエのくるようなとこじゃねえぞ」

と、目的の部屋を訪ねたところ、野卑な声に出迎えられてスバルは目を丸くした。

開いた扉の向こうに立っていたのは、その荒っぽい出迎えの声色と似合いの面構えの眼帯の男――一瞬、記憶の引き出しを開けるのに苦労したが、思い当たる。

「確か、ジャマル……?」

「ああ? なんでオレの名前知ってやがる。こっちはテメエなんぞ知らねえぞ」

「お前、生きてたのか……」

「とんでもなく失礼なガキだな、あぁ!?」

意外と綺麗な歯並びの口を開け、喉を唸らせてがなる男の名前はジャマル。

スバルがヴォラキア帝国に飛ばされ、初めて出くわした帝国人の一人――そして、あのトッド・ファングの相棒だった男だ。

スバルの知っている範囲だと、確か城郭都市グァラルで、一度は捕らえた一将をトッドが逃がした際、殿に残ったことで捕虜として捕まっていたはずだった。

あのあと、スバルの方も色々あった関係上、彼の安否については正直頭から完全に抜けてしまっていたところがあったが。

「なんで、そのお前がこの部屋に?」

「オレが、自分の妹の部屋にいたら何がおかしい」

「妹……ぁ」

その答えに疑問の氷解する音を聞いて、スバルは思い出した。

そう言えば、トッドは自分の婚約者はジャマルの妹だと話していた。つまり、目の前のジャマルと、あのカチュアとは実の兄妹ということになる。

あの儚げなカチュアと、乱暴者で荒くれたジャマルとが、兄妹。

「髪の色と、癖毛具合は似てる……か?」

「よくわからねえが、ムカつくこと言ってんのはわかった。ガキ、痛い目に遭いたくなきゃとっとと……」

「――兄さん! やめて!」

スバルの態度が腹に据えかねたのか、袖をまくりながらジャマルが力ずくで追い出しにかかろうという素振りを見せる。が、それが実行されるより早く、ジャマルの背後から高い声がその行為を止めた。

ジャマルの脇越しに部屋の中を見れば、スバルが寝かされていたのと同じような客室の間取り、その奥の寝台に一人の女性が寝かされている。

それは――、

「カチュアさん」

「あんた、やっと起きたのね……ね、寝すぎなのよ。本当に、本当に……」

邪魔な兄の体越しにスバルを見やり、カチュアが寝台で体を起こすのがわかった。そこにジャマルが「おいおい」と早足に向かい、

「無理すんな! いつ死ぬかわかんねえんだから、大人しく動け」

「そこまで脆くないから! 死んでても死なない兄さんと比べないで……」

「そもそも死んでねえのに、お前らが勝手に殺してたんだろうが……!」

心配を無下にされ、挙句に死者の汚名まで着せられたジャマルが小刻みに震える。

この兄妹の再会にも色々とあったのだと思われるが、そこを掘り下げるのはスバルの本題ではない。ここに足を運んだ理由は、別にある。

「――。大丈夫ですか?」

微かに視線を落としたスバル、その足が入口から部屋の中になかなか進まないのを目にして、そう聞いてきたのは一緒にいるレムだ。

エミリアたちとアベルには謝って、スバルはレムとこの部屋を訪れた。

カチュアの友人であるレムには、この場に立ち会う資格がある。――ここから先、スバルがしようとしている話を、彼女にも聞いてほしいから。

「ああ、大丈夫だ」

頷いて、スバルは部屋の中に足を踏み入れた。

寝台ではカチュアとジャマルの二人がまだ何やら言い合っていたが、レムを伴ったスバルがやってくると、カチュアの方が口を閉じる。

そのまま、彼女は長い睫毛で縁取られた青い瞳を伏せて、

「……あんた、もう体はいいの」

それが、本題に入る前の枕詞だとしても、スバルの体を案じる彼女は優しい。

口調はぶっきらぼうでつっけんどんだが、その心根が綺麗な女性であることは疑いようがなく、だからこそ頼りのないレムとも親しくなってくれたのだ。

そんな彼女に、スバルは伝えなくてはならない。

「うん、平気だ。心配してくれて、ありがとう」

「……別に、私は心配とかじゃ。ただ、その子が不安そうだったから」

「――――」

ちらと、スバルがレムの方を見ると、隣に立っている彼女の表情は硬い。

おおよそ、ここからどんな話がされるのかわかっているから、カチュアの言葉に対してもいつもみたいな過剰反応をしなかった。

それを期待するのも、本題を先延ばしにしたい自分の弱さだと戒めて、スバルは大きく息を吸って、吐いた。

そして――、

「ごめん。トッドを、連れ帰ってこられなかった」

そう、あの帝都で決定的な決別のあったトッドとのことを、報告した。

「――――」

ぎゅっと強く、小さな拳を握ってスバルは痛みと共に残酷な事実を知らせる。

帝都での戦いの最後、あのゾンビたちの包囲網を突破するのに協力したトッドと、しかしそれでもぶつかり合うしかなかった。

スバルの在り方を嫌悪し、忌み嫌い、始末しようと仕掛けてくるトッドを、スバルは殺さないと決めて立ち向かい、争い合った。

だが、最後には――、

「あの、街に流れ込んだ洪水に流されて、それ以上のことは」

「――ぁ」

「ただ、ゾンビと戦うので囮になって、あちこち傷も負ってた。だから……」

スバルの報告に、カチュアの掠れた吐息が漏れる。その吐息に重ねるように、スバルは自分の見たものを、自分の見た通りでない形でカチュアに伝える。

その気になれば、スバルはカチュアに希望を抱かせることもできた。

実際、スバルが最後に目にしたトッドは、あの濁流に呑まれて姿を消した。死体が発見されていないなら、生き残っているという希望も示せたはずだ。

だが、スバルはそうしなかった。

「――――」

スバルが最後に目にしたトッドは、あの濁流に呑まれた姿だ。

しかし、それは正確な表現が抜けている。正確にはスバルが最後に目にしたトッドは、人狼の姿で、その胸部に深々と斧の一撃を浴びて濁流に呑まれたのだ。

――深手を負い、意識をなくして濁流に呑まれ、助かるとは。

「――っ」

スバルの話を聞いて、ジャマルが強く歯を噛む音が部屋に響いた。

ジャマルにとってもトッドは相棒で、それ以上に妹のカチュアを任せると決めた将来の義弟だった。スバルの報告に傷付くのは、彼も同じだ。

ひどく不思議な感覚だが、スバルもできればトッドの生存を願いたかった。

手ひどく期待を裏切られ、その命さえ狙われた間柄で、実際に『死に戻り』した世界では何度も命を奪われた相手だが、それでも。

ただ、何度もトッドとやり合った経緯があるからわかる。

トッドは何も、特別な力のない凡庸な存在だ。人狼であるという事実も、致命的な命の危機という事態をひっくり返せるほどのアドバンテージではない。

スバルが死ぬような、助からないような状況では、トッドもまた命を落とす。

トッド・ファングは、あの洪水に呑まれて死んだ。

それが、彼の一番近くで、彼の命の炸裂を最期に見届けたスバルの答えだった。

「――――」

部屋の中に沈黙が落ちる。

じりじりと、額やうなじを焼くように思える沈黙、それはスバルが自分で抱えていくと決めたもので、甘んじて受けなければならない心の痛みだった。

そうして、肌を焙られるような感覚を味わい続け、しばらくして。

「……か、肝心なところは見てないんでしょ? だったら、死んで、ないかも」

たどたどしく、ひび割れた声が紡がれ、スバルは顔を上げた。

スバルだけでなく、レムも、ジャマルもベッドのカチュアを見つめる。カチュアは自分の括った髪を指でいじりながら、その青い瞳を左右に揺らめかせ、

「もし、もしね? もしも、あんたが、トッドの頭が潰れるところとか、体が半分になってたりとか、燃えて黒焦げになったりとか、そういうのを見てたら、ね? 見てたら、そうだって、思うかも、だけど……」

「カチュアさん……」

「でもほら、あいつ、すごい、すごい生き汚いの。それに、別れ際も言ってた。すぐに、戻るって……絶対、私のところに……あいつ、嘘、言わないから。兄さんが死んだってことは! ただ、言い間違えただけだから!」

「カチュアさん!」

声を高くして、自分の髪を引っかき始めたカチュア。その姿に強く彼女を呼んで、寝台に寄り添ったレムがカチュアの頭を抱いた。

自分の胸にカチュアの頭を抱き入れて、レムが彼女の背を撫でる。

「ゆっくり、ゆっくり呼吸しましょう。私が傍についていますから……」

「違う、違うの……あいつは、そんな簡単に……そうでしょ? そうでしょ、レム……」

「カチュアさん……」

ボロボロと、カチュアの瞳から大粒の涙がこぼれ、彼女を抱きしめるレムの服を涙が濡らしていく。レムはそれに構わず、泣きじゃくる友人の背を撫で続けていた。

その、カチュアの真っ正直な反応に、スバルは強く胸を掻き毟られる。

わかっていたことだ。

トッドのことを伝えれば、カチュアがこうして傷付くことは。本当に、本当に難しい関係だが、トッドのカチュアへの想いは本物だったのだろう。カチュアも、トッドには本当に大事にされていた。だからこその、この涙だ。

だから、スバルはもっと残酷な事実のことは言わなかった。

レムにも自覚がないことだ。――人狼と化したトッドを、斧で仕留めたのはレムだ。

スバルを守るため、レムはトッドにトドメを刺した。

あのとき、トッドは人狼の姿をしていたし、水没する最後の瞬間まで獣化は解けなかったから、レムはその事実を知らない。スバルも、知らせるつもりはなかった。

本当のことに価値があるなんて、スバルは思わない。

トッドはカチュアを愛していたし、カチュアもそうだった。価値あることはそれだ。その思い出を壊してまで、本当のことに拘る理由なんてない。

「トッドは、カチュアさんのことを本当に大切に想ってた。最後の最期までずっと」

それだけは、トッド・ファングの剥き出しの殺意を向けられたナツキ・スバルが、カチュア・オーレリーに伝えられる嘘偽りのない動機だった。

「――っ」

泣きじゃくるカチュアが、自分を抱きしめるレムの背中に腕を回し、強く爪を立てるのが見える。痛々しいそれを、しかしレムは無言で受け止めた。

嗚咽が響く部屋の中、ちらとレムはスバルの方を見ると、首を横に振る。

そこには、カチュアのことは自分に任せてほしいという意図と、こうなることを覚悟で足を運んだスバルへの感謝が含まれていた。

「――。嫌な役目させて悪かったな、ガキ」

レムとカチュアを残し、部屋を出たところでジャマルがスバルにそう言った。

意外すぎるほどに真っ当なジャマルの言葉にスバルが眉を上げると、彼は「んだよ」と不機嫌そうに鼻面に皺を寄せる。

「死んだ奴の家族に伝えるのはしんどい役目だ。そいつがどれだけ勇ましく勇敢に死んだって話しても、泣きたくなる奴はいる」

「……あんたは、どうなんだ?」

「あぁん?」

「あんたにとっても、トッドの奴は仲間で、妹さんの婚約者で、特別だろ?」

頬を歪めて、ジャマルがスバルからの質問に考え込む。

しばらく黙ったあと、彼は自分の右目を塞いでいる眼帯に指で触れて、

「どうだかな。野郎が生き延びてたんなら、どっちも死に損なったって笑い飛ばしてたとこだが、その段階をすっ飛ばしちまった。まぁ、戦って死んだんなら、帝国兵としてやり切ったってこったろ。散々、それを馬鹿にしてたくせにな」

「――――」

言いながら、最後の部分でジャマルは小さく鼻を鳴らし、笑った。

それはトッドのらしくない最期を思って笑ったのか、それともスバルには理解し難い帝国の流儀とやらに則した笑みだったのか、わからない。

どちらであっても、スバルは誰かの死を笑って迎えられる気がしない。

「ただよ」

そう思うスバルの前で、ふとジャマルがそう続けた。

その声の調子にスバルは目を見張る。ジャマルの続けた声に込められていたのは、怒りや寂しさではなく、期待のようなものだったからだ。

そしてその印象は正しかった。ジャマルは言う。

「あの野郎が簡単に死ぬタマとは思えねえ。カチュアの言うことも確かだぜ。……実際に死ぬところを見てねえんだからな」

「それは……いたっ」

「黙ってろよ、ガキ。それがオレはともかく、カチュアにとっての希望なんだからよ」

思わず、反論しかけたスバルの額をジャマルの指が弾いた。黙らされたスバルに、ジャマルは背後の扉を顎でしゃくり、そう告げる。

その、ジャマルの語った希望が明るいものなのか、それとも残酷なものなのかスバルには区別がつかない。ただ、口出しする資格がないことはわかった。

その気持ちに口出しする権利があるのは、カチュアとトッドの人生に招かれ、参加することを許されたものだけ。――スバルには、その資格がなかった。

「ったく、戦うのが嫌だ嫌だ言ってるくせに血の気の多い野郎だ。そのせいで、オレよりよっぽど危ない橋を渡りやがった」

通路の天井を見上げて、ジャマルはトッドのことをそう評した。

ジャマルが顔を見せなかったことも、その声が震えていたことも、それを指摘する資格もやはり、スバルにはなかった。

△▼△▼△▼△

「やーぁや、スバルくん、ずいぶんと元気そうじゃーぁないの。しばらく見ない間に若々しくなって、帝国の食事のおかげかーぁな?」

「すげぇな。俺のこの姿見てそんなどぎついジョーク言えたの、ロズワールだけだぜ」

「おや、みんな余裕のないことだねーぇ。それと、一応、ここでは私はダドリーで通っているのでね。――以降、それでよろしく頼むよ?」

青い方の目をつむり、黄色い方の目を残したウインクを向けられ、スバルは久方ぶりの彼の――ロズワールとの対面に相好を崩した。

縮んだスバルを見ても動じないのはさすがロズワールだが、スバルの方も彼のいつもの道化衣装と違ったスタイルには言及しないことにした。ちょっと悔しかったのと、念押ししたときの口調の違いが、わざわざの説明を省いていたからだ。

トッドの最期について、カチュアへの報告を終えたスバルは連環竜車の真ん中、そこに用意された大きめの客車へとやってきていた。

連環竜車――スバルの知識で言えば、電車や列車と構造の近いものだが、他国と比べて平地が多いヴォラキア帝国だからできる乗り物といった風情の代物だ。

本来、地竜の数が揃っているのはルグニカ王国の方なので、地形を選べば同じようなものを用意することも可能だろうかと、頭の片隅には入れておく。

「この連環竜車も、実は帝国の機密の一環らしいがね。何でも、知恵者で知られた『九神将』が考案したものだとか……」

「やっぱりそうか。こんなの王国で見たことないもんな。……そう考えると、俺たちってかなりガチで帝国の深部たくさん見てるな」

「ははは、帝国の暗部を覗きすぎたのが原因で帰参を阻まれたら大変だ。今からでも、目をつむって過ごした方が賢明かもしれないね」

「それ、どっちも笑い事じゃないんですがねえ……」

しみじみと呟いたスバルにロズワールが笑って賛同すると、その話にげんなりとした顔をするのはオットーだった。

件の客車はいわゆる食堂車のようにたくさんのテーブルが置かれたもので、ざっくり二十人くらいの人間がいられるように設計されている。もっとも、テーブルがたくさんある目的は食事ではなく、会議や軍議といった話し合いが目的だろう。

実際、スバルやロズワールたちだけでなく、ぞろぞろと顔ぶれが集まっている。

もちろん、先に客車に向かったエミリアやベアトリス、彼女らと同じテーブルにはラムの姿もあった。

ラムは一人でやってきたスバルに胡乱げな目を向けて、

「小さいバルス、レムはどうしたの? 一緒のはずでしょう」

「その冠絶対いらないだろ……。レムは今、カチュアさんのところだよ。この話し合いにはいったん、顔は出せないと思う」

「――。そう」

吐息をこぼし、ラムはスバルの答えにそれ以上突っ込んでこなかった。

ようやく、妹であるレムとの対面を果たしたラムだが、どうやらスバルが思ったほどはベタベタ一緒にはいないらしい。元々、二人はかなりべったりだった印象があるので、スバルの希望としては姉妹でずっと手でも繋いでいてほしいのだが。

「ラムもレムもそれぞれ一個の人間よ。幼いバルスの勝手な気持ちを押し付けないで。いやらしい」

「人の心を読むな! いやらしくない!」

「ラムが傍にいられない間、レムを支えてくれていたのは周りの人間でしょう。その人間関係を蔑ろにしたいとは思わないわ。図々しいわよ、未発達なバルス」

「いつ俺の呼び方のバリエーションが尽きるか見ものだな、姉様……!」

あの手この手のラムの言動に頬をひくつかせ、スバルは大きく息を吐いた。

ラムの言い分はもっともだし、焦りすぎてもいけない。まず、姉妹の合流は果たされたのだから、急がず、ゆっくりと物事を進めたらいい。

心配しなくても、ラムとレムの間には他の人が割り込めない絆がある。

そのこと自体は、二人で揃ってスバルの見舞いに顔を出してくれたときの、あの空気感から信じることができたのだから。

「しかし、いるのはこのメンバーだけか? ペトラとフレデリカ、ガーフィールは?」

「ペトラちゃんとフレデリカは、戦ってる兵士の人たちのお世話をしてるの。ガーフィールも、怪我をした人たちの手当てで忙しくて……」

「戦ってるって、現在進行形だね?」

「ん、そう。スバルも、帝都でたくさん見かけたと思うんだけど……」

いないメンバーの所在について、答えたエミリアが話の先をわずかに躊躇う。

彼女が言いかけた言葉、それはスバルにも想像がついた。

「ゾンビか……」

「な、なんなんです、その珍妙な呼び方は」

「動き回る死人のこと。俺の地元だと、ゾンビっていうんだよ。何かしら呼び名があった方がいいと思って、便宜上そう呼んでたんだ」

「ナツキさんの地元、何でもありすぎでは?」

オットーからじと目を向けられ、スバルは口をへの字に曲げた。

この場合、実際にゾンビが出現したこの世界の方がおかしいと主張すべきなのか、実際にはいないゾンビを題材にたくさんフィクション作品を作り出すスバルの世界の方がおかしいと思うべきなのか、よくわからない次元の問題だ。

「なるほど、いいじゃないか、ゾンビ。少なくとも、屍兵と呼ぶのは避けたいしね」

と、そのスバルとオットーの会話に、そう口を挟んだのはロズワールだった。

彼が口にした単語に、スバルは「屍兵……」と反芻する。

「なんか、嫌な思い出と直結してそうだな?」

「実際そうだよ。思い出したくもない思い出の一つさ」

「帝都でも話した通り、あれは『不死王の秘蹟』の成果と考えて間違いなさそうかしら。記録上、直近で使われたのは王国の内戦なのよ」

「それで嫌な思い出か」

スバルの視線に、ロズワールが曖昧な笑みで明言を避けた。

過去の歴史にも造詣の深いロズワールだ。その内乱に参加したこと自体はなくても、『不死王の秘蹟』とやら関連で嫌な目に遭ったことがあるのかもしれない。

「ただ、ベティーの知る限り、あの秘術はもっと不安定な代物のはずかしら。あんなに大勢のゾンビを生み出して、再現度も高いなんてありえないのよ」

「でも、実際にみんな動いて喋ってたから、何か理由があるんじゃないの?」

「……ベティーも頭を悩ませてるかしら。ダドリー、お前もサボるんじゃないのよ」

「おやおや、サボっていると思われるのは心外だ。私だって当事者なんだから、ここで手を抜く理由はないだろう。君たちの命もかかっていることだしね」

「どこまで信じていいのやらかしら……」

「わかった。君の命もかかっているからね」

「何がわかったのよ! 悪ふざけが増えただけかしら!」

組んだ両手に顎を乗せたロズワールの答えに、ベアトリスが顔を赤くして怒鳴る。

からかわれたと不満爆発のベアトリスだが、スバルにもロズワールの真意はよくわからない。ただ、ベアトリスはスバルの相方なので、あっかんべーだけしておいた。

「ええと、あんまり詳しいことはわかってないけど、スバルが言った『ぞんび』って呼ぶのでいいのかしら?」

「いいんじゃないですか? 屍兵(かばねへい) よりも短いですし」

「オットーらしい目線の賛成……」

と、そんな風にスバルたちの方の話が一段落つくと、

「――閣下、カフマ二将からの報告で、一時的にガイラハル温帯に残り、可能な限り後続の牽制を行うとのことです」

「オルバルト一将からも、配下のシノビと遅滞戦術を行うと! ただし、相手が水や食事の補給を必要としない分、打てる手立てが半分ほど減るとか!」

「カフマ・イルルクスとオルバルト・ダンクルケン、どちらにもそのまま作戦を継続するよう伝えよ。セリーナ・ドラクロイ、飛竜船は?」

「まだ戻っていない。少々、予定より時間がかかっているのが、城塞都市の陥落を意味しないのを望むばかりだな」

「……あれが為すべきを為したなら、城塞都市に備えがないはずがない」

そう、どやどやと重要そうな話を飛び交わせながら客車にやってきたのは、アベルと彼に従う帝国の人間――老人と大男と美女の三人だった。

全員、スバルが名前を知らない面々だったが。

「ご老人がベルステツ・フォンダルフォン宰相、背の高い方がゴズ・ラルフォン一将で、あの女性がセリーナ・ドラクロイ上級伯です」

「助かる。……ゴズって、確かアベルを逃がして捕まったって聞いた人だな」

眉を寄せたスバルの横顔に、オットーが理由を察して注釈を入れてくれた。その彼から聞かされた名前は、生存を危ぶまれていたはずの『九神将』の一人のはずだ。

生きていればアベルの味方と判断できる相手だったはずなので、実際、こうしてアベルの傍らにいるのは素直に喜べる。

「貴様らも揃っているか。ちょうどいい、軍議を始める」

「あれ、フロップさんたちはいいのか?」

「城郭都市の時点の人手不足ならまだしも、現状で行商が一人軍議に加わって何の足しになる」

「そうなんだよな。なんで僕、ここにいるんですかね……」

首を傾げたスバルの横で、アベルの言いようにオットーが首を傾げている。

しかし、オットーが首を傾げた理由が、スバルも含め、エミリア陣営の全員からわからない。オットーがここにいるのは当然だろう。

ラムになど、「ハッ」と鼻で笑われる始末だ。

「タリッタさんとミゼルダさんたちも、客車の後ろの方で構えてくれてるから、こっちの話し合いには参加しないってことでいいのよね?」

「ええ。シュドラクの方々からはそのように伺っております。いざ、力を振るう機会がくれば十全に暴れると、心強い返答でしたな」

「よもや、あの勇猛果敢で知られた『シュドラクの民』と肩を並べる機会がこようとは! 帝国の存亡を争う機会でなければ、もっと胸が躍ったものを! おのれ!」

「騒がしいぞ。口を閉じていろ」

子どもの頭ほどもある拳を握りしめて、そう力んだゴズをアベルが黙らせる。心無い物言いだが、他の誰も注意しないので、たぶんいつものやり取りなのだ。

ともあれ、フロップたちや『シュドラクの民』が同席しない理由はわかった。

「スバル、帝国のお友達は……」

「戦団のみんなには、いったん俺が代表して話をするって言ってある。ちょっと、みんなと相談しておきたいこともあるから。特にベア子には」

「ベティーに? ……あんまり、いい予感がしないのよ」

「まあまあまあ」

プレアデス戦団の仲間たちにも、ひとまずこの場への同席はご遠慮願った。

なにせ、スバルとアベルの同席している場面だ。一歩間違えると、ヴァイツがアベルに襲いかかって、スバルに玉座を引き渡そうとしてしまう可能性があった。

スバルがアベル――ヴィンセント・ヴォラキアの御落胤で、『黒髪の皇太子』であるという嘘は継続中なのだ。そこの解決も図らなくてはならない。

「せめて、タンザはいてもいいと思ったけど……」

顔色の優れなかった彼女を連れ出すのも気が咎め、ひとまず、戦団の関係者としてはスバルが出席するのみとなった。

見舞いのときもそうだったが、あとで必ずタンザとも話をしなければならない。

「それと、ルイを見かけないんだけど……」

「あの子なら、ミディアムとフロップのところにいるわ。ずいぶん懐いているみたいだけど、バルスはどうするつもりなの?」

「――。それも、あとでみんなで話そうな」

ラムの薄紅の瞳が細められ、スバルはそう答えるより他にない。

プレアデス監視塔で、スバルとレムが帝国に飛ばされる直前、あの場にルイが居合わせたのを知っているラムだ。当然、ラムの口からも、アベルからも、みんなにルイの正体は共有されているだろう。

それでも彼女がこの連結竜車に乗り合わせているのは、いったい、誰のどんな働きと頑張りがあったおかげなのか、それも知りたい。

その上で、ルイの落とし所の一番いいものを探さなくては。

「ようやく周回遅れを脱したなら、改めて軍議を始めるぞ、ナツキ・スバル」

「お前、俺が馬鹿でかいスキャンダルを握ってることを忘れるなよ? って、それもそうだけど、そうじゃない」

しおらしく頭を下げた記憶も鮮明なのに、表面上の態度に変化が見られないアベル。彼の態度に憎まれ口を叩いて、それからスバルは待ったをかけた。

まだ、その動向が確認できていない相手がいる。

それは――、

「――プリシラは? グァラルにいたはずだし、帝都にもきてたんじゃないのか? それに、タンザの話じゃヨルナさんだって」

いたはずだ、とスバルがアベルの顔を見ながら問いかけた。

どういう経緯でか、ヴォラキア帝国へと参じたプリシラと愉快な仲間たち。アルに至っては魔都カオスフレームまで同行してくれたのだから、帝都ルプガナを巡る戦いにも参加していたのは確実だろう。

ヨルナについても、彼女が叛徒に与した情報はスバルたちもキャッチしていた。タンザがヨルナの存在を帝都で感じたのもある。

当然、そうした顔ぶれもこの連環竜車に乗り合わせているはずだ。

顔を見ていないと言えば、セシルスの姿も見かけていないのだが、セシルスの気分屋は剣奴孤島を出る前からそうなので、その心配は――、

「――おい?」

しかし、そのスバルの問いかけに、アベルが黙し、片目をつむった。

その反応を訝しんだスバルは、そうした反応をしたのがアベルだけではないことに、周りを見ながら眉を顰めた。

どうしてか、プリシラたちの動向について誰も何も言ってくれない。

もしも、帝都攻防戦の前にプリシラたちが薄情にも王国に戻っていたなら、それはそれでエミリアたちからプリシラの名前への驚きがあるはずなのだ。

それがない。そして、この嫌な沈黙の答えは――、

「――スバル、混乱させないために伏せていたことかしら」

「ベア子?」

きゅっと、いつの間にか立ち上がったベアトリスがスバルの手を握っていた。そのベアトリスの前置きに、スバルが頬を硬くする。

すると、そのベアトリスの手を無意識に強く握るスバルにエミリアが目を向け、

「落ち着いて聞いてね、スバル。プリシラと、ヨルナさんなんだけど……」

一拍間が置かれる。

焦れるスバルには長々と感じられた間、それを解くようにエミリアが続けた。

それは――、

「帝都からみんなで逃げてくるとき、あの二人が見つかってないの。――無事だって、そう信じたいけど」

――帝都攻防戦で、こちら側が負わされた確かな傷の証明だった。